日、或いは紫
「辿り着けばなんて事のない話だったわ。自分を超えることが出来るのはいつだって自分だけ。たったそれだけのことなのに、何故気付けなかったのか……」
「パチュリー、ごめんなさい、まだ話が上手く掴めないのだけど……」
魔の気配はもはや瘴気のようだ。
いやこれはもう魔とよべるものですらないのかもしれない。
其処に在ると感じるのに空虚であり、どこまでも遠くにあるようで近くにあり、霧のように群がり纏わり付き、しかし触れることはけしてできないだろう気配じみたそのもの。
アリスは立っているだけでも目眩を感じ、助けを求めるようにパチュリーに声をかける。
すると――。
先までの気配はふっと消え去った。
やはり、あれはパチュリーが操作しているのだ。そう思うと、少なくとも不気味さは消えた。
そして……その正体に興味が湧く。
アリスも又、どこまでいっても魔法使いなのだ。
「そうね、話を進めましょうか。あの子、貴女の囲ったあの子はあの忌々しい白黒に近い。だから最初から魔法に対し、凄まじいまでの理解と習得をしてみせたのよ。貴女が何処まで教えたかは解らないけれど、此処で勉強すれば、数日の内にはその辺の妖精相手に弾幕ごっこ程度なら出来るようになるのではないかしらね」
「そんなに……?」
「己が背にある摂理を開いているものの成長は異常なの。そして……問題が一つ」
「問題……?」
「異常者は、この幻想郷に長居できないわ」
もう何度目になろうか、言葉を喪い、混乱に陥るアリス。
だが今度の復帰は早かった。そして同時に疑問を抱く。
「だけど、貴女も、魔理沙も此処にいるわ」
「それが現在の私の研究課題になっている。一つは研究を投げた――もう、どうでもよくなったから。もう一つは……これから貴女に与える選択肢になるでしょう」
「……大丈夫、まだついていけているわ。続きを――」
「まずは私じゃない方の話。まぁ予想からいえばあれもまた、巫女と同じような、なんらかの恩恵を幻想郷から与えられているのでしょうね。それ以外説明がつかないし。だから、恐らくは唯一存在を許されたものと結論した。もう一つの方、私の事ね――存在を許されない私は、私を切り離している」
「切り離す?」
「此処で私としての役割を演じる事のできる私と、理外の存在になってしまった私とを切り離したの。要するに、幻想郷から愛されないなら此方から出ていけば良い。愛されたままの私と、嫌われた私とを別けている。貴女に垣間見せたのは、あっちの私の方……識らせる気はなかったけれど、駄目ね、私も。理解できるものが居てくれてしまうと、魔法使いとしての成果を見せずにはいられなかったわ」
パチュリーは自嘲の笑みを作る。
あの怖気の走るような気配こそが、パチュリーの言う「嫌われもの」だというならばそれは頷ける。
このせかいにいてはいけないもの。
それが、あの光景、そして気配なのだ。
だけど……少年はあっさりと其処に足を踏み入れていった……。
「きづいた? つまりあの子はそういうことなの。幻想郷は全てを受け入れる。この言葉に嘘偽りはないのだろうけど、ポッケに入りきれないものは、そもそも入らないのよ。アレはそういった類のものだわ」
「だって――確かに私は……」
「ええ、貴女と数日過ごした時間、それは確かなのだろうけど。多分……あの子は潜在的に、貴女を選んだのでしょうね。だって貴女はあの異常者を好いている。なら、自分も受け入れてくれるだろうと……まあ、そこまで計算高いわけでなく、子供は自分を護るものを見極める優れた才能を保っているからねぇ」
「…………」
「選択の余地はある。アリス・マーガトロイド。あの子をどうしたい? 甘い蜜の如き時間を共に過ごすのも良いでしょう。あの白黒がフラれるのはちょっと気持いいわ。それとも、なんの制約もない世界へ解き放つか……あの子は、自分が此処にいる事を疑問に感じた。だから貴女に助けを求めた……決めるのは、貴女よ」
しばしの沈黙、アリスは媚美を顰め、自分の未熟な、それでも今まで歩んできた自己……そして、成果を信じて研鑽を続けてきた知識。それら全てを使って思考する。
魔女は、そんなアリスを楽しげに、微笑み見つめていた。
その貌に、安心する。
彼女はやはり敬愛する魔女、パチュリーだと思えた。
「……質問があるわ」
「どうぞ」
「外の貴女はなにしているの?」
「さあ……? 私は切り離したものとの接触は避けているからね。余程のことがないと呼ばないし、開かないわ。それほどに、全能とは怖ろしい――まあ、近況くらいは解るけど」
「そうなんだ?」
「えーと……魔女っ子とか、魔法少女とか、永遠の月とか、そんな感じに日々を楽しんでいるのではないかな……」
「???」
「ふふ、向こうもそれなりに楽しいって事よ。他に質問は?」
「じゃあもうひとつ……結局、私は利用されていたって事?」
――魔女が僅かに眉を潜める。
「……難しい質問ね。そうであると言えるし、そうでないとも言える。でも貴女、白黒のことが心配で、あの子のためになることをするのに躊躇は無いでしょう? 同じ事よ。だから前から言っているの。貴女は、優しいから――」
「…………」
ここ数日のことを思い出す。
咲夜、霊夢、そしてパチュリー……皆が皆、アリスを優しいと形容した。
……優しいという言葉の裏に、密かな毒が混ざっている事に気付けなかったのは己が迂闊か。
「そっかあ……なあんだ……つまり私は騙されていたのね。酷いわ、霊夢も、咲夜も、パチュリーだって。もっと早く教えてくれれば良かったのに」
「アリス――」
「いいの。気付かせてくれて、ありがとう。そして、決めたわ」
アリス・マーガトロイドは妖しげに微笑み、言った。
「そろそろかえるから、あのこをかえして?」