夜。私と霊夢さん、それに椛さん率いる哨戒天狗部隊が待機所を出発した。夜の山は肌寒く、夜風に揺れる葉の音が、ひどく恐ろしげに聞こえる。それに、ナニモノかの気配がそこかしこにある。夜は妖怪の時間。この山に住む無数の妖怪たちが、跳梁を開始したのだ。思わず身を震わせる。しかし、怖がってばかりもいられない。私は、天狗倒しの事件を解決しに来たのだから。
「かさね。落ち着きなさい。私がいるわ」
そもそも無理やり連れてきたのは霊夢さんじゃないですか、という言葉が一瞬出かかったが、それでもとても安心できる言葉だった。霊夢さんといるだけで、恐怖に立ち向かう勇気がわいてくる。哨戒部隊の天狗たちは篝火を持っている。妖怪である彼女らは、果たして夜目が効くのか効かないのか。恐らく効くのだろうが、私たちのため、焚いてくれているのだろう。
その時だった。どこからか、ドォォォオオンという鈍くて大きい音が響いてきた。
「今のは!」
間違いない。天狗倒しだ!
「こっちであります!」
音を聞きつけた瞬間、椛さんが走り出した。
「ちょ、ちょっと!」
慌てて霊夢さんと私がついていく。
山道を駆け抜け、やっとのことで現場にたどり着く。
「遅かったか…!」
「くっ…やられたわね」
目を凝らして見ると、そこには昼に見た綺麗な切株一つ。
「周囲を確認しろ!」
椛さんの指示で哨戒部隊が当たりを警戒する。私と霊夢さんも切株周辺を確認してみたが、特に犯人が残した手がかりはなさそうだった。
その後も、私たちは山の中で犯人の姿を捜し続けたが、結局犯人を見つけることは出来なかった。
「今日の捕り物は、失敗でありますな」
椛さんが素っ気なく言う。
「仕方ないわね。また明日、張り込みましょう」
霊夢さんも悔しそうだ。
「そうですね。何もできず、すみませんでした」
こうして、一日目の犯人捜索は失敗に終わった。それから三日にわたって私たちは張り込みを続けたが、一日目と同じように切り倒された切株が見つかるだけで、何の成果も得られなかった。そうして、とうとう張り込みは五日目も迎えた。
「ああもう!こうなったら熱愛報道でもなんでもばらまけばいいわ!こんなに手ごわいとは思わなかった」
睡眠不足がたたってか、霊夢さんも冷静さを失い始めている。だが、私はむしろ冷静になり始めていた。この事件には、何か違和感がある。感覚的にも、論理的にも。――神経を研ぎ澄ませる。いつ天狗倒しが起こってもいいように。それからしばらくして。ドォォォオオンと、いつもの音がなった。
「こっちであります!」
椛さんがいつもと同じように走り出す。それを見て霊夢さんもついていこうとする。しかし。
「皆さん、違います!こっちです!流れがおかしい!」
そう言って私は、椛さんとは別の方向に飛び出した。草木の間を縫って、剣で前方を切り払いながら、最短距離で流れのおかしな場所に突き進む。
「ちょっとかさね!流れがおかしいってどういうこと!?」
背中から霊夢さんの声が聞こえる。
「うまく説明できません!けれど、この先で、あるべき流れが変わっているんです!木々の並び、風、妖怪たちの気配。ともかく、そんなもろもろです!」
そう、本当にうまく説明できないのだが、私は張り込み三日目あたりからそうした「流れ」を感じ取っていた。正確には、それが「変わった」時。天狗倒し発生時、妖怪の山の「流れ」は確かに変化したのだ。それが感覚的な違和感。そして、椛さんたちがそこにたどりつくには、ひどく時間がかかっていた。探索中に聞いた話だが、椛さんは千里先まで見通す程度の能力、いわゆる遠見の力を持っているらしい。そんな能力の持ち主が、犯人を見つけられない、もっと言えば現場の発見が遅れるということがあるのだろうか。これが論理的な違和感。このことを誰にも言わなかったのは、こうやって椛さんを出し抜くため。
「そこだっー!『半跏趺斬』!」
そのまま、前方に向かって弾幕斬撃を繰り出した。遅れて霊夢さんと椛さんたちが到着する。
篝火によって前方が照らされる。そこには綺麗に切り倒された切株と、切り倒された側の木が残されていた。
「…すみません。どうやら犯人は逃がしてしまったようです」
残念ながら、犯人の姿は無かった。木を奪われることは阻止したものの、これではまた振り出しだ。
「…いや、そうでもないわよ」
霊夢さんが口を開く。そして霊夢さんはつかつかと歩いていき、何かを拾い上げた。
「それは…鍵?」
霊夢さんが拾い上げたのは小さな鍵だった。
「犯人は分かったわ。明日、問い詰めにいくわよ。…椛だっけ。あんたも来なさい」
椛さんは苦虫を嚙み潰したような顔で頷いた。
私にはまるで見当がつかなかったが、ともかくこれで私たちは犯人の正体を突き止めた(らしい)のだった。