5. 英霊―consolation―
例大祭当日。
その日はまさにハレの日だった。
雲一つ無い晴天。少々春風が強いものの、幟の文字がしっかり見えるように吹いていると考えれば案外悪くない。
集う人々の嬉しげな声、河童をはじめとした商人の声、そして祭事の目玉を鼻息荒く解説する巫女の声。どれもがこんな日には丁度いいと感じる。人間も妖怪も、神や幽霊だって、騒ぐ時はとことん騒ぐぐらいが納まり良い。後始末を気にするような、控えめなのはよろしくないのだ。
そんなことを思考しながら、件の後始末に辟易するのはどうせ自分だからと、楽しむ決意をした椛は、鬼の拳程はあろうかという大きさの麦飯握りを頬張りながら、『守矢神社』の全景を樹上より眺めていた。本当に盛況だ。ほとんどが噂の空中索道に乗る次いでと言った感じにも見えたが、あとは商人側の手腕によって客になるか否かは変わるだろう。
竹筒のお茶を飲み、一息つく。
ふと、本殿の後ろ、泉跡に並ぶ人々が眼に入る。なんでも、突然現れ突然消えた、奇跡の泉と銘打った見せ物なんだとか。酷い目にあったと言うのによくやると、神々すら呆れていた。結果的に目玉の一つとなっている以上、成功しているのは如何ともと言ったところ。
あの一件の直後、潜った感覚よりも存外浅かった泉は、それでも十二分に巨大な穴と、中心部には砕けた青銅鏡のみが残り、水の一滴まで忽然と消失。同時に文と早苗も無事元に戻った。神奈子曰く、あの泉自体が身体の一部みたいなもの故、核消失に呼応したのではないかとのことだが――正直なところ、少しだけ惜しくもある。
異空間に根を張った友人の右腕。彼女とは今一度ちゃんと話したかった。そしてなにより、"彼"の真意をあのひとに見て欲しかった。だがそれも水泡と消えて、最早叶わぬ話である。
伝えるだけなら簡単だ。しかし、それでは意味がない。ただ見てきただけの者の言葉などに、重さなど微塵も無いのだから。
「わっ!」
そんな少しシリアスな思考などお構い無しに、突然背後より投げられた悪意しかない掛け声は、耳朶を激しく打って全身を強張らせた。危うくおにぎりを落とすところであったし、尻尾はさぞ逆立ったことだろう。
そんな様を見て笑うそのひとに、椛は振り返りながら恨めしそうな眼を向けた。
「驚いた? ねぇ驚いた?」
本当に嬉しそうに、弛みきった顔を張り付けた鴉は、優美に空を舞いながらやってきた。陽光に照らされた翼は青みを帯び、身体のシルエットは丘陵のようにしなやかで、風に舞う黒髪もまたそんな彼女によく似合う。今日は少し伸びた髪を後ろで纏めていて、普段とは少し違った印象だ。
わざとらしく嘆息し、出来るだけいつもの不機嫌さを"装って"応える。
「何がしたいんだ、あなたは」
「だって暇じゃない? 出番は明日の正午からだし」
出番とは、〈鐘突〉の試合のことである。守矢例大祭は二日開催。一日目の目玉は例の泉。二日目の目玉が二人の剣戟というわけだ。既に会場は出来上がっており、試合に出る関係で他の仕事が割り振られなかった結果、出番まで暇を持て余しているのは事実であった。
が、暇だからと来たとは、まぁいけしゃあしゃあと宣うものだと呆れるしかない。しかし何故かあり得ないほどに上機嫌で、少し薄ら寒さを感じる。
「だからって……私で遊ぶのはやめてくれませんかね」
「まぁまぁ」
にへらとしながら徐に、髪をわしわしと文はかき乱してくる。この感じは随分と久しぶりな気がした。
――どうにも、ぎこちなくなってしまう。
話したいこと、聞きたいこと、沢山あるのに忌避してしまう。言うなれば、眼下に広がるは記憶の地雷原。そこを歩けと言うのだからどうしても尻込みしてしまう。
悩み俯くのを見て、文は座る椛に高度を合わせると、腰に手を当てながら上目遣いをする。
「お互いに積もる話もあるでしょうし、今日は試合前夜だし、呑みにいきませんか?」
肩が跳ねる。願ってもいない提案だった。しかしどうしたものかとも思う。下手な場所で話したくはない内容であるし。店の選別は重要になってくるが――
