Coolier - 新生・東方創想話

「非」幻想系ククロセアトロ或いはデウスエクスマキナ

2023/05/04 08:30:36
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水、或いは黄

「んぅ……」

朝が来た。
カーテン越しに弱められた陽光は、それでも朝というにはやや遅すぎる時間まで眠っていたことを如実に報せ、意識を覚醒させつつあるアリスに後悔の種を撒く。
ふと、左手が動かないことに気付く。
右手で鬱陶しく纏わり付く前髪を掻き上げれば、金の河がさらさらとこぼれ落ちるように緩やかに波打っていった。
蒼い目が左を見やる。
……左腕にしっかとしがみついて眠る少年を認識し、アリスは天井を見上げて嘆息した。

――追い返せなかった。

自分の浅はかさに嫌気が差す。
慕われているから。それだけでは整理のつかない感情。
この想いはなんなのか。それをアリスは識りたくなってしまった。
自分の研究意欲に呆れるばかりだ。今更ながらに僅かの後悔をしていた。
――もう霊夢は、頼れない。
アリスは左腕を預けながら上体を起こす――必然、捕らえられた腕を支点に身体は動き、少年の上に横からのし掛かるような体勢になったとき、支えを持たない豊かな乳房がふるんと揺れて、腕を掴む少年の手の甲の上で撓んだ。

「――ッ」

慌てて身体をベッドに戻す。
そうだった、少年をさんざ帰るよう説得したのに受け入れられず、数日だけの約束をさせられて、自分の意志薄弱さ加減を誤魔化すように少しばかりワインで自分を慰めた。
そのまま、いつものようにベッドに潜ったのだった。
少年が先に眠っていることにも気付かないままだった。
寝酒で正体を失うとか、我ながら、酷い有り様。
しかし困った、少年が起きるまでになんとか下着だけでも着けないと。見ればベッド下に散乱する昨夜の残骸があった。
赤面するアリス。
少年が起きてそれに気付く前に回収しなくてはならない。
右手だけで人形達を起動させ、衣服を手早く用意させる。
人形遣いで良かったと、間抜けな安堵をしながら右手だけで人形から受け取った下着を纏う。むしろ、此方の方が苦戦した。
そして、アリスは自分が少年を人間として意識しつつある事実も自覚し始めていた。
こころの中で、存在感が増していく。
この感情には憶えがある。
そう、あの白黒に抱いた最初の感情と同じなのだ――。

面倒だけど、見過ごせない。

小さく嘆息しながら、己の体温が未だ残るベッドに背を預け直し、天井を見上げた。
そして自分の中で、どうするべきかを考える。
それが情によるものなのか、それとも研究対象としてなのか。人に教授したいというのはないと思う。自らもまた、永き考究の旅の道半ばである。
ただ、とにかくこの家に訪れるのは止めさせなくてはならない。
魔法の森を唯一人歩くなど、二回も無事に済むなんて奇蹟もいいところだ。

「――」
「あら……おはよう、起きたのね。待って、いま朝ご飯を作るわ」

少し上擦った声だったろうか。
努めて平静を見せるままにアリスは今度こそ少年の腕を優しく解き、立ち上がる。
背中に熱い視線を感じながら衣服を纏い、いつもの日課のように、人形達を操って掃除、洗濯、炊事を開始する。
少年は、それをずっと見つめていた。
アリスは気付かないふりをしながらその視線の正体を探った。
一応は、自分も女である。幼年期とはいえ男の熱い視線を無視は出来なかった。
彼のそれは静かに、しかし情熱的に燃えている。それは謎に相対する挑戦者のまなざしだ。
そこで、気付く。
この少年は、私をみているのではない――。
私を通して、魔法を観察しているのだと。
アリスは少年のためだけに展開する人形劇を続けながら振り返り、未だベッドの上で燃える眼差しを持ち此方を見据える少年の元へと歩み寄る。

「ねえ、約束して。もう独りでこの家には来ないって」
「――!」
「駄目。今度こそは駄目よ。だけど……キミが約束を護ってくれるなら、私は、キミに……」

おぞましい約束をしようとしている。
途方もないルール破りをしている。
だけど、止められない。
アリス・マーガトロイドも、結局は魔の側の存在なのだ。
少年は、少し意外にも、かなりの熟考をした後に、同意の意思を示すのだった。

再び、三日ほどの時間が閃光のように過ぎていく。
人間との生活は、やはり充実する。
彼等は時間の大切さを良く識っている。
かつて自分もそうであったのに、その過ごし方そのものを魂が忘却したかの如く、ゆるゆると過ぎゆく流れに揺蕩うままの癖がついてしまっていた。
それが、少年が傍にいる。たったそれだけのことでがらりと変わる。
まるで世界がひっくり返ったかのようだ。
何よりも、楽しかった。
言葉に言葉が応ずる。
問いに返す解が、更なる刺激的な問いへと変わって返ってくる。
パチュリーが、自分を気に入ってくれている理由が解ってきた気がする。自分が、彼女にとって良き生徒であったことを自覚するに嬉しさも覚えた。
そう、この少年はアリスにとって、とても優秀な教え子だったのだ。
天才とはかくあるべし、なのだろうか。
一を知って十を問う。流石に其処まで魔法は単純ではないが、一を理解し、それを実践するための理論を彼は構築していく。

二日目の夜、少年は、遂に魔法を行使するに到った。

それは、人形の代わりに鍋に火をかけるといった単純なもの……小魔法(カントリップ)ではあったが、彼は確かに呪文を唱え、それを成し遂げたのだ。
アリスは感動……は、しなかった。その修得の異常なまでの速さに唯々驚愕した。
だが、褒めて欲しそうに自分を見上げる少年をして、どうして怯えることなどできよう?
大丈夫、まだ制御できる自信はある。
だが、この異常性をどう扱えば良いのか――。
なによりも、少年との時間はあまりにも楽しすぎた。楽しすぎたのだ。
少年に、執着を見せ始めていることに気付けないくらいには。
約束の三日目が過ぎた夜。アリスは少年との同衾をやめ、少年のための小さなベッドを人形達に作らせることを決めていた。

しかし、人里で騒ぎはきっと起きている。
霊夢に頼れない以上、収束するためには自ら動くしかない。アリスは少年に着いてくるかと問い、あっさりとした拒否を認め、独り人里へと向かうのだった。

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