ーーあぁ、堕ちて。
私と一緒に、堕ちて。
声はしない。
もう声は聞こえない。
でも、まだ残響する。
それは私の声。
私の喉から。絞り出されて
掠れた私の声帯から。
まるで、いつかの記憶を辿るように。
まるで、遥かな過去を慈しむように。
寄る辺のない切望が彼方の闇に溶けていく。
火のついた幼子のように、狂おしく。
生に飽いた老人のように、淡々と。
渇き。狂い。絶望しては、受け入れる。
交互に訪れるアンビバレントな狂騒。
終わりを望んでは永遠を欲して。
救済を叫んでは断罪を叫ぶ。
悪夢の苗は尽きる予兆もない。
仮面(アルタエゴ)ではなく、私が。
私が欲していて、私が望んでいるから。
ーー連れて行って。
私を天国(パライソ)に連れて行って。
かつて『彼女』はそう言った。
でも、私は知っている。
天国(パライソ)なんて、どこにも無いの。
変なの。笑える。
だって地獄は、ここにあるのに。
たとえ、それが残骸に過ぎなくても。
天国(パライソ)が存在しないのは、
地獄が、この世界が、こんなにも曖昧で、
残骸で、ダラダラと続いているから。
だから、きっとそれが救いなんだ。
地獄が確かに存在するなら、
きっと対義語である天国もあるから。
かつて『彼女』はそう言った。
私にも異論はない。だから、こうしてる。
けれど、堕落した私はどこまでも変わらずーー。
堕ちて。
堕ちてほしい。
私のように、堕ちてきて。
もう私には判らない。
私が怠惰なのか。怠惰が私なのか。
あるいは、この世に罪なんて無いのか。
なら、私のことを誰が裁いてくれるのか。
みんなと違って、歩みを止めてしまった私を。
あるいは、みんなこそが裁かれるべきなのか。
堂々巡りの問答。答えは見つからない。
どんなに探しても。草の根を分けても。
祈りに縋っても。仏に頼ろうとも。
私には判らない。判らないよ、聖さま。
白でも黒でもない、曖昧な辺獄に堕ちて。
過ちと正しさの判断も、保留されたまま。
天国(パライソ)なんて興味ない。
でも、ここが本当に地獄であれば。
是非曲直庁に見捨てられたこの地下世界が、
彼岸の理を超越して地獄の到来を迎えれば。
自分は間違えた、と胸を張れさえすればーー。