Coolier - 新生・東方創想話

Wriggle's BAR 魔法使いの愛馬

2020/09/13 22:10:20
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少女の泣き声が、ようやく落ち着いてから。
再び、セレナーデが奏でられ始めた、お店の中で。
「さて、魔理沙」
気恥ずかしそうに、タオルで顔を隠したままでいる少女に。カウンターの中に戻りながら、店主は言います。
「今日はもう一杯、おすすめしたいのがあるんだけど。おごらせてくれないかな?」
そう言いながら、店主はすでに、棚から取り出した一本の瓶を手に持っています。どうやら、ここは少し強気で行くつもりのようですね。
だから、少女も苦笑して。
「ありがたくいただくよ」
涙で赤くなった目を細めて、言いました。
「オーケー。ちょっと待っててね」
店主も嬉しそうに言って、手に持っていた瓶を少女の前に置きました。そのラベルには、ウォッカとあります。
次に、ジュースの瓶を取り出して、ウォッカの隣に並べました。この時、瓶のラベルがお客さまに見えるように並べるのが、バーのルールです。どんな材料を使うのか、なんという種類のお酒なのか、それがお客さまにわかるように。
少女は顔を隠すタオルごしに、それを見ています。
そして…… そのジュースのラベルを見たからなのでしょう。少女は、かすかに吹き出すような息をもらしました。
店主はそれに気づいてか、気づかずか。ラベルにライムと書かれたその瓶の隣に、もう一本の瓶を並べました。
さきほども使った一本。ジンジャーエールの瓶を。
「――ふふ、はははっ……」
少女は、ついに笑い出しました。
タオルで目元を押さえながら。また、泣いてしまったのかも知れません。
でも。そのちいさな笑い声は、嬉しそうでもあり、恥ずかしそうでもあり…… そして、とてもすがすがしいものでした。
少女は、言います。
「私としたことが…… 最初から、それを頼めばよかったんだな。 ……モスコミュール、だろう?」
店主は目を細めて、うなずきます。
「正解。さすがだね、魔理沙」
少女はまた、笑いました。一本取られた、と言いたげな、嬉しくて恥ずかしい笑い声が続いています。
そして、もう、手にしたタオルに顔を埋めてしまうことはなく。
少女は、笑顔で言いました。
「困ったな、もうあげる座布団がないぜ。取りに行かなきゃいけないじゃないか」
高らかに、晴れやかに――
「座布団投げが得意なやつのところに、さ……!」
もう、一切の迷いもなく――



     ☆ ☆ ☆



――あ、待った。リグル
――ん?
――ちょっとリクエストがある。ルール違反かも知れないが
――なあに?
――このグラスで、作ってくれないか?
――あ、ごめん。グラスを下げ忘れてた。ルール違反ばっかりだね
――いいさ。それで思いついたんだからな
――ふふ、了解。これもまた、運命ってやつかな?
――そうだな。その通りさ!



グラスを満たすカクテルは、モスコミュール。
でも、このグラスは、少女の愛馬。
再び少女の前に戻ってきた愛馬に、ふたりの視線が注がれています。
「アルコールは弱く、量も少なめにしておいたから、一気でも行けるよ」
「はっは、さすがにバーでそんな行儀の悪い飲み方はしない…… と思ったが、たまには悪くなさそうだな」
少女はいとおしげに、愛馬の首をなでて。
「いただくよ、リグル」
うなずく店主の前で、グラスを高く掲げて。
「さあ、また遠出だ……!」
そして、少女はまた、愛馬にくちづけをしました。



