冷たい風を一身に受けながら、見事な紅葉を眼下に空を飛ぶ。妖怪の山。霊夢さんによれば、数多くの妖怪や神がこの山に住んでいるらしい。先ほど「バカ天狗」と霊夢さんが叫んでいたから、今から「とっちめよう」としているのは天狗なのだろう。下駄を履いていて、赤ら顔で鼻が高いのかな。私の天狗に対するイメージはそんなステレオタイプなものしかなかった。
「みーつーけーたーわーよ!」
霊夢さんが急降下する。その先に人影一つ。
「あややややや。どうかしましたか、霊夢さん?」
僅かに口角を上げ、少しからかうように霊夢さんに返答したその少女は、私が思っていた天狗像とはまるで異なるものだった。黒髪のショートヘアに、美しい黒の瞳。そして健康的な血色のよい顔。頭には山伏がつけるような帽子をかぶっている。白いシャツに丈の短いスカートを身に着けており、背中からは黒い羽が生えている。ちなみに靴は下駄のようなそうでないような不思議な見た目をしていた。底が一本歯下駄のように高くなっているのだが、その上は普通のシューズのようになっている。
「とうとう捏造に手を染めたわね!董子から聞いたけど、最近外の世界ではフェイクニュースとかいうのが問題になっているらしいわ。博麗の巫女として、取り締まってやる!」
「おや、心外ですな。私は真実しか書かない、清く正しい射命丸文ですよ」
「心にもないことを…これでもくらいなさい!」
「あーれー」
そう言って霊夢さんと射命丸文と名乗った天狗の間で弾幕ごっこが始まってしまった。
「どうしよう…ほっといてもいいかな…」
それからしばらくして。お互いいい塩梅で疲れ、霊夢さんから毒気が抜けたところで、文さんが口を開いた。
「…まあ、今回はちょっと取材が拙速だったことは認めましょう。裏取りもしましたが、どうも皆さん勘違いなさっていた様子でしたし」
「よくもまあ、あんな記事を書けたわね」
「まあまあ、いいじゃないですか。まだあの記事は魔理沙さんにしか見せていませんし」
「え…?」
「人間の里は勿論、天狗社会や他の妖怪たちにもばらまいていません」
「じゃあ、一体何が目的で書いたのよ?捏造ゴシップの愉快犯じゃなかったなんて」
「あなた、私を何だと思っているんですか…まあいいです。この記事を作成したのは、ズバリ!霊夢さんにお願いがあってなんです」
「は?」
霊夢さんが「何言ってるんだこいつ」という顔で文さんを見る。
「実はですねぇ。天狗社会で今あることが問題になっているんですよ」
そう言って文さんはすっと霊夢さんを見た。
「天狗倒しって、ご存じですか?」
「天狗倒し…」
「おや、霊夢さんの想い人さん。聞き覚えがあるんですか?」
「いや、無いですけど…それと、かさねです。女です。霊夢さんとはそういうのじゃないですから」
「天狗倒し。夜、山の中で木を切り倒す音が聞こえる。しかし、そこに行っても木が切り倒された様子はない怪奇現象…」
「さすがは霊夢さん。ばっちりじゃないですか。もっとも、人間たちの語る天狗倒しは暇を持て余した天狗の子供のいたずらが大半なのですが」
「じゃあ、しつけをしっかりしなさいよ」
「ところが、そういうわけにはいかないのです。…実際に木が切り倒されているのですから」
ぴくり、と霊夢の眉が動く。
「そう、我々天狗のテリトリーに侵入した何者かが、夜ごと木を切り倒している。不思議でしょう」
「…なるほどね」
「そこで霊夢さんにはぜひ!その木を切り倒している犯人を見つけて欲しいのです!」
ぴしっと文さんが人差し指を立てる。
「あんたがた天狗の問題でしょ?あんたらが解決すればいいじゃない。そういう組織もあるはずよ。なんで私が…」
霊夢さんは気の乗らない様子だ。
「まあ、我々にも事情があるんですよ。最近は忙しくて人手も足りていないんです」
「断ると言ったら?」
「…ばらまきます」
そう言って文さんはどこからか新聞紙を取り出す。間違いない、あのゴシップ記事だ。
「…どうやら、気づかないうちに嵌められたみたいね」
はぁと霊夢さんがため息をつく。
「ご、ごめんなさい。私のせいで…」
「その分、あなたにも手伝ってもらうからね。ビシバシこき使ってやるわ」
冗談とも本気ともつかない霊夢さんの物言いに、思わず苦笑いした。
「ご協力、感謝します」
「脅しておいてよく言うわ」
「それで、どうやって犯人をつかまえるんですか?」
「そんなもの決まってるでしょ。怪しい奴を全員ぶっ飛ばす!」
「いやいやいや、無実の人が混ざっていたらどうするんですか」
「あら、博麗の巫女の本分は妖怪退治よ」
もしかして、霊夢さんはこれまでもこんな感じで活動していたのだろうか。よくやっていけるなと一周回って感心するレベルだ。
「あやややや。いたずらに被害を増やすのはよくないですな。まずは情報を集めるのがよいでしょう。情報は力ですよ」
横から文さんが口をはさむ。
「情報?」
「哨戒部隊の天狗がいます。彼女たちから話を聞くのがよいでしょう。まだ、現場付近を警戒しているはずです。途中まで案内しますよ」
「そうそう、それがいいですよ霊夢さん。スマートに行きましょう」
「面倒くさいわね…」
「じゃあ、行きますよ。ついてきてくださいね」
不満げな霊夢さんだったが、最終的には折れて、文さんの案内についていくのだった。