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…そうして。パチュリーは今、神社のこたつにこもって、魔導書を開いている。
―――なんか、来てしまった―――
それが、今のパチュリーの感じていることだった。
今から考えてみると、何で自分がここまで来れたのか、よく分からない。だって、ついさっきまで館からほぼ出たことのなかったインドア魔法使いがだ。本当だったら何歩か出ただけでも体力がない、などと呟いてUターンするだろう、と、自分でも考えていたのに。なんか気が付けば咲夜に装いをもっこもこにされて出発し、そして気が付けばここまで辿り着くことが出来ていた。知的好奇心ってすごい。
…せっかくのレミリアとのお茶会も、結局ぼんやりしてしまっていた。けど、ここに行こうかと呟いた時に『誰かつける?あ、なんなら私がついていきましょうか』というレミリアの発案を『駄目、絶対駄目』と全力で断りはした。だって、ここに着いた自分がどんな表情してるかなんて、分からなかったし。…そんなところを特にレミリアに見られでもしたら、またからかわれるだろうし。
「はい。こんなものしか出せないけど」
「…ありがとう」
霊夢が湯気の立ったお茶を運んで来てくれて、パチュリーは軽くお礼を言う。霊夢はそれに対し軽く首をかしげると、「さむさむ」と呟きながら足早にこたつへと吸い込まれていった。
さて、敵情視察、敵情視察。ちらり、と魔導書から霊夢へと視線を向ける。霊夢は、いつもの巫女装束の上から臙脂色の半纏をまとう出で立ちで、上に置かれた蜜柑をむき始めているところだった。……あ、一粒口に放り込んだ。あ、満足そうに破顔した。…………じー。なんだろう、これだけ見てみると…至って普通の少女だ。…あのレミリアを倒した少女には、とても見えない。
「それにしても、」
蜜柑をもう一粒つまみながら、霊夢がしばらく流れていた沈黙を破る。
「レミリアならともかく、まさかアンタがここに来るとは思ってなかったわ」
「…そうね」
魔導書に目を戻しながら、短く頷いた。本当に、そう思う。
そうしてページをめくろうとした刹那、霊夢の次の一声が飛んできた。
「―――それで?今日はどうしてここに来たの?」
ぴたり、とページをめくる手が止まる。
――――やっばい。考えてなかった。年中図書館にこもりきりだった魔女がいきなり訪ねてきたら、誰でも何かあったかと考えるものでしょうに。
まさかレミリアと仲良くしているのが羨ましくなって視察に来ました、なんて本当のこと、言えるわけもない。こうなったら豊富な読書量に基づき言い訳の語彙を導き出して――――――パラパラパラ―――――――………駄目だ。こんなこと、魔導書に書いてある訳がなかった…
「………」
霊夢が、不思議そうにこっちを見つめる。早く答えないと、ますます不審がられてしまう。
パラパラパラパラ、頭の中の本を変えていると、ぽん、とレミリアが頭の中に現れる。――あーあ。だから誰か連れてけばよかったのに、ですって?……うっさい。その通りだけどうっさい。特にレミィなんか、どうせ面白がるだけで、助けてくれないくせに。
そうして頭を悩ませていると、霊夢がんー、と頬をかいてきて。そんなちょっとしたしぐさにもぴくり、とパチュリーは反応してしまう。
「―――ま、話しにくい、ていうのなら、無理に話さなくても良いわ」
………へ?
魔導書から、目だけでなく顔全体を出す。きっと、ぽかんと口を開けているんだろうと思う。
「……良いの?それでも」
「うん?まぁ、別に。良からぬことを企んでいるって顔ではなさそうだし」
まぁ確かに、そんな物騒なことをするつもりはないけれど。あっさりしてることね。意外と気が使えるのか、それとも単に面倒くさいだけなのか。
「それとも、もしかして参拝に来たのかしら?ふふ、なら、お賽銭箱は外よ」
「参拝?」
「えぇ。お金を箱の中に納めて、神様にお参りするの。ちなみにレミリアは来るたびに入れてくれるのよ?」
「…今こたつから出たくないから、直接あなたにお金を渡すので良い?」
「あ、きちんとくれはするのね」
それはそうと、つっこんで追及されないなら良かった。はぅ、と気付かれぬように、胸をなでおろす。
「それに、一回アンタとも話してみたいとは思っていたところだし」
「……?そうなの?」
「ほら、あんた図書館からめったに出ないでしょ?だから紅魔館のメンバーの中でも、アンタとだけはほとんど話したことないじゃない」
「…まぁ、そうね」
「魔理沙はアンタとも仲良くしてるみたいで、話を聞くたびちょっとうらやましい、と思ってさ。だからこうして話が出来て、嬉しいわ」
そう、それは光栄ね―――――――ちょっと待て。今、聞き捨てならないことばが聞こえたぞ。
――霧雨魔理沙。博麗霊夢の友人で、種族人間にして魔法をおさめる小生意気な魔法使い。それだけならまだしも、図書館で暴れては魔導書をめちゃくちゃな理論で勝手に「借りていく」無礼千万なこそ泥でもある。だから、あんなやつと仲良くだなんてありえる訳がない。なのに、他の人からは――紅魔館のメンバーまでもが『本当は仲が良いんでしょ?』みたいな表情で、こっちを温かい目で見つめてくるものだから、困っているのだ。
がたり、とこたつから身を乗り出す。膝打った。痛い。け、けど、これだけは否定しなくては!
「だ、だ、誰があんなこそ泥魔法使いと仲良くなんか、「はいはい、これでも食べて落ち着きなさい」むきゅ」
声を荒らげていたところを、まるで予期していたかのようにぽん、と、霊夢は何かをパチュリーの口に放り込む。
…ぷちり。もぐ、もぐ。……あ。
「…おいしい」
「でしょう?こたつに蜜柑は相性抜群なんだから」
のんきに微笑む巫女を見ながら、パチュリーはやっと今自分の口にあるのが一粒の蜜柑であることを知った。
………うん、なるほど。確かに、合う。ぬくぬくとした温かさにこの穏やかな甘さは、暴力的だ。もぐ、もぐ、もぐ、と一粒の蜜柑を余すことなく咀嚼する。
……あれ?私、さっき何言おうとしていたんだっけ??えーと……
…ま、いいか。多分、これで忘れちゃうってことは、大したことないんだろう。
だから、今はそれよりも。
「…蜜柑、私も一個取って良いかしら?」
「どうぞ」