「だりいよなあ」
「あー、まじだりい」
光線銃を手にした若い雪球人の兵士が二人、壁にもたれかかっていた。
「ヤクの配給って次いつだ?」
「バーカ。禁制品に配給もクソもねえだろ」
「最近じゃあヤミも配給なのよ。馬鹿はお前だ」
「マジかよ。世知がれー」
兵士のうち一人が、何種類かの植物の葉を巻いたもの(地球でいう煙草にあたる)を口に咥えた。
「おい、まだ葉っぱ持ってたのかよ」
「あー、持ってるっちゃ持ってるな」
「んな見せびらかしてなんでしらばっくれるんだよ。俺にも一本くれ」
「いいっちゃいいけどさあ」
もう一人も同じものを受け取って口に入れたが、噛んだ瞬間吐き出して体をくねらせた。
「まっっっっっっず!! 今こんな味落ちてんの!?」
「そもそも葉っぱじゃねえよ。いや葉っぱだけどな。それはお偉方が部屋に植えてる鉢から掃除のときに適当にかっぱらって作ったガジラ(この兵士の名前)オリジナル」
「葉っぱじゃねえじゃねえか!! いや葉っぱだけれども!! 観葉植物でやんなし」
「仕方ねえじゃん。本物が手にはいんなくなって何日よ。慣れると悪くねえぜ。結局カフェイン(雪球人にとってのニコチンに相当するものがカフェインである。異なる惑星だが、一部の植物でカフェインが生成されるというメカニズムは収斂進化していた)ってのは不味いんだよ。カフェインがなくても口に葉っぱ入れてる感覚がありゃあ舞える」
「カフェインとは別の不味さがあんのよ。人生で最後に食べた味が鉢植えになる人の気持ちも考えてくれや」
「一回くらいほんとの食事も食えるだろ。謎肉の缶詰送る余裕くらいはまだあるらしいからな」
「あああの噂の」
噂というのは、最近では家畜も上流階級しか食えなくなったから下に出回るのはもっぱら同胞の死体を加工したものらしいというものである。
「鉢植えよりは美味えからいいか。しかし、だ。最近はやれ『"全員死んで天国に行こう"の終末論者』だのやれ『"船の権限を占有している貴族共をぶっ殺して皆で救われよう"の方舟の会』だのが大暴れらしいじゃねえか。下手すりゃ次の飯より前にそいつらの大軍がデリバリーされて俺たちゃあの世行きだぜ」
「俺たちが守ってる『ということになってる』扉の先さ、何がある?」
「ガキの技師が一人いるな。あいつが前にわめいてたやつ聞いたか? 『誰だよ長さの単位を腕の長さにした奴は!! 栄養不足の船員がんな腕なげーわけねえだろうがバーカバーカ!!』」
兵士の片方は異様に甲高い声で全く似てない声マネをしながら体をくねらせた。
「方舟の会曰く、そういうガキも貴族なんだってな」
「マジウケる」
「それな。そいつらが来たら黙って通そうぜ。そんでどさくさ紛れに金目の物でも適当にかっぱらってこんなくっそダルい仕事からはおさらばだ」
「いいねえ。だがよ兄弟。もし来たのが終末論者の野郎だったらどうする? 俺たちが何しようがあいつら『天国にようこそ!!』って叫びながらこうよ?」
この兵士は銃を撃つ真似をした。
「いやあ、どの時代も宗教キチガイってのは嫌だねえ」
「どの時代もって言えるほどお前年寄りでもねえし勉強もしてねえじゃん」
「あたぼうよ。でもジジイってこういうの言いがちだろ」
「それは、分かる」
「終末論者の頭クルクルパーの方が来たときだけは真面目に戦うかあ。『人を勝手に殺す奴なんて死んで地獄に落ちやがれ』って言いながら」
「ああ。しかし、終末論者が来たときの方にあまりにも救いがない。そこで考えた。次に来るのがどっちか賭けよう。これなら少なくとも『終末論者が来る』方に賭けて勝った側はちょっと嬉しい」
「何を賭けるんだ?」
「葉っぱ」
「罰ゲームじゃねえか」
