第二章はこちら
『ーーこんにちは』
『ーーお空』
誰かの声がした。
耳元で囁くように。
彼方から語り掛けるように。
全身が甘い泥濘に浸かってるみたく、
身体がぼんやりと重い。
なのに重力を忘れてしまったように、
ゆらり、ゆらりと私の身体が揺蕩って。
夢。
これは、夢だ。
唐突にそのことを理解する。
時間も空間もない。
始まりも終わりも曖昧で。
帷が降りたような甘い混濁の中。
『ーーこんにちは』
『ーーお空』
声がする。声が聞こえる。
優しい響きで、私に語りかけてくる。
私は白い光の中にいた。
目を開いているのか、
閉じているのかも判らない。
身体が明瞭な輪郭を失って。
淡く燻んだ意識だけが残って。
あるかも判らない両目に光を感じて。
ふと、光の中に何かが像を結ぶ。
ガラス越しに見る影みたいに
ぼやけていたその姿は、
だんだんとハッキリした形になって。
【???】ーーこんにちは。
【???】ーーお空。
小さな女の子が、私に語りかける。
緑色のリボンで髪を結んでいた。
白い清潔なワンピースを着ていた。
私に似てる。
そう思った。
私がまだ小さかった時に見た鏡の向こうに
立っていた姿と、瓜二つ。
真っ赤な瞳が胸に咲いていなければ。
【???】くすくす。驚いた?
【???】私も形を持てるようになったの。
だから、この姿にした。
【???】名前も決めたよ。
虚空。そう呼んで。
楽しそうに微笑みながら、
虚空と名乗った女の子が言う。
何か返事をしようとしたけど、
無理だった。今の私には口がない。
虚空はそんな私にはお構いなしに、
【虚空】私は端末。私は”強欲”。
時計閻魔が下した裁きの具現にして、
外なる神の振るう権能の六十六分の一。
【虚空】くすくす。でも、安心して。
私はお空の味方だよ。
【虚空】断罪とか、私はそんなもの興味ない。
『赤の女王』も好きじゃないしね。
【虚空】だから、怯えなくていいよ。
この世界を地獄に引き戻すとか、
私はそんなこと、全然したくない。
【虚空】私、もっと大きいことがしたいの。
もっともっと、楽しいことがしたいの。
お空が、それを教えてくれた。
言って、後ろ手を組んだ虚空が
不意にステップを踏み始める。
この白い光に包まれた空間で、
どこが床かも判らないけれど、
彼女の軽やかなステップの音が響く。
たたっ、たたっ、たたっ。
【虚空】核融合。お空の可能性の極限。
あれは、本当に素晴らしかった。
【虚空】私、感動しちゃった。
強くて、熱くて、綺麗で。
何もかも焼き尽くす圧倒的な力。
たたっ、たん、たたたっ。
【虚空】あれこそ、神の火。
何もかも原子レベルで無に帰す理。
罪も罰も超越した、絶対的で純粋な炎。
ぱしん。
ステップを止めた虚空が
両手を打った。
僅かな残響と共に、彼女は微笑んで。
【虚空】あれで、全部、燃やしちゃおう?
くすくすと笑みを零しながら。
純粋かつ無垢な光を瞳に湛えて。
【虚空】この世界の全部。
良いものも悪いものも。
好きなものも嫌なものも、何もかも。
【虚空】地下世界だけじゃない。
地上の世界も灼熱地獄にしちゃおう。
目につくもの、片っ端から焼こう。
【虚空】世界を丸ごと火に焚べて、
超特大の篝火を作るの。
きっと宇宙で一番、目立つよ。
【虚空】私、世界が燃える様を見てみたい。
何もかも飲み込んだ火だるまの上で、
終わる世界に手向けるダンスを踊りたい。
【虚空】くすくす、素敵でしょ?
虚空が笑う。
虚空が笑っている。
虚無から生まれた無垢なる空が。
私にはちっとも判らない。
何も、素敵だと思えない。
世界を燃やすなんて願望、私にはない。
何もかも焼き尽くそうと思う理由なんて。
【虚空】ーー違うよ。そんなことない。
お空は、まだ気付いてないだけ。
【虚空】私はアナタ。アナタは私。
私の願望は、アナタの願望。
【虚空】私はアナタのアルタエゴ。
アナタが世界を燃やしたいから、
私もそれを望むの。
【虚空】本当の気持ちに気付いて、お空。
アナタは確かに、世界の終焉を望んだよ。
――ザザ
【虚空】ほら、よぉく、思い出して。
ーーザ
【虚空】アナタはずっと、
世界が憎かったでしょう?
