「しかしなぁ、あいつが私たちを招待、ね。珍しいこともあるもんだ」
魔理沙さんがぽつりとつぶやく。私たちの目の前には、紅色で彩られた巨大な洋館がそびえたっている。
「…いやいや、招待を受けたのは私と霊夢さんでしたよね?」
話は昨日の事だ。
「ごほっ!ごほごほごほ!」
「だ、大丈夫ですか霊夢さん。今、タオルを取り替えますから…!」
「おーおーこりゃ見事な風邪だな。お前が風邪をひくなんて珍しいじゃないか」
あの天狗倒し事件から数日後、夜の山の寒さがたたったか、霊夢さんが風邪をひいてしまったのだ。私と魔理沙さんは霊夢さんの看病に追われていた。
「ゔゔゔ。こんなことになるなんて」
「腋出しの変な服を着るからこんなことになるんだぜ」
「うるざいばね…ごほっ!」
「魔理沙さん!霊夢さんを刺激しないでください!本当にひどい風邪なんですから」
「わ、わりいわりい。しかし運がよかったなぁ。かさねがいてくれて。私もさすがに付きっきりってわけにはいかないし」
「霊夢さん、おかゆを用意しました。よろしければ召しあがってください」
「ありがとー…」
顔を真っ赤にした霊夢さんがゆっくりと布団から体を起こし、震える手で私からおかゆを受け取った。
「しかし、こんなんじゃ巫女の仕事は出来そうにないな。何事もなければいいが…」
そんな時だった。
「ごめんくださーい」
表の方から声が聞こえた。
「私が出てきます」
慌てて来訪者の元に向かう。来訪者は、メイド服を着て、背中から羽をはやした、かわいらしい少女だった。背はかなり低い。こちらに来てから何度か見かけた、妖精だろう。
「なんの用でしょうか?霊夢さんなら今…」
「これ、レミリアお嬢様からです。それでは」
そう言って妖精メイドは一通の手紙を渡した後、すぐに去って行ってしまった。
「あ、ちょっと!」
霊夢さんが風邪をひいていることを伝え損ねた。あきらめて霊夢さんが寝ている寝室へ戻り、手紙を受け取ったと伝えた。
「レミリアから…?一体なんの用かしら…ごひゅ!」
「どれ、私が代わりに読んでやろう」
そう言って魔理沙さんは私から手紙をひょいと奪い取り、読み上げ始めた。
「親愛なる霊夢、かさね嬢。貴女たちを、紅魔館に招待します。日時は明日…おいおい、招待状だぜ、これ」
「あー?なんの目的があって…けほけほけほ!」
「…この分じゃあ、間に合いそうにないな。よし、かさね。私が霊夢の代わりに行ってやるぜ!泥船に乗ったつもりで安心しな!」
「沈むじゃない…ごほっ!」
「む、無理しないでくださいね!」
「細かいことはいいんだよ。しかし霊夢の言うように何が狙いなのか、気になるところだぜ」
よくもまあ、招待されてもいないのにこんな堂々とできるものだ。私なんかは、目の前の館に気圧されっぱなしなのに。紅魔館。霊夢さんと魔理沙さんの話によると、この館はレミリア・スカーレットという吸血鬼が所有しているらしい。尊大にして強力、並の妖怪ではないということで、いつ取って食われてもおかしくないと身震いしている。
「おっと、止まりなさい。何者ですか?」
館に入ろうと正門の前まで進んだところで、前方から制止する声が聞こえた。私たちを呼び止めたのは、中華風の衣装を身に纏った、長身の少女だった。頭には緑色の帽子を被っており、それについている星の飾りの中心には「龍」の一字が刻みこまれている。女性にしてはがっしりしていて、佇まいに隙が無く、戦い慣れした人物だと推察される。
「あの、かさねと言います。ご主人のレミリアさんに招待されてきました」
「ああ、あなたが。これは失礼をば。さあ、どうぞどうぞ」
私の名前を聞くと、彼女は朗らかな笑顔を浮かべながら答える。なんというか、もっと威圧的な性格を想像していたから、何か拍子抜けした気分だ。