「だって他に賭けれるもんねえもん」
やいのやいの話をしていた二人だが、この現実を前に沈黙した。
「世知辛れえし、まじダルいわー」
「ああ、まじだりい」
***
「結局、こうなるのね……」
レミリアは壁に押し付けられた姿勢で呟いた。前の機体に引き続き、このロケットも着陸時に減速しようという素振りを一切見せず地面に激突した。頑丈な石製だったからバラバラに壊れた挙句乗員は外に投げ出されるという事態にはならなかったが。どことなく三匹の子豚の童話を思い起こさせる。
「こんなこともあろうかと、予め道具類をクッションでくるんでおいてよかったですね」
咲夜は落下の加速度がかかり始めた瞬間に時を止めて布団を緩衝材にしつつ他四人と少し離れた場所に退避することで一人だけ最低限の被害で済んでいた。主人よりも自分の安全を優先というところが微妙に不敬だが、この場で唯一か弱い人間ということでやむを得なくはあろう。
「道具といえば、チンドン屋は」
「プリズムリバーさん達は乗ってないわよ。今いるのはwithHのHな人」
「言い方誤解招くって」
レミリアの問いに九十九姉妹の二人から反応が帰ってきた。
「そのHと妹分二人だよ」
「私達ならなんとか無事よ。姉さんの体が壁とドラムの間になってたら危なかったわね」
雷鼓は太鼓を壁にしてもたれかかる姿勢になっていて無傷だった。これはこれで体のつくりが人間だったら打撲では済まされないが、付喪神は頑丈なのだ。
「じゃあ出ましょうか」
「お待ちを。冬服に着替えて下さい」
元々寒いというのは分かっていたので全員冬服を持ってきていたのだった。既に激突時の衝撃でガラスが割れた窓から冷気が急速に入り始めていた。
「ミットって手先が使いにくくなるから不便よねえ」
防寒着を羽織りながらレミリアはぼやいた。
「あー分かる。スティック持ってるときも感覚変わるし」
「撥
も」
「姉さん達はまだ弾けはするじゃん。ミットじゃ琴は弾けないのよ。素手に爪に限るわ」
「それで手を露出させてるのは分かるけれど裸足ってのはどうなの? 真冬じゃなくて春秋でも寒く見えるわよ」
レミリアが九十九姉妹の裸足についてもっともな指摘をした。
「生まれつきそれが普通だった、としか言いようがないわ。寒いか寒くないかでいえば寒くはないのよ」
「ファッションとして、というのもちょっと前に考えたけれどまあいいかなって」
「流石に幻想郷よりも雪が降るような場所だったとしたらちゃんと準備しないと凍傷になる」と出発前から会う人ほぼ全員に釘を刺されていたので、このポリシーを持つ九十九姉妹といえども雪道用のブーツにニーソックスくらいの武装はした。
「着替え終わったし、出るのはレミリアさんからかしら?」
「分かってるじゃない」
ここは譲らないと非常に面倒なことになるとは全員分かりきっていたのだった。
「ただ、ちょい待ち」
レミリアは梱包された荷物を漁ってエメラルド色の瓶を一本取り出した。
「酒?」
「そう、シャンパン」
「宴会でもするの?」
「あー、酒宴といえば酒宴なのかね。でも酒を飲むのは貴方達でもないし私でもない」
「どういうこと?」
「すぐ分かるわ」
レミリアは扉を開け(着地の衝撃で若干歪んでいたが吸血鬼の怪力の前には無問題だった)飛び降りた。残り四人は先を譲るという体でファーストペンギンにした彼女が無事なのを見て、どうやら地球人を即死させるような大気成分やら気温やらではないというのを確認した後宇宙船から出ていった。
そして五人全員が揃うとレミリアは酒瓶を振り被り、地面に叩きつけた。
「偉大なる星の探究者、レミリア・スカーレットに乾杯」
薄い琥珀色の液体が炭酸の泡を出しながら蒼色の氷の地面に広がっていくのを眺めつつ、レミリアは満足気にしていた。
