Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

Guru

2014/06/22 20:13:00
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 リグル・ナイトバグが目を覚ますと、固い床に寝かされていた。どういうわけか、体のあちこちが痛むし、心なしか寒気を感じる。目の前には灰色の薄暗い天井が見える。見知らぬ天井というわけではなく、どこか見覚えがあるようにリグルは感じた。どこからか、金属や陶器をぶつけるような音が聞こえた。リグルは意識が朦朧としていたが、自分がどうしてここにいるのか、どうにか思い出そうとした。

 今日はどこかに行く約束をしていたんだわ。それで、何も持っていかないのもって思って、蟲たちと一緒に木の実を集めたのよ。それで、うっかり待ち合わせに遅れて……。えっと、誰と待ち合わせをしていたんだっけ。あ、天邪鬼の正邪とだわ。……正邪……。

 リグルは正邪の見開かれた目の輝きを思い出し、その途端に意識が鮮明になった。リグルはとりあえず、自分がどういう状況にあるのかを理解することに努めることにした。リグルはまず、自分自身の状態を確認することにした。

 最初に理解したのは寒さの原因だった。リグルは自分が生まれたときの姿になっていることに気がついて赤面した。シャツやズボンだけでなく、下着もつけていない。靴すら履いていなかった。

 そして、自分の手首 が拘束されているらしいことも分かった。手首を目の前に持ってくると、手首に縄が括り付けてあった。力を込めてみたが、縄はびくともしなかった。普通の縄ならば、妖怪の力をもってして引きちぎることができたかもしれなかったが、リグルの手首についているものは特別な縄であるらしい。足首にも似たような感覚があり、おそらく足首も拘束されているのだろう。胸の辺りにも縄が括り付けてあるようで、背中の羽を封じるための拘束のようだ。リグルはこのままではまともに動くことはできないだろうと思った。逃げようと思っても簡単には逃げられそうにないと分かって、リグルは焦燥感を覚えた。

 そして、リグルは辺りを警戒しつつ、そっと辺りを見回した。見える範囲の壁や天井は褐色で、辺りは薄暗かった。自分のいる場所は正邪と一緒に入った地下室のようだとリグルは思った。

 自分の頭のすぐ近くのところに白くて細長いものがいくつか並べてあることに気がついた。それは全て蝋燭だった。リグルは蝋燭が自分を囲むようにして円形に並べてあると推測した。火はついておらず、リグルはその蝋燭に見覚えがあった。

 リグルは自分の頭の方向からする金属音の正体を確かめることにした。リグルは上体を無理にひねって、音を立てないようにして後ろの方を見た。そこには石碑とよく見知った人物の後姿があった。その人物は石碑の前にリグルが見たことのない器具を並べて、物音を立てながら、何らかの作業をしているらしかった。

 不意にその人物が体をひねって後ろの方を見ようとしたため、リグルは慌てて自分の体を元の位置に戻して目を閉じた。しかし、作業の音はやみ、代わりに、自分の方に向かってくる足音が聞こえた。足音は蝋燭の置いてあった辺りで止まった。そして、足音の主がリグルに声をかけてきた。

「あら、リグル、目が覚めたのね。そのまま眠っておけば嫌な思いをせずに済んだのに」

 リグルは眠っているふりをした。足音の主は

「リグルちゃーん。起きているのは分かっているんだよー」

と言ったが、それでもリグルは反応しなかった。すると、その人物はリグルの触角を掴み、リグルの頭を持ち上げた。リグルは突然の強烈な痛みに悲鳴を上げた。リグルの閉じた目から涙が一筋流れた。その人物が