「それじゃ、遠慮なく…」
「…ちょっと待ってください。魔理沙さん。たしか招待されたのはかさねさんと霊夢さんの二人だけだったはず」
「その霊夢が風邪を引いちまってな。私が代理で来たって訳だ」
「代理って…」
「堅いこと言うなよな、美鈴。今度お前の読みたがってた漫画貸してやるからさ。無縁塚で続きの巻を見つけたんだ」
「むむむ…、まあいいでしょう。あなたを受け入れるかはお嬢様が判断してくれるでしょうし」
そうして、私と魔理沙さんは紅魔館の中へと足を踏み入れた。美しい西洋庭園を抜けて、正面の扉の前へ。扉をゆっくり開けると、そこは大きなエントランスだった。弾幕ごっこを一つや二つ出来そうなくらい広い。正面には階段があり、上へとつながっている。そして、その階段をこつこつと降りてくる人物が一人。整えられた青白のメイド衣装に、美しい銀髪。背丈は私と同じくらい、いや、少し低い。しかし、均整のとれた体型は、私と比べるべくもない。まさに完璧な従者ぶり。この少女を従えているというだけで主人の格がうかがい知れるような、そんな人物だった。
「お待ちしておりました、かさね様。私、当館のメイド長を務めております、十六夜咲夜と申します」
透明感のある声で呼びかけられる。
「あ、か、かさねといいます。よろしくお願いいたします」
思わず顔を赤らめる。こんな完璧な人間に面と向かって挨拶されると、なんだか気恥ずかしくなる。
「おーおー、びしっと決めちゃってまあ。こいつ、これでちょっとアホっぽいところがあるんだぜ?」
魔理沙さんは冗談めかして私に語りかける。
「魔理沙…あなたは呼ばれていないはずだけど」
咲夜さんがジロリと魔理沙さんを睨みつける。
「代理だよ、代理。霊夢の代わりに来てやったんだ」
「全く、うちの門番は何をやっていたのかしら。明日の仕置きを楽しみにしておくことね、美鈴…」
かわいそうな美鈴さん!
「ともかく、これからお嬢様の元に案内します。魔理沙、くれぐれも余計な事をしないように」
「へーい」
そうして私たちは、咲夜さんに連れられて、主の部屋まで案内された。咲夜さんがゆっくり扉を開く。扉の先には、大きな椅子に収まった、可愛らしい少女がいた。大きな赤色の瞳に水色がかったショートヘア。ほんのりとしたピンク色の可愛らしいブラウスとスカート。しかし、ぴったりと椅子につけた背中からは、大きな蝙蝠のような羽が生えており、それだけで彼女がただの少女でないことを示している。
「よく来てくれたわね。あなたが、かさねね。私が、レミリア・スカーレットよ」
「は、は、はい」
「そんなに緊張しなくてもいいわ。霊夢の同居人がどんな人間なのか、見てみたかっただけ」
そう言ってレミリアさんは天狗倒し事件の時に文さんが書いた新聞を取り出す。
「はあ…」
「それと魔理沙、あなたは呼んでいないはずだけれど」
「霊夢が風邪をひいちまってな。かさねの保護者として来てやったんだ」
「…よく回る舌ね。ひっこぬいてあげようかしら」
レミリアさんがにこりと言う。
「ひぃー、冗談きついぜ」
魔理沙さんもわざと焦りを見せたように応じる。こんな冗談を言い合える程、仲がよいのだと思うと、うらやましかった。
「――かさね、私はね。運命を操ることができるの。…どう思う?」
そんなことを思っていると不意に、レミリアさんから話かけられた。
「運命、ですか…?」
幻想郷の住人が、何らかの能力を持っていることが多いことは霊夢さんや魔理沙さんから聞いている。霊夢さんなら「空を飛ぶ程度の能力」というように。だが、運命とは。もし本人の言う通りなら絶対無敵の能力と言っても過言ではないが…。
