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意外と簡単にレミリアは見つかった。
ちょうど玄関ホールから、日傘を差して外に出ようとするところだったのだ。
「…レミィ」
「あら、パチェ。どうしたのかしら?」
「いえ、ちょっと…」
どうしよう。出てきたは良いものの、構ってくれなんてなかなか切り出すことは出来ない。いつもレミリアの方から何かしら持ちかけてくるために、こうして自分から誘うなんてことが、今までほとんどなかったのである。
「レミィ、これからどこか、出かけるの?」
とりあえず質問で返して、はぐらかすことにした。…けど。正直、聞くんじゃなかった、と質問した直後に後悔した。だって、この時間からレミリアが出かける場所で、一番考えられるところなんて。
「えぇ。博麗神社に、ちょっとね」
……博麗神社。てことは、やっぱり霊夢だ。そうして、霊夢、霊夢、霊夢ばっかり。我慢しようと思っても、頬が膨らんでしまうのが分かる。
それで、当然、こういうことには鋭いレミリアが、気が付かない訳もなく。
「…あらぁ?機嫌悪そうね、パチェ?」
ほら。面白いものを見たとばかりに、にやにやと形の良い牙を見せてきた。うりうり、と膨らんだ頬をつついてくる。
「…別に」
「ふーん?ほんとかなぁー?」
「…ほんとよ。ごまかしたりなんか、してないわ」
こうは返すものの、ごまかしきれていないことは明白だった。あぁ、楽しそうな紅い瞳が憎い。ちくしょう。それが分かってるならたまには私に構え。構え。ちくしょう。
するとレミリアは、はぁ、とわざとらしくため息をついて、差していた日傘を引っ込めた。
「しょうがないなぁ。そういうことなら、パチェに付き合ってあげるとしますか」
「…え?大丈夫なの?」
「えぇ。事前に約束した訳でもないしね」
…やった。はっ。違う違う。そうじゃなくて。
「ほ、ほんとに良いのよ私のことは気にしなくて。そのまま霊夢のとこに遊びに行けば良いじゃない」
ここで喜んだら駄目。霊夢のことなんて気にしてない、気にしてないんだから。誤解されたままなんてたまらないわ。
「そう?それなら、」
そんなパチュリーの様子を見たレミリアは、またくるくると白い日傘を前に出して、にやり。
「さっきまでの予定通り、このまま神社に行って来ようかしら?」
「…………」
「――うそうそ、ごめんごめん。行かないから、そんな顔しないでちょうだい」
この時のことを、後にレミリアはこう語る―――ドレスの裾をつまんで引き止めるパチェは、まるで子犬みたいでかわいかった、と。
「…まったく…あの巫女の、どこが気に入ったっていうのよ…」
そうしてお茶会のテラスへと移動する道すがら、ぽつり、とパチュリーは口を尖らせながら呟く。
ただ、この呟きは、ただの愚痴、という訳ではなく、純粋にパチュリーが前々から疑問に抱いていたことでもあった。
霊夢の持っている何が、レミリアをあそこまで惹きつけるのだろうか。
咲夜やフランが霊夢たちに惹かれるのは何となく分かるのだ。前述した通り、咲夜にとっては自分と対等な関係でいられる人間、というところがあるし、フランに関しては、初めて出会った紅魔館の外の者であり、しかも自分という存在を認めてくれた、そんな彼女たちは、さぞ輝いて見える存在だっただろう。けれど、レミリアが執心になるのは、分かるようで分からない。
……自分を打ち負かした、強い存在だから?それは違う。レミリアは、強さだけでなびく程単純でもなかったはずだ。
だって、咲夜がそうだったから。レミリアは言っていたことがある。『時を操る能力は確かに魅力的な能力だけど、だから私は咲夜を拾った、という訳ではないわ』と。きっとこの時すでに、レミリアは咲夜の素質と性格に気付いて、惹かれていたのだ。
だから、きっとあるのだ。単純な強さの他に、レミリアが霊夢に惹かれた何かが。
「――あら。だったら、実際に霊夢に会ってみれば良いじゃない」
…しまった。やっぱり聞かれてた。…………ん?
レミリアはにこりと白い牙を見せながら、パチュリーに向き直る。
「霊夢に……?」
「えぇ。パチェ、何だかんだで霊夢ときちんと話したこと、あまりなかったでしょう?」
あの異変の時も、あなたは魔法使いの方と対峙していたみたいだし、とレミリアは続けるのを聞きながら、パチュリーはぽかんと口を開ける。
確かに、考えてみれば、パチュリーは霊夢とは面と向かって話したことがほとんどなかった。図書館にずっとこもりがちだったパチュリーが霊夢のもとを訪れるなんてことはもちろんなかったし、霊夢の方から、紅魔館はともかくとして(時々レミリアが招いているらしいし)この図書館に来ることもほとんどなかった。宴会とかで顔を合わせた時ですら、互いに話をすることなんてなかった。だって共通の話題なんてそうないんだもの。
だから、レミリアが霊夢に惹かれる何かどころか――博麗霊夢という人間そのものを、そもそもパチュリーは知らないのだ。
「霊夢のどこが気に入っているかなんて、私の口で説明しただけでは、きっと十分には伝わらないと思うわ。だったら、パチェが実際に会ってみて霊夢の人となりを知るのが、一番手っ取り早いのではなくて?」
その霊夢を知るためには、実際に会って霊夢と話してみるのが良い、というレミリアの発言は、確かに的を射ていると言えた。
「…………」
すとん、と何かが自分の中で落ちたような気がする。…そっか。霊夢に会う、か。考えもしなかった。本からばかり知識を得てきた私にとって、フィールドワークなんて選択肢は今まで全く見えてなかったのだから。こんなこと、本から正解が得られるはずもなかったのに。
そうしてすっかり考え込んでしまったパチュリーは、先に歩いていくレミリアが「咲夜」と小声で呼ぶことにも全く気付くことが出来なかった。
「はい、お嬢様」
パチン、という音と共に、ちょうどパチュリーから見て死角となるような場所に、瀟洒なメイド長は現れる。くすり、とレミリアの苦笑。まぁったく、こいつめ、どこかから見ていたんじゃないだろうな。ほら、なんだか微笑ましそうな笑顔見せてやがるし。
「今からお茶の準備をしてちょうだい。それと――――」
レミリアは、パチュリーに気付かれないようにそっと身をかがめながら、咲夜にこう耳打ちをした。
「何かパチェのサイズに合いそうな羽織れるもの、探してあげて」