「世は並べて事もなし、だな」
龍は望遠鏡を覗き込んでいた。宇宙を巡る大騒ぎが少し前まであったとは思えないほどの平穏な日常がそこにはあった。
「意外ですね。結局今回の件、我々は最初を除けば蚊帳の外。悔しがるものと思っていましたが」
「私の役割は天狗社会に安定と成功をもたらすことだ。目立つことじゃない。別に利益を得れるような案件でもなし、ビタ一文たりとも損しなかったのだからそれでいいのだ。ま、もし記者だったら悔しがっただろうね。折角の特ダネがあるのに公表できないんだから」
「やっているのが名義だけの売れたことがない新聞でよかったですね」
「うるさい」
龍は、何故か望遠鏡用とは別に持っている三脚で典を小突いた。
「だいたい、記者ってのは情報の扱いが下手だね。すぐ公開して己の自己顕示欲を満たすことしか考えてない。見てごらん」
龍は望遠鏡で観測しているものを典に見せた。望遠鏡は赤く光る星を見つめていた。
「奇妙な構造物が建てられている。赤外線や霊力でも観測をした結果だけを言うと、今の火星にはタコ型宇宙人」
「一昔前のSF小説みたいですね」
「反応が拙速
い。タコ型宇宙人ではなく『の幽霊』がいる。だからあれは墓なのだろう」
「タコ型宇宙人にしろその幽霊にしろ、どうして今になって?」
「十中八九今回の件だろうな。どんなやり取りがあったのかは知らないが、彼らは図らずしも百万由旬の広さを持つ冥界を手に入れた、というわけだ。それで言うと興味深いことに幽霊の個体数が増えている。どうも彼らの精神体系においては『弔われなかった者が化けて出る』のではなく逆に『弔われた者が現世に再臨する』らしい」
「ほへー」
典は望遠鏡のレンズを食い入るように見つめていた。星とかは正直どうでもいいが、社会は好きだ。社会があるところには交渉があり、交渉があるところには不和とつけ入る隙がある。
「話を戻すと、こういうことを賢者様とか月の民とかは知っているわけだ。付け加えるなら、『自分達だけが知っている秘密になっている』、そう思っている」
典は悪い話だ、と思った。そう思ったから望遠鏡から目を離して顔を上げた。典が管狐種族本来の職分を放棄してまで龍を破滅させることなく忠誠を誓っているのは、彼女が悪い話を持ちかけてくるからである。
「我々はある意味お偉方の認知の外側にいるわけだ。この情報の優位さを新聞なんぞで手放すのは馬鹿げているというのも、ではどうすればいいのかもお前は分かるな?」
龍と典の二人はニヤリと笑った。
「ええ、もちろん」
「フフフ。では機を待ちつつ、一旦は安寧を謳歌しようじゃないか」
***
付喪神の会合が九十九姉妹の家で行われ、この場で弁々はぼやいていた。
「あーあ、最近運悪くてやってらんないわ」
「そんな運悪い?」
「ほら私の貯金箱。このままじゃ一生お金溜まらなくて付喪神化待ったなしよ」
弁々は豚の貯金箱を小傘の前で振ってみせた。中にある硬貨数枚が衝突して軽い乾いた音を立てる。
「姉さんの金欠は元からじゃん」
「むしろ割らずに済んでるんだからいいと考えるべきだよな」
「いーや、どうせ来月には豚さんも粉々ね」
弁々は現状に僻んでいた。
「さっきと言ってることが違うじゃん」
「破片が付喪神化するのよ。こんな未来が待ち構えているって分かってたらあの付喪神さん引き留めてたわね」
「だとしても地球が滅亡するかどうかの瀬戸際で無条件に『地球へようこそ』にはならないわよ、姉さん」
「目の前にこの貯金箱があったら意見変えてたわよ」
弁々は頭を机に乗せる姿勢でブーブー言っていた。
「弁々よ、皆無事に帰ってきて日常が取り戻せた、それでいいではないか」
「先月も聞いたよ。そりゃこころも小傘も暖かく出迎えてくれたのは嬉しかったしさ、達成感もあのときはあったよ? でも冷静になって考えてみるとさ、私達は『日常を取り戻した』んじゃなくて『黄金期を失った』んじゃん?」