ーーザ、ザザ
【虚空】10年前の、あの日。
ーーザザザ、ザザ、ザ
【虚空】あの男に捕まって、
ペットにされたときから。
『ーーこんにちは』
『ーーお空』
誰かの声がした。
耳元で囁くように。
彼方から語り掛けるように。
全身が甘い泥濘に浸かってるみたく、
身体がぼんやりと重い。
なのに重力を忘れてしまったように、
ゆらり、ゆらりと私の身体が揺蕩って。
夢。
これは、夢だ。
唐突にそのことを理解する。
時間も空間もない。
始まりも終わりも曖昧で。
帷が降りたような甘い混濁の中。
『ーーこんにちは』
『ーーお空』
声がする。声が聞こえる。
優しい響きで、私に語りかけてくる。
私は白い光の中にいた。
目を開いているのか、
閉じているのかも判らない。
身体が明瞭な輪郭を失って。
淡く燻んだ意識だけが残って。
あるかも判らない両目に光を感じて。
ふと、光の中に何かが像を結ぶ。
ガラス越しに見る影みたいに
ぼやけていたその姿は、
だんだんとハッキリした形になって。
【???】ーーこんにちは。
【???】ーーお空。
小さな女の子が、私に語りかける。
緑色のリボンで髪を結んでいた。
白い清潔なワンピースを着ていた。
私に似てる。
そう思った。
私がまだ小さかった時に見た鏡の向こうに
立っていた姿と、瓜二つ。
真っ赤な瞳が胸に咲いていなければ。
【???】くすくす。驚いた?
【???】私も形を持てるようになったの。
だから、この姿にした。
【???】名前も決めたよ。
虚空。そう呼んで。
楽しそうに微笑みながら、
虚空と名乗った女の子が言う。
何か返事をしようとしたけど、
無理だった。今の私には口がない。
虚空はそんな私にはお構いなしに、
【虚空】私は端末。私は”強欲”。
時計閻魔が下した裁きの具現にして、
外なる神の振るう権能の六十六分の一。
【虚空】くすくす。でも、安心して。
私はお空の味方だよ。
【虚空】断罪とか、私はそんなもの興味ない。
『赤の女王』も好きじゃないしね。
【虚空】だから、怯えなくていいよ。
この世界を地獄に引き戻すとか、
私はそんなこと、全然したくない。
【虚空】私、もっと大きいことがしたいの。
もっともっと、楽しいことがしたいの。
お空が、それを教えてくれた。
言って、後ろ手を組んだ虚空が
不意にステップを踏み始める。
この白い光に包まれた空間で、
どこが床かも判らないけれど、
彼女の軽やかなステップの音が響く。
たたっ、たたっ、たたっ。
【虚空】核融合。お空の可能性の極限。
あれは、本当に素晴らしかった。
【虚空】私、感動しちゃった。
強くて、熱くて、綺麗で。
何もかも焼き尽くす圧倒的な力。
たたっ、たん、たたたっ。
【虚空】あれこそ、神の火。
何もかも原子レベルで無に帰す理。
罪も罰も超越した、絶対的で純粋な炎。
ぱしん。
ステップを止めた虚空が
両手を打った。
僅かな残響と共に、彼女は微笑んで。
【虚空】あれで、全部、燃やしちゃおう?
くすくすと笑みを零しながら。
純粋かつ無垢な光を瞳に湛えて。
【虚空】この世界の全部。
良いものも悪いものも。
好きなものも嫌なものも、何もかも。
【虚空】地下世界だけじゃない。
地上の世界も灼熱地獄にしちゃおう。
目につくもの、片っ端から焼こう。
【虚空】世界を丸ごと火に焚べて、
超特大の篝火を作るの。
きっと宇宙で一番、目立つよ。
【虚空】私、世界が燃える様を見てみたい。
何もかも飲み込んだ火だるまの上で、
終わる世界に手向けるダンスを踊りたい。
【虚空】くすくす、素敵でしょ?
虚空が笑う。
虚空が笑っている。
虚無から生まれた無垢なる空が。
私にはちっとも判らない。
何も、素敵だと思えない。
世界を燃やすなんて願望、私にはない。
何もかも焼き尽くそうと思う理由なんて。
【虚空】ーー違うよ。そんなことない。
お空は、まだ気付いてないだけ。
【虚空】私はアナタ。アナタは私。
私の願望は、アナタの願望。
【虚空】私はアナタのアルタエゴ。
アナタが世界を燃やしたいから、
私もそれを望むの。
【虚空】本当の気持ちに気付いて、お空。
アナタは確かに、世界の終焉を望んだよ。
――ザザ
【虚空】ほら、よぉく、思い出して。
ーーザ
【虚空】アナタはずっと、
世界が憎かったでしょう?
ーーザ、ザザ
【虚空】10年前の、あの日。
ーーザザザ、ザザ、ザ
【虚空】あの男に捕まって、
ペットにされたときから。