Coolier - 新生・東方創想話

好きなのに

2009/09/01 03:12:53
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 「で、二人はどこまでいったんだったけ?」
 「好きってなっておでこコツンで誤解されてぎゅぅ……でしょ」
 「なんか色々はしょり過ぎててわけわかんなくなってますよ」
 「ふふ。小悪魔は甘いね。私とパチェくらいの間柄になると、これくらいでも正確に伝わるんだよ」
 「そりゃレミリア様はストーカーしてらっしゃいましたからね」

 様々な書物がぎっしりと詰まった大きな本棚が、一定の幅を開けて規則正しく立ち並んでる広大な空間。
 大図書館の一角には丸いテーブルと、さり気な装飾がお洒落な椅子がある。
 その椅子に腰掛けているのは、ちょっと……いや、かなり不健康な魔女というのは当然だが、今日はその向かい側にこの館の主がいた。
 魔女は傍らに立つ小悪魔に読み終わった書物を渡し、また違う本を受け取る。
 ページを結構なスピードで捲りながらも、会話にしっかりと参加しているのだから大したものだ。

 「……それから狂気の発現」

 静かな声で呟かれたパチュリーの言葉に、レミリアは目を細めた。
 小悪魔は恐れからか、背筋をピンと伸ばして自分の主に視線を向ける。

 「館中におかしな噂が飛び回っていたからね。フランが怒るのも無理ないよ」
 「……フランの狂気が暴走したのは、それだけじゃないでしょう?」

 理知的な光を湛えた静かな瞳が、レミリアに向けられる。
 深い水底のような静かな静かな瞳。ブルーマジック色の瞳。愛してやまない瞳。
 しかし、何もかもお見通しという眼差しにレミリアは苦笑を一つ零した。

 「フランは、私と違ってとても優しい子だから」
 「知ってる」

 レミリアは頬杖を付いて、パチュリーの長い髪を指先で弄る。
 「知っている」と平然と言ってのけた手厳しい魔女に、レミリアの喉からまた苦笑が零れた。
 パチュリーに視線はまた本に戻る。

 「私がいけなかったわ。何度も繰り返し言ったから」
 「レミィだけが悪いんじゃない……私も、言ったわ……」

 レミリアの指先がくるくる髪を弄る。
 小悪魔の目は、レミリアの指の動きをなんとなく追った。

 「フランはね、恐いんだよ。壊してしまうことが」


 愛しいものを、自らの手で壊してしまう、恐ろしさ。
 奪われるのではなく、壊されてしまうのではなく。
 自らの手で、壊してしまう。


 「……一体、どれくらい苦しいんでしょうね」

 髪を弄るレミリアの指先を、パチュリーの華奢な指先が微かに撫でた。
 その指をレミリアの指が捕まえて、手の甲の静脈を撫でる。

 「フランは極度の緊張状態が続くとね、一時的な過呼吸状態に陥るの。そして、その苦しさから逃がれたいという思いが、狂気の呼び水になる」
 「だから美鈴が“気”を操ってそれを緩和しているわけでしょ?」
 「気なんて操ってないよ。美鈴は私達にとって半ば育ての親みたいなもんだから、フランにとって美鈴自体がそのまま安全基地なのよ」
 「……いま物凄い事実を聞いた気がするわ」

 声音も表情も何も変えずにパチュリーは言うが、隣に佇む小悪魔は驚いたように目を見開いていた。
 レミリアは楽しげに口の端を上げて、悪戯っ子みたいな顔を作る。

 「あの門番はお母様が拾ってきたモノだもの。アイツは私が生まれるずっと前から此処にいるのよ」

 そうして、軽い調子で言う。
 どう反応しようか迷っている小悪魔と、何かを静かに思案しているパチュリー。
 そんな二人に構わずレミリアは、「そういえば咲夜にとってもアイツは育ての親みたいなもんなんだよね~」なんて暢気に発し、脱線した話題を戻そうとしていた。
 これ以上追求されるのは嫌なのかもしれない。
 パチュリーはレミリアの言動をそう捉えて、話を合わせる。

 「親ね……でも、咲夜は美鈴のことをそんな風に見てなかったみたいだけど」
 「そうですねぇ。もうほんと最近の咲夜さんは女の子になってしまったというかなんというか……。メイちゃ……美鈴さんも美鈴さんですし、どうにかならないんですかね?」
 (あ、今噛んだ)
 (噛んだわ……)

 わざとらしく咳払いをして言い直した小悪魔に、二人は内心でニヤニヤする。
 だが、平静を装いそれには敢えて触れずに会話を続行した。

 「どうにかしようと思っているから、こうして話合っているんでしょう。旨い肴だとかは、決して思っていないわ」
 「……パチュリー様って意外と性格悪いですよね」

 相変わらずの淡々とした静かな口調でいうパチュリーに、小悪魔は呆れたように小さく溜息を吐く。
 そんな小悪魔を見て、レミリアは紅茶を飲みながら微笑んだ。

 「性格が良い魔女なんていないよ」
 「性格の良い吸血鬼もね」

 パチュリーは興味なさげに、レミリアは楽しげに、互いに皮肉を言い合う。
 でも、それはただの言葉遊びで本心からの言葉ではないというのは、容易に分かった。
 言葉の端から全く逆の感情が少しだけ感じられたし、互いに弄りあっている指先が甘く絡み合っていたから。

