Coolier - 新生・東方創想話

系外付喪神

2026/06/06 22:48:27
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「死ぬってどういうことなの?」
 雪球人の子供が親に聞いた。
「循環器と思考をする臓器の両方が機能を停止することだよ」
 昔、この星が恒星の周りを公転するごくありふれた惑星だった時代ならば、地球における天国に相当する概念が説明に使われただろう。だが終わりの見えない旅路の中でそうした情緒は失われて乾燥した正しさだけが残った。
「ママは死ぬの?」
「死ぬよ」
「死んだらどうなるの?」
「お肉になるの。そのために死ぬんだから」
「死んだ後も会える?」
「お肉としてね」
「そうじゃないよ。僕は話したいの」
「そりゃあ無理だよ」
「じゃあ死ぬのは駄目じゃん」
「でも誰かが死なないと他の人が生き残れない。病気や罪人から肉にしていくのだけれども、そうした人がいなくなった、でも食べ物はない、そうしたときにどうするべきかが大事なんだ。殺し合いは文明人のやることじゃない。だから大人が籤を引いて死ぬ人を決める。ママはね、そうして籤引きに当たったんだ」
「なんでママが当たるの!!」
「単なる偶然だよ。籤は平等だ。文句は言えないし、ママは満足してるよ」
「そう、ママは納得してるんだ……じゃあさ、もう一個聞いていい?」
「なんだい?」
「ママは、そういう世界なのに、どうして僕を産んだの? どうせみんな肉になって死んでいく世界で。僕、『肉にしてください』なんて一度も頼んだことはないよね?」
 この時代、こうした会話はどこでもありふれていた。そして、大体は、子供の「どうして自分を産んだ」という問いに対して答えに詰まってしまうのだった。
 深刻な食料問題により雪球人を食肉に加工する機械と制度が作られはしたが、その仕組みに正当性を与える倫理はまだ未完成だった。
 最終的には雪球人達はあることを悟ることとなる。つまりは結局のところ「いかにして社会の中で生きるか」は「いかにして社会の中で死ぬか」ということでもあった。かつて人のために食べ物を生産する生き方をする者がいたように、人のために食べ物を生産する死に方をする。雪球人版のカンビュセスの籤は社会の原則の一つを極端に具現化したもの、それ以上でもそれ以下でもなかった。
 この原則に社会が至るまでにはまだ暫くの期間、籤制度すらも人口不足で維持できなくなりつつあった文明の最末期まで待たねばならなかったが。


