Coolier - 新生・東方創想話

女たちの山 - 第二話+小話

2026/07/22 16:59:17
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『お昼』

ある日の山のお昼ごはん。

大皿に盛られた鹿のしぐれ煮。
私が獲ってきた鹿肉を、阿梨夜が丁寧に煮つけてくれたものだ。

小鉢には、さっぱりとしたきゅうりの浅漬け。
ごはんは当然のように炊き立て。
右手には、そっと添えられた温かいお茶。

「……まずい」
その言葉は、ぽつりと私の口から零れた。

「……?」
阿梨夜は小さく首を傾げる。
「口に合わなかったかしら」

「そうじゃなくて!」
ユイは茶碗を抱えたまま首を振る。

「おかわりが止まらなくて……このままじゃまずいよぉ!」

そうなのだ。
甘辛いしぐれ煮はごはんに合いすぎる。
もう止めなければと思うのに……。
午前中ずっと山を歩き回った身体が、どうしても言うことを聞いてくれない。

「?」
阿梨夜はきょとんとする。
「美味しいのだから、いいことではないの?」

「よくないの!」
私は思わず身を乗り出す。
「今、これで三杯目だよ!?」

「まだあるわよ」
何てことのないように言って、阿梨夜は土鍋の蓋を開ける。

立ちのぼる湯気。
つやつやと光る炊き立ての白飯はくはん

「誘惑しないでぇ……」
駄目だ。
もう、ここからでもいい匂いが香ってくる。

「?」

そんな私を、阿梨夜は「何を言っているのだろう」とでも言いたげな顔で見てくる。
その視線に耐えきれず、ついに私は訴えに出た。

「そりゃあね、鹿肉はヘルシーだよ!?」

「ええ」

「でも、ごはんが止まらないの!」

阿梨夜は少し考え込んでから、小さく頷いた。

「なら……」
「ごはんも、もっと炊きましょうか」

「違うーー!!」



「……つまり、ユイは食べすぎで太るのが心配だと」
「うん……」

食後のお茶を飲みながら、阿梨夜と私は向かい合っていた。

実際、山へ来てから三キロほど体重は増えた。
鏡に映る自分の顔も……少し、丸くなったような気がしてならない。

「心配しなくても、ユイは太ってなんていないわ」
そんな私の心を知ってか知らずか、阿梨夜は穏やかに笑って言う。
「とても健康的な、しなやかな身体。山を生きる人の身体よ」

「でも……」
今は「健康的」であっても、それが崩れる時はあっという間なのではないか。
日に日に増すばかりの食欲に、そんな不安がどうしても拭えなかった。

「私はね」
湯呑みを置いて、阿梨夜は言う。
「ユイが、美味しい美味しいってごはんを食べてくれるのが……何より嬉しいの」

「阿梨夜……」

「それに……」
「ちょっとくらい丸くなっても、きっとユイは可愛いわ」

曇りなき瞳で、阿梨夜は微笑む。
その眼差しだけで、それが彼女の偽らざる本心なのだと伝わるほどに。

「……」
「うぅ……」

だけど私は、それを素直には受け取れない。

『ちょっとくらい丸くても可愛い』

その言葉で私の頭に浮かんだのは──
叔母さんの家で飼われていた、俵みたいな猫だった。

私たちが行くといつも日当たりのいい場所に居て、おなかを見せてごろんと寝転がる明るい色のトラ。
動いているところは、あまり見かけなかった。

『流石に太らせすぎじゃないか?』
お父さんはよく、そう言っていたけども。

『これくらいが可愛いんじゃないの~』
なんて、叔母さんは笑っているばかりだったっけ。

……阿梨夜の言う「可愛い」って、まさか。

「……阿梨夜」
「?」
「あのさ」
「ええ」
「阿梨夜の言う『可愛い』って……」
「うん」
「もしかして、ペットに向ける『可愛い』なんじゃない?」

「……?」
阿梨夜は本当に意味が分からない、という顔で首を傾げる。

「どうして?」
「だって!」

「丸くても可愛いとか! いっぱい食べてるところ可愛いとか!」
「猫とかを甘やかす人の言うことだよそれ!!」

つい、声に力が入ってしまった。

阿梨夜はしばらく黙り込んで、それから静かに口を開く。

「……ユイ」

赤い瞳が、真っすぐに私を見る。
その面持ちはとても真剣で、私は──

「貴方は猫ではないわ」
「そこじゃなーーい!」

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