Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

Guru

2014/06/22 20:13:00
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 人里から少し離れた林の中に道がある。妖怪が度々出没するこの道は、真昼間でさえ人通りが少なかった。この道を使うのは急ぎの重要な用事がある者だけである。まして、夜中ともなれば、人が通りかかることは滅多に無かった。

 その林の中の一つの木のその枝に、緑色の髪の毛をした少女が座っていた。一見すれば洋装の人間の少女に見えるが、頭から突き出た触角から、人ではない何かであることが窺い知れる。

 彼女が枝に座りながら道の方を向いていたのは、道を人が通るのを待っていたからである。妖怪は人に迷惑をかけ、恐怖を与えるための存在である。ときには外来人を食べることもある。だから、彼女が人を待つのは妖怪としては当たり前の行動だった。

 しかし、実のところ、収穫はほとんど期待できないことを彼女は知っていた。妖怪が出ると評判の道に好きこのんで通る人間はほとんどいない。だから、彼女は一日のほとんどをぼんやりとして過ごすことに費やしていた。いかにして人を怖がらせるかと考えたり、自分の眷属の蟲たちの動きを眺めて楽しんだり、特に何も考えなかったりしていた。

 だから、この日も彼女は枝に座ってぼんやりと配下の蛍たちの光を眺めていたのである。彼女は蛍たちに話しかけた。彼女の言葉に蟲たちがまともに返答したことはあまりないが、壁に向かって話しかけるよりは暇つぶしには適していた。

「どうしようかな。スペルカードのネタは尽きたし、練習も十分やったしね」

 蛍たちは肯定の意の返答をしたが、それ以上に意味のあることは発しなかった。蟲の言葉は触角で感知し、音と臭いが混じったような感覚で伝わってくる。

「暇だね。人里を襲ってみようかな。でも、人里を守っているとかいう変な妖怪が邪魔だね。ね、君たちはどう思う」

 彼女がそう言っても、蛍が返事をすることはない。蟲たちが肯定か否定以外の返答をすることはあまりないし、そのことをリグルは分かっていた。ただ、一人で黙っているよりは、誰かと話をする方が面白いと思っていた。

 そうして、彼女が蛍の動きを眺めていると、蛍たちの照らす光の中に、不意に何者かの顔が浮かび上がった。

「ひえぇ」

 彼女は不意をつかれて妙な叫び声をあげてしまった。だが、蛍たちの光に照らされた、その何者かの姿をよくよく見れば幼い少女の形をしていた。頭に小さな角が二本生えていて、髪の毛の先端がところどころ赤いのが特徴的である。単に彼女の前に妖怪が姿を現したというだけだった。その妖怪は彼女に話しかけてきた。