「あとは旗を立てて領有権も主張したかったですね」
咲夜はレミリアにそう言った。
「旗は持ってきてないでしょ? 不要よ。ロケットが旗代わりになるもの」
「はいはいそこの帝国主義の悪魔の館の皆さん。私達は星を植民地開拓しに来たんじゃないんだから。交渉相手を探さないと」
雷鼓がドラムを叩いて注意を促した。
「むー。もうちょっと余韻に浸らせてよ」
「まあいいけど……」
「そもお相手さん、いるの?」
弁々が懸念を表明した。はっきりいって着陸時の印象としては太陽もない(そりゃそうだ)氷しかない不毛の大地だ。目的をちゃんと把握はしてないなりに「超デカい付喪神仲間がいる」くらいのことは聞いていたつもりだったのだが。
「星自体が付喪神と聞いていたんだけれどね……。もしもーし!!」
雷鼓は片ひざをついた「地球の裏側の人に呼びかける姿勢」で星に問うたが返事は返ってこなかった。
「日本語が通じないんじゃない?」
レミリアはそう指摘した。
「それ以前に星そのものが巨大な道具というわけではなさそうね」
「騙された?」
「遠くから見たら星全体が付喪神に見えるけれど近くに来ると付喪神な部分とそうでない部分があることが分かる、ってだけと思うわね」
「星は違えど同族でしょ? なんかこう気配みたいなのは感じないの」
「感じるわよ」
「ほう」
「この星のありとあらゆる場所から」
「つっかえないわねー」
レミリアは文句を垂れた。
「愚痴ってても仕方ない。探せばいいのよ。巨大なことに間違いはないんだから歩いてたらそのうち見つかるでしょ。ロケットがそのまま戻ってくるときの目印になるし」
「戻ったから何かって話なんだけれどね。もう飛べはしないだろうし」
冷静に考えれば戻る手段がなくなったというのは大問題なのだが、自身の運勢や運命やらを信じている者達ばかりだったのでこのことについては驚くほど懸念されなかった。
「目印? 見えなくないです?」
咲夜は首を傾げた。
「あー、人間は夜目が利かないか」
「残り全員見れるんだからあんたはすぐ後ろをついていきなさい」
九十九姉妹の指示に従って咲夜はカルガモの子供になった。
地面はほぼ全て氷床となっていた。この氷に水分を全部吸われたかのように乾燥した空気の中を五人は飛んでいた。
「中々酷い環境ですけど酸素はあるんですね」
咲夜が呟いた。
「あってよかったわね。なかったら一人窒息死よ」
「自転車のチューブなら持ってきてましたよ?」
「彗星の接近じゃないんだから……」
「もうちょっと暖かかったら以外と快適なんじゃない? 風も強くないし」
「その気温がねえ。それよりどこまで飛ぶ? ロケットを目印にするんだったら見える範囲で、になるけれど」
「そこの山にしましょう」
雷鼓が指差す方向には山があった。
***
五人は山に近づくにつれそれの異様さを実感することとなった。
まず標高、これは着陸時点を基準としたときに地平線沿いにありながら遠近感覚を狂わされるほどに高く見えていたから予想はできていた。ただ、頭で予想していたとして「見たこともないほど高いもの」への想像力を予め正解に近づけておくことは不可能なのであり、結局は妖怪の山の倍はあるのではないかという高嶺
に度肝を抜かすことになるのだった。
そして、山とは普通円錐か半球かのどちらかに近い形であるはずだが、目的地としているそれは極端に太い円柱を傾けたような見た目をしているようだった。上に厚く氷の層が覆っているらしく岩石や土壌が露出している場所は見えないが、巨大なつららが垂れてまるで口を開けた肉食の怪獣の顔のようになっている外観は、傾いた円柱構造、ないしは不自然に山の中腹より下がえぐれている形状のどちらかでないと説明がつかないのだった。五人がいる方角は「斜塔」が倒れている側らしかった。
