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「―――それで、そんなレミィの無茶苦茶をどうにか叶えようと試行錯誤してたら、館が半壊しちゃって」
「へぇ。アンタらも相変わらず振り回されてたいへんねぇ」
「…まぁ、あれは私の知識とかがいろいろと足りなかったせいでもあるのだけどね。はぁ、ほんと、レミィについていくのは大変だわ」
その後。気が付けばパチュリーは霊夢と、マイペースながらもおしゃべり出来ていた。
二人の間には「レミリア」という共通の大きな話題があるものだから(ついでにあのこそ泥魔法使い)、話し始めてみると意外と話が弾むのだ。……なんだか、癪だけど。魔導書でまた目元まで顔を隠す。
それに…なんだか、霊夢といるこの空間自体、悪くはなかった。
いつもは図書館にこもりきりであるパチュリーは、あまり他人とのコミュニケーションがそもそも得意な方ではない。
だから、もっと、自分の殻に閉じこもり気味になって、気まずい時間が流れてしまうのではないか、と思っていたのだ。
けれど、蓋を開けてみれば、こうして、館にいる時のように話をすることが出来ている。
どこぞの魔理沙みたいに、無理に空間に入ってきて、こちらを会話に引きずり込む、という訳でもない。こちらが話をしたい時には適度に聞いてくれて、話したくない時には沈黙を受け入れるような、そんな、相手の空気に合わせて委ねてくれる雰囲気が、目の前の巫女からは感じられる。きっと生来のさっぱりとした性格に拠るものだと思うのだが、それがパチュリーにはとてもありがたかった。
といっても、こちらに対しまったく無関心という訳ではない。一見つっけんどんに接しているように見えるが、実は自分のこともレミリアのことも邪険にせず、むしろ好意的な感情を抱いていることが話していると伝わってくる。
時には少女らしく、分かりやすくかわいらしい反応を見せてくれることもあったり。そういう姿を見ると、こっちも何となく微笑ましくなってくる。
――――これで、「人間」なのだものね。
本来、恐れられ、話すことすらままならない関係だったというのに。
霊夢はどこまでも対等に、自分のような存在と接してくれる。それは、「博麗の巫女」としての矜持と強さから来ている訳で。
――――なるほど。レミィが、あそこまで気に入る訳ね。
決して、本人が己の強さをひけらかしている訳ではない。けれどその言動や包容は、絶対的な強さと信念が形作っているものだということは明らかな訳で。しかもその強さや信念も、天性の才能で、生来の性格というのだから驚きだ。そんな魅力があるからこそ、魔理沙を初めとする人間は憧れ目標にし、レミリアを初めとする妖怪も懐いてそのもとに集うのだと思う。
…まぁかくいう自分も、そうだ。この巫女のことが、少なからず、気に入ってしまった。ちょっと悔しいけど。
――――これは…レミィとの関係を、こっちも認めざるをえないわね。
この少女が生きている限り、きっとあの友人は、生き生きと過ごしていけるのだろう。そんな確信はあったから。パチュリーは魔導書の下でこっそり、頬を綻ばせた。
「そういえば、一つ気になっていたことがあるんだけど、聞いても良い?」
そんな考察に耽っていると、不意に霊夢が、蜜柑をまた一粒手に取りつつ、こう切り出してきた。
「――アンタってさ、レミリアの何に惹かれて友達になったの?」
…思わず、魔導書を下ろして、半開きの口を露にする。それは、聞かれるだなんて、考えもしていなかった問いだった。
しばらくの沈黙の中、ちゃりん、という、誰かが賽銭を入れたらしい音だけが、あたりに響く。
「あぁ、別に他意がある訳ではないのよ」
そんなパチュリーの態度を見て、霊夢はひらひらと手を振る。
「アンタとレミリアってさ、性格とかがいろいろと正反対だなー、て話してて思ってさ。何で仲良くなれたのかな、てのがふと気になって」