「あ、驚かせてしまいましたね。すみません」

 彼女は先ほどの一人言と叫び声を思い出して顔を少し赤くした。

「え。あ。いや、別に驚いてないわよ」

「もしかしてリグルさんでしょうか」

「そ、そうだけど。何か用でもあるの」

「いや、ちょっとリグルさんとお話がしたくてですね」

 リグルは自分と話がしたいと言うその妖怪を訝しく思いながら、

「あなた、名前は」

と言った。その妖怪は

「正邪です。鬼人正邪といいます」

と名乗った。リグルは

「セイジャ……さんか」

とつぶやいた。リグルには「キジンセイジャ」という名前に聞き覚えがあった。セイジャなる人物の評判について思い出すのに時間はかからなかった。

「あなた、もしかして、だいぶ前に異変を起こしたっていう天邪鬼の」

 正邪と名乗った妖怪はわずかに表情を変え、少し黙って、

「まあ、確かにそうですけど」

と言った。リグルは怪訝な顔をした。

「お話って、まさか、私をあんたの企みの片棒に担ごうっていうつもりじゃないわよね」

「いや、違います。私はただあなたとお話がしたかっただけで」

「天邪鬼の、しかもお尋ね者だった奴の言葉なんて信用できないわ」

 正邪は困ったような表情で

「あの、お話だけでも聞いていただけませんか」

と言ったが、リグルは

「私を騙そうったってそうはいかないわ。巫女に突き出したりはしないから、その代わりにさっさと帰ってちょうだい」

と言って正邪を突き放した。正邪はうつむいて、「そうですか」と呟くと、リグルに背を向けた。

「後日、また伺います。そのときは、是非ともお話しましょう」

 そう言って、正邪はどこかに飛び去ってしまった。正邪の後ろ姿は夜の闇の中にあっという間に消えてしまった。リグルは正邪の飛び去った方向を見ながら、

「何だったのかしら」

とつぶやいたが、誰も答える者はなかった。蛍たちは音もなく瞬くだけである。夜の林は再び静かになった。

 次の日の夜も、リグルは林の中で木の枝に座って道の方を眺めていた。ときどき、人の形をしていない者は通りがかったが、人の姿をした者は一向に歩いてくる気配はない。リグルがあくびをしていると、リグルのいる木の根本から声がした。

「リグルさんですか」

 声の主はリグルのいるところの高さまで飛び上がり、空中を浮かびながら再び話しかけてきた。

「ここにいたんですね」

 それは昨日の天邪鬼だった。正邪は人懐っこい笑顔を浮かべている。手には風呂敷包みを抱えていた。リグルは訝しげな表情を隠さずに、

「またあなたね。一体何なのよ」

と言ったが、正邪は

「お話をしに来ただけですよ」

と言うばかりだった。

 リグルは再び追い返そうかと考えて「帰って」と言おうとしたが、正邪はその言葉を遮るように風呂敷包みから何かを取り出した。

「これでも一緒に食べながらね。いいでしょう」

 それは果物だった。リグルは怪訝な顔つきではあったが、「話だけなら」と答え、正邪の手から果物を受けとった。

 結局、正邪は世間話やちょっとした身の上話をするだけだった。リグルは正邪の話に合わせて適当に返事をしたが、正邪の意図は分からなかった。話を始めて数時間後、正邪は話を切り上げて、

「また来ます。さようなら」

とだけ言って帰った。リグルは正邪の背中を見ながら「さよなら」とだけぼそりと言った。正邪の姿が見えなくなると、リグルは不思議そうな表情で、正邪の飛んでいった方向を眺めながら、

「何しに来たんだろう」

とつぶやいた。

 正邪は言葉通りに次の日の夜もリグルのもとを訪れた。その次の日も、またその次の日も正邪はリグルに会いに来た。そして、世間話をして帰っていった。正邪はリグルに会う度に土産物を持ってきた。何度も話を交わすうちに、リグルの正邪への警戒心は不思議と徐々に薄れていった。そのうち、リグルも菓子や果物なんかを用意するようになったし、私的な話を交わすようにもなった。流石に毎日会うというわけではなかったが、正邪とリグルは頻繁に面会するようになった。ときには一緒に遠出に行くこともあった。リグルは正邪の立場を考慮して、二人だけで密かに人気のないところへ出かけた。

 ある日、正邪がリグルのもとを尋ねたとき、リグルは正邪を連れて近くの小さな池に行った。リグルは沢山の蛍を操って、蛍の光で様々な紋様を作った。光の紋様は点滅しながら、次々と形を変えていく。リグルと正邪は光の変化を池の近くの高台で眺めていた。その場所では、蛍たちが池の上を滑るように飛ぶ風景を眺めることができた。蛍たちの光が川のような直線的な流れを作っていたとき、正邪はリグルに話しかけた。

「きれいだね」

「私の得意技よ。私はどんな蟲でも操ることができるけど、いちばん得意なのはやっぱり蛍ね」

「どうやって操っているの」

「まあ、なんというか、蟲たちと会話して指示する感じかな。何回も一緒に練習しているから、皆間違えずに動けるのよ。弾幕ごっこにも活かしているわ」

「ふうん。なんかすごそうね」

「そんな、たいしたことじゃないわよ」

「謙遜しなくていいのよ。私、今までにこんなにきれいなものを見たことないもの」

「そうかな」

「そうだよ」

 二人は会話を打ち切り、それからしばらく蛍たちを黙って眺めていた。池の上の光の塊は次々と動きを変えた。池の上に輪郭だけの花が咲き、そして散っていった。散った花びらは池を中心に旋回し、並び変わって幾何学的な図形を作り出した。その図形は次々と形を変えていった。蛍たちが三角形を組み合わせた図形を作り出したとき、不意に正邪はリグルに