この構造故、山の麓まで進んでそこから登るというルートは断念せざるをえなかった。急勾配どころか傾きが九十度を超えてしまっているし、大体いつ氷の層やらつららやらが落盤してくるか分かったものではない。
よって山の屋根よりは少し外側のところで一旦着地して方針を決めることとした。
「回り込む、のは厳しいかしらね」
とはいえできることは多くない。なぜなら縦に山が高いということは横にも極端に広いということであり、この星の、上品に言っても住心地の良くない気温と相まって行く手を阻む強大な壁となっていたからである。
だからレミリアはこの奇観を発見したことで一旦満足して山でない方角に向き直すべきだと提案した。
咲夜もこれに同調した。レミリアの従者だからというのもあるが、アウトドア趣味を持つ一人の人間からの視点でもこれはどうにかなる山には見えない。
あとは残る付喪神三人のうち一人でも賛意を表明すれば多数決勝利で引き返す道に入れたのだが、三人とも何かに取り憑かれたように山を見上げて硬直してうんともすんとも言わない。
「何か見つけたかしら」
「これ、山じゃないわ……」
雷鼓の声は震えていた。
「山じゃない?」
「付喪神よ……」
「山」が地鳴りのような音を立てた。人間の咲夜以外の四人は妖怪の本能で危機を察知し飛び立った(咲夜は状況を把握する間もなく大型犬のようにレミリアに抱えられた)。
「ホワイトアウトしてる!!」
「山」の周囲一帯が揺れたことで氷床が崩落した。雪がないという意味では雪崩ではないが、現象としては近い。更に数百数千メートルの単位を落下した氷は地面で粉々になって舞い上がり、本物の雪のように五人の視界を塞いだのだった。夜目が効くとは夜でも月や星の光を頼りに物が見えるということであり、光が物理的に届かないのでは物の見ようがない。
「無闇に動かないで!! こんな状況で下手に飛んだらどこにいるのか一瞬で分からなくなるわ!!」
レミリアは叫んだ。
「既に上下すら怪しいわよ!! 大体氷の塊も飛んできてる!!」
弁々と思しき声がレミリアから見て下から聞こえてきた。尤も本当に位置関係として今弁々が下なのかどうかはレミリアにだって分かってはいない。
「自分の運を信じて!!」
「無責任な!!」
八橋は、レミリアを基準にして、左にいるらしい。
「今、運とは『この星の付喪神が貴方達と会おうとしている意志の流れ』よ。もう少しで会えるというときに殺すような真似はしないでしょ」
「私達はそれで助かるかもね!! でも貴方は付喪神じゃないじゃん!!」
雷鼓が右。
「自分の運命は詳しくは占えないけれど、私はまだ死なない、はずよ」
「ええ、お嬢様はまだ死にませんよ」
レミリアは自分が抱えていたものが飛び出たのを感じた。
「私がお守りしますから!!」
咲夜が何かをした、というのは分かった。何をしたのかは分からない。ただ確かに氷は飛ばなくなっていたからレミリアはその手腕と忠誠に賭けて待つことにした。
「弁々ー、どこー!?」
「私はこっちよー!!」
「オッケー、動かないでー!!」
ただ周りは色々やかましい。
「だから無闇に動くなって!!」
「合流するだけよ。生憎私達は貴方みたいに一人で生きれるほど強くはないのよ!!」
自分だって一人で生きることができるわけではない。だからレミリアはこれには反論できなかった。
***
光があった。世界の始まりではない。雪崩の終わりである。
火口、これをあくまで山と強弁するならそう呼ぶべき箇所が光っていた。無論「山」は山ではなく人工物特有の銀色の円筒形の姿を露出させていた。
