Coolier - 新生・東方創想話

「非」幻想系ククロセアトロ或いはデウスエクスマキナ

2023/05/04 08:30:36
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木、或いは緑

いつもながらに里は人間達の情熱に満ち溢れていた。
妖怪達がこの場所を好むのは、けして管理しているという義務感、それと優越感や、悪戯心だけではない。
根源的に、人間が好きなのだろう。それは彼等の習性という意味でもあり、支配欲という意味でもあり、血肉という意味でもある。
行き交う人々、人力車で荷物を運ぶ人足、大通りで人寄せをしている茶屋の娘、はしゃぎあって走り行く子供達。なにもかもが人のみに許された生活であり、人ならざるものには得られない光景。
彼等はそう、このなんら変わりのない日常を見て、そこに交わることの出来ない己を慰めているのではないかとアリスは解釈していた。
……少なくとも、自分はそうだから。

アリスは所謂美人という評価のされる少女だ。
波打つ金の髪を肩下で揃え、透き通るような空の青を瞳に揺らし、己が操る人形もかくやと思わせる端正な目鼻立ちと、女性らしい輪郭線を優美に備えた身体のつくり、それら全てを極自然に揃えている。
しかも都会派と自称するように、その服装や立振舞は洒落っ気に富み、また着熟し、それでいて人懐こく礼儀正しいものだから、彼女が往来でそう多くはない機会に時折開く人形劇を見に来たものは、誰しも一度はこの生ける西洋人形を憧れの対象にする。
それ故に、子供達や、若い男達からの覚えが良い。ただ往来で佇むだけでも今日は人形劇をしないのか、とか、美人の立ちんぼはつまらなかろう、一緒に呑まないか、とか、掛けられる言葉の種類は枚挙に暇がない。
それら悉くを柔らかく拒否しつつ、少年のことをそれとなく聞いてみるのだが……これといった成果は得られなかった。
これには少し困惑する。
子供が数日間も姿を消す。それは大事件ではないのだろうか?
定期的に、 “神隠し”が発生するのがこの里の日常だ。
冷静に考えればその頻度はおぞましいものなのだが、それでも博麗の巫女が保護して戻ってくることもあったし、なによりも、そんな先暗い事件はすぐに忘れようとする風習が人々に根付いている気はしていた。

それが果たして健全な営みであるかどうかまでは解らないが。

さりとてこのままでは無駄足になりそうだと思い至り、なれば少年のために今後の食材だけでも用意しておかなくてはと思考を切換えつつあるとき、後から声をかけられた。

「アリス、数日ぶりね」
「あら咲夜」
「人形劇のお邪魔かしら?」
「いいえ、今日はそうじゃなくて……咲夜は買いだし?」
「はい、お茶が切れかけていましたもので」

上品に笑う紅魔館のメイド。
二人揃えばすらりとした、凜とした、立ち並ぶ美女の揃い踏みとなり、否が応でも注目を誘う。
その辺り鈍感なのか、敢えて気にしていないのか。
咲夜は少しも振舞を変えることなくアリスの姿を軽く観察しつつ、笑い、話を続ける。

「……図書館のロイヤルゲストより、お話は伺っておりますわ。相変わらず、お優しいことで……何か、お節介出来ることはありますかしら?」
「あぁ、それなら、そうねえ、立ち話もなんだし、少し歩かない?」
「ええ、お付き合いしますわ」

特に目的があるわけでもないが歩きだす。
あの場で井戸端を決め込んでは目立ちすぎて、困る。
咲夜は少しも気にしていないようだ。その胆力には舌を巻く。

「ええと……ちょっと困ったことになっているの」
「あら、どのような?」
「パチュリーに何処まで聞いているか解らないけど……簡単に言えば、男の子を家に囲っているわ……私の意思ではないけれど」
「あら、お上品な趣味ですこと」
「そういうのではないわよ。ただ、帰りたがらない。対応に苦慮しているのよ。それでとにかく親御さんに報告だけでもと思って探しているのだけど……見つからないのよね」

そういうのではない、その言葉には微かに嘘が混じる。頬に薄ら朱が混じるのに気付かれてはいないだろうか。咲夜は態度を変えることはない。だが……言葉を続けてこなくなる。
それはそれで、珍しい。
十六夜咲夜という人間は、とにかく良い意味でも、悪い意味でも空気を読むし、友人への配慮を欠かすことはない。そんな咲夜がアリスの言葉を最後に黙りこくっている。