「そう。人の運命など、我が腕にかかれば容易に塗り替えられる。あなたも既に、運命を変えられてしまったかもしれないわよ?」
「お、おいおい。何を言ってるんだ」
なんと。運命が変わってしまったらしい。
「…あんまり、驚かないのね」
レミリアさんがまっすぐにこちらを見つめる。
「まぁ、たとえ今よい運命から苛酷な運命に変えられたとしても、人生ってそういうものだと思うのです。流れ流れて、急に悪い出来事が降りかかって来たり、かと思えば突然それが晴れ渡ったり」
な、何をいっているんだろう。私は。記憶喪失なのに人生論なんて。
「ふふっ…面白い考え方ね」
くすりとレミリアさんが笑う。
「さすが、数奇な運命をたどって来たことはあるわね。なかなか見たことないくらい、すごい形よ、あなたの運命」
「…え、私の過去を知っているんですか!?教えてください!」
「数奇な運命をたどって来た」と言えるということは、私のこれまでの人生を知っているということではないか。しかし、レミリアさんは首を横に振った。
「残念ながら、私にそんな力はない。たどって来た運命の数奇さ…それが何となく分かるだけ」
「そうですか…記憶を取り戻す鍵になるかと思ったのに」
「力になれず、ごめんなさいね。さて、食事にしましょう。咲夜!」
「では、食事会場にご案内いたします」
私たちは咲夜さんに連れられて、長机がある部屋へと通された。私の席は手前側の誕生席で、ちょうど真正面にレミリアさんが座る形になった。魔理沙さんは私の右手側に座っており、いつの間にか左手側には美鈴さんが座っている。その他、いくつか空席がぽつりぽつりとある。
「おいおい、人数少なくないか?パチュリーに小悪魔、フランはどうした?それに咲夜は食べないのかよ」
「パチュリー様は喘息がひどく、食事には出席できないということです。小悪魔はパチュリーについています。妹様は「興味ない」とのことです。私は料理を準備する側なので」
「いや~、せっかくの歓迎パーティーなのに、私なんかがいて申し訳ないです」
へへっと美鈴さんが頭を掻きながら言う。なんというか、この人も大概大物な気がする。
妖精メイドたちがいそいそと料理を運んでくる。まずは前菜だ。なんだかよく分からない野菜たちに、なんだかよく分からないソースがかかっている。ど、どうやって食べればいいんだろう。きょろきょろと当たりを見回す。フルコースの作法なんて、全然知らない。
「あーむ、あむっ!もぐもぐかちゃかちゃ」
うわ、ひどい。なんて食べ方だ。魔理沙さんを見て、思わず顔をしかめる。フルコースの作法は知らないが、それでもあれが間違いなことくらい分かる。
「こら、魔理沙」
たまらずレミリアさんが注意する。しかし、その内容は私が予想だにしないものだった。
「かさねを気遣うのはいいけれど、私に無礼を働くとはいい度胸ね。作法を知らない者の無礼を咎める気はないけれど、作法を知る者がわざとそれを破るのは許しがたい」
それを聞くと、魔理沙さんは不満げな顔をした後に、先ほどとはまるで別人のように料理を食べ始めた。一切音を立てず、フォークを器用に使い、ゆっくりと料理の味を確かめるように口に運んでいく。驚いた、こんなに洗練された動きを魔理沙さんが出来るなんて。
「魔理沙は元々いいところの出ですからね。和洋のテーブルマナーくらい弁えていますわ。大方あなたが変に緊張しないように、わざと汚い食べ方をしていたのでしょうけれど」
いつの間にか咲夜さんが現れて、私に話しかける。
「おい咲夜…」
「かさね、もっと楽にしなさいな。あなたらしい作法で、ゆっくり味わってくれればいいから」
レミリアさんがこちらを気遣うように話しかける。気を使わせてしまっただろうか。