はたと、氷室にある茶色の瓶を思い出す。
勇気を振り絞り、震える声を悟られぬよう少し小声で、爪が食い込む程に拳を握り込んで、椛の様子にきょとんとした文へ言葉を投げかけた。
「あの……家に来て呑みませんか」
あるではないか。こういう、腹を割りたい時にいい酒が。
◇◇◇
他人を家に呼ぶことは、言ってしまえば多くない。
呼んだところで何をするわけでも無し。稀に来訪者がいても、それは自分から呼んだわけではないし、その回数も両手で事足りる程度だ。
以前、文の方から家に押し掛けたことはあるのだが、椛側の誘いとは、青天の霹靂と捉えられてしまっても致し方ない。とはいえ、それぐらいしてでも話をしなければ――文らしく表現するならば、エンドマークが打てないというものだった。
椛は文を座敷に通し、「おつまみ用意しますね。簡単なものですけど」と断りを入れて台所に立つ。
少し前に使った大根の残りを切りながら、背中のむず痒さを感じていた。
見られている、気がする。いや意識し過ぎなだけかもしれない。文がいるという非日常に何を浮かれているのか。
よくもないのだが、「よし」と一度気合いを入れ直して、炙った魚と大根を甘辛く味付けたタレに絡めていく。あとは適当な乾きものを出せばそれなりの体裁だろう。
つまみと酒瓶、ぐい呑み二つを器用に持ちながら振り返る。台所から見えた文は所在なさげに天井を眺めていたが、こちらに気付くと待ってましたとばかりに頬を綻ばせた。
飯綱丸龍から貰った麦芽酒を文に手渡したぐい呑みに注ぐ。しゅわしゅわと泡を立てる黄金色の酒は、かぐわしい芳香を放つ。自分の分も注ぐと、特に音頭のない、軽い乾杯を交わした。
一気に煽り、飲み干す。泡立つ感覚が喉を過ぎるのは、何とも言えない爽快感を持って、癖になる。それは文も変わらぬようで、すぐに次を注ぐことになった。
暫し、他愛もない雑談や、愚痴を言い合う。休みが減ったこと、そのくせ給金は増えないこと。『鯢呑亭』の新作料理が絶品であったこと、近場の席にいた小鬼がやかましかったこと。本当になんでもない、後に残らぬくだらない話だ。
つまみが無くなり、酔いこそしていないものの、勢いつかせるには丁度いい頃合い。先に切り出したのは文だった。
「私さ、多分ずっと迷ってたんだ。切っ先を鋭く磨けば磨くほど、光に引き寄せられた悪いものが周囲を巻き込んじゃう。今回だってそう。今まで積み重ねて来たものが、一気に崩れて身動き出来なくなっちゃった。
あぁ、私はひとに何かを示せる器じゃなかったんだなーって、諦めちゃおうって。
でもね、ずーっと聞こえてくるんだ……馬鹿な奴がさ、珍しくカッコいい啖呵切って、ボロボロな癖に平気なフリして。本当は泣き虫なくせにね」
あぁ、そうか。
椛は心中、理解する。眠っていた時、きっと彼女も"映画"を見ていたんだ。
あの管理人には感謝しなければならない。
きっと内容は、誰かが誰かを想い――命を賭して奔走する娯楽作だったに違いない。
「それを知っちゃったらさ、そいつに荷物預けて消えようとした自分が酷く情けなくなっちゃった。だから、また立ってみようって思ったんだ」
かつての夢、かつての羨望、かつての約束。そして、かつての後悔。
全てが歩むに重い荷物であったとしても、試しに荷をほどいてみれば、そこにはきっと、次の一歩を踏み出す為に大切なものが詰まっているはずだ。
が、生きていれば荷物なんて勝手に増えるもの。その中身を逐一確認していては、それこそ時間が掛かって仕方ない。ならば全てを背負って尚、歩を進めるに足る力を与えてくれる荷物だけ、取り出せるところに入れておけばいい。
忘れそうになったら、共にある者と共有してしまうのもいいだろう。
今の時代、後生大事に隠しておくなんて流行りはしないのだから。
椛は少しだけ微笑むと、今回の一件で学んだことを実践しようと考えた。