聞いてみれば、なるほど、疑問に感じるのも頷ける話だった。
活発で直情的で、外にも積極的に出るレミリアに対して、寡黙で内省的で、図書館にこもりきりで他人ともあまり接しないパチュリー。その性格というか立ち位置は、まるっきり対極なように見える。そんな二人の馴れ初めは、年頃の少女にとって、まぁやはり気になる話ではあるのだろう。
………けれど。
「そうね………何が、きっかけだったんでしょうね」
いわれてみれば、自分にとっては当たり前すぎて、考えたことなんてない問いだった。
それほどまでに、レミリアは、パチュリーにとって最も身近といえる存在だったから。
…雰囲気に流されるままに、ぽつ、ぽつ、と、レミリアと初めて会ったころを回想する。
といっても、そんなロマンチックな話かというと、そういう訳でもない。
魔導書を読んでいるこちらを出先でたまたま見つけたらしいレミリアが、試しにと、ちょっかいをかけてきた、その程度の話だった。
思い返せば、そのころはレミリアも自分も、きっと今よりもさらに子供だった。こちらは読書の邪魔をされたと完全に乗せられて怒っていたし、レミリアは乗って来たこちらを見てさらに面白がってさらにちょっかいをかけてきて…結果、喧嘩みたいになって、魔法飛ばしまくって、まわりに迷惑をかけた、とか、そういうのは一度二度では済まなかった。
そして、その度に方々から怒られていた……パチュリーだけ。悪知恵が働くレミリアは『だって私はパチュリーの魔法避けていただけだもん』などと、都度うまいことかわしていたのだ。
そんなレミリア・スカーレットという存在をパチュリーが意識するようになるのは当然といえば当然のことで………悪い意味で。
「ふふ、何それ。第一印象最悪じゃない」
「……まぁ、そうね」
…本当、何で仲良くなれたんだろう。こうして考えてみれば、不思議でしかたがない。
けど。魔法さえあれば、読書だけ出来れば、とこもりきりだったパチュリー・ノーレッジを、いきなり強引に引っ張り出して刺激的な日常にしてくれた存在がレミリア・スカーレットというのは、紛うことなき事実だった。
それまで曖昧になっていた魔法使いとしての目標が、あの生意気吸血鬼に魔法を当てて謝らせてやる、というはっきりした形になって。半ばむきになって魔導書に没頭して。そこにまたレミリアがちょっかいをかけてきて、怒ったこっちが成果を見せてやるとばかりに飛ばしまくって…そんなくり返しで。
この時のパチュリーは、まだレミリアのことを敵視しているままで、まだ仲良くなろうとは考えられなかったはずだけど…なんだか刺激があって、研究するのが楽しくて。充実した日々になったことは覚えている。
そんな彼女に対する接し方が変わってきたのは、いつのころだったか。
二人とも暴れ疲れて地面に寝っ転がって、憎たらしいくらいに明るい月を見ながら何故か互いに笑いあった時だったか。
喧嘩中に喘息の発作を起こしてしまって、それを見た彼女が血相を変えて懸命に治療してくれた時だったか。
その数日後、読書しているところにまた邪魔しにやって来た…と思ったら、気まずそうにコーヒーを淹れてくれた時だったか。
いずれにしても、そんな日常を過ごすうちに、喧嘩することは徐々になくなって、お互いに話したりするようになって。
レミリアの、それまで見えなかった一面をたくさん見つけることが出来て。
「……きっとそうして、気が付いたら惹かれるようになったんだと思うわ」
悪賢く傍若無人かと思えば、実はどこまでも他人思いで。
子供っぽいかと思えば、実はどこまでも思慮に富んでいて。
そんな滅茶苦茶な吸血鬼に。そんな滅茶苦茶なところに。
「へぇー?」
霊夢はにやにやしながらこちらの話に耳を傾けている。…なんだか、柄にもないことを言っている気がする。こっちが恥ずかしくなってきた。表情を見られたくなくて、また魔導書を目元まで上げる。