「蟲が狸寝入りなんかしてんじゃねえよ」

とリグルの耳元でささやくと、リグルの触角を放した。リグルは床に後頭部をぶつけて鈍い音をたてた。

 リグルが観念して目を開けると、その人物はリグルの頭の方からリグルの顔を覗き込んでいた。その人物は嫌らしい笑みを浮かべている。リグルは逆さまの友人の顔を見ながら、

「せ、正邪、これって何かの冗談だよね?」

と言うと、その人物は

「冗談でお友達を殴って気絶させて全裸にして縛り上げて放置する奴がいるんだとしたら、私はそいつに会ってみたいね」

と言って少し笑った。

「正邪、これって一体どういうつもりなの」

「どういうつもりも何も、初めからこういうつもりだった」

「ねえ、どういうこと。私を裏切ったの?」

「裏切る?裏切るって何を?私はお前に最初に会ったときからお前を捕縛するつもりだっただけだよ」

「嘘よ」

「嘘じゃないぞ。天邪鬼だって本当のことを言う」

「私、あなたのこと信じていたのに。友達だと思っていたわ」

「友情っていうのはあっさり崩壊するものだよ。まあ、そもそも友情なんて最初から無かったんだけどな」

 リグルは

「私を騙したの?私と友達になりたいって話は?」

と叫ぶように言った。正邪は笑みを浮かべて

「お前と仲良くなったのは、ひとえにここに連れてくるためだよ」

と言った。

「弱者のための活動をしているっていう話は?」

「私が楽しいからやっていただけさ。他の奴なんてどうでもよかった」

「女王とか蟲妖の話は本当よね?」

「さあ、どうだったかな。なんせ天邪鬼の話だからな」

 正邪はニヤつきながらそう答えた。

「私といて楽しいそうにしていたのも全部演技だったの?」

 リグルがそう叫ぶと、正邪の顔に浮かんでいた笑みが消えた。そして、正邪の顔が歪んだ。

「いや、それは嘘じゃないよ」

 正邪はそう言うと、自分の顔を両手で覆った。目が隠れ、薄い唇の動きだけがリグルには見えた。

「本当は、リグルといるのは楽しかったのよ。リグルをこんな風にしたくはなかったのよ。命令でさ、仕方がなかったのよ」

 リグルは正邪の唇の動きを黙って見ていた。正邪の声には涙が混じっているようにリグルには聞こえた。

「楽しかったよ、リグル。あなたとの日々は。だからここで終わりだなんて残念でならないよ」

 リグルは

「正邪……あなたは……」

とつぶやいた。すると、正邪の唇の端が徐々に持ち上っていった。正邪の歯がちらりと唇から見えた。

 そして、正邪は顔を覆う指の間隔を広げていった。正邪はしゃがむと、徐々に自分の顔をリグルの顔に近づけていった。リグルには指の間から正邪の目が見えた。その目は見開かれていて、リグルの困惑する表情が映っていた。

 正邪は顔から手をどかした。そして、満面の笑みでリグルに言った。

「騙されているのに気づかずに友達面している馬鹿を見るのは本当に楽しかったよ」

 正邪はそう言って真っ赤な舌を出した。

「正邪……お前は……」

 リグルはそう言うと正邪を睨みつけた。正邪は

「その表情が見たかったんだ。回りくどい手を使った苦労が報われるってもんだね」

と言ってせせら笑って立ち上がった。

「何で私を縛ったのよ」

「縛った理由でお前が逃げないようにするためという意味以外にあるなら逆に聞きたいくらいだね」

「真面目に答えてよ、馬鹿」

「馬鹿はお前だろ。この虫けらが」

 正邪は右足で蝋燭の列をまたぎ、リグルの顔を踏みつけた。

「ああ、そうよね。裸にして縛った理由が知りたいのよね。安心してよ、リグルちゃん」

 正邪はつま先をリグルの頬にぐりぐりと押し付けた。

「私に節足動物とベッドの上で優しさを持ち寄る趣味はないわ。お前にはまだなんにもしていないよ。まだなんにもね」

「何で私をここに連れてきたのよ」

「いい質問だ、リグル君。それなら喋ってやってもいいぞ。革命の協力者を待たなきゃならないからね。時間が余っているんだ。お前には残っていない時間って奴がたっぷりとね。お前にもちょっとぐらい施しをあげてやらないとね」

