Coolier - 新生・東方創想話

駆狼

2021/09/23 20:44:26
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1.5. 師事―memory―




 ふと、私は何故こんなにも弱いのだろうと、ボロボロになった自分を鏡で睨み付けながら考えていた。
 天狗と一口に纏め上げられていても、その性質は多種多様である。各々に得意な分野があり、故に仕事内容もそれぞれだ。例えば鼻高天狗は、計算や事務処理なんかの頭を使う作業を得意とする。また、時たま測量なんかもやっているらしい。なんにせよ、数字を扱うに長けた者達だ。
 山伏天狗は印刷を主に従事している。鴉天狗は勿論、大天狗の新聞も手掛けている。情報を武器とする天狗にとって縁の下の力持ちと言ったところか。
 そして、白狼天狗。本拠地である『妖怪の山』、『天狗の里』を哨戒し、侵入者あらば排除する役目を持つ。このような泥臭い仕事に就くのは、天狗の中でも地力を持つことが所以であるのだが――

「刀をまともに使うことも出来ないのに」

 白狼天狗の中でも私は頭抜けて小さかった。
 哨戒の基本装備である盾と刀はどちらも大型であり、特に刀に関しては身の丈程の長さで、かつ刀身は広く分厚い。これはある種威嚇の意味も込めた装備なのだが、その外見の通り、大変重い。私のような小さな体躯では、携えることは出来ても、使うとなれば話は変わる。曰く、まるで遊具で遊んでいるようだと。
 毎日、その巨大な剣を片手で軽々と振るう同期達を見ては、苦虫を噛む。
 両手でも振り回されてしまう程だというのに、いつになれば自在に操れるのか。
 いや、とにかく修行あるのみと無理矢理に奮い立ち、顔を洗って雑念を払うと、洗面所から鍛練道場に戻る。と、既に皆が帰った筈の道場に、一人剣を片手で振るう者がいた。私の刀である。あのような重さの物をいとも軽々と。細腕には力があるようには見えないが。

「……あの」

 恐る恐る声を掛ける。すると刀の峰を肩に乗せ、その天狗は振り返った。涼しい顔をしていた天狗はこちらを見るや否や、表情を崩して笑顔を見せる。

「おや、あぁすまないこれは君の持ち物だったのね。随分ボロボロだから、どれだけのベテランの物なのかと思っていたんだけど」

 言われ、少し落ち込む。それはそうだ。何故なら――

「使い込んでるんじゃないです。私がよく落とすから……」

 天狗は刀と私を見比べて、何かを納得する。嫌になる。また小さいからと、非力だからと笑われるのだ。

「ちょっとこれ、振ってみてくれるかな」

 予想外の言葉。天狗は刀を返すとそう言ったのだ。私は刀を受け取り、いつも通りの型を振るう。しかしまともに振るえず、落とし、転び、振り回されただけだった。
 恥ずかしい。見れば彼女は鴉天狗だ。言い触らされ、里の笑い者になるのも時間の問題だろう。

「なるほど、君は力が無い。ただそれ以上に、身体の使い方が未熟に過ぎる。それじゃあ刀をボロボロにしてしまうのも無理はないわね」

 息を切らし、必死に涙を堪えながら悔しさに震えた。
 すると鴉天狗は私から刀を取り上げ、代わりに朱い鞘に収まった細身の刀を渡してくる。私が首を傾げていると、きょとんとした表情で、彼女は言った。

「あんな重く使いづらい刀じゃ、身に付かなくて当然。まずはこれで身体の使い方を染み込ませること。体重移動と軸を意識してね」

「えっと……」

「私はどうにもお節介でね。泣き虫を見てると尻を蹴飛ばしたくなるし、他人を嘲る底意地の悪いやつを見ると、見返してやりたくなるの」

 カラカラと笑う鴉天狗。聞いていた話と違う。鴉天狗は性格が悪いと。しかし、眼前の彼女は――

「いや、いきなり未熟とか言うひとが性格良い筈はないか」

「悪口」

 軽口にも笑顔の鴉天狗、そんな彼女とその日を境にちょっとした師弟のような関係となった。
 どういう意図なのか分からなかったし、分かろうともしなかったが、少しでも皆に追い付けるのならば。そう考えて、私は彼女の背中を。黒くて力強い翼を持つ背中を見つめ、歩みだすのだった。

◇◇◇

 お腹が減った。口々にそう言う。

 それは獣に近い妖怪だった。成体になれば身体も大きく、人の面を真似ても元の姿は消し切れない程に、人妖として見た場合は下等な存在である。力はあるが、それはあくまで単純な攻撃性という面であり、人間等に紛れるには少々術理に欠けてしまっている。
 そして最も致命だったのは、彼らが極度に臆病ということだった。
 この『幻想郷』において、人間を襲うことはリスクが勝ちすぎる。勿論、妖怪に戦いを挑むなど、あまりに無謀というもの。結局、山で狩りをし、少ない食料で食い繋ぐしかなかった。
 冬が終わり、なんとか今年も凌いだと安堵していた時だった。一人の人妖が巣穴に迷い込んできた。随分と困っている様子だったが、一番身体が小さい彼女が巣穴の外へ案内すると、お礼をするように、一枚の鏡を手渡してきた。少し曇っているが、綺麗な鏡。それを彼女は上機嫌に持ち歩いた。
 ある日、こっそりと磨いているのを見つかり、仲間に鏡を見せた。自慢気に、以前助けた迷子の人妖がくれたのだと。
 その時から、仲間達は人形を維持するに叶わなくなった。
 代わりに、口々に言うようになる。
 
 お腹が減った。
 美味いのどこだ。
 潰して千切って捏ねてみよう。
 ほら見てこんなに美味しそう。

 最初は迷い出た子供だった。泣き叫ぶ声があまりにおぞましく、心の奥まで響いてくるようだった為、ずっと耳と眼を閉じていた。美味しい。
 次は迷った子供を探しに来た両親だった。身体を壊されながらも口汚く罵り、最期は子供の名前を呼んで死んだ。眼は閉じていたが、耳は片方だけ出していた。美味しい。
 その次は小さな妖怪と人間の女だった。どちらも連れてきた頃には既に事切れていて、そういう意味では助かると思いつつ、食殻の掃除をしながら待った。あまり美味しくなかった。
 次のディナーは生きの良い妖精だった。羽根を千切って、頭を潰し、肉を練り上げたけれど、不味かった。
 人間は美味しい。
 妖怪は美味しい。
 妖精は不味いけど腹の足しになる。
 それにしても、人間も妖怪も妖精も、とても弱いじゃないか。何故今まで臆病にも洞穴に隠れていたのだろう。
 仲間は皆そう言った。気が付けば、人形を維持出来るのは小さな彼女だけになっていた。

 次なに食べよう。
 なにが食べたい? どう殺そう。
 千切るの飽きた。叩いて潰そう。成り無くなるまで。
 じっくり焼くのもよさそうだ。
 でも弱いのばかりじゃあ詰まらない。
 次は強いやつを捕まえよう。
 きっと美味しいに違いないから。

 鏡はもういらないと放り、少しひびが入って欠けた。
 最早興味は食べることのみ。

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