「さて小町、あなたには彼の嘘が、かけた真実が何かわかったかしら?」
「う~ん、はっきりとは言えませんが、あれだけの手練れが最期の時に手元を狂わすなんて信じられませんね」
「手元が狂ったというより、見えてなかった。という方が正しいでしょう」
「見えてなかった?」
「涙を拭かなければ当然そうなるでしょうね」
「なるほど…それならアタイにもかけた真実が何かがわかりましたよ」
小町は腰に手を当て得意げに上段の映姫を見上げた。
「聞かせてもらいましょうか」
微笑をたたえながら耳を傾ける。
「あいつの話にはずっと違和感があったんです」
「でもあなたはあえてそれを問いませんでしたね」
「ええ、ただの人格異常者ならあり得る話でしたから。でも、さっきの話を聞いて確信しました。真実に欠けていたのは、あいつの語らなかった事実はあいつ自身の感情ですね。泣いていたのなら感情が無いわけではない。それなのにあいつは敢えて語らなかった。嘘といっても差し支えない」
「良い解答です。40点あげましょう」
「四季様にしてはずいぶん高い評価ですねぇ~、それで答えはなんです?」
「確かに感情は欠けていました。しかし本質はちがう。感情はどこから生まれるのか、それは己の視点です。彼の全ての判断基準は命令です。自分がどうしたい、どう思うかという点を完全に枠外に置いていました」
「彼にはそれが足りなかったと…しかしそんなに自分の視点って大事なんですかね?」
「視点無しにして真実は生まれません。そこにある事実を誰かのフレームを通してみることによって始めて意味が与えられ価値ある真実となるのです。例えばこの悔悟の棒も私やあなた以外の視点から見ればただの棒きれです。しかし我々から見れば重大な意味を持つ。すなわち、事実は一つしかなくても真実は視点によって複数あるのです」
「複数あるのに真実の方を大切にするんですね」
「それが生きるということよ小町。自分が生きているということ自体も視点がなくば事実の一部でしかない。そして事実自体は何の意味もない。みんな自分を認識して、自分で自分に意味を与えて生きているの。そしてこの裁判はどう生きたかによって判決を下す。だから真実が大切なのよ」
「彼はどうしてああなってしまったのでしょう?」
「剣士…という生業と無関係ではないでしょう。あれは一瞬の油断が命取りになる。相手の一瞬の隙も見落としてはならず自分の隙も見せてはならない。自分の視点なんて邪魔なだけ、それが一番顕著に表れたのは彼が人を切るとき。彼自身には人を切ったという明確が記憶はない。あるのは刀を抜くまでの記憶としまった後の記憶だけ」
「意識すら排除したと…たまげたなぁ」
「彼がその境地に達したその時から彼は自我をどこかに置き忘れてしまったのよ。それは生きながらにして死ぬことと同じ。死者の罪を裁く権利はここにはない。だから冥界送りにしたの」
「見つけられますかね。無くしものを」
「さぁ、彼次第じゃないかしら」
映姫はそういうと踵を返し奥に入っていった。小町も次の人間を運ぶため河原へと足を向けた。