0.5. 一面―review―
切っ掛けは、曰く姫海棠はたての発行する新聞、〈花果子念報〉のとある記事であったのだと言う。
摩多羅神の引き起こした異変の余波によって大打撃を受けていた人里。天候不純が要因の不作により、あわや飢饉の様相であった。そんな折、ある噂が人里を駆け巡った。まるで渡りに舟とばかりに広まったその噂。尾ひれが付くのは口伝の常であるが、そんな余分など必要もない程に内容は強烈、かつ人々の想いを形にした、誂え向きの、都合だらけの代物。
――『願い石』。
それはどこにあるのか、どのような形であるのか、まるでわからない。わからないにも関わらず、求めれば現れるその奇怪な石は、どんな願いでも叶えてくれるのだという。
そんな賢者の石すら裸足で逃げ出す『願い石』により、人里は救われた。
――かに、見えた。
次第に粘る暗闇を湛え始めた隠れたる者は、救われたはずの人間に牙を剥きはじめる。
『願い石』に代わり、天狗による人浚いが噂されはじめたのである。
言うまでもなく、天狗による人浚いなど、最早過去の話。浚う利も無いのならば、巫女による蹂躙を招く事態にすらなりかねない。さらに、浚った天狗の外見も鼻の高いものから全身が羽で被われたものまで千差万別。
そんな奇妙な怪異に着目したのは、鴉天狗、射命丸文であった。
文は天狗浚いの痕跡を調べた末に、人里と『妖怪の山』を隔てるように位置する森にて、偽天狗を写真に捉えるつもりであったのだが、出会ったのは予想外の存在だった。
――記憶を無くした姉弟。
人里の往来では少々目立ち、妖怪の中であっては地味な印象を持つ二人の人間。どうやら記憶を失っている。
射命丸文はこの二人を渋々ながら"守らねば"と、考えたという。確かに天狗は人里を守り、陰ながら人々の営みを瞳に焼き付けている。しかしそれは、人里の実質的な支配という打算から来るものであり、利益を含んだ行動だ。しかしこの時、打算など欠片も無かった。
刹那、二人と一妖の前に、驚異が舞い降りる。赤黒く鋭い瞳に不気味に笑う嘴、全身を濡羽色の羽毛に被われた偽の天狗は、人間二人をつけ狙う。
射命丸文は部下である犬走椛の協力を得つつ、辛くもこれを退けた。二人の天狗は、再び怪物が姉弟を襲うことを危惧し、『天狗の里』で匿うことに。
一方で人里の不漁、不作も深刻だった。しかしこれは取引材料に使えると踏んだ射命丸文は、人里への食料配給を条件に、『幻想郷』中に扉を配した摩多羅隠岐奈に対し、怪物の正体とその対策を引き出す。
古より人間の天敵として闇に生き続ける魔獣。それこそが、あの怪物の正体であった。また『願い石』も、怪物が人間を喰らうための餌に過ぎなかったことも判明する。
そして――あの姉弟も、願いを叶える力により、一時的に蘇った仮初の命であるとわかってしまう。その命が尽きるより前に、怪物は姉弟に意図せず渡してしまった願いを叶える力の一端を取り戻さんと追っていたのだ。
――決意する。
仮に今にも消えようとしている命でも、袖触れ合って、同じ食卓を囲み、共に笑えば多生の縁なのだ。
射命丸文と犬走椛は完全憑依と背中の扉、姉弟の命を賭した願いの力により、怪物を殲滅することに成功。
解放され、消え行く喰われた魂達の中に姉弟の残滓を感じながら、新たな旅路の無事を祈る。
こうして二人の天狗により、異変は解決されるに至ったのである。
誰も彼も、覚えてはいないけれど。
文々。新聞 第百三十二季 神無月の弐 一面記事より抜粋、再編。