「それで?あんたの話はまだ終わらないんだろ」
「ああ」
「聞かせておくれよ、そんなに強いあんたがどうしてこんなところに来ちまったのかをさ」
妖忌は顔を上げ振り返った小町の目をジッと見据え再び語り始めた。
「ある日私は主から暇を出された」
「何かあったのかい?」
「詳しいことは知らぬ。これからは主の姫に仕えるよう申し渡され、その日のうちに姫とともに屋敷から追い出された」
「それで?」
「姫が京の桜が見ておきたいとおっしゃられたため、懇意の寺に宿を借り最後となる京の桜を見た」
「最後…もう戻らない気だったんだね。あんたも姫も」
「戻れなくなったのだ」
「戻れなくなった?」
「その日の夜、主の屋敷が焼き討ちにあった。屋敷の者は皆殺されたという」
「だから主はあんたらを逃がしたんだね」
「明朝様子を見に行く途中、河原に晒された主やその一族の死体を見た。下手人たちが血眼になってわれらを探しているのが見えた」
「実行者だったアンタと、主の娘となれば確実に殺しておきたいだろうからねぇ」
「姫をできるだけみすぼらしい格好に着替えさせ、東へ東へと逃れた」
「どうして東に?行く当てでもあったのかい?」
「姫が、主が東へ飛んでいくのを見た、と言われたのだ。だが結局行く当てもなくさまよった。金子も主からいただいていたが、たくさん使うと足がつくので少しずつ使うしかなかった」
「姫は文句を言わなかったのかい?」
「わがままでも愚かな方ではなかったからな、別段困らされることはなかった。白米が大好きな方でな、白米が出ると我を忘れて一人で五合も六合も食べてしまわれた……」
「それでどうなった?東に行くにしても限界があるんじゃないのかい?」
「みちのく、と呼ばれる地にまで足を踏み入れた時、廃寺にあったこの世の物とは思えぬほど妖しい桜を見てこの地にとどまることを姫が決めた」
「桜…」
「聞けばその桜は主が歌詠みとして諸国を歩いていたころに植えたものであるらしい。私はとりあえず廃寺を住めるように片づけ、庭師として姫に仕えた」
「平穏な暮らしってわけね」
「だが、姫の気品と桜の美しさは隠しようがなかった。次第に有名になり頻繁に人が訪れるようになった」
「…」
「訪れる者の中には怪しい者もいた」
「見つかったのか…」
「姫の要望もあって手を下さずにいたが、あの日だけはそうもいかなかった」
「あの日?」
妖忌は目を閉じ、還らぬ日々への扉をくぐった。