『朝餉』
ある日の山の朝餉。
炊きたての白めし。
刻み大根とお揚げのたっぷり入ったお味噌汁。
塩の利いた大きな山女が二尾。
山菜の煮物。
焦げ目ひとつない、甘い卵焼き。
箸を進めながら、ふと思う。
みんなも、お腹いっぱい食べられているだろうか。
猟師の家の子として生まれて、食うに困ったことだけはない。
それでも、あの頃の食事はこんな風に品数の多い物ではなかった。
私が山へ来てから、もう十年になるだろうか。
幼かった弟も、きっと今では随分と背が伸びている。
お父さんと並んで、山を歩いている頃かもしれない。
猟銃の扱いも、そろそろ教えてもらっているかな。
──私が、あの時の縁談を受け入れていたら。
あの子を、いい学校に行かせてあげることも出来たのだろうか。
考えても仕方のないことだとは分かっているのに、そんな思いが浮かんで仕方がなかった。
「……どうかしたの?」
物思いに耽り、箸を止める私へ、主様が声を掛ける。
「……ううん」
小さく、かぶりを振って答える。
「なんでもないの」
「ただ……」
「みんな、元気かなって」
そう口にしてから、私は小さく笑った。
主様との出会いを、後悔したことはない。
彼女と出会って私は、誰かに心惹かれるという気持ちを初めて知った。
そして彼女も──私には、とてもよくしてくれている。
卵焼きに目をやる。
三年ほど前、主様はどこからか鶏を連れてきて飼い始めた。
その子たちが卵を産むたび、主様は自分の分を後回しにしてまで、こうして私に食べさせてくれる。
けれど──
私だけ、こんな暮らしをしていていいのだろうか。
──この頃はどうにも、胸がざわつく。
理由なんて、分からない。
ただ、麓の家族のことが思い浮かぶ瞬間が、少しずつ増えていた。
「……大丈夫」
少し目を伏せて、主様は言う。
「貴方が心配するようなことは、何もないわ」
「さあ、折角の食事だもの。しっかり食べて」
そう言って主様は、いつものように穏やかに微笑んだ。
「……貴方に、不自由させるつもりはないから」