素直になるのは気恥ずかしいし、大変な勇気を必要とするけれど――
「なら、私もそれに同行します。他人を不幸にしただなんて次思ったら、尻蹴っ飛ばしますから」
「こわ」
――きっとその先に、涼やかな風吹く未来が在るのだろうから。
◇◇◇
例大祭二日目。夕刻。
全ての予定が終了し、客が帰った後行われるのは、例により宴会である。
早苗の「子供だって来るんですから、お酒の類いは販売禁止です」という鶴の一声から、酒喰らいの妖怪達は意図せず禁欲を押し付けられてしまったのだ。が、それではいくらなんでも不憫と感じた神奈子は――本人も不満だったのはあるが――打ち上げという体で、酒宴を設けたのだった。
その一席、全身ボロボロの天狗が二人、酒も呑ませて貰えず、ただじっと正座を強いられているのは異様である。
そんな二人を笑いながら写真におさめるのは、酒が入っているからか少々気が大きくなっている、姫海棠はたてだった。
「ねぇなんで? なんで二人して正座させられてんの?」
はたてはゲラゲラと腹を抱えて笑い、文の頭をばしばしと叩きながらシャッターを切りまくる。完全にタガが外れてしまっていた。
それを俯き押し黙って耐える二人。このようなことになってしまったのには訳がある。
それは二日目の目玉である〈鐘突〉の試合、その少し前のことだった。
一人の白狼天狗、椛の応援に来た友人がこう聞いた。
「昨日、この子の家に二人で入っていきましたが、一体何をされていたので?」
瞬間、世界が凍り付く。
首関節がブリキ仕掛けになったのではないかと錯覚してしまう程に、ギギギとぎこちなく、文と椛はそんなセンシティブな話題を振った友人(邪悪)を見る。
最初に"言い訳"をしたのは文だった。
「この子に一緒に呑まないかって誘われたのよ! 今日の試合が不安だからってさぁ。仕方ないわよねー! これでも! 上司だからさぁ!?」
眼が遠泳もかくやとばかりに泳ぎまくっている文の、その擦り付けた言い方にそこはかとない苛立ちを感じた椛は、声を荒げる。
「はぁ!? 誘ったのはお前の方じゃないか!! 飯綱丸様にいいお酒を頂いていたから、せっかくだし振る舞ってやろうという部下の真摯な心遣いを、そんな風に無下にされるたぁなぁ!?」
「なーにが真摯な心遣いよ! 今にも泣きそうな顔して悩み相談とか、ほんっとに昔から尻尾振っときゃ優しくしてもらえるって勘違いしてる節があるわよねぇあんたは!?」
「はぁぁああぁ?? 弱ってる時に嫌がらせに来る辺り、お前の甘えん坊のが余程迷惑千万なんだがぁ!?」
不毛も不毛。砂の大地を掻き分けて、湿地帯に適した種を植える程に不毛なやり取り。
その後もやり合いは続き、いよいよ試合の刻限になり、呼び出される。待機所の関係で別れざるを得なくなった時、椛は鼻息荒く宣戦布告する。
「試合で勝った方の言い分が正しい、それでいいな?」
「わざわざ負ける試合で賭けるとか正気? やったろうじゃないの!」
それを少し後ろで見ていた友人は、何やら満足げににこにこしていたという。
結局、頭に血が昇った二人に奉納に誂え向きな試合など出来るわけもなく、笑顔のままこめかみに血管を浮き上がらせる上司のことにも気付かず、半ば子供の喧嘩のような内容――ただ客は大いに盛り上がった――を衆目に晒してしまう。
結果は早苗レフェリーストップ――曰く、「私が見たかったのはこういうのじゃありません!」――による引き分け。
そして大天狗の不興――後に菅牧典には好評であったと聞く――を買った二人は、皆が酒気をはべらせている最中、ただ粛々と頭を垂れるのみという悲しみに暮れるのであった。
そんな二人を見ているのは、酒が入り前後不覚となったはたてだけではなかった。
三人の天狗より少し離れた席で、主に警備を担当していた白狼部隊が酒を片手にハメを外していた。彼女らからすれば、二日間酷使されたうさを晴らす為の酒宴だった故、騒がにゃ損とばかりにいつもよりはしゃぎ方が派手目である。
