三途の川へ向かう途中、アリスさんは言った。
「ねえ、今残っている謎を整理しておかない?」
「それは良い案ですね」
私は答えた。確かにそうだと思った。解けた謎も多ければ、残った謎だって確かにある。これから何を解き明かせば良いかはっきりさせて、次の舞台に向かいたいと思っていた。
「解けた謎だけど……命を授かった日付と、命を授かった理由よね」
「はい。55日前の深夜から54日前の早朝の間。リサは、アリスさんの愛情と、『動いてほしい』という願いと、リサ自身の『人形遣いになりたい』という夢が混ざり合って、命を授かったんです」
私はゆっくり、間違いのないように答える。ペンもメモもないけれど、頭の中の記憶の日記を読み漁るように確認しながら。
「まだわかっていないのは、リサが命を授かってからどこにいたか。49日前に殺されてしまう前まで、いったいどこにいたのか」
リサの命を授かってからの居場所、殺されてしまった場所──。どちらも場所に関連する謎だ。
「そして……」
「リサが誰になぜ殺されたのか、ですね」
アリスさんは自身の隣を飛ぶリサの方を見る。リサはさっきより前の方を歩き、しっかりと体を傾けて進んでいる。自身の謎を解き明かすべく、本人も努力している、ということなのだろうか。
「妖夢、私は……」
「どうしましたか?」
自信なさげなアリスさんの声が急に心配そうになるものだから、私は虚をつかれたようになってしまう。それでもぐっとこらえて、冷静に彼女に尋ねた。
「あのね、妖夢。私は最初リサが殺されたと聞いて、話についていけなかった。私の人形がいなくなったと思ったら、知らない間に生を受け、その生も奪われてしまっていた。混乱するばかりで……とても何かを思うことなんて出来なかった」
私は何も言えなかった。言われてみればそうだ。自分の大切な存在が知らぬ間に生まれて殺されてを経験したなんて、そんなの……どんな思いか計り知れない。私は自分の後ろをふわふわと飛ぶ半霊のことを思う。この子だって私の一部で私の好きに動かせる。でもある日突然いなくなってしまって、勝手に命を得て殺されてなんて聞いたら……。詳しい感情は私の陳腐な言葉じゃ説明できない。でも、ただ一つ言えるのは、「それはとても辛いことだ」っていうことくらいだ。私の言葉にできない思いを、彼女は綺麗に代弁してくれた。
「でも今は違う」
「私は、リサを殺した犯人を許さない。人形遣いになろうというリサの夢を踏みにじった相手を、絶対に許したくない」
彼女は目を瞑っていた。静かだった。この場に居合わせる私ですらとても恐ろしかった。私はこれほどまでに怒ったことがあっただろうか。いや、おそらく無い。これは、お菓子をつまみ食いする幽々子さまに腹を立てる私のそれとは全然違う。何かのため、自分の大切なもののためにここまで怒れるアリスさんは、私にはかっこ良く映った。
リサの体がぶるっと震える。アリスさんの怒りを感じ取って、小さな体が吹き飛ばされるみたいだった。
「犯人……いったい誰なのでしょうか」
「まだ、見当もつかないわね。私たちの手で、見つけないと」
「ええ、そうですね」
私の言葉は発せられ、そのまま冷たい夕空に吸われるように溶けていった。陽を隠すように雲が動いて、それを足休めにしたがるように鴉が飛んでいくのを見た。