 そう言って正邪はにたりと笑った。正邪はリグルの顔を踏むのをやめると、しゃがみ込んだ。

「それじゃあどこから話してやろうかな。やっぱりあいつたちと会ったときの話からでも……」

 しかし、リグルは

「やっぱりあんたの長話は後でいいわ」

と言って正邪の言葉を遮った。リグルの言葉を聞き、正邪は話を中断した。しかし、その顔はまだにやついている。

「後?聞き間違えたかな。後って言ったのか」

「そうよ」

「お前に後とやらがあるのか」

「それがあるのよ。あんたを後に残してここから立ち去るための方法がね」

 そう言うと、リグルは手首を括る縄を引っ張り始めた。正邪は自分の頭を指差して、指で円を描きながら、

「とうとう頭の中まで幻想的になっちゃったのか。その縄は妖怪退治の専門家も使う特別性だ。ちょっとした妖怪ならどんなに引っ張ってもちぎれないぞ」

と言ってリグルを嘲った。その直後、リグルは手首の縄を引きちぎった。そして、他の縄も同じように引きちぎって立ち上がってみせた。リグルの周りにある蝋燭がいくつか倒れた。正邪は唖然とした表情でリグルの顔を見上げた。

「おい、どういうことだ。それ高かったんだぞ」

「確かに丈夫だったわ。私だけの力では駄目だったかもしれないわね。でも、私には味方がいる。たくさんの味方がね」

「な、縄に蟲がいる。こいつは……」

 正邪はリグルの足元の切れた縄に何匹もの蟲がいることに気がついた。その蟲は人差し指ほどの大きさで、細長く、光沢を放つ甲と長い触角が特徴的だった。

「カミキリムシだと。そんな馬鹿な。いつの間に」

「私が蟲を呼んだ……。目を覚ました時点でな……。そして縄を切れた……」

「糞、雑魚と思って油断しすぎたか」

 リグルは正邪に人差し指を向けた。すると、リグルの背後から小さな影がいくつも飛び出した。その影はぶうんという音を立てながら、ゆっくりと正邪の方へ向かってくる。

「何よこれ」

 それは透明な薄茶色の羽のある蟲だった。薄暗い中でも、黄色と黒色の縞模様の警告色はすぐに認識できたのだろう。正邪は

「蜂か、糞が。こっそり呼び寄せてやがったな」

と言った。リグルは

「ただの蜂じゃないわ。大雀蜂よ。それも妖怪になりかけた凶暴な奴らでね」

と冷めた口調で教えてあげた。すると、たくさんの蜂たちはその言葉を待っていたかのように、一斉に正邪に襲いかかった。

「このちっぽけな蟲けらどもがあああああああああ」

 正邪の叫びが地下室をこだました。

 正邪が一人、地下室の天井の穴を座りながら眺めていたとき、一人の少女の形をした者が穴から降りてきた。それを見て、正邪は素早く立ち上がった。その少女は

「すまないね。地底からこっそり出るのに手間取ってな。見つかると色々と面倒だからね」

と言って、正邪の方へ歩いてきた。正邪は少女に

「いえいえ、私もちょっと手間取りましてね」

と言った。少女は

「そういえばリグルがいない」

と言った。そして、正邪の顔を指差して

「それにその虫刺され。まさか、逃がしたの?」

と言った。正邪の額の右側が腫れて赤くなっていた。

「大切な体を傷つけないように拘束具を加減したのがいけませんでした。それにしても、蜂の毒って妖怪にも効くんですね。いや、あれは妖怪蜂の範疇だったのかな」

「おい、リグルがいないとどうにもならないはずよ。どうして捕まえにいかないの?」

「いえ、ちょっと策がありまして。皆さんのご到着を待っていたのですよ」

 正邪と少女が会話をしている間にも、天井の穴からは新たな人影が降りてきていた。正邪の顔を見つめながら、少女は

「どういうことよ」

と言った。すると、正邪は

「ちょっとばかり、封印を解いてほしいんですよ。私ができることは既にやっておりますので」

と返した。少女は厳しい顔つきをして、

「封印を解くって、だから、リグルがいないと……」

と言いかけたが、不意に表情を少し緩めて、

「ああ、なるほど。そういうことか。それじゃあ、急いでとりかかることにしよう」

と言うとにやりと笑った。

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