そんな中に一人、左手に一合升を持ちながら、漫才の様子を眺めるのは隻腕。
「しっかし、射命丸様も可愛いところがあるんだなぁ。正直苦手な手合だったんだけど、ちょっといいかもってなったよ」
「可愛いと言えばあのひとの書いた字、見たことある? 私前にメモ書き見たんだけど、めっちゃ丸文字でさぁ」
「なにそれ意外。そういうの来るものあるわねぇ。ねぇねぇ、あんたはどうよ」
隻腕の白狼は「え? なにが?」と聞き返す。外野の戯れ言はまるで耳に入っていなかった。
話題を振った白狼はその淡白な反応に肩をすくめて、再びくだらぬ話に執心しはじめる。
彼女は升を置き、"かつて無くした右腕"を擦る。
大切な友人を罪悪感で縛り続けた右腕。苦労がないわけではないが、それでも気にしないで欲しいという言葉に真実味が無いと受け取られ続けていた。
そんなこともあり、最近は疎遠であったのだが、ついこの間、友人――犬走椛は突然仕事場にやってきて頭を下げた。
困惑していると、椛は言う。
――「今まで私の勝手な後ろめたさに付き合わせてしまって、ごめん!」
それは、彼女がはじめて今の自分を――犬走椛という勇敢な天狗の剣士に"救われた"自分を肯定する一言であった。
隻腕は、それがたまらなく嬉しい。
きっと"良心を失っている"自分は、今日みたいに迷惑を掛けることもあるだろうけど、再び対等な友人でいられるなら、どれだけ幸運であろうか。
腕が無いのは、きっと端からみれば不幸そのものであろう。しかしそんなことはないと隻腕は考える。
ぐいと升を煽ると、空になったそれを他の白狼に突き出す。するとどこからともなく新たな酒が注がれるのだ。
「まぁ、擬似的な上司気分は悪くないからね」
律儀に注ぎながら怒号を散らす白狼の抗議を受け流しながら、遠巻きに沈んでいる二人を見る。
不幸を背負わなくてよくなった友人。その幸せまでの行く末をデバガメすることこそ、今の自分にとって最高の幸福であるのだから。
◇◇◇
聞こえてくる。
誰かが泣いてる。
身体を犯す暗闇にまみれた世界で、その幼子の放つ音色は灯台のように船頭を導く光だった。
――「怖れて、苦しんで、それでも他人を想うからこそ、離れることが悲しいんだ」
聞こえてくる。
そんな絶望をも抱き締めた、希望の声が。
彼女は理解していたのだ。その上で、背中を追い続けていた。
自分は振り返らず、早く諦めてくれだなんて、思っていたのに。
カシャッ ブツッ カラカラカラ
聞こえてくる。
――「どうせ私のことを子供だと思ってるそうに違いない。だからこんな舐め腐った上から目線で物事が言えるんだ。
挙げ句弟子を頼むだ? その上、弟子の目の前で腹を切ろうとしたのか? どんだけ荷物を押し付ける気なんだよあの阿呆は! 死にたいなら隠れてひっそり一人で死ね!」
あまりに酷い言われように、思わず笑ってしまう。
でも確かに、自分勝手だと言われても否定は出来ない。するつもりもない。それでも彼女を解放出来るなら、構わないと思った。
離別の傷など、そのうち慣れるから。
と、誰かに背中をとんと押された。光の奔流に飲まれながら振り返れば、そこにいるのは見知らぬ白狼――
カシャッ ブツッ カラカラカラ
瞼を開く。そこは既に暗闇ではなかった。
早朝の山。視界に入るのは、随分と年季の入った掘っ立て小屋のような趣ある、哨戒部隊の詰所。
立て付けの悪い引き戸を開けて中に入る。
達磨ストーブが焼けるチリチリという音。隙間から入る風の音。そして長椅子に座り、眠りこけるいとしき子の静かな寝息。
傍ら、長椅子に立て掛けられた美しい拵えの朱鞘の刀を手に取った。刃を半身抜いて見れば、眩く、鈍く輝きを放つ。随分熱心に手入れがされているようだった。出会いの剣。そして、約束の剣。
視線を気持ち良さそうに寝ている持ち主に向ける。
この日、この刀を選んだのは偶然なのだろう。しかしそのちょっとした偶然が、数多ある発端の一つであったのだ。