「すみません、分かりました」
おそるおそるフォークを使って、ゆっくりと料理を口に運ぶ。美味しい!みずみずしい野菜に、ソースの甘辛さが調和している。でもやっぱり何の野菜なのかは分からなかった。
料理が運ばれてくるのを待ちながら、会話に花が咲く。レミリアさんが、あの天狗倒し事件についてあれこれと聞いてきたので、自分の体験したことを色々と話した。うまく話せた気はしないが、さすがに館の主ともなると聞き上手で、口から勝手に言葉が出てくるようだった。その間、魔理沙さんは美鈴さんと世間話をして盛り上がっていた。魔理沙さん、やっぱり話が上手い。そして、食後のコーヒーが運ばれてきたところで、レミリアさんが口を開いた。
「ねぇ、明日からちょっとしたゲームをしない?」
「ゲーム、ですか?」
「そう。クリアできれば褒美を与えるわ」
ご褒美。魅惑の響きだ。
「ふーん、マジックアイテムでもくれるのか?」
魔理沙さんが横から口をはさむ。
「それでもいいわよ」
「お、そいつはいいな。で、内容は何なんだ?」
「私は珍しい物が好きなの。最近は本を集めるのがマイブームでね。それであなた達には、明日からの三日間で私を満足させるような三つの本を探して欲しいの」
「おいおい、稀覯本を一日一冊ペースでか?そいつはちょっと難しいんじゃないか」
「だからゲームなのよ。どうかしら、かさね。魔理沙。私のゲーム、受けてくれる?」
そういってレミリアさんは大きな赤色の瞳をきらりと輝かせながら、私たちに問いかける。
「面白そうです!ぜひ、やらせてください!」
「いいぜ。マジックアイテムの約束、忘れるなよ?」
私たちはほぼ同時に肯定の言葉を発した。
「楽しみにしているわ」
レミリアさんはこちらを試すような笑みを浮かべた。
魔理沙さんがぽつりとつぶやく。私たちの目の前には、紅色で彩られた巨大な洋館がそびえたっている。
「…いやいや、招待を受けたのは私と霊夢さんでしたよね?」
話は昨日の事だ。
「ごほっ!ごほごほごほ!」
「だ、大丈夫ですか霊夢さん。今、タオルを取り替えますから…!」
「おーおーこりゃ見事な風邪だな。お前が風邪をひくなんて珍しいじゃないか」
あの天狗倒し事件から数日後、夜の山の寒さがたたったか、霊夢さんが風邪をひいてしまったのだ。私と魔理沙さんは霊夢さんの看病に追われていた。
「ゔゔゔ。こんなことになるなんて」
「腋出しの変な服を着るからこんなことになるんだぜ」
「うるざいばね…ごほっ!」
「魔理沙さん!霊夢さんを刺激しないでください!本当にひどい風邪なんですから」
「わ、わりいわりい。しかし運がよかったなぁ。かさねがいてくれて。私もさすがに付きっきりってわけにはいかないし」
「霊夢さん、おかゆを用意しました。よろしければ召しあがってください」
「ありがとー…」
顔を真っ赤にした霊夢さんがゆっくりと布団から体を起こし、震える手で私からおかゆを受け取った。
「しかし、こんなんじゃ巫女の仕事は出来そうにないな。何事もなければいいが…」
そんな時だった。
「ごめんくださーい」
表の方から声が聞こえた。
「私が出てきます」
慌てて来訪者の元に向かう。来訪者は、メイド服を着て、背中から羽をはやした、かわいらしい少女だった。背はかなり低い。こちらに来てから何度か見かけた、妖精だろう。
「なんの用でしょうか?霊夢さんなら今…」
「これ、レミリアお嬢様からです。それでは」
そう言って妖精メイドは一通の手紙を渡した後、すぐに去って行ってしまった。
「あ、ちょっと!」
霊夢さんが風邪をひいていることを伝え損ねた。あきらめて霊夢さんが寝ている寝室へ戻り、手紙を受け取ったと伝えた。
