「……以上のことが事件の真相でした」
静かな秋の日差しが、冥界の庭を優しく照らす。もう、冥界に異変はない。幽々子さまは縁側に腰掛け、いつものように芋ようかんを摘まんでいる。今日こそは食べ過ぎませんようにと内心思いつつ、私は話し出す。
「随分大変な異変だったわね」
「あの、幽々子さまは最初から全部知っていたんですか?」
「んん? さあね。でも、命って尾を引くものなのよ」
相変わらず幽々子さまは飄々とはぐらかす。全く、この人の真意は掴めない。
「命って儚くて綺麗ねぇ」
突然幽々子さまは呟く。私もその通りだな、と思った。幽々子さまは続ける。
「でも、良かったんじゃない?」
「何がです?」
「ほら、あなたじゃないと解決できなかったでしょう?」
白楼剣での成仏のことを言っているのだろうか。私は仕方なく頷く。
「まあ、それはそうかもしれませんが」
そんな風に会話をしていると、ふと声がかかった。
「妖夢ー! 妖夢居るー?」
「はーい、なんですか?」
庭の石畳を鳴らしながら顔を出したのはアリスさんだった。右手に小さなバスケットを持っていて、中からはティーカップが少し覗いている。
「あら、アリスさん、こんにちは。どうやって冥界まで?」
「冥界の結界をちょっと越えてきちゃって」
「あらまぁ。あなたも冥界のお世話になる?」
「遠慮しておくわ」
アリスさんと幽々子さまはくすくすと笑う。私もこれくらい冗談が言えたらいいのに。
「それで、アリスさん。今日は何の御用ですか?」
「ふふふ、じゃじゃーん」
そう言って、アリスさんはバスケットから少し不格好な上海人形を取り出した。服の端はほつれていて、体のバランスもどこかずれている。でも、愛情をこめて作られた人形であることは不思議とよく伝わってくる。そして、よく梳かれた金髪には、白いキキョウの花が髪飾りとして付けられていた。
「アリスさんそれって」
「これはね、リサが作った人形なの。やっぱりあの天井裏部屋の裏にいたわ。私にとっては孫娘ね」
「とても可愛くて素敵です。特に、その髪飾り」
「似合ってるでしょう? この子ね、私にも動かせるのよ」
アリスさんは人形にお辞儀をさせる。綺麗に動いて、とても違和感がない。
「ねえ妖夢。良かったら、この後お茶でもどう?」
アリスさんから告げられたのは、嬉しい提案だった。
「良いんですか?」
「紅茶を淹れてきたのよ。日本茶もあるので、良かったら幽々子さんもご一緒に」
「あら、有難いわぁ」
私は笑って隣の席を空けた。
庭先に三人分の湯気が昇る。この香りはリサに届くだろうか。話は尽きそうにない。私は三色団子を手に取りながら、雲から顔出す太陽の方を見つめて、「きっと、あの子にも伝わっているだろう」と、そう信じていた。
ただ、読者に対してフェアであろうとする作者さまの誠実さはひしひしと伝わってきましたし、本文のテンポや導入部分の描き方も非常にスッと入ってくる感じだったので、筆力の強さを感じました。
夢を抱く者にこそ命が宿るという現象に美しさを感じました
素晴らしかったです
冒頭から本題に入るまでが短く、するっと話に入り込め、かといって情景描写がおざなりというわけでもなくとても良い導入だったなと思います。
ミステリとしてはあまり楽しめなかったのですが、アリスと人形にまつわるお話としては楽しめました。後者としては段々と謎を解き明かす構図が素直に入って来たのですが、前者としては「手元の情報から謎の正体を推測することは難しい」「それなのにあたかも情報を元に考えれば論理的に導ける構図かのように描かれている」ため、自分の中では噛み合いよく消化することができませんでした。
(アリスの人形への反応が大袈裟かな? と思ってしまったり、鈴蘭畑で少し消えていた理由が嘘のように見えてしまって、そのあたりをミステリ的なひっかけかなと思ってしまいましたが、キャラクターの解釈的な部分かなあとも思います)
全体としてフェアで真摯で自然に読むことができて良かったです。
一方で、妖夢の一人称だったり、前述のアリスが姿を消していた部分など、「如何にもミステリ的なひっかけがありそうと思われる部分」が特に何も無かったのが、勝手ながら少し寂しく思えてしまいました。
とはいえ100kbとは思えないほどするする読めまして、面白い作品でした。文章表現も読みやすく、簡素すぎずでとてもよかったです。
有難う御座いました。
ミステリ的なもうひと捻りがあればな、とどうしても思うところはあり、そこを加味して90点になったのですが、ミステリとしてのフェアを守ろうという気概は伝わってきました。総じて非常に良かったと思います。