刃を鞘に納め、長椅子に立て掛ける。と、バランスが良くなかったのか、朱鞘は盛大に転び、静かな詰所に"大工の木槌よろしく軋む床板を打った"ような、軽快な音を響かせた。
慌て、逃げるように詰所から出る。暫く走った後、息を吐く。
と、虚空から、何かを切り換える音がする。それは昔聞いた、早く早くと急かす声にどこか似ていて――
カシャッ ブツッ カラカラカラ
それは守るに値する人の子の想い。
最後の願いの欠片。
――「私は――さんを助けたい。あの人の想いに、応えたい。だから、手伝って」
――「僕は――のお姉ちゃんを助けたい。あの人は勇気をくれたから、今度は僕が」
勝手に決め付けていた。呪われて当然の帰結であると。
でも違った。
二人は最期、笑顔だった。恨むどころか、力になりたいと、少ない篝火を燃やし尽くしてでも――
カシャッ ブツッ カラカラカラ
内に巣くう怪物の甘言に乗り、國に持ち込まれてしまった青銅鏡。
部下より献上されたその悪魔の依り代。
最初に見たのは、全てを委ねてしまった男の末路だった。
しかし、今眼前で青銅鏡と相対する男は、見知らぬ行動に出た。
朱鞘の刀を抜いて、鏡を突き、割ったのだ。しかし切っ先を中心に蜘蛛の巣のように入ったヒビは、逆回しのように再生していく。
――「部下を、民草を、こんなやつの手に堕とすわけにはいかない。私は約束したんだ、あのひとと……。どんな悪鬼羅刹にも、負けはしないと。必ず人々の営みを、守って見せると!!」
そうか、そうだったんだ。
彼は喰われる最期の一瞬まで、約束を違えてはいなかったんだ。
弱き者達の、守りし者としてそこにいたんだ。彼は英雄だったんだ。
間違ってなかった。自分がやってきたことは、ちゃんと彼らを――
カシャッ ブツッ カラカラカラ……
全ての上映プログラムが終了し、白幕には何もない、真っ白な世界だけが映し出されている。
気が付けば、一つ開けて隣の座席には白狼天狗が座っていた。
「如何でしたか? 有志によって集められた映像を繋ぎ合わせただけですが、いい映画だったでしょ。タイトルは……"希望の肖像"とかどうです? ちょっと斜に構えた感じもありますが、今のあなたにはぴったりだと思います」
黙ったまま、席から立ち上がり、この慰めの世界を出ようとする。
止まってなどいられない。
白狼はその歩みを制止することは無かったが、思い出したように聞いてきた。
「刀はいらないんですか?」
両手で刀を掲げる白狼に振り返り、笑みを浮かべて、自信満々に答えてやる。
もう、迷う必要は無い。
「私にはいらないの、それ。所詮は一介の鴉、鴉に鋼の牙は重過ぎる。
でも、牙を持つことで守れるものもあった。得られるものもあった。そこはもう、後悔しない。私が後悔してしまったら、彼/彼女を侮辱したも変わらないから」
そう、鴉に牙は無用なのだ。
今はもう、牙の代わりが別にある。
出口の先、光の中に見えるのは共に歩める帯同者。まだ未熟ながら、頼りになる、大切な友達。
深呼吸をする。心を落ち着ける。喉の調子を整える。
開口一番、目一杯に呼んでやろう。
そのいとし子の名前は――
「椛ッッッ!!!」
◇◇◇
新たなフィルムが回り出す。
新たな物語(はなし)を紡ぎ出す。
映し出すのは二人の行く末。
集う英霊達(ひとら)はそれを見る。
映画の名前(タイトル)どうしよう?
そうだそれなら――鴉/狼(あろう)がいい。
これは二人の物語。
クオリティが違い過ぎて、自分を殴ってやりたいです(苦笑)。地の文の作りがすごい…
文の長年抱いた苦悩と、椛が追いかけ続け、強く難敵を切り抜けていく過程が、緻密に作り上げられた過去譚や伝承・戦闘などを通して描かれていて、とても面白かったです。龍や典、アビリティカードもうまいこと取り入れていてすごい…
後、麦芽酒(ビール)の使い方が本当に精密で、個人的にとても好きです。
ありがとうございました。
迫力あるバトルシーンや緻密な心情描写も素敵でした。楽しませて頂きました。