「レミリアから…?一体なんの用かしら…ごひゅ!」
「どれ、私が代わりに読んでやろう」
そう言って魔理沙さんは私から手紙をひょいと奪い取り、読み上げ始めた。
「親愛なる霊夢、かさね嬢。貴女たちを、紅魔館に招待します。日時は明日…おいおい、招待状だぜ、これ」
「あー?なんの目的があって…けほけほけほ!」
「…この分じゃあ、間に合いそうにないな。よし、かさね。私が霊夢の代わりに行ってやるぜ!泥船に乗ったつもりで安心しな!」
「沈むじゃない…ごほっ!」
「む、無理しないでくださいね!」
「細かいことはいいんだよ。しかし霊夢の言うように何が狙いなのか、気になるところだぜ」
よくもまあ、招待されてもいないのにこんな堂々とできるものだ。私なんかは、目の前の館に気圧されっぱなしなのに。紅魔館。霊夢さんと魔理沙さんの話によると、この館はレミリア・スカーレットという吸血鬼が所有しているらしい。尊大にして強力、並の妖怪ではないということで、いつ取って食われてもおかしくないと身震いしている。
「おっと、止まりなさい。何者ですか?」
館に入ろうと正門の前まで進んだところで、前方から制止する声が聞こえた。私たちを呼び止めたのは、中華風の衣装を身に纏った、長身の少女だった。頭には緑色の帽子を被っており、それについている星の飾りの中心には「龍」の一字が刻みこまれている。女性にしてはがっしりしていて、佇まいに隙が無く、戦い慣れした人物だと推察される。
「あの、かさねと言います。ご主人のレミリアさんに招待されてきました」
「ああ、あなたが。これは失礼をば。さあ、どうぞどうぞ」
私の名前を聞くと、彼女は朗らかな笑顔を浮かべながら答える。なんというか、もっと威圧的な性格を想像していたから、何か拍子抜けした気分だ。
「それじゃ、遠慮なく…」
「…ちょっと待ってください。魔理沙さん。たしか招待されたのはかさねさんと霊夢さんの二人だけだったはず」
「その霊夢が風邪を引いちまってな。私が代理で来たって訳だ」
「代理って…」
「堅いこと言うなよな、美鈴。今度お前の読みたがってた漫画貸してやるからさ。無縁塚で続きの巻を見つけたんだ」
「むむむ…、まあいいでしょう。あなたを受け入れるかはお嬢様が判断してくれるでしょうし」
そうして、私と魔理沙さんは紅魔館の中へと足を踏み入れた。美しい西洋庭園を抜けて、正面の扉の前へ。扉をゆっくり開けると、そこは大きなエントランスだった。弾幕ごっこを一つや二つ出来そうなくらい広い。正面には階段があり、上へとつながっている。そして、その階段をこつこつと降りてくる人物が一人。整えられた青白のメイド衣装に、美しい銀髪。背丈は私と同じくらい、いや、少し低い。しかし、均整のとれた体型は、私と比べるべくもない。まさに完璧な従者ぶり。この少女を従えているというだけで主人の格がうかがい知れるような、そんな人物だった。
「お待ちしておりました、かさね様。私、当館のメイド長を務めております、十六夜咲夜と申します」
透明感のある声で呼びかけられる。
「あ、か、かさねといいます。よろしくお願いいたします」
思わず顔を赤らめる。こんな完璧な人間に面と向かって挨拶されると、なんだか気恥ずかしくなる。
「おーおー、びしっと決めちゃってまあ。こいつ、これでちょっとアホっぽいところがあるんだぜ?」
魔理沙さんは冗談めかして私に語りかける。
「魔理沙…あなたは呼ばれていないはずだけど」
咲夜さんがジロリと魔理沙さんを睨みつける。
「代理だよ、代理。霊夢の代わりに来てやったんだ」
「全く、うちの門番は何をやっていたのかしら。明日の仕置きを楽しみにしておくことね、美鈴…」
かわいそうな美鈴さん!