運命は、馬の顔が向く方に。
さあ。少女の愛馬は、今度はどちらを向いたのでしょう。




☆ ☆ ☆



愛馬との短いくちづけを終えた少女は、席を立って言いました。
「よし。それじゃあひとつ、蹴られてくるとしようか。日が変わる前に、さ。クロコマのサキに、だったっけ」
「モスクワのラバね」
「そうそう、それそれ。惜しかった」
ひと文字も合ってませんが。
お会計も済ませて、カウンターから出てきた店主から帽子を受け取ると、少女はドアに向かいました。
店主はその後ろを、少し遅れてついて行きます。
ドアの前までくると、少女は帽子をかぶり、片手をぱっと広げました。また、ポンッという音を立てて煙と星屑が弾けて、その手の中に箒が現れます。いつ見てもお見事。
「あー……」
そして、少女は振り向きました。体ごとしっかり後ろに向き直ると、三歩ぐらい後ろに控えていた店主に、真正面から向きあって。
「ありがとう、リグル」
照れくさそうに。でも、その顔を決して逸らすことなく、言いました。
まったく、普段の少女らしくありません。ありがとうという言葉を、ここまで素直に何度も口にする姿など、本当に誰ひとりとして見たことがないでしょう。このバーの中だけの秘密ですね。
店主はただ、にっこり笑ってうなずきます。今夜の秘密が、店主と少女の仲を今まで以上に近づけてくれたこと。これもまた、間違いありません。
「あー、それと……」
と、少女はふいに店主の方から顔を動かして、言いました。
お店の一番奥にある、ピアノの方に向かって。少しだけ、声を張り上げるように。
「――ミスティア、おまえも!」



――セレナーデが、止まりました。



「……ふふっ」
一本取られましたね。
ただ、お店の中に流れる音楽に徹するだけだった私にまで、声をかけてくれたとなれば。もう、ここに座っているわけにはいかないでしょう。
ゆっくりと、お店の奧からドアに向かいました。少女はそこを動かず、急かすこともなく、待ってくれています。
そして、私が店主の隣にまでくると、少女は言いました。
「お茶を淹れるのがうまいとは知らなかった。屋台で出してもいいんじゃないか?」
「隠してたのよ。屋台って雰囲気じゃないもの」
「はは、違いない」
少女は、笑いました。
私も、店主も、笑いました。ドアの前は、今日一番の和やかな空気につつまれています。
「……おいしかったよ、あのお茶も。また飲ませてくれよ」
「うわー、不気味だわ」
「うわー、不気味だよ」
「私も言ってて自分で不気味だぜ……。ここだけの秘密にしといてくれ」
「ふふ、わかったわ」
「ふふ、了解」
そして、また三人で笑います。
名残は尽きません。でも、時間もありません。
そう。早くしないと、日が変わってしまいます。



少女は姿勢を正し、私たちを交互に見ながら言いました。
「ありがとう、ふたりとも」
無言でうなずく私たちに背を向け、少女はドアを開けました。
どこに行くべきかも、なにをすべきかも、すべて決めた今。もう、運命は止まりません。
「またくるぜ。今度はまた、あいつと一緒にさ!」
「行ってらっしゃい。待ってるよ、魔理沙!」
どこまでも力強い、少女の声と。
嬉しくて誇らしげな、店主の声と。
なにも言わず、ただ笑顔で手を振る私の姿を。
その場に残して、ドアは閉まりました。
ドアベルの音が鳴りやまぬうちに、大きな風が地面を叩き、舞い上がる音がしました。その音は、ぐんぐん遠ざかって行きます。
星屑を散らしながら空を駆ける、流れ星。ドアの向こうに、その姿がはっきりと見えるようです。



店主は、なにも言わず。
ただ、その音が聞こえなくなるまで、じっとその場に佇んでいました。



運命は、馬の顔が向く方に。
カウンターでは、見事にその役目を果たした少女の愛馬が、眠りについています。
少女の愛馬は、確信して疑わないでしょう。今宵の少女の運命が、甘く甘美に幕を閉じてくれることを。
だって、そうでしょう?



その運命は、少女の愛馬によって決められたものではなく。
それを見ていた少女みずからが、自信を持って決めたものなのですから――

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