Coolier - 新生・東方創想話

Wriggle's BAR 魔法使いの愛馬

2020/09/13 22:10:20
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少女の手の中、少女の愛馬。
まだ三分の一くらい残っていて、少し氷が溶け始めたグラスを見つめながら、少女は言いました。
「――運命って、どんな味がすると思う?」
なんとも、哲学的な質問です。
でも、『運命』を飲んだ少女が『運命』を作った店主に、それを訪ねるとなれば。答えはもう、決まっていますね。
店主は言います。おそらくは少女の予想通りであろう、答えを。
「そのカクテルみたいな味がするんだと思いますよ」
「はは、こりゃまた座布団一枚だな」
そう。
苦くて、甘い。そして、刺激的。運命と名づけられたこのカクテルは、まさに運命のような味がします。
でも、ということは?
「ということは、つまり」
店 主はいたずらっぽくほほ笑んで、言います。これも、おそらくは少女がもう気づいているであろう、答えを。
つまりは、材料とか分量が少し違うだけでも。作る人が変わっただけでも、それだけで……
「簡単に味が変わる、ということです」
「………………」
少女は目を閉じ、口元には笑みを浮かべて、ゆっくりと大きくうなずきました。
ああ、そうだ。その通りだよ…… と。なにかが染み入るような、そんな仕草。
そして、目を開けて、言いました。ため込んでいた重い空気を、吐き出すように。
「ああ…… そうだな。簡単なことだったんだな……」
ほほ笑む少女の手が、グラスの上に伸びて。
パチン、と指を鳴らしました。飛び散る星が、ひとつ、ふたつ……
少女の指の下、愛馬の中へと落ちて行きます。そして、氷の隙間を滑るように星たちが降りて行くグラスを、少女は手に掲げて。
「――だから、運命は…… 美しい」
そう言って、愛馬にくちづけをするかのように、カクテルを飲み干しました。
「そして、苦くて……」
グラスから口を離した少女に、店主も笑顔で言葉をかけて……
「そして…… 甘い」
グラスをコースターに置いた少女は、色をなくして氷だけになった愛馬を見つめて、言いました。
お疲れさま、ありがとう。遠出から戻り、存分に役目を果たしてくれた愛馬に、少女はねぎらいの目を注いで。
「……ほろ苦い運命、とかよく言うけどさ。苦さのあとに甘さがくるとは、にくいカクテルだ」
愛馬を見つめる少女を、店主は穏やかに見つめています。
「やっぱり、最後には甘く甘美に終わってほしいからな……」
そして、少女のその言葉に。
「ええ。その通りです」
店主はうなずいて、そして…… 



いま、時は至り。
さあ、告げましょう。今こそ、この場にふさわしい言葉を。
バーテンダーという語り部の口から、この場に紡ぎ出されるのを、ずっと待っていた…… この言葉を。
「だから――」



「――まだ、早いんです。ギムレットには」





はっとしたように、少女は顔を上げました。
見開かれた目を、カウンターの方に向けます。
そこで少女が見たのは……
「あ…… ……あっ」



そこにいたのは、蛍――



穏やかなほほ笑みをたたえ、淡くもまばゆい光につつまれた、蛍。
それ以上はなにも言わず、ただ、じっと少女を見つめている……蛍。
魂を運び、魂を照らす、光――



バーは、道を見失った旅人の足下を照らす、灯火。
そして、道の先を指し示す、灯台。
幻想郷のどこかにある、このバーでは。その灯りを、蛍の光が務めています。



そう。
だから、この蛍のバーに、たどり着くのです。
道に迷った者たちは。
魂の在処を見失った者たちは……。



「…………っ…………」
かすかに、息を飲み込むような音をたてて。
少女は顔をうつむけ、額の前あたりに手をやり、なにかをひっぱるような仕草をしました。
きっと、くせなのでしょう。でも、今そこには、少女の顔を隠す帽子はありません。
だから、少女の顔は見えてしまっています。
もはや隠せなくなってしまった、苦しみに歪んだ目元も。
たまらずにこぼれた、悲しみの涙も。
そして……
その下に今も残る、涙の跡も。



流す涙を隠すように、降りしきる雨に身を踊らせても。
雨で流してしまえるほど、冷たいものではないのです。頬を伝う、涙とは……。



カウンターにすがりつくように、顔をうつむけて、背中を丸めて……。
なにかに必死に耐えている、そんな姿を見せている少女に。店主はまた、両手でタオルを差し出しました。
それに気づいたのか、少女はかすかに顔を上げました。
店主は、言います。やはり、どこまでも穏やかに。
「どうぞ、こちらを」
ただ、それだけを。



いいんです、お客さま。
ここは、バーですから……。誰も、見ていません。



左手はその目元を隠すように、顔に押し当てられたまま。
そして、空いた右手を伸ばして、少女はそのタオルを手に取ろうとして……、
「…………っ!」
また、息を飲み込むような声をもらして、その手を引きました。
店主の顔が、かすかな驚きに揺れている、その中で……
「い、いまさら、そりゃないぜ……? リグル……」
少女は、言いました。
ほんの少しだけ、怒ったような、声で……
「こ…… この、魔理沙さんが、泣いちまったんだぞ……」
涙に押し潰されているのを、隠しもしない、声で。
「見ててくれよ…… リグル、おまえが、さ……」
しゃくり上げながら、言葉を途切れさせながらも、懸命に……。



そうか……
そうだったね。魔理沙。



リグルは、言いました。
「……そうだね」
そのままカウンターの中を歩き、端にあるスイングドアをくぐって外に出ます。
そして、また、カウンターから出たのと同じ歩数を歩いて……、
魔理沙の、左隣に腰を下ろしました。
「わかったよ。 ……魔理沙」
告げる言葉は、もう、それだけでいい。
両手で差し出すのではなく、片手で。でも、決して雑な仕草ではなく。
慣れ親しんだ友人に接する仕草で、リグルはタオルを差し出しました。
そして、魔理沙も……
「……ありがとう」
涙でくしゃくしゃになった顔を左手で隠しながらも、その目元が見えるように顔を上げて、リグルの顔を見つめ返しながら……、
右手だけで、タオルを受け取りました。



流れゆくは、ふたりの少女の寄り添う時間。
そこにはもう、言葉もなく。ピアノの音色も消えたお店の中では、ただ、彼女がしゃくりあげる声だけが続いていました。
蛍はただ、その隣に寄り添い続けています。



でも。
蛍は知っています。彼女の隣には、本当ならば別の誰かがいたはずだと。
彼女もきっと、わかっています。だから蛍は、左隣の席を選んだのだと。



そう。
このバーが開かれたばかりのころ、彼女はよくここを訪れていました。
「生足マントのバーテンダー」が四苦八苦しているのをからかうように、でも、見守るように。賑やかな姿を、いつも見せていました。
彼女ひとりで来店したことはなく、いつも、もうひとりの少女と一緒でした。
いつも、必ず。



でも。
今夜、ひさしぶりにここを訪ねた彼女の隣には、誰もいなかったのです。





いつも、彼女が先に立って歩いて、先にカウンターに着くから。
だから、彼女が掛けた席の、ひとつ入り口側の席に着く。それが、彼女たちの決まりでした。
すなわち、右隣に。彼女の利き手と、少女の利き手で乾杯できる席に。



そこは、あの少女の指定席。
いかに、彼女の友人たる蛍としても。その席をふさぐことだけは、しませんでした。
だって、そうでしょう……?



ギムレットには、まだ、早いのですから――

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