0. 回顧―memory―
そこな童子よ。我は数百もの時を永らえた者ぞ、怖くはないのか
あぁ、あなた様が世に名高い山の天狗様でしたか。てっきり天狗なぞ乳母が休まぬわっぱに出任せた作り話だとばかり思っていましたが……。成る程これは興味深い
お前は頭が切れるようだが愚かだな。このような刻に非力な身一つで出歩くなど、その小生意気な口を裂いてやろうか
ここで僧になれと言われていてね、母の願いは聞き届けたいが、それでも私は世のために戦いたいと思っている。だから口が裂けて物言えぬようになれば経を上げることも出来ぬゆえ、お誂え向きかもしれませぬ
小癪な餓鬼だ。切り捨てられても文句は言えぬな
おぉ、手ずから手解きをしてくださるのですか! それはありがたい。天狗仕込みの刀であれば、どんな悪鬼羅刹にも遅れは取りますまい
本当に、弁の立つ人間とは厄介なものよ
――――――――――――――――――――――――――
山を降りるのか
はい、お師様
私は弟子など取った記憶はない。ただ美味いものをちょろまかせて来る餓鬼一匹に棒振りをさせるのを見ていただけだぁ
それでもお師様は私を還そうとはしませんでしたね
戯けが。天狗ともあろうものが見返りや理由もなく人の子を還すわけなかろうが
ふふ、お陰様で並み居る兵にも退けをとらぬ腕前になれたと自負しています
おや、悪鬼羅刹にも負けぬのではなかったか?
ものを知れば、大仰な口は聞けなくなるのが道理です。ですがこの力があれば、弱きを守る刃となり、連綿と続く営みを繋ぐことは出来る筈
そんなものかね。ところで、生意気な口の方はいつ聞けなくなるんだ?
――――――――――――――――――――――――――
久しいな、山を降りてからどれぐらい経つ
わかりませんな……ただ少なくとも、あなたの姿がまるで変わらないことに驚くぐらいの年月は経っておりましょう
そうか、そのぐらいになるやも知れぬな
お師様、あなたはこの木葉のようです。気がつけばそこにいるのに、風の向くままあちらへこちら、また気がつけばいなくなっている。私は何度か山を訪れたが、ついぞあなたは姿を見せなんだ。しかし今目の前にフラリと現れる。何故今になって……?
……聞きたいのはこちらだ。このようにみすぼらしい場所で、妻と娘を手にかけて尚、何故そのような目で私を見ているのだ?
……私はただ、皆のために戦場を走っていたのです。だのに、私が戦果をあげる度に皆が私へと向ける目は化け物を見るそれになっていきました。民草の役に立ちたい、その一心であったというのに、果ては自刃で果てる末路。まるで報われぬ
お前は詰まらんな。私が授けた業、私から盗んだ業、そんな詰まらぬことのために振るわれていたのか。悲しくなる
詰まらぬ、と
詰まらぬよ。かつてのお前は世のために刀を振るうと大見得を切ったのだ。だが最早、見る影もない。童子以下だ、今のお前は
……確かに、久遠を生きるあなたからすれば、私は山で出会ったあの頃よりずっと、童子だったのかもしれませぬ
このようなことなら、刀なぞ早々に捨てるべきだった。本当に、本当に、詰まらぬ……
――――――――――――――――――――――――――
一瞬の気紛れ。だが常に背中を刺す呪いとなって今も側にある。
最早消えぬ傷をせめて、厚手の衣で隠せたら。そんな想いを秘めながら、自らの力となる"それ"を、暗き場所へと追いやるのだった。
そこな童子よ。我は数百もの時を永らえた者ぞ、怖くはないのか
あぁ、あなた様が世に名高い山の天狗様でしたか。てっきり天狗なぞ乳母が休まぬわっぱに出任せた作り話だとばかり思っていましたが……。成る程これは興味深い
お前は頭が切れるようだが愚かだな。このような刻に非力な身一つで出歩くなど、その小生意気な口を裂いてやろうか
ここで僧になれと言われていてね、母の願いは聞き届けたいが、それでも私は世のために戦いたいと思っている。だから口が裂けて物言えぬようになれば経を上げることも出来ぬゆえ、お誂え向きかもしれませぬ
小癪な餓鬼だ。切り捨てられても文句は言えぬな
おぉ、手ずから手解きをしてくださるのですか! それはありがたい。天狗仕込みの刀であれば、どんな悪鬼羅刹にも遅れは取りますまい
本当に、弁の立つ人間とは厄介なものよ
――――――――――――――――――――――――――
山を降りるのか
はい、お師様
私は弟子など取った記憶はない。ただ美味いものをちょろまかせて来る餓鬼一匹に棒振りをさせるのを見ていただけだぁ
それでもお師様は私を還そうとはしませんでしたね
戯けが。天狗ともあろうものが見返りや理由もなく人の子を還すわけなかろうが
ふふ、お陰様で並み居る兵にも退けをとらぬ腕前になれたと自負しています
おや、悪鬼羅刹にも負けぬのではなかったか?
ものを知れば、大仰な口は聞けなくなるのが道理です。ですがこの力があれば、弱きを守る刃となり、連綿と続く営みを繋ぐことは出来る筈
そんなものかね。ところで、生意気な口の方はいつ聞けなくなるんだ?
――――――――――――――――――――――――――
久しいな、山を降りてからどれぐらい経つ
わかりませんな……ただ少なくとも、あなたの姿がまるで変わらないことに驚くぐらいの年月は経っておりましょう
そうか、そのぐらいになるやも知れぬな
お師様、あなたはこの木葉のようです。気がつけばそこにいるのに、風の向くままあちらへこちら、また気がつけばいなくなっている。私は何度か山を訪れたが、ついぞあなたは姿を見せなんだ。しかし今目の前にフラリと現れる。何故今になって……?
……聞きたいのはこちらだ。このようにみすぼらしい場所で、妻と娘を手にかけて尚、何故そのような目で私を見ているのだ?
……私はただ、皆のために戦場を走っていたのです。だのに、私が戦果をあげる度に皆が私へと向ける目は化け物を見るそれになっていきました。民草の役に立ちたい、その一心であったというのに、果ては自刃で果てる末路。まるで報われぬ
お前は詰まらんな。私が授けた業、私から盗んだ業、そんな詰まらぬことのために振るわれていたのか。悲しくなる
詰まらぬ、と
詰まらぬよ。かつてのお前は世のために刀を振るうと大見得を切ったのだ。だが最早、見る影もない。童子以下だ、今のお前は
……確かに、久遠を生きるあなたからすれば、私は山で出会ったあの頃よりずっと、童子だったのかもしれませぬ
このようなことなら、刀なぞ早々に捨てるべきだった。本当に、本当に、詰まらぬ……
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一瞬の気紛れ。だが常に背中を刺す呪いとなって今も側にある。
最早消えぬ傷をせめて、厚手の衣で隠せたら。そんな想いを秘めながら、自らの力となる"それ"を、暗き場所へと追いやるのだった。