五人は雪崩を生き延びた。レミリアと咲夜はナイフを繋げて組まれた巨大な籠の中に入っていた。付喪神の三人は背中合わせになっていた(雪崩のときに聞こえていた音からするに、各人の正面に来た氷を音波で撃ち落とすという分担をしていたのだろう)。光がそれぞれの生き延び方を露にしていた。
「馬鹿でかい舞台照明かしら」
五人は警戒態勢を解いて地面に降り、早速この「山」の正体の品定めを始めた。まず雷鼓が自分の職業から推理する。
「巨大な炉じゃない?」
一方レミリアは魔理沙の武器からの類推でこう考えた。結論としてはこれが一番近い予想だったのだが、真偽を判定できる知識を持つ人もいなければそもそも真偽自体には誰も興味がない故、単に羅列される説の一つとして流された。
「例えば暖炉みたいなものとして、この持ち主にとっての適温がめっちゃ高いというのもあり得るよね」
弁々が懸念を表明した。
「逆に凄い低いんじゃない? 氷の星だし。むしろ冷房説」
八橋が一番の珍説を述べた。
「ま、危険物かもしれないってのは同意ね。なんか熱くない?」
光は単に明るいというだけでなく熱を帯びていた。
「避難した方がいいかしら」
「それについてなのですが」
咲夜は一人「山」ではなく地面を見ていて、目線の方向を指差した。緑色の蓋がある。雪崩は単に氷が上から下に落ちるというだけなく、一部地点では地表の氷を衝撃で剥がす作用をも示したのかもしれない。単に雪崩以前は見落としていただけなのかもしれないが。
「あら、これは隠し通路への入り口ね。金貨が沢山あるに違いないわ」
「何それ」
レミリアの発言に他の人達は首をひねる。
「隠し部屋ってなんです?」
「貴方は擁護しなさいよ……。パチェが言ってたもん、外の世界にはそういうのはあるって」
「騙されてますよ、多分」
「じゃあ隠し部屋の先がどうなってるかはもうこの際どうでもいいわ。それが蓋で、開けようと思えば開く、それは合ってるわよね?」
「そうですね……」
咲夜の姿が少し揺らいだ。
「開きました」
「ピッキング!? この一瞬で!?」
「八橋、忘れた? このメイド時止めれるのよ」
「あっ、そうだった」
「いや時止めれるからといっても解錠できるかどうかはまた別でしょ。それも宇宙人のを。どんな手使ったのよ」
「それは企業秘密です」
「やだよ空き巣の手口が企業秘密扱いになる会社なんて」
「まあ、地球の鍵と同じようにナイフでピッキングできたのはよかったですね。どうも穴に適合する物体を挿入して回転させるという仕組みは同じなようで」
咲夜は両手でハッチを跳ね上げて中を覗き込んだ。
「梯子のようなものがありますね」
「ような?」
「横桟の間隔が妙に広いですね。巨人用でしょうか?」
「ハッチの大きさはごく普通……いや、例えば大人の男が入るには小さすぎるくらいに見えるけれど」
「じゃあもやしの巨人用ですわね」
「もやし」と「巨『人』」により、五人の脳裏には同時に似たイメージが浮かび上がった。それがなんなのかは描写するまでもなかろう。
「まあ別に梯子が使えなくても問題ないわよ」
雷鼓が咲夜の肩の後ろから穴を見た。
「飛び降りたら怪我しますよ。底が見えないくらいには深いでしょ?」
「飛べばいいじゃない」
「確かに」
「姉さん暢気にしてるけれど姉さんのドラム入らなくない?」
「あー」
「それなら私がなんとかしましょうか?」
咲夜が提案を持ちかけた。飛べばいいというのをど忘れしていたことの埋め合わせでもある。
***
「どうにもなってない、わね」
雷鼓が壁を叩いた。当然というべきか蓋の先も人工的な構造物で、コンコンという硬い音が反響した。石製だろうか?
