『お風呂』
夕暮れ時の山奥の館。
居間の天井を見上げるように、ユイは畳に寝そべっていた。
「彼女……『彼女』、かぁ」
時折、阿梨夜が過去を振り返って口にするその言葉。
「そういう意味」で言っているのではないと分かっている。
分かっているのだが──どうしても「元カノたち」のことを考えてしまう。
「でも……私のことでもある、んだよね」
妬いているのか、懐かしいのか、自分でもよく分からない。
ただ、阿梨夜が「彼女」を語るときの優しい目──
あれを見ると、どうにも切ないものがこみ上げた。
(何か──阿梨夜が初めて経験するようなことを、一緒に出来ないかな)
気付けば、そんなことを考えていた。
とは言え……具体的なことは中々思い付かない。
あれこれ考えながら畳の上を転げていると、ふいに頭の上からいつもの声がした。
「お風呂、沸いたわよ」
「わぁっ!」
思わず、畳から飛び起きる。
「ふふっ」
そんな私を見て、阿梨夜は笑みを零す。
「なんだか、ユイはいつも驚いてるわね」
「だって……」
いつも微妙なタイミングなんだもの。
それは喉の奥に留めたまま、ひとつ思い付いたことを提案してみることにした。
「……ねぇ」
「その……今日は、一緒に入らない?」
おずおずと、彼女の顔を見上げるように聞いてみる。
「……」
「いいわよ」
「貴方が望むなら」
阿梨夜が答える前に、一拍間が合った。
これはもしかしたら──
「他の……『彼女』さんとは、一緒に入ったりした?」
少しドキドキしながら、聞いてみる。
「ええ」
「先の『彼女』は、晩年足元に不安があったから私と一緒に入っていたわ」
「……」
介護!!
いや、聞いたことの答えとしては間違ってはいない。
間違ってはいないんだろうけども!
そう言われてみると、お風呂にもトイレにも手すりがあったっけ……。
そんなことを考えていたら、なんだかどっと気が抜けてしまった。
「けれど『彼女』は……最後まで、ずっと恥ずかしがっていたわね」
「……」
しみじみと、懐かしむように語る阿梨夜は、あの優しい目をしていた。
そんな彼女の顔を見ていると、その視線がふいにこちらへ向いた。
「……ふふ」
少し楽しげに、目を細める。
「『貴方』は、少し大胆な子みたいね」
「ぅぅ……」
確かに、言い出したのは私だけど……そんな風に言われると頭の中がぐるぐるし始めてしまう。
今更になって、自分が何を誘ったのかを理解してしまった。
彼女の手が、そっと肩に触れる。
「……入ろっか」
「……うん」
「次」の彼女が来たら……
『あの子は大胆な子だったわね』
……なんて、言われてしまうのかな。
──今は、精一杯甘えてみよう。
いつかの日に、後悔がないように。