「霊夢・・・」
少女の目から涙がこぼれ、巫女の口へと落ちる。うつろな目が少女を見つめた。うつろな目が、許しを請うように、終わりを願うように、救いを求めるように、少女を見ていた。視線から逃げるように、台所へ駆け込む。とにかく何か食べさせなくてはならない。台所をひっかきまわし、何とか芋粥をこしらえると、恐る恐る部屋に戻った。あの目が、哀れでもあり、怖くもあった。雨は既にやみ、蝉の声がただただ響いていた。
「ほら霊夢。起きて。おかゆ作ったから」
霊夢の背中に手を当てて上半身を起こす。片手で持ち上げられる軽さは少女の涙を誘わずにはいられなかった。
「ほら、箸、もって」
巫女は箸を掴むがすぐに落としてしまう。二度三度と繰り返すうち、少女は涙で前がよく見えなくなった。
「ほら、霊夢。口開けて。食べさせてあげるから」
そういって粥を巫女の口へと運ぶ。一度口へ入った粥は形を変えずそのまま流れ出て、布団にこぼれた。
「霊夢。霊夢 霊夢 お願い。しっかりして霊夢 霊夢」
少女は涙をぬぐうことさえしなかった。ただただ友人が哀れであった。巫女の目が少女の目を見つめる。少女は粥を自分の口へ入れ咀嚼の後、巫女の口を自らの口でふさいだ。巫女の顔を少し上げさせて粥を流し込む。自分の涙でひどくしょっぱい粥をひたすら友人の口へ流し込んだ。蝉の声だけがただただ響いていた。
粥をすべて食べさせ終わると心なしか友人に生気が戻った気がした。
「待ってて、里から何か栄養になるもの買ってくるから。卵たくさん買ってくるから」
少女が立ち上がり部屋を出ていこうとしたその時である
「イヤ」
始めて巫女が口を開き、少女へ弱弱しく手を伸ばした。
「イヤ」
その目は既にうつろではなく、救いを求める意思が宿っていた。
「イヤ」
変わり果てた巫女の中に彼女の意思を感じ取ったとき、彼女の涙を、幾度と流したであろう涙を見たとき、少女は決心した。
「そばにいるわ。あなたのそばに。ずっといてあげる。だから泣かないで霊夢。私があなたを守るから」
やつれた巫女を抱きしめ、布団に横たえさせる。蝉はもう鳴き止み、静寂が二人を包んでいた。安らぎが巫女を包んでいた。
「でも、なにか栄養になるもの食べないとね」
少女は思案する。少なくとも自分がここから離れるという選択肢はなかった。離れれば彼女は死んでしまうだろう。そんな気がしていた。
「こんな使い方はしたことないけど、お願い、シャンハイ」
上海人形に籠と食材のメモ、幾ばくかのお金を預け里へ飛ばす。うまくいくかは皆目見当がつかなかったができることと言えばこれだけ。何もしなければ二人とも餓死である。
「アァァァ アァァァ ウァァァァ」
巫女は少女の胸に顔をうずめ嗚咽を漏らす。とめどない涙が少女の服を濡らし、弱弱しい手で抱き付いていた。嗚咽の声だけが部屋にこだまし、哀しみと愛しさが二人の心を満たしてゆく。
「霊夢?」
四半刻ばかりしたころ、嗚咽は収まり。部屋に静寂が戻る。不自然に思い声をかけるが返答はない。慌てて巫女の顔を確認する。
「ふぅ、落ち着いたみたいね」
自分の胸であどけない顔で寝息を立てる巫女を見て、少女は安堵した。おりしも、日は南天に煌々と照り、幻想郷を焼いてしまうかのような暑さであった。