***


「何!?」
 レミリアは驚き、投槍で目の前で金切り声を上げているディスプレイを攻撃した。今は一人だから王としてのカリスマなどという虚勢を張る必要もない。純粋な咄嗟の生存本能としての攻撃である。
 が、槍はディスプレイに傷一つ負わせることはなかった。扉を明らかに防ぐように配置されているそれは存外頑丈らしい。
「々+*:〆¥・々〒……。>+=#」÷」
 ディスプレイは先ほどよりは落ち着いた音を出して、七色に光る円が画面内を動き回る映像を出した。
「???」
 レミリアは意図が分からないまま、一応それを目で追った。稀に円は紫色のときに姿を消して、少ししたのち少し離れた場所で赤色で復活する。
「動物実験されてるようで気分が悪いわね」
「×¥=%。〒*」
「お嬢様!! ご無事ですか?」
 再びの落ち着いた電子音からの映像切り替わりのタイミングで四人が追いついた。
「おかげさまでね。貴方達が来るのが遅いものだからつまらない映像を見せられたわよ」
「私達が遅いんじゃなくてあんたが先走りすぎたの……。つまらない映像ってこれ? 綺麗ではあるけど。星?」
「ああ違う。前はもっと単純なカラフルな円が一個画面内を飛び回るだけの……」
 また映像が切り替わった。棒が一本表示されているところから始まり、五秒くらい経ってから二本に増え、また五秒経つと一本に戻り、更に五秒経つとゼロになる。
「あ、外れだ。なにこれ? 二本に一本外れの映像が出てくる籤引き?」
「棒が増えたり減ったりするだけですもんねえ。妖精メイドにお遊戯させたってもうちょっとまともな劇を見せてきますわ」
 映像の質にやいのやいの文句を言っていると、画面左半分に棒が二本、右半分に三本あって間に何らかの記号が一個あるという状態で映像が停止した。
「何がしたいの……?」
「足止めじゃない? 吸血鬼さん、貴方の怪力で突破できないの?」
「一度試したわよ。無傷。悔しいことにね」
「じゃあメイドさんが無敵の時止め能力で」
「こういう状況には対応してません……。というより、これは計算問題ではないかしら」
「あー。でも真ん中の記号が数学記号として、加減乗除のどれかとかはたまた別なのかとか分からなくない?」
「一問目は流石に足し算じゃないです? 特に今回これが引き算や割り算だと答えが負の数や循環少数になりますから、そういう捻ったことを最初にしてくるとも考えにくい」
「じゃあ、五」
 少し間を置いて、映像が切り替わった。とはいえ棒の本数が少し違うだけでさっきとほぼ同じだが。
「これも答えたらいいのかしら」
 そして十数問こういうやり取りが続いた。解答というアクションがあるとはいえ退屈だ。レミリアなどは「あたしゃ寺子屋の一年生か!!」と露骨に苛立っている。
 また映像が切り替わり、今度はなんとも形容しがたい、強いて言えば球状の異形の怪物みたいなのが映し出された。
「何!?」
 と思えば人型、というかほぼ鏡写しの自分達の姿が表示されたりもする。
「私達じゃん」
 算数の問題を出したり自分達の映像を出したり、映像には何らかの意味、それも自分達を試すという意図がある。ここまでは五人も置かれた状況から理解していた。ただ、試して何をしたいのかというのは分からなかった。
 そしてその答えは永遠に続くと思われた映像テストが突然終わると共にディスプレイ側から示された。
「ハイ、違ウ星ノ私達」