「リグル、最初にあなたに話しかけたとき、実は、私はあなたと友達になりたくてそうしたのよ」

と言った。リグルは正邪の方に顔を向けた。正邪の横顔が蛍の光に照らされて、見えるようになったり消えたりを繰り返している。

「私は力もないし、天邪鬼だから嫌われ者で、友達がいなかったのよ。誰も私に取り合おうとしなかったわ」

「それで、何で私と友達になろうと思ったの」

「リグルは沢山の蟲を連れているという話をどこかで聞いてね。沢山の蟲を友とするあなたなら、こんな私でも友達になってくれると思ったの」

 蛍たちは離合集散を繰り返す動きをしていた。池の中心に集まって一つの小さな円のような形になったかと思えば、素早く離れ、そしてまた集まる。

「私はそんな大層なものじゃないよ」

「でも、リグルは私の初めての友達なのよ。それに、リグルに会ってから、こんなに楽しい日々を過ごせたわ。こんなの生まれて初めてよ」

「何か照れるわ。私なんて大したことしてないわ。褒めても何も出ないわよ」

 リグルは池の方に向き直った。

 蛍たちは池の中央を中心に列を作って大きく旋回していた。時計回りに回るものがいれば、その逆方向に回るものもいる。

 正邪は少し黙ったが、再び静かに話し始めた。

「リグル、私は今まで話さなかったけど、私は幻想郷の弱者のための活動をしているのよ」

「弱者のための活動?どういうこと」

「幻想郷では妖怪や人間の強さに大きく差があるわ。そして、強者は弱者を支配し、弱者は強者に虐げられている」

「確かにそうかもしれないわね」

「リグル、私はね、幻想郷を誰でも平等な世界に変えたいのよ。私は毎日、そのための手段の研究をしているの」

「なんかすごそうなことをやっているのね」

「そんなに大したことではないよ。実際、大したことしてないし。あのときの異変も幻想郷を変えるために起こしたのだけど、結局失敗しちゃったわ」

「それでも、私は正邪のこと、立派だと思うわ」

「そうかな」

「そうだよ」

 リグルは正邪の方に向いた。

「あのさ、話が変わるけどさ。正邪、私と最初に会ったとき、私、あなたにひどいこと言ったでしょ」

 正邪もリグルの顔を見た。

「ああ、別に気にしてないよ」

 正邪は微笑みを浮かべていた。

「本当にごめんなさい」

「仕方ないわ。私だってお尋ね者をまともに取り合おうとは思わないよ。むしろ、リグルは優しいと思うよ。こんな私を受け入れてくれたんだから」

「正邪、ありがとう」

 リグルは笑みを作って正邪に言った。

「その代わりってわけじゃないけど、もし、何か私にできることがあったら言ってね。協力するわ」

「そんな、リグルが手伝う必要なんてないよ」

 リグルは立ち上がった。正邪は蛍の光に照らされたリグルの顔を見上げた。リグルの外套が風になびいた。

「正邪、友達っていうのはね、協力し合うものなの。理屈抜きに助け合うものなのよ」

「リグル……」

「ひどいことを言っておいて、こんなことを言う資格はないかもしれないけど、私、あなたのこと、応援するわ」

 正邪も立ち上がり、リグルの方に体を向けた。蛍たちはいつの間にか、池を離れて、二人のいる高台にいた。そして、二人の間を取り囲むように飛んでいた。

「リグル、今は特にないけれど、何かあったら力を借りてもいい?」

 リグルは右手を差し出した。

「もちろん」

 正邪は一瞬体を硬直させた。しかし、すぐにリグルの行動の意味を理解したのか、そっとリグルの右手を握った。蛍は二人を取り囲み、光の世界に閉じ込めた。

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