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「…ん」
また一粒、パチュリーは蜜柑を口の中に放り込む。甘酸っぱい果汁が、ぷちりと咀嚼した瞬間に広がっていくのを感じて、顔が綻ぶ。おいしい。このまま、飽きることなく食べ続けてしまいそうだ。
…だけど。ちらりと、机の上を見て、ため息をつく。そこにあったのは、ぼろぼろ、ばらばらになった、蜜柑の皮の残骸たち。ここまでたどり着くのも、決して楽な道ではなかった―――霊夢の側にある、放射状に綺麗に剥かれた皮を見て、はぁ、ともう一息ため息をつく。
「こういう蜜柑の食べ方、初めてなんでしょ?なら、そんなものよ」
何に対してため息をついているのに気付いたのか、霊夢はもぐもぐ、と咀嚼しながらこちらを慰める。
「まぁ、そうなんでしょうけど。でも、きっとレミィとかなら、もっと綺麗に剥けるんでしょうね」
「――あぁ、そうね。実際、レミリアなら何日か前に来てたけど、蜜柑の皮、まぁ綺麗に剥いていたわね」
「…やっぱりね。レミィ、そういうところはやたら器用なのよ」
それはもう、羨ましくなるくらい。きっと呆れているのだろうこちらの顔を見て、霊夢はおかしそうにくすくすと笑う。
「帽子を脱いでこたつに体をへたりこませて、それでいて戸惑いもせず蜜柑を剥くレミリアの雰囲気は、正直私たちとまったく変わらなかったわ。こいつ、本当に西洋妖怪なのかって思うくらい」
…あぁ、まったく。簡単に想像がついてしまう。見た目はあんなにミスマッチなのに、どうしてすっかりなじんでしまっている姿がすぐに思い浮かんでしまうんだか。
けど。きっと本当は、レミリアのそれは器用だからだとか、そういう単純なことだけでは説明出来るようなものではない。
「器用といえば、前にご飯を食べている時間帯にレミリアが訪ねてきたことがあったのだけど、」
何か懐かしむように、呆れるように、霊夢は話を続ける。
「その時には箸を使うのをほぼ初めて見たって言っていたのに、一週間後にまた来た時にはもう使えるようになったと自慢してきてね。本当、どれだけ器用に順応しているんだか」
その時のことなら、覚えている。箸を使って食事をしているのを見たと顔を輝かせていたレミリアが、咲夜を従えて、自室で箸を使えるように猛特訓していたことがあったのだ。何でそんなことをしているのかと聞いたら、『ほら、幻想郷で暮らすんだからここの文化に順応しないと』だなんてもっともらしく話していたけど。
パチュリーが思うに、レミリアは、一旦好きになったり気に入ったりしたら、そのまわりのこともひっくるめて好きになろうと、とにかくなじもうと努力するタイプなのだ。好きな人と、その人が好きなことが出来るようになりたいから、とか……箸の例なら、神社ででも霊夢とご飯が食べられるようになりたいから、とか、本当はそういう健気な思いを持っていたりするのだろう。
…だって恥ずかしいけれど、自分にも覚えがあるから。
―――レミリアとパチュリーが出会い、友人としての関係を結んだばかりのころ。パチュリーが図書館を歩いていると、レミリアがうんうん唸りながら何か本を読んでいるのが目に入った。
そういえば彼女が何か本を読んでいるところを今まで見たことないわね…何を読んでいるのかしら……そう思ったパチュリーは、こっそりとレミリアに近づき…そして小さく目を見開いた。
レミリアが読んでいたのは、ちょっと前にパチュリーが話題に出して説いていた基礎的な魔導書だった。あの時、こちらの話を聞いてレミリアは紅茶を飲みながらひたすら頷いていただけだったのだが…
――――もしかして。確かめるべく、パチュリーは声をかけることにした。
『何してるの?』
『パ、パチュリー?……はぁ…見つかっちゃったか…』
もうちょっと時間考えて来るべきだったなぁ、と呟いて、レミリアは観念したように顔をあげる。
『それ、私が前に話題に出した魔導書だけど…』
『ごめんなさい。あの時ね、私知ったかぶりしてた。本当はね、あの時あなたが話していたこと、私はほとんど分かっていなかったの』
あの時は話を遮りたくなんかなかったから…それでね……とためらいがちにレミリアは目を伏せて。
『あなたと仲良くなるには、私もちょっとは話についていけるようにならないとな…と思って…』
気が付けば、思わずレミリアのことを抱きしめちゃって…本当、あの時の彼女は、自分が今まで見た中で一番健気でかわい……こ、こほん。そうじゃなくて。
―――要するに。レミリアの幻想郷への順応は、それだけ霊夢がレミリアに愛されているということなんだろう、という訳で…
「…………」
「パチュリー?どうかした?」
「…別に。何でもないわ」
ばく、ばく、と蜜柑を二粒、乱暴に口につっこむ。
「本当、レミィのそういう『才能』には驚かされるばかりだわ、と思っただけ」
うん。絶対このことは霊夢には言ってやらない。それが、パチュリーが出来るささやかな抵抗だった。