「というか、レミリアって本当に昔から全く変わらないのね」
「…私から見れば、あれでもかなり丸くなった方だと思うけれど」
「ふーん、あれでねぇ……そういえば、レミリアに一発当てるって目標。結局達成出来た訳?」
「…あぁ、それね。実は――――」
「未だに一発も当てられたことはない、と。そうだったわね、パチェ?」
―――からり、と障子が滑る音。その音と共に、聞こえるはずのない声が聞こえてくる。
呑気にお茶をすする霊夢から、ゆっくり、ゆっくり外へ視線を向けていくと……
面白いものを見たとばかりに意地の悪い微笑みを見せる、噂の友人、レミリア・スカーレットがそこに立っていた。
…ちょっと待て。なぜレミリアがここに?霊夢と二人で話せるようにと、紅魔館に残っていたのでは――
「レ、レミィ?まさかあなた――」
「まぁまぁ、勘違いはしないでちょうだいな」
ずっと後をつけていたのか―――というこちらの疑問はお見通しとばかりに、レミリアは肩をすくめる。
「そろそろ日が傾く時間だからね。さすがに夜闇の中、慣れない道をパチェ一人で帰らせる訳にもいかなかったから、こうして迎えに来ただけ。…そうしたら、何だか懐かしい話をしていたものだから、つい」
ちらりと、霊夢に視線を向ける。気付いた霊夢は刹那レミリアの表情を見ると『多分嘘はついてないでしょうね』とこちらにアピールする。なるほど、確かにこの夕空の中帰りづらくはあるから来てくれて助かった――――じゃなくて。
「つい、じゃなくて。い、いったいどこから聞いて―――」
「そうね。霊夢が、私とパチェがどういう経緯で仲良くなったのか、聞いてきたあたりだったかな」
慌てるこちらに対して、さらりと、何でもないことのようにレミリアは返す。
そこから、ということは。つまりあの辺の話全部じゃない。だから、今までレミリアには話したことなかったような柄にもない本音とかも、たくさん聞かれてしまった訳で―――
「パチェのそういう素直なところなんて、なかなか見ることが出来ないからね。まったく、聞いててなかなか楽しかっ「―――レミィ」た……パチェ?」
ゆらり、と魔導書片手にパチュリーが立ち上がるのを見て、レミリアは首をかしげる。俯いている顔をよく覗き込んでみると――
「私、これでも最近どこぞのこそ泥とやりあうことが多くなってね。戦闘魔法の腕も、確実にのびてると思うの……」
顔はとにかく真っ赤。耳まで真っ赤。よく見ると身体も小刻みに震えていて……あー、しまったなぁ、とレミリアが気付いた刹那、くゎっと顔をあげて、レミリアに向けて指を差した。
「今度こそあなたに私の魔法を当てる!そして、さっきまで聞いていた記憶を、全て吹き飛ばしてあげる!」
…駄目だ。これはなだめられそうにない。ちら、とレミリアが霊夢の方を見ると、霊夢はとにかく呆れたような目をこちらに向けていた。見るな見るな。はぁ、とため息をついて、霊夢に向き直る。
「…という訳なんだけど、霊夢。しばらく騒がしくなりそうなんだけど、良い?」
「はぁ…どうせ今から来る参拝客なんていないでしょうし、好きにしなさい。その代わり、神社壊したりなんかしたら、二人ともぶっ飛ばすからね」
「はいはい、分かってる。さすがに、霊夢を怒らせたら、逃げられそうにないからね」
さて。霊夢の言質は取った。後は……目の前の睨みつけてくる友人ににこりと笑いながら、レミリアはふわりと宙に浮く。何かを壊して怒られたくはないからね。今日は、ひたすら空で躱し続けることになりそうだ。
「さてと…パチェ。喘息は今日は大丈夫そうかな?」
「心配いらないわ。喉の調子は絶好調よ」
「なら良かった。また倒れられちゃ、かなわないからね。それじゃあ―――」
敢えてあの時のような尊大な口調を装って、レミリアはパチン、と指を鳴らす。
「―――久しぶりの喧嘩、楽しみましょうか」
刹那。黄昏時の薄暗い空に、黄金色の眩い魔弾が飛び交い、赤い影が、その中を縦横に駆け回り始めた。