「ともかく、これからお嬢様の元に案内します。魔理沙、くれぐれも余計な事をしないように」
「へーい」
そうして私たちは、咲夜さんに連れられて、主の部屋まで案内された。咲夜さんがゆっくり扉を開く。扉の先には、大きな椅子に収まった、可愛らしい少女がいた。大きな赤色の瞳に水色がかったショートヘア。ほんのりとしたピンク色の可愛らしいブラウスとスカート。しかし、ぴったりと椅子につけた背中からは、大きな蝙蝠のような羽が生えており、それだけで彼女がただの少女でないことを示している。
「よく来てくれたわね。あなたが、かさねね。私が、レミリア・スカーレットよ」
「は、は、はい」
「そんなに緊張しなくてもいいわ。霊夢の同居人がどんな人間なのか、見てみたかっただけ」
そう言ってレミリアさんは天狗倒し事件の時に文さんが書いた新聞を取り出す。
「はあ…」
「それと魔理沙、あなたは呼んでいないはずだけれど」
「霊夢が風邪をひいちまってな。かさねの保護者として来てやったんだ」
「…よく回る舌ね。ひっこぬいてあげようかしら」
レミリアさんがにこりと言う。
「ひぃー、冗談きついぜ」
魔理沙さんもわざと焦りを見せたように応じる。こんな冗談を言い合える程、仲がよいのだと思うと、うらやましかった。
「――かさね、私はね。運命を操ることができるの。…どう思う?」
そんなことを思っていると不意に、レミリアさんから話かけられた。
「運命、ですか…?」
幻想郷の住人が、何らかの能力を持っていることが多いことは霊夢さんや魔理沙さんから聞いている。霊夢さんなら「空を飛ぶ程度の能力」というように。だが、運命とは。もし本人の言う通りなら絶対無敵の能力と言っても過言ではないが…。
「そう。人の運命など、我が腕にかかれば容易に塗り替えられる。あなたも既に、運命を変えられてしまったかもしれないわよ?」
「お、おいおい。何を言ってるんだ」
なんと。運命が変わってしまったらしい。
「…あんまり、驚かないのね」
レミリアさんがまっすぐにこちらを見つめる。
「まぁ、たとえ今よい運命から苛酷な運命に変えられたとしても、人生ってそういうものだと思うのです。流れ流れて、急に悪い出来事が降りかかって来たり、かと思えば突然それが晴れ渡ったり」
な、何をいっているんだろう。私は。記憶喪失なのに人生論なんて。
「ふふっ…面白い考え方ね」
くすりとレミリアさんが笑う。
「さすが、数奇な運命をたどって来たことはあるわね。なかなか見たことないくらい、すごい形よ、あなたの運命」
「…え、私の過去を知っているんですか!?教えてください!」
「数奇な運命をたどって来た」と言えるということは、私のこれまでの人生を知っているということではないか。しかし、レミリアさんは首を横に振った。
「残念ながら、私にそんな力はない。たどって来た運命の数奇さ…それが何となく分かるだけ」
「そうですか…記憶を取り戻す鍵になるかと思ったのに」
「力になれず、ごめんなさいね。さて、食事にしましょう。咲夜!」
「では、食事会場にご案内いたします」
私たちは咲夜さんに連れられて、長机がある部屋へと通された。私の席は手前側の誕生席で、ちょうど真正面にレミリアさんが座る形になった。魔理沙さんは私の右手側に座っており、いつの間にか左手側には美鈴さんが座っている。その他、いくつか空席がぽつりぽつりとある。
「おいおい、人数少なくないか?パチュリーに小悪魔、フランはどうした?それに咲夜は食べないのかよ」
「パチュリー様は喘息がひどく、食事には出席できないということです。小悪魔はパチュリーについています。妹様は「興味ない」とのことです。私は料理を準備する側なので」