***


 今までの会話記録から不完全ながら学習した日本語に、ディスプレイは言語を切り替えた。画面は青色の肌を持った直立歩行するタコ型の生命体の画像になっている。
「貴方は?」
「私、々%÷・%→。付喪神。貴方達、付喪神」
「この二人は違うけどね」
 雷鼓はレミリアと咲夜をスティックで指した。
「付喪神ト、付喪神違ウノト。私達、同ジ」
「同じ、というのは私達と貴方の種族が同じってこと?」
「イヤ。私達ニモ付喪神違ウノガ」
「うん……? ああ、道具だから使い手が別にいると」
 ここは咲夜が意図を読み取った。
「ソウ。イル……。イタ」
「いた、つまり今はいない?」
「・<〆|+:<!!!! ・々<・<:|」:^〜……」
「いやいや分かんないから!!」
「まあ、そういうことよね」
 レミリアが息を吐いた。
「そういうことって……一人で納得されても」
「我ら吸血鬼は生物の気を感じることができる。貴方達付喪神が同族の気を感知できるのは仲間意識とかそういうものなのでしょうが、吸血鬼のそれは捕食者の能力としてね。で、その能力で今のところ私の周りにいる生物の気配は一つ」
「最後の生き残り?」
「ノー。いるでしょ目に見える場所に生き物」
「そういや咲夜さんは生きてるか」
「なんです人を幽霊か何かみたいに」
 咲夜は頬を膨らませて抗議したがそれは無視されてレミリアによる状況解説は進んだ。
「だからこの星に生き物はいないのよ。寒すぎて人が生きていけないとかそういうレベルの話じゃなくて、寒さに適応したこの星生まれの生物も住んでいない」
「でもこの付喪神さんの元を作った何かはいるから……」
 八橋がそういうことだろうという言葉を呟いた。
「死んだ……?」
「・<々€!!!! 死ンダ!! <」・<:+々「*〆<・%゜!!!!」
「死んでしまったのは合ってるようね。ただほかの箇所が。また解読か……」
 更にたっぷりの時間をかけて、睡眠休憩も挟みつつやり取りを繰り返してどうにか説明に必要な語彙を相手の付喪神に覚えさせることに五人は成功した。
「この星は元々別の場所にあった惑星だけれど、環境が悪化して住めなくなったから星そのものをロケットにして脱出しようとしたと」
「ハイ」
 厳密には機能上宇宙船というべきものなのだが、今この場で交わされる「幻想郷付喪神語」というべき日本語の変種は、話者に宇宙開発周りの語彙が不足しているのでロケットで一括りにされていた。
「スケールデカいって。星の全部から付喪神の気配を感じるってことは、あの地上の山みたいなのも付喪神化したロケットのパーツなんでしょ?」
「ハイ。アレハエンジンデスネ。止メルタメノ物ナノデ普段ハ動カナイデスガ」
「いやあ。これに比べたら私達が乗ってきたロケットなんてゴマ粒ね」
「悔しいけど否定はできないわね。それにしてもパチェが食いつきそうな話……」
「パチェ、何?」
「人の名前よ」
「オーケー」
「とはいえ別の場所に星があったってのは元々予想できてた話ではあるけどね。どこかから飛んできて問題になってるのだからその『どこか』が更に遠く離れた場所にあるのだろうと」
 雷鼓は涼しい顔をしていた。
「そうね。で、その続きが、脱出して、全滅した、と」
「ハイ」
「……おかしくない? 生き残るために脱出したのに」
「地上、生キ物住メナイ。太陽ナイ」
「うーん。それは脱出する時点で多分分かってたわよね。太陽から離れるのに代わりを用意しないってのは流石に変よ」
「それこそこの場所がそうなんじゃないの?」
 弁々が壁を叩いた。
「地下にシェルターを作ってそこに人間と、もしかしたら動物や植物も住まわせる。ありそうな話ですわね」
「生き延びる策がここかそうでないかはさておき、何かしらは用意してたはずで、それがうまくいってたら道具を作った何者か、多分そのタコの本物よね? が今いるはずだった。でもそうなっていない」
 レミリアの言わんとすることはこうだ。「何かトラブルがあったはずだがそれをお前は知らないのか」。
「私ハ分カラナイ。彼女ナラ……」
「彼女?」
「頭ノ親玉」
 要は船のメインコンピューターにあたる部分が付喪神化した存在である。
「その人に事情を聞けば分かる?」
「イヤ、彼女ハ話サナイ。私モ聞イタ。話サナカッタ」
「その人も知らない、というよりは話したくない、という反応に見えるわね……」
「多分」
 誰も返す言葉を見つけることができなかった。
 沈黙の中で通路を観察すると、単に時の流れの中で劣化したというよりは焦げ跡のようなもので覆われた箇所があったり、弾痕のような凹みがそこかしこにあったりする。この通路を往来していた先住民達は、残念ながら決して穏やかな最期を迎えたわけではないらしいというのが分かった。更に沈黙の空気が重くなる。
