九
夕焼けが無名の丘の近くの野原を赤く照らしている。その中を二人の少女が談笑しながら歩いている。一人が片方に言った。
「正邪、本当に行っちゃうの?せっかく、蟲の再興が進んできたっていうのに」
二人は歩みを止めて向かい合った。
「黒谷様、私も皆様とお別れするのは寂しいです。でも、行かなきゃいけないところがあるんです」
「そっか。残念だわ。君は蟲じゃないけど、私たちにとっては大切な仲間だったわよ。もちろん、別れてからもね」
「私も皆様と過ごせて楽しかったです」
「何か困ったことがあれば、私たちを頼るといいわ。蟲はどこにでもいる。きっと君の助けになるわよ」
「ありがとうございます。機会があったらまた会いましょう。それじゃあ、さようなら」
そう言うと、正邪はヤマメに背を向けて飛び上がった。
「さよなら。また会う日まで」
ヤマメは正邪の背中を見ながら手を振った。正邪は手を少し振り返して、ヤマメの方に振り返らずに飛び去った。
「全く、せっかく復活させてあげたってのになぁ」
天邪鬼が夕焼け空の中を飛んでいた。天邪鬼は通りすがりの精霊を撃ち落とした。
「暴れまわるかと思ったら、酒宴の勢いでちょっと異変を起こして、巫女に退治されて終わりってどうなんだ。私の数ヶ月の苦労は何だったんだよ」
正邪はたまたま出会った妖精を攻撃した。その仲間の妖精たちが正邪を攻撃してきた。
「また退治されると困るから、昔ほどは暴れないって。馬鹿じゃないか。それじゃあ蟲のリーダー失格だろ。妖怪なら暴れるだけ暴れろよ」
正邪は妖精たちの飛ばした白い弾を軽々避けると、そのうちの一人を撃墜させた。
「せっかく強い力を持っているのに、なんでめちゃくちゃにやろうと思わないんだ」
正邪は妖精の群れにめいっぱい弾をぶつけた。
「っていうか、なんで妖精が妖怪を襲っているんだよ。人間を襲っていろよ。ああ、私が八つ当たりしたからか」
道を遮る妖精は数を増してきた。しかし、正邪は進むのをやめようとはしなかった。
「まあそんなことはどうでもいい」
正邪は懐から小さな物体を取り出した。
「私の仕事のお礼にってくれたけど、これが私の苦労に釣り合うとは思えない。まあ、でも悪くないな。それにしても、蟲たちがこんなものを隠し持っていたとわね」
正邪は道具を眺めた。蟲たちの宝物は手の中で夕陽を反射して光り輝いていた。
「今までの道具がこれに比べればゴミのようだ」
正邪が道具を眺めていると、視界の隅から強い光が入り込んだ。正邪は
「眩しいな。一体なんなんだ」
と言って光の方を見た。
「あ」
視界を様々な色の光の弾が覆っていた。
「忘れていた。ちょっとまずいかも」
妖精たちは正邪を取り囲んでいた。大量の光の弾で正邪の姿は見えないが、妖精たちは一矢報いることができたと確信した。妖精たちは囁き合い、くすくすと笑った。
時間が経って光の弾が完全に消えると、そこには正邪が不敵な笑みを浮かべて浮遊していた。正邪にはかすり傷の一つもなかった。呆然としている妖精たちを尻目に正邪はにっと笑うと、手にもった小さな物体を掲げた。次の瞬間、妖精たちは強い衝撃を受けて一度に吹っ飛ばされた。
「これはなかなか面白いぞ」
妖精たちが消えて、光の粉を残していた。正邪はその粉が反射する光の中で笑みを浮かべた。