「いや~、せっかくの歓迎パーティーなのに、私なんかがいて申し訳ないです」
へへっと美鈴さんが頭を掻きながら言う。なんというか、この人も大概大物な気がする。
妖精メイドたちがいそいそと料理を運んでくる。まずは前菜だ。なんだかよく分からない野菜たちに、なんだかよく分からないソースがかかっている。ど、どうやって食べればいいんだろう。きょろきょろと当たりを見回す。フルコースの作法なんて、全然知らない。
「あーむ、あむっ!もぐもぐかちゃかちゃ」
うわ、ひどい。なんて食べ方だ。魔理沙さんを見て、思わず顔をしかめる。フルコースの作法は知らないが、それでもあれが間違いなことくらい分かる。
「こら、魔理沙」
たまらずレミリアさんが注意する。しかし、その内容は私が予想だにしないものだった。
「かさねを気遣うのはいいけれど、私に無礼を働くとはいい度胸ね。作法を知らない者の無礼を咎める気はないけれど、作法を知る者がわざとそれを破るのは許しがたい」
それを聞くと、魔理沙さんは不満げな顔をした後に、先ほどとはまるで別人のように料理を食べ始めた。一切音を立てず、フォークを器用に使い、ゆっくりと料理の味を確かめるように口に運んでいく。驚いた、こんなに洗練された動きを魔理沙さんが出来るなんて。
「魔理沙は元々いいところの出ですからね。和洋のテーブルマナーくらい弁えていますわ。大方あなたが変に緊張しないように、わざと汚い食べ方をしていたのでしょうけれど」
いつの間にか咲夜さんが現れて、私に話しかける。
「おい咲夜…」
「かさね、もっと楽にしなさいな。あなたらしい作法で、ゆっくり味わってくれればいいから」
レミリアさんがこちらを気遣うように話しかける。気を使わせてしまっただろうか。
「すみません、分かりました」
おそるおそるフォークを使って、ゆっくりと料理を口に運ぶ。美味しい!みずみずしい野菜に、ソースの甘辛さが調和している。でもやっぱり何の野菜なのかは分からなかった。
料理が運ばれてくるのを待ちながら、会話に花が咲く。レミリアさんが、あの天狗倒し事件についてあれこれと聞いてきたので、自分の体験したことを色々と話した。うまく話せた気はしないが、さすがに館の主ともなると聞き上手で、口から勝手に言葉が出てくるようだった。その間、魔理沙さんは美鈴さんと世間話をして盛り上がっていた。魔理沙さん、やっぱり話が上手い。そして、食後のコーヒーが運ばれてきたところで、レミリアさんが口を開いた。
「ねぇ、明日からちょっとしたゲームをしない?」
「ゲーム、ですか?」
「そう。クリアできれば褒美を与えるわ」
ご褒美。魅惑の響きだ。
「ふーん、マジックアイテムでもくれるのか?」
魔理沙さんが横から口をはさむ。
「それでもいいわよ」
「お、そいつはいいな。で、内容は何なんだ?」
「私は珍しい物が好きなの。最近は本を集めるのがマイブームでね。それであなた達には、明日からの三日間で私を満足させるような三つの本を探して欲しいの」
「おいおい、稀覯本を一日一冊ペースでか?そいつはちょっと難しいんじゃないか」
「だからゲームなのよ。どうかしら、かさね。魔理沙。私のゲーム、受けてくれる?」
そういってレミリアさんは大きな赤色の瞳をきらりと輝かせながら、私たちに問いかける。
「面白そうです!ぜひ、やらせてください!」
「いいぜ。マジックアイテムの約束、忘れるなよ?」
私たちはほぼ同時に肯定の言葉を発した。
「楽しみにしているわ」
レミリアさんはこちらを試すような笑みを浮かべた。