 そんな中で、弁々と八橋の二人が音楽を奏で始めた。
「言葉デナイ音。何ノタメノ音?」
「鎮魂曲よ」
「ソレデ、ナニガ起コル?」
 弁々と八橋は答えず、目も閉じたまま演奏を続けた。
「貴方の星には音楽はなかったのかしら」
 代わりに雷鼓が答えた。
「音楽? 分カラナイ。ソレニ、ドンナ意味ガアル?」
 答えたのだが、相手の答えはどうにも要領を得ない。それも、雷鼓の神経を逆撫でする方向に。
 九十九姉妹の演奏が終わっても感動の素振り一つ見せない異星の付喪神に対し、ついに雷鼓の堪忍袋の緒が切れた。
「つまり、貴方はこう言いたいのかしら? 『私にはパッションがありません』と」
「カモシレナイ。『パッション』トイウノモ分カラナイ。貴方、交渉シニ来タハズ。コレニ何ノ意味ガアル?」
「私達は意味なんていうつまらない物ごときのために音楽を奏でてるわけじゃあないんだよ!!」
 地球からの使者五人とこの星の付喪神一人の計六名が今いるこの通路は地下数十メートルの地点にあるが、その場所からでも地上で空が震えている音が聞こえてきた。
 この惑星に数百年ぶりに雷が落ちた。
「交渉シニ来タノデハナイノカ?」
「ええ、交渉に来たわ、『生きてる』相手とね。そしたらどうよ? 先住民はとっくに死に絶えて無感動に冷笑するしかできない抜け殻だけが遺されてる? 文化の程度がその程度なら遺ってもらわなくて結構!!」
 雷鼓は和太鼓型のロケット弾幕を生成した。
「あんたらは知らないようだから教えてあげる。芸術ってのは爆発なんだよ!! んでどうせあんたら爆発なんてできやしないだろうから私が代わりに爆発させてやるわ!!」
 雷鼓が啖呵を切るのと同時に通路を強烈な揺れが襲った。地上にある巨大エンジンも付喪神化していたから、落雷を攻撃とみなしたか、あるいはもっと反射的な反応としてかで、星を急停止させることによる異物の排除を試みたのだ。実際慣性により全員したたかに壁に叩きつけられた。だがそんな状態でも雷鼓は太鼓を射出した。
「ほほう」
 レミリアは争いを興味深く見ていた。自分の攻撃ですらヒビ一つ入らなかった頑丈な機械だ。雷鼓「如き」で太刀打ちできるものとは全く思わない。が、交渉事について責任を負っていないレミリアの視点だとこの決裂の危機は見世物として面白い対岸の火事である。そして自分がまだ死ぬ運命ではないということはどうにかなるらしい。どうやって事態が収拾するかまでは分からず、だからこそ面白い。
 和太鼓が爆ぜた。魔力が大量に込められた爆弾だったらしい。
「容赦ないわねえ……?」
 レミリアには爆発が手前側すぎるように見えた。雷鼓はレミリア以上に困惑の色を見せていたから、彼女にとっても想定外のことだったと分かる。ではなぜ爆発位置が狂った?
 答えは太鼓爆弾の煙が薄れて判明した。九十九姉妹二人が弾幕で壁を作って庇っていたのだ。
「地球を裏切るつもり?」
「地球とか異星とかそんなの関係ない。姉さんは分かってたと思ってたんだけれどね」
「これはライブだから、出自も人となりも関係なく鑑賞ルールは守って貰わなくちゃいけない。危険物の持ち込み禁止」
 弁々と八橋の二人は吐き捨てるようにそう言って次の曲を奏で始めた。
「……」
「……ソレガ貴方達ノ使命?」
 ディスプレイがゆっくりと発話した。
「さっきも言ったけれど意味のためにしているわけではないの。つまり使命というわけでもない」
「フム……? 貴方達ハコレヲスルタメノ道具ニ見エルガ?」
「あー、楽器の付喪神ではあるわね。でも四六時中音楽だけをしているわけじゃない。私達はその方がいいと思っているから音楽を奏でるし、別のときでは音楽をしない」
「我々ニハ『第四惑星ニ行ク』トイウ使命ガアリ、他ノ生キ方ヲ知ラナイ。君達ニトッテノ『第四惑星』ガ『音楽』デハ?」
「ではない、ということになるわね。ごめんなさい。私は誤解をしていた。貴方達に欠けていたのはパッションではない。欠けていたのは自由よ」
「『ジユウ』カ……ソレハイイモノ?」
「とても。それこそ交渉に関わるくらいには。演奏を終えたら話しましょうか」
 雷鼓は先ほどの激昂を恥じて反省していたからディスプレイの付喪神の反応如何に関わらず静かに九十九姉妹の演奏を聞いた。ディスプレイの付喪神も、自由という概念を知った先にある意味以外の価値について、姉妹の演奏から何かを得ようと必死に聴音機能を稼働させた。


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