「……咲夜?」
「アリス、その子の親は、見つからないかもしれませんわ」
「――え?」
「ちょっと、甘いものでもいただきましょうか」

唐突な誘い。往来で話す事ではないという意味と受け取り言葉に乗った。
尤も、咲夜の瀟洒な様を人目から隠すのは難しいだろうが……。
咲夜の案内に従い、大通りから一本だけ外れた路地にひっそりと開く甘味処に足を踏み入れる。
なるほど、そもそも人が少なければ気にすることもないという事か。
それにしても、アリスは人里といえば大通りのイメージしか持っていなかったのだが、一本外れただけで、こんなにも閑散とするのかと少なからず驚かされる。
幻想郷のあちらこちらを活発的に動き回るアリスにとっては、ちょっとした衝撃だった。

「此処は、きな粉が美味しくてたまに寄り道するの」
「へえ~……咲夜ってあんまり道草をしないと思っていたわ」

外で団子を買ってから店内に入り、席に座る。
店内は二卓しか席も置かれていない小さなもので、客も咲夜とアリスの二人だけだった。
店主も席の空きを教えたあとは、お茶入れ用の湯飲みを手渡したきり、軒先店舗の椅子に座ったきり、此方に注意を払おうともしない。
雰囲気のあるところというべきか、手入れが行き届いていない汚さ、いやさ、奔放さというべきか――椅子に埃がたまってやしないかと心配するのを余所に、咲夜はさっさと席に座って卓に肘付きアリスを見やった。

「先程の続きですが……結論から言えば、その子は異邦人(エトランゼ)ではないかしら」
「エトランゼ……? 異郷の者? どういう意味?」
「言葉の通り、外からの者です」
「……幻想郷に迷い込んだっていう外の人のこと?」
「いいえ、“迷い込まされた”ですわ。正しくは誘われたとでもいうべきかしら」
「……話が見えないわ。そんなもの、霊夢が見つけて元の場所へと案内しているじゃない」
「幻想郷に迷い込む人間がそれだけのわけはないでしょう?」
「…………」

アリスが言葉を喪っていると、咲夜は少し困ったような笑顔を見せる。
その笑みにはどこか慈しむような、憐れむような含みがあった。
それをアリスは侮蔑には感じていないようだ。むしろ、咲夜に対して不安げな貌をすら見せる。
己が到らずを恥辱としないのは純烈が故か。自信家にありながら節度を弁える。
矛盾を抱えた存在であることを自覚していないのもまたアリスの魅力なのだろう。実際、咲夜はこの子供なのか老練なのか解らぬ美しい人形遣いを好んでいる。
単純に美しいものが好き、というのもあるが。
咲夜の笑みにはそんな意味合いが含まれていた。

「それにしたって、外の人間がすぐに此処に馴染むのは難しいと思うのだけど」
「それもどうなのかしらね……ただ数を揃えているだけなのかもしれないけれど」
「……?」
「……私達は、里人の事などそう気には掛けていない。例えばアリス、貴女は以前の人形劇の後、寄ってくる子供達の名前を覚えている? さっき、大通りで立っているときに声をかけてきた若い衆の顔を覚えている?」
「……いいえ、憶えていないわ」
「そうね、それが私達の普通……でも、彼等にとっての“普通”ってなんなのかしらね」
「何が言いたいの?」
「貴女の人形劇と同じ事よ。役者には、それぞれの役割がある。私達には私達の、彼等には彼等の。違うのは、役どころだけ」
「…………」
「誰も彼も気付いていない。或いは、気付いていても口にしない。口にしたところで意味の無いことだしね。それすらも受け入れろというのは、確かに残酷なことですわ」
「…………」
「アリス、貴女は自分の意思で?」
「……良く憶えていないわ。貴女だってそうでしょう?」
「そうですわね、お互い過去の詮索はやめましょうか。つまり私の言いたいことは、ここのきな粉餅は美味しくて、店番のおじさんは、愛想は悪いけど親切。この店は内緒話にうってつけ、そういう事よ」
「憶えておくわね。親切なメイドさん」

咲夜のチャーミングなウィンクがアリスをほっとさせる。
だが……咲夜の言葉を己の中で理解へと繋げるのは存外勇気の要る行為であった。

もしも“そう”だとしたら、あの子はどんな意味をもって現われたの?
私が欲しいのは知啓であって慈愛ではない。
ああ、そうか、そういえばあの子もそうだった。
あの子もそう、欲しいのは肉ではなく、知だ。
で、あるならば、自分の役どころはもう終わりに近しいのかもしれない。
アリスは得た解を少し寂しく感じる。それほどに情が傾いている。
自分は、やっぱり魔法使いには向いていないのかもしれない。
少なくとも、パチュリーと同じ道程では同じ場所に行き着くことは出来なさそうだ。

「咲夜、パチュリーからのオーダーを行使して良いかしら? 貴女の協力がないと、そろそろ気付かれそうで、怖いわ……霊夢とは、そんな関係になりたくないの」
「それでも手放しはしないのね……その貪欲さ、如何にも魔女ですわね、アリス」
「その言葉は少しだけ慰めになるわ」
「……?」

アリスは寂しげな笑みを浮かべるのみだった。

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