Coolier - 新生・東方創想話

Wriggle's BAR 魔法使いの愛馬

2020/09/13 22:10:20
最終更新
サイズ
36.84KB
ページ数
9
閲覧数
4127
評価数
12/13
POINT
1240
Rate
18.07

分類タグ


     1



カウンターには、椅子に腰かけた少女の姿。
その手にはもうタオルはなく、代わりに少女の前には、湯気を立てる紅茶のカップが置かれています。
お店の中には、一度は途切れていたピアノの音色が、また流れています。今宵の選曲は、セレナーデ。
まだまだレパートリーは多くないけれど、この少女の耳にも心地よく届く音色であったら嬉しいと。しばらくの間、それ以外にはなにも聞こえない時が続きました。



やがて。
「……ずいぶんと、板についてるんだな」
ようやくひと心地ついたという様子で、少女の口から飛び出したのは。驚きとも、あきれともつかない、そんな声と言葉でした。
「そうですか?」
布巾でグラスを磨く手を止め、店主は問い返します。その姿は淡い蛍色の光につつまれていて、今もその光が、お店の中を照らしています。
『ああ』と、少女は大仰に首を大きく振ってうなずきました。
「始めたばっかの時はさ、もっとこう……なんだ、マネゴトっぽい? 感じだっただろ。服装もそのまんまじゃなかったか?」
しかし店主は穏やかに笑って、
「そういえば、最初はそうでしたね」
「その生足マントのバーテンダーがいつの間にやら、めっちゃ本格的なことになってるじゃないか」
「ふふ、お客さまがたのおかげですよ」
「うわー、不気味だぜ」
「ふふ、これはまた手厳しい」
「いいからいつもの調子に戻れよ、背筋が寒いんだか首筋がかゆいんだかわかりゃしないぜ」
お店の中が賑やかになってきました。



でも、少女は気づいているのでしょうか。
店主にいつもの調子に戻れと言う少女自身が、普段はこんな調子ではないことに。
無礼者を装い、普段と同じように明るく騒がしく振る舞っていても、瞳に宿す光がすっかり弱々しくなってしまっています。
この少女のそんな姿を、いったいどれほどの者が、見たことがあるというのでしょう。



☆ ☆ ☆



カップの中の紅茶が空になったころ。
店主はゆったりと口を開きました。
「なにか、お酒になさいますか? それとも、お茶のおかわりになさいますか?」
「まずはそのしゃべり方をおやめなさいませ、ですわ」
店主のまとう光が、くすくすと笑うように揺れます。
「ふふ、了解」
そうとだけ答えて、店主はまた口を閉じました。
あとは、少女の答えを。
「………………」
少女はまた、もの憂げな視線を空になったカップに落として。
なにか、もの思いに耽っている。そんな様子でした。



まだ、あたたかいものが足りないのなら、お茶のおかわりを。
もう、あたたまっているのなら、お酒を。
さて、少女はどちらを選ぶのでしょう。



そんな、しばしの間があって。
少女は顔を上げて、言いました。
「……ありがとう。お茶はもう大丈夫だよ」
その答えに、店主はにっこりとほほ笑みました。
それはきっと、望ましい答えだったから。
あたたかいものは、もう、足りた。少女の答えは、そのサインに他なりません。



「……強いのが飲みたい」
実に、明快にして曖昧なご要望。
ですが、これもバーの風物詩。
ここから始まる会話の中で、普段はどのようなお酒を飲まれているか、お客さまの好みは、などを把握すること。そしてそこから、お客さまにお出しするのにふさわしいメニューを導き出すこと。ここが、バーテンダーの腕と知識の見せどころです。
「強いお酒、ね。となると、ストレートとかロックとか?」
お店の外での口調になり、店主はまず、第一投を。
「それも悪くはないが……」
返投は、まだ曖昧で。ならばと第二投。
「なにか、作りましょうか。強いカクテルも色々と種類があるけど」
「そうだなあ」
少女はここで、なにやら考えるような仕草を見せます。
一秒、二秒、三秒……
その目をまた、手元のティーカップに落としながら、少女は言いました。
「……ギムレット……」