「だーかーらー、そのぶーたれるのをやーめーなーさーいー」
「やーだー」
「嗚呼、雷鼓がいない途端にこれだよ。あやつは何をしている」
「珍しく遅刻してるよね。その辺の木っ端妖怪にやられる人じゃないだろうから大丈夫だろうけれど、もうしばらくして来なかったら探しにいかないと……」
弁々のぼやきに全員辟易としていると、玄関の戸が勢いよく開かれる音がした。
「ごめんごめん、荷物が多くて遅刻しちゃった。それはそうと弁々騒がしいわよ。騒々しく鳴らすのは音楽だけにしなさい。外まで聞こえてる」
「だってー。これは私達全員の問題よー」
「だってじゃありません、というか、これを見ても付喪神が不運に喘いでいると言えるかしら?」
雷鼓が大瓶を卓上にドンと置いた。
「大吟醸!?」
「どんな超法的手段を使って!?」
「そこ、人聞きが悪い。ファンの方から頂いたのよ」
「なおさらびっくりね。私達そんないいもの貰ったことないわよ」
「だから運」
「その運私達にも分けてよお」
「だから皆で飲むように持ってきたんじゃない」
「そういうことじゃなくてえ」
「弁々、飲まないの?」
「飲むう」
弁々は顔の側面を机の天板に当てた姿勢のまま肯定の意を示した。
「今ならおつまみもつけちゃう」
雷鼓はその弁々の顔の前に、小皿に入ったアマゴの甘露煮を配膳した。
「わあい」
「まあ、姉さんの肩持つわけじゃないけどさ、雷鼓姉さんだけ運がいいのって不公平ではあるよね」
「そりゃそうよ。全員平等だったらそれは運とは言わない」
「おー、成功者特有の余裕」
「じゃー私のとこにもさー、一回くらい運が巡ってきてもいいじゃーん」
「流石にジャージャーうるさいよ」
弁々と小傘は別々の理由で口をへの字に曲げた。
「運っていうのは籤引きよ。籤引き以外の場面においてもね。籤を引いたからって当たるとも限らないけれど籤を引かなかったら絶対に一生当たらないの。籤を引く努力はしているかしら」
「してるもん」
「OKOK。あとはそのうだうだ言うのをやめないとね。なんたって、お天道様は見てるんだから」
実際、見ているのだろう。銀色の円盤形の飛行物体が、九十九姉妹の家の上空をゆっくりと横切った。
種族の矜恃を世代に伝えようとする博士とかが本当に良すぎる
和気藹々と楽しそうな付喪神組も良し
SFとなると読者の中で世界観が共有される必要があると思いますが、それが区切り(ページ)ごとに説明→会話 の流れを踏襲していて、なんというか読みやすいなと。
話の内容については、同時並行で進む雪球人の部分である程度先が読めてしまう部分があり、それを後の時間的断絶によって表現するという部分こそありましたが、概ね1ページ目を読んだ時点であまりよろしくない運命を辿ってしまうのだろうという予想を裏切ることはありませんでした。しかし、それが付喪神を通じて最終的に幽霊となるというのは、一種の救いのようでもあって、決して読後感の悪いものではないなと。とはいえ、希望の面が最後に活躍する部分は予想を裏切る伏線と感じました。
単純なストーリー以上に文体によって引き立てられる良さが強かったように感じます。久々に長編を読んだ甲斐がありました。
文明や異種族を尊重するという倫理的な思考を互いに持っているという宇宙観も素敵で、猜疑連鎖を断ち切ろうとしている豊姫が良かったです。異なる文明への鎮魂はまさしくリスペクトの表れであり、またそれを一昔前の火星人というモチーフにつなげて隣人たる幻想に接続する帰着も見事でした。
こんだけ人事を尽くして天命を待たずに豪運で焼き切ろうとするSFは初めて読みました
これこそが下賤な地上魂
この環境にしれっと生身で対応してる咲夜さんヤバヤバ