Coolier - 新生・東方創想話

Wriggle's BAR 魔法使いの愛馬

2020/09/13 22:10:20
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カウンターにひじを突き、組んだ手にあごを乗せるなどしながら、ため息ひとつ。
それに続けて、少女は言いました。
「仕方がない、座布団一枚の代わりにそいつをいただくとしよう」
一本取られた、という言葉通りなのか。おもしろいんだけど、少しおもしろくないような。そんな顔をしています。
でも、そんな顔をしながら、少女が次に口にした言葉は。
「しっかし、作ってくれないとはなあ。おまえまで『ギムレットにはまだ早い』とか言うつもりかよ?」
なるほど。むくれた顔は、この言葉のために作ったようですね。その言い方も、組んだ手の上から店主を見上げる目つきも、かなりオーバーアクションです。
「そんな言葉まで知ってるなんて、詳しいってのは本当なんだね」
店主は苦笑しっぱなしのまま、言います。その手には、レモンとナイフを持って。
早くカクテルを完成させて、少女のご機嫌を取らねばなりませんね。
「おー、この魔理沙さんは勉強熱心なんだぜ。とはいえ……」
「とはいえ?」
店主はレモンにナイフを入れます。
「知らないやつはまったく知らないけどな。たとえば……」
「たとえば?」
答えながら、店主の手は淀みなく動いています。ナイフの刃に当てたレモンをくるくると回し、螺旋を描くようにレモンの皮が剥かれて行きます。
それをじっと見つめながら、少女は言いました。
「……おまえがなにを作ろうとしてるのか、さっぱりわからん。なにに使うんだそれは」
あはは、と店主は小さく笑って。
「種類が多すぎるからね、そりゃ知らないのだって出てくるよ。私だって、そんなにたくさん覚えてないし」
レモンを回す手が止まります。
「おいおい、バーテンダーがそれ言っちゃっていいのかよ?」
「いいんだよ、普段の調子だもん」
「はっは、座布団一枚持ってくぞこんにゃろう」
ふたりで笑ったところで、店主はナイフをまな板に置き。
上から下まできれいに剥かれ、一本につながったレモンの皮ができました。



ここからはもう、黙って見ている。
カウンターに流れる空気が、そういうものに変わりました。



店主は用意してあったグラスを手元に置き、バネのようになったレモンの皮を手に持つと、ゆっくりとそのグラスの上に持って行きました。
一本につながった皮の、片方の端を、落とし入れるように。そして、もう片方の端は、グラスのふちにかけるように。
グラスの中に、レモンの皮が描く螺旋模様ができました。
少女は背筋を伸ばし、ひざの上に手を揃えて、じっとそれを見ています。



次に、そのグラスの中に氷を入れます。
これも、適当ではありません。どの大きさの氷を、どんな順番で、どの位置に、いくつ入れるか。
それによって、できあがった時の見栄えが変わってきます。もちろん、味も。
だから、バーテンダーの数だけ、グラスと氷のルールがあります。それに従いながら、しかも今回は、グラスの内側に走るレモンの皮を崩さないようにも気をつけながら。
ちいさな音を立てて、氷がひとつずつ、グラスの中に積み重なって行きます。



カクテルというと、バーテンダーが両手に持ったシェイカーをマラカスのように振る、という光景が思い浮かびますが。
カクテルの作り方は、それだけではありません。材料となるお酒やジュースをグラスに入れて、スプーンで混ぜるというやり方もあります。このテクニックを、ステアといいます。
混ぜない、というやり方もあります。この国になじみ深い言い方をするなら、お酒を別の飲み物で『割る』というのがそれですね。
このテクニックを、ビルドといいます。今、店主が作ろうとしているカクテルは、これで作るものです。
店主は右手にブランデーの瓶を持ち、左手に構えたメジャーカップに一番上まで注ぎます。そして左手を傾ければ、量られたブランデーはメジャーカップから、レモンと氷に彩られたグラスの中へ。
まずは、ここで一度ステア。ブランデーを、氷でよく冷やすためです。



そして。
ジンジャーエールを、そのグラスの中へ。
ソーダが泡立ちすぎないように、先に入れたブランデーときれいに混ざりあうように。なによりも、ソーダが氷に当たらないように、氷とグラスの間に隙間を作って、そこに注ぐこと。
ビルドというテクニックは、単にお酒をジュースなどで割るだけではありません。注ぎ方ひとつで、お酒の風味が損なわれたり、ソーダの炭酸が抜けたりしてしまうのです。
簡単なようで、難しい。店主は慎重に、ゆっくりと、ゆっくりと瓶を傾けます。
ブランデーとジンジャーエールが混ざりあった琥珀色の液体が、大きな泡を立てることなく、少しずつグラスの中を上って行き……、
それが、グラスの一番上まできたところで。
店主は手を止め、その瓶を置きました。



仕上げに、グラスのふちからスプーンを差し込み、軽く氷を上下させます。
ここでレモンの皮が描く螺旋が崩れたら、台無しです。だから、これも慎重に、優しく。
そう。カクテルは、優しくしなければ決して作れません。店主の手をじっと見つめ続けている少女にも、きっとそれが伝わったことでしょう。
果たして、店主がグラスからスプーンを引き抜いても、レモンの皮も氷も一切崩れることはなく。
ここに、一杯のカクテルができあがりました。



「お待たせしました」
グラスを乗せたコースターを、指で押して、少女の前に差し出します。
惹き込まれたかのように、少女はグラスに見入っています。そして、店主もその少女を、まっすぐに見て。
さあ、告げましょう。そのカクテルの名を。
今宵、雨の中をたったひとりで訪れたお客さまのために、作られた一杯。
その名は――



「――ホーセズ・ネックです」

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