かすかに。
ほんのかすかに、店主の顔に驚きの色が浮かびました。



そして、確信しました。
少女はきっと、最初からこのカクテルに決めていたのだと。そのために、ここにきたのだと。
これはまた、一筋縄では行きそうにありません。
「……って、できるか?」
顔を上げて店主を見ながら、少女は続けました。
少女はきっと、気づいていません。不安げに訪ねるその顔も、普段の少女なら絶対に見せないようなものであることに。
店主は淡くほほ笑み、うなずきます。
「レシピは知ってる。作ったことも、一応」
お客さまにお出ししたことはない。そういう意味なのでしょう、この言い回しは。
それに気づいたか気づかなかったか、少女は少し遠慮がちに、言いました。
「じゃあ…… それを、頼む」
「ん。少し待っててね」
うなずく店主の顔が描く笑みも、どこか慎重で、努めて明るく。
気持ちと動作を切り替えて、店主はカクテルをお作りする準備を始めました。ここをスピーディに進めるのもバーテンダーの腕の見せどころですが、しかし、お客さまはひとり。
そして、ここは静かにたゆたう光たる、蛍のバー。店主の動きは、あくまで手際よく、しかし、ゆっくりと――
「でも意外。前にきてくれた時には、もっとこう、なんていうの? 好みを聞きながら作るのを決めるというか、そんな感じじゃなかったかなあ」
努めて明るく。店主は少女に話しかけます。まずは、少女の前にコリンズグラスを置きながら。
「さっきみたいにか?」
「そう」
「隠してたんだよ。バーの酒には詳しいんだぜ、私」
「本当~?」
「こんにゃろ、疑うのか?」
「バーとかカクテルって存在自体、ここではほとんど知られてないからね」
次に、棚から取り出したブランデーをグラスの隣に置きながら。



ここで、少女は『ん?』という顔をしました。



「あれ? でも詳しいってことは、ここ以外にもバーに行ったことがあるってこと?」
「あー、まあ、それはその…… 企業秘密だぜ」
「ふーむ。調べてみる必要がありそうかな、これは」
「………………」
店主の手からブランデーの隣に置かれた、次の材料は、ジンジャーエール。
会話を途切れさせたまま、少女は少し眉をひそめて、それを見ています。
ですが、店主が次にレモンを手にした段に至って、
「……待った」
少女は、ついに声を上げました。
「ん?」
店主は手を止めます。
少女は、なんともいえない顔をしながら、言いました。
「……すまん。私の勘違いかも知れないが…… たぶん、注文を間違えてる気がするぞ?」
言うべきか、言わざるべきか。
そんな様子をにじませながら言った少女に、店主はまず、びっくりしたように目を丸くして、
「わ、すごい」
そして、その目を細めて……
「これだけで、わかっちゃったんだ。レシピが違うって」
店主の笑みが表すのは、驚嘆と感嘆。
これには少女も、天を仰ぐばかりでした。またも大げさな動きで額を叩いたりなどしながら、調子の外れた声を上げてみせます。
「おいおい、なんだ確信犯かよ!? 素で間違えてるのかと思ったぜっ」
「ごめんごめん」
店主は苦笑します。少女も、決して怒っているわけではなさそうです。
ですが、思ったことは言っておく。そんな雰囲気でした。
「アドリブってやつか? はーなるほど、それもまたバーテンダーの接客術ってやつだったか」
「もっと自然にできたらよかったんだけどね」
「まったくだ、こんなやり方じゃカドが立つぜ? こういう時は『今日はギムレットよりおすすめしたいものがあるのですが』とか言うもんだぞ、材料を出す前にさあ」
「本来ならもちろん」
「おー、なんだ? この魔理沙さんには本来のやり方をしなかったってのか? こんにゃろう」
笑いながら、お決まりの口癖を持ち出した少女に、店主は苦笑して。
「普段の調子に戻れって言われたからね」
「………………」
少女も目を丸くして真顔になり、
「……一本取られたな」
椅子の上で、小さくなりました。



心なしか、お店の中が明るくなった気がします。
少女と店主の賑やかな声に、蛍たちが集まってきたかのように。

コメントは最後のページに表示されます。