Coolier - 新生・東方創想話

「非」幻想系ククロセアトロ或いはデウスエクスマキナ

2023/05/04 08:30:36
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ツチ、或いは藍

「一週間ぶりね、アリス――その子がそうなのね」

魔女は、アリスの背中に隠れるようにしながら此方を見つめる少年を観察しつつ、アリスに問うた。アリスの方はといえば、少しだけ身を捩らせてばつの悪そうな貌で髪をいじっている。

「ちょっと……その、色々と準備をしていて……」
「ふうん……まあ、いいわ。早速だけど、少しだけその子と二人にさせてくれる?」

パチュリーは立ち上がり、ゆるりと少年の前に立ち、片膝を折った。
怯えているのではない、観察を続けていた少年を見て紫の瞳をゆらりと燻らす。

「二人きり? 大丈夫かしら」
「――」
「あ、そ、そう……?」

少年が小さくアリスに呟く。アリスは名残惜しそうに身体をずらし、少年とパチュリーは初めて対峙する。見つめ合い、僅か数秒の沈黙。
そしてパチュリーはふう、と溜息をついて立ち上がった。

「小悪魔No壱千九百六拾七、きなさい」

まるでそれを行うことが、空気を吸うことと同じように平然と。
魔女が虚空に向け呟くと、
――唐突に空間が音なく割れて、小悪魔がそこからひょいと顔を出す。

「はいパチュリー様。お呼びでしょうか」
「この子に、この子の望む侭に本を見せてあげなさい。おまえは付き切りでウムル・ヴワルの案内を。そして、誰にも合わせないよう、護りなさい」
「誰にも、ですか」
「そう、誰にも。此を現時点より私の命令が解除されるまで続行。必要なら、小悪魔三千番台全ての使用権、限定譲渡を許可します」
「了解しました」

空間からぬるりと姿の全容を顕わした小悪魔……いつもながらの司書の悪魔だが、何か異質の気配を持つそれは、少年の手を引き再び作られた空間の断裂へと姿を消した。

アリスは――唯々驚いていた。
驚きから反応できなかったのではない。
圧倒的な魔の気配を前に、なにもできなかったのが、正しかった。
一瞬垣間見せたパチュリーの魔力。それは七曜の魔女と呼ばれる彼女のそれとはあまりに異質だった。容易く空間を割り、そこから見える無限回廊へと誘う無数の小悪魔のひとつ。
なにもかも、アリスが初めて見るパチュリーの顔だった。
驚いている内に少年はその空間へと去り、パチュリーは元の、いつも座っている席へと優雅に座り直し、アリスを見やる。

「さて――何から話したものかしら」
「あ……あの子は?」
「相応しい者には知啓を。大丈夫よ、あの子は貴女のものだから」
「あ、そ、そういういみではないわ」

赤面するアリスに珍しく苦笑してみせるパチュリーは、その愛らしい笑みを浮かべたままに言葉を続けていく。

「一言でいえば、あの子は異能者ね。私達に近しい存在」
「私達?」
「そう――何々する程度の能力。それを備える者。その定義は何処にもないでしょう。だから近しいとしか言い様はないけれど」
「あの子が能力もっているというの? どんな?」
「慌てないで、アリス。ゆっくりお話しましょう。貴女は随分と入れ込んでしまっているようだから……」
「――」

再び赤面させられてしまう。
アリスは、自分の心の中を覗き見られているようで恐ろしさすら感じる。
理と知とを湛える魔女は、しかし自分を蔑んでも、憐れんでもいない、唯々優しげな笑みで此方を見つめてくれていた。

「近しい、と称したのは理由がある。近いけれど、そのものではないからよ。あの子は……恐らく一番近いのは、魔理沙ね」
「魔理沙?」

ここでその名前が出てくるのに驚いた。
それに、魔理沙とあの子が似ているとは到底思えない。

「異能者と言ったけれど、それは私の言葉ではない。世界的な定義をくっつけた言葉よ。私に言わせるならば、アレは――異常者」
「異常……え、パチュリーは、魔理沙を異常者と思っているの?」
「内緒よ」

言葉を喪う。
異常、その意味を噛み砕くには時間が必要だった。
パチュリーは紅茶を暢で喉を潤している。待ってくれているのだ。
恐らく、アリスにとって理解し難い話が続くから。

「貴女は考えたことがあるかしら。この幻想郷に於いて様々な存在数多あれど、人間の身でありながら妖怪を打ち倒せる存在のことを。この妖怪とは広義の意味。神も悪魔も竜も全てひっくるめて、弾幕ごっことかいうルールの上ではあるけれど。それでも彼等は勝利する」
「それは――霊夢もそうでしょう? 守谷の巫女も、咲夜だって」
「あの子が勝利するのは当然、いいえ、必然でしょう。博麗の巫女。幻想郷を愛し愛される絶対存在。負けるわけがない、いいえ、敗北が赦されない。守谷の巫女は現人神、人間の定義とは少し外れる。咲夜は……あの子は殆ど妖怪だからねぇ」
「…………」
「じゃあ……あの白黒は? っていうはなし。いい? 魔法使いは二種類在る。妖怪か、そうでないか。同じように魔法にも二種類ある。職能か、異能か。妖怪(わたしたち)の操る魔法とは似ていながら根源が違うのよ」

彼女の努力を識っている。
日夜博麗の巫女に近付こうと、その異変の際に共に立ち向かおうとする少女を。
その直向きさが放っておけなくて、いつしかいつも目で追うようになっていた。
そして惹かれていった。あんな眩しい生き方を、かつての自分もしていたのだろうかと。
そんな健気ないきものを、異常と呼ぶのはどうしても許せない。
だが、パチュリーは容赦なく言葉を続ける。

「たかが人間の、たかが十年そこらの研鑽で“そこ”に行き着くことは普通、有り得ないの。だって、それを認めたら、私達「種族・魔法使い」ってなに? ってことになるでしょう? 人であることを棄て、或いは最初からそうではない、人より遙かに優れている筈である、技と知と能と、さらに時すらに恵まれて、それを自在としてきたはずなのに、後から現われた自称、
普通の人間に、あっさり追いつき、追い抜かれていく」
「……それが……努力の結実なのでしょう」
「それじゃあ貴女は努力していないの? 毎日、毎日、人形を操り、魔を研究し、己を研磨し、ひたむきに研鑽の日々を積んでいる貴女を私は識っているわ。そして貴女は、毎日のように本の虫となっている私を識っているわよね?」

そこまで言って、少しだけ咳き込むパチュリー。
紅茶を再び啜り、アリスに時間を、自分に落ち着きを与える。

「……唯のやっかみと思ってくれても良いわよ」
「それは――」

無理だ。
アリスは目の前で静かに佇む魔女に畏敬の念を抱いているのだ。
彼女の研鑽を、たゆまぬ研究を、叡智に基づく膨大な学びを識っている。
どうして彼女が嫉妬からそんな結論を出すなど言えようか。

「だから、私からすれば紅白よりも、白黒の方が遥かにおぞましいものと見える。異常、としか形容できないのよ。アレが同じ場所に立っていると自覚するだけで私はそら恐ろしい。そうね、恐怖を抱いているかもしれない」
「…………」
「だから――研究した。私が出来ることはそれしかないから。そして……そのせいね、あっさりと、理解してしまったのよ」
「理解?」
「そう――摂理に辿り着いてしまった」

アリスは、全身が総毛立つのを感じた。
眼前の魔女の気配が、またさっきの――異質なるものに変異していた。
優しく見守ってくれている導師のそれではない気配。

「話を続けるわよ」

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