しかし、雷鼓達は硬い音が反射してくることにかえって首を傾げていた。先ほど起こったことと逆なのだ。
「いやあでもあれは凄かったわね。穴がぐにゃあって」
「咲夜さんがあれほどの怪力とはおみそれしました」
咲夜が雷鼓のドラムをどうにかすると言っていたのは「穴をドラムを通せるくらいに広げる」という手段だったのだ。三人には咲夜が腕力で穴を引き伸ばしたように見えていた。
「時止めの応用ですよ。時間を操作できるということは空間を操作できるということなので」
咲夜はハンカチで汗をぬぐっていた。「力作業をしたように見える」というのも怪力説に拍車をかけていた。
「時止めって凄ーい!!」
「というか空間いじれるならロケットだのなんだのしなくても行けたんじゃ?」
「せめてロケットの中で狭い思いしなくてもね」
「負担を強いるのはやめてくださいしんでしまいます」
咲夜は珍しく困り顔をした。
「それはそうと、どっちかしらね」
弁々が疑問を呈した。ハッチは地下道の途中に設置されていたから進む先の候補は二つあったのだ。若干錆びた看板も壁に設置されているが当然文字は読めないからこれは何の意味もない。
「知ってる? 迷路って常に右手か左手を壁につけながら進むと必ず解けるのよ」
「平面ならね。また梯子か階段があってごらんなさい。それでも解けるのかもしれないけれど凄く面倒なことになるに違いないわ」
レミリアの提案は雷鼓によって即拒否された。レミリアにとっては面白くない。
「でも進まないと解決しないじゃない」
「まー、確かにそれはそう」
「冷静に。まずはこの看板を観察してみましょ?」
「弁々、読めるの?」
「読めないよ?」
「姉さんにそんな頭はないからね。仕方ない」
八橋に馬鹿にされたので弁々は少し口を曲げた。
「地球人の誰にもないでしょ。そんなこと言うなら八橋、あんたは何か分かるの?」
「んー、この『〜―』って形のマーク、矢印的な記号じゃない?」
八橋が指差した先には確かに記号があり、かつそれは他の記号のまとまり(多分これは文字だろう)とは別の行にある。
ただ、『〜―』という記号と『―〜』という記号が両方一個ずつあるのだった。右矢印と左矢印に相当するのだろうがどっちがどっちかは分からない。
「どっちに進んでも何かはあるってことかしら」
「片方が『人妖ぶっ殺しゾーン』かもしれないけれどね」
「そんなピンポイントな部屋ないでしょ……。付喪神のリーダーさんや」
「私?」
レミリアに呼びかけられ、雷鼓は少し驚いた。
「誰かがリーダーってことはないんだけれど」
「そんなリーダー感出しておいて何を今更。貴方はどっちに進むべきと思う?」
「どっちでも変わんなくない?」
「直感で。現状貴方達の運に賭けるのが一番勝率がある」
「じゃあ左で」
雷鼓が指差した方向にレミリアは突撃した。風を切る音が地下道に反響する。
「あの看板、『道路は走らないでください』って書いてたに違いないわ」
「道案内とは別にね」
「だいたいおたくの教育はどうなってるんですか」
「私が諌めるのはそれに意味があるときだけですよ」
付喪神達からのクレームにも咲夜は涼しい顔をしていた。
「今だって止める意味あるでしょ」
「言い方を変えましょう。痛い目を見たほうが学べるときがあるならば私はあえてそうします」
ただし、涼しさとは冷酷さでもあった。優しさとは限らない。
「スパルタァ……」
「まあ吸血鬼なら曲がり角で壁と正面衝突してもせいぜい軽い怪我で済むでしょうけれど……」
「÷=^…¥・〒×€<:!!!!」
道を走った報いなのかそうでないのかは四人には分からないが、先行していたレミリアが何らかの事態に遭遇したらしい。奇妙な機械のエラー音のようなものが大音量で響いていた。