 「まぁ、こればっかりは本人達の問題だから、第三者がどうのこうの言ってもね……」
 「あらそう? 洗脳とか洗脳とか、あと洗脳とかいう手もあるわよ。もしくは惚れ薬の調合くらいならなんとかならないことも」
 「いや、そんなチートはダメですからね? 寧ろそんなことしたら咲夜さん絶対に怒りますよ?」
 「じゃあ、催淫剤でも飲ませて手っ取り早く既成事実を作っちゃうとかは?」
 「ぶっ!!」

 パチュリーの危険な発言にレミリアが紅茶を盛大に吹く。
 パチュリーに向けなかったのは後が怖かったからか、レミリアは吹く寸前に顔の向きを変えていた。
 噴出された紅茶は小悪魔の顔に命中。
 いくら「ただ吹いた」といっても、それは人間が吹くのと違う。吸血鬼という食物連鎖の頂点に君臨する種族が思いっきり吹いたのだから、その破壊力はウォーターカッター並だ。
 小悪魔は「ぐへぇ!!」と仰け反り、そのまま後方へ五メートルは吹っ飛んでいった。

 「ちょちょちょ、ちょ、ちょっ、い、いきなりなんてこと言ってんのよ!? そ、そういうことは結婚してからじゃないとシちゃダメなのよ!!」

 パチュリーの肩を掴んでガクガクと揺さぶりながら、レミリアは必死の形相で訴える。
 レミリアの言う“そういうこと”を、そんなことを言っている本人と実際シているので、「私達って結婚とかしてたっけ?」とか、パチュリーは思いながら、

 (ヤバイ……首折れる………)

 と、冷静に自身の首の心配をしていた。

 「そ、それに咲夜はまだ子供だし、そういうのはまだ早いって!」
 「咲夜だって今年で十七でしょ。外の世界なんかじゃ初体験なんて」
 「うわぁあぁぁあぁ! 聞きたくないー! 外の世界の常識なんていらないー!!」
 「ちょっ、れ、レミィ……は、はなしっ、く、首、首が………」
 「とにかく絶対にダメなの!! 可愛い咲夜があんなヘタレ中国となんて絶対にダメなの!! 子供が出来ちゃったらどうすんの!? 軽はずみな行為をして傷付くのは、結局女の子の方よ!?」
 「美鈴だって女だって、ば……あ、ダメ……くび、が………」
 「そりゃ、もしデキちゃったら産むのには反対しないわよ! 堕胎手術とかって体に負担かかるし、ホルモンバランスとか崩れちゃうし、何よりも咲夜が悲しむと思うし!! はっ! ってことは私ってばおばあちゃんになるの? たた、大変だわ! まだそんな心の準備なんて!!!」
 「話が飛躍しす、ぎ……ってか、おばあちゃんになるのに、心の準備とか初めてきい……」
 「と、ともかくダメよ! 子作りなんてまだダメ! 絶対に許さないよ! 咲夜は可愛い咲夜のままでいてー!!」
 「……ぐふっ」

 その後パチュリーと小悪魔は暫くの間、首にギプスを嵌めて生活しなくてはならなくなったという。













好きなのに












 フランドールの狂気が発動した後、「副長とメイド長がどうのこうの……」という噂はさっぱりなくなった。
 能力によって噂まで破壊したのか。それともフランドールに対する恐怖心が口を噤ませたのか。

 風は冷たいが、太陽の光があたたかで気持ちの良い晴天の下、ボロボロになった中庭や館の壁の修繕に勤しむ門番隊の様子を見ながら、咲夜はボーっとそんなことを考えていた。
 たまに無駄口も叩くが、手際よく作業を進めて行く門番隊。
 無駄口といってもそれは「隊長大丈夫かなぁ~」とかそういうもので、本当に仲間想いな人、いや、妖怪たちだと思う。

 「大丈夫っすよ。あの人はあのくらいのことでどうにかなっちゃう妖怪じゃないっす」

 副長が隊長の安否を心配する隊員に笑いかける。
 褐色の肌は、青い空の下が似合っていた。

 修理はもう直ぐ終わるだろう。
 粗方整備された中庭も、あとは美鈴が綺麗に整えればなんとかなりそうだ。


 (……美鈴)

 美鈴のことだから、大丈夫だとは分かっている。
 でも、心配はしていないといったら、嘘になる。
 それに、美鈴に怪我をさせてしまった一因は自分にある。

 咲夜の心は雲一つない青空の下にあっても、太陽が顔を出すことはなかった。

 「あ、あの、メイド長……」

 溜息を吐きそうになっていると、背後から遠慮がちな声が届いた。
 振り向けば、そこには一人のメイドが立っていた。
 仕事は真面目にキチッとこなすし、性格も温和。でも、折角綺麗に掃除した床を、置いていたバケツに躓いて水浸しにするとか、少し抜けているところがある。
 と、頭の中にある情報と、目の前にいるメイドのことを合致させる咲夜。
 メイドは頬を赤らめて、何か言いたそうにもじもじとしていた。

 「何かしら?」
 「その、メイド長にお伝えしなければならないことがありまして……」

 咲夜は小首を傾げながら次の言葉を待っていると、メイドはすぅーっと深く息を吸った。

 「実は、お暇を頂きたいと思いまして」
 「え?」
 「実は、その……」

 後に、その話題は紅魔館中に飛び交うことになる。


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