Coolier - 新生・東方創想話

Wriggle's BAR 魔法使いの愛馬

2020/09/13 22:10:20
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運命。
誰しもの前にあり、しかし、誰にも見えないもの。
それは、どこから始まり、どこへと向かうのか。



「――さきほど、おっしゃった通り。グラスのふちにかけられたレモンの皮が、馬の首のように見えるから、こう名づけられたのだと。そう言われています」
店主の言葉に、少女はその『馬の首』を指先でなでながら言います。
「……運命は、馬の顔が向く方に、ってことなのかな」
「ご明察です。そういった意味もあるのでしょう」
「でも……」
少女はその指を、グラスの横でくるくると回すように動かしながら。
「どっちかというと、私が気になるのは、こっちかな?」
「はい」
店主も同意を示します。少女の指先にあるのは、グラスの中を彩る、黄色い螺旋模様。
「螺旋ってのは『運命』の象徴だからな。渦を巻くように、巡り廻る……ってな」
「ええ」
店主は、嬉しそうに。
でも、少女はここで、少し暗い顔をして……
グラスを指でなでながら、言いました。
「……でも、運命って言葉は、あんまりいい意味では使われないことが多いな。『こうなる運命だったんだ』とか言えば、だいたい別れるか死ぬもんな」
その顔に浮かんだ、暗い苦笑いと……
そして、その言葉には。深い自嘲と自傷の念が込められているように、感じられました。



だから――
「そうですね……。だからこそ」
店主は、穏やかに言います。その姿勢を、決して崩すことなく。
「――運命を占う、願をかける。悪運を断ち切り、幸運を引き寄せる。人は、そういう風習を大切にしてきたのでしょう」
そして、その目を少女の手元に向けて。
「このカクテルも、そのひとつです」
少女は顔を上げて、店主を見ます。
店主は答えます。物語を、語ることで。
「馬の首、と名づけられた、このカクテルは。かつて、アメリカの大統領が、遠出をする時に愛馬の首をなでながら飲んだものだ…… と言われています」
その言葉とともに。
店主はまた、愛おしむような目を、少女の手に向けました。
「――運命は、馬の顔が向く方に」
そして、店主が続けた言葉に。
「…………ぁ」
はっとしたように、少女はかすかに声をあげました。



店主の言葉に耳を傾ける間も。
暗い運命を語る間も。
少女の指は、ずっと、グラスをなで続けていました。



そう。
それは、まるで…… 愛馬の首をなでるように……。



☆ ☆ ☆



「――でも、運命っていうのは、案外簡単に変わるものなんですよ」
少し、砕けた口調になって、店主は言いました。
場の空気が変わったのを感じてか、少女も「馬の首」から指を離し、店主を見ます。
「運がいいのに越したことはないけど、それを引き寄せるのも自分次第だ、っていいますものね。
 たとえば、このカクテルですが……」
店主の目線は、馬の首へ。
それを追って、少女の目線もまた。
「……この螺旋模様は、上に昇っているのか。それとも、下に降りているのか」
ふたりぶんの視線がグラスに注がれる中、店主の言葉は続いて。
「どちらだと、思いますか?」
その言葉に、少女は店主を見て、馬の首へと目を戻して……、
「…………」
果たして、即答せず。
竹を割ったように真っ正直なこの少女が、こんな単純な質問の答えを迷うとは。普段の少女であれば、あり得ないことでしょう。
でも、それこそが――
「――正解です」
視線を落とし、考え込むようなしぐさを見せたままの少女に、店主はほほ笑んで言いました。
「…………?」
少女は怪訝な顔で、店主を見ます。
店主は静かな顔で、答えます。
「この質問に、答えはありません。どちらにも見えるし、どちらにもなります」
「…………」
少女の目線は、店主と馬の首とを行ったりきたり。
店主は言葉を続けます。
「だから、どちらに見えるのか考え込んだこと。『運命』の本質はそこにある、というふうに見ることもできると思うんですよ」
「…………」
少女は、なにも言いません。
店主の言葉に、考えを巡らせている様子です。そしてきっと、店主の語りがまだ途中であることをわかっており、黙って聞き入る姿勢を示しているのでしょう。
でも、このお話の到着地点はもう、すぐ先に――
「たぶん、このカクテルを最初に作った人も、このカクテルに『運命』という言葉をつけた人も、この螺旋模様が上か下かなんて決めなかったと思うんです。
 いいえ、『運命』とつけたからには、それを決めてしまってはいけなかったんですね。
 なぜなら――」
「…………」
「――なぜなら。たとえば『このカクテルは螺旋模様が上に向かって行くから縁起がいい』だなんて決まっていたのだとしたら、運命を占うものとはいえなくなってしまうからです」
「――それだっ!」
まるで、弾かれたように。
ずっと黙っていた少女が、大きな声を上げました。
「そうだ、それだよ……!」
カウンターの上に、身を乗り出さんばかりに。大きな瞳を、きらきらと輝かせながら。
店主は、うなずきます。満ち足りた笑みを、顔いっぱいに浮かべながら。



その反応を、待っていた。
やっと、その姿を見せてくれた。
そうだ。それでこそ――



少女の声が、お店の中に踊っています。
「そうだよ。『こうなる運命だったんだ』なんていうが、それは誰が決めた? いつ、どこで」
静かに、でも、高ぶる気持ちを隠しきれない声が。
「どうやって決めるんだ? そもそも、誰が決めるものなんだ? 神さまか? ……そうじゃないだろう」
手の中のグラスに、目を注ぎながら。
それは、まるで、愛馬に語りかけるように……。
「なるほど。馬の首がいつもいつも上しか向いてないのなら、もう上にしか行かなくなってしまうわけだな。それはそれで、最初は決まり手を切るっていうポリシーにはなるのかも知れないが」
そして、少女と愛馬の周りに揺らめくは、蛍の光。
店主の声も、少女の声に並びます。
「どちらにしようかな天の神さまの言うとおり、棒が倒れた方に行く、っていうのもありますけど、それともちょっと違いますね」
「同じ神頼みでも、右か左かわからないのと、上に行けと言われるのとじゃ大違いだな」
「その通りです」
「それこそそんなの、自分で棒を倒してすらいない。ただの道案内、言われるがままだ」
「決められた運命になっちゃいますね」
「うまい! 座布団一枚っ!」
店主に向かってパチンと指を鳴らしながら、少女は声を弾ませました。指先から飛び散った星屑が、カウンターに降り注いで消えて行きます。
と、その中のひとつが、グラスの中に落ちました。
ふたりが『あ』という顔をしてそれを見ている中、ちいさな星ひとつは、螺旋模様をたどるようにグラスを下へと降りて行き、
やがて、すう……っと消えました。



「――星は、空にこそ、あるものなのか」



店主が、言います。
「それとも、地上に降り注ぐものなのか」
消えた星を、追いかけるように。
「螺旋模様は、上か下か」
少女も、続きます。
「馬の首は、どっちを向いているのか。その時の自分には、どう見えたのか……」
溶けて消えた星ごと、愛馬の首を両手でつつみ込むようにしながら。
「『どちらが正解か』ではなく、『どちらに見えたのか』が大事なんだ。それを見ていた自分が決めるものなんだな。運命なんてものは」
両手の中にある、愛馬の顔を、じっと見つめながら。
「そういうことです、きっと」
「そういうことだな、たぶん」
ふたりは、穏やかに、ほほ笑みを交わして。
ふたりで、言葉を紡いで――



ふたりの目が、交差する先で。
愛馬の首の中、溶けた氷がカランと音を立てました。
『その通りだ』と、うなずくように……。

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