翌朝、いつも通りの鐘の音、ではなくうるさい来訪者によって私の快眠は妨げられた。あろうことかその来訪者はノックもせず私の部屋に入り、勝手に浴室を使い、挙句勝手に朝食用にとっておいた握り飯を食べるという重罪を犯していた。そんなことをする私の部下は一人しかいない。小野塚小町である。
「いやぁ、貧血で倒れたって聞いてびっくりしましたよ~」
といつもの軽い調子で話しかけてくる。もう怒る気力もうせてしまって、仕方なくいつも朝食と一緒に出てくる牛乳をちびちびと飲む。
「だめですよ~朝食はしっかり食べないと。牛乳だけなんて体を壊しますって。昨日貧血になったばかりじゃないですか」
誰のせいで朝食が牛乳だけになったと思っているのだろう。悔悟の棒を尻の穴に突っ込んでやろうかとも思うがあまりに下品なので口に出すのもはばかられた。小町といると発想の質が下がる気がした。
「誰のせいでこうなってると思うんですか。誰のせいで」
やはり一度叱っておこうと思う。親しき仲にも礼儀ありという。そもそも私と小町は上司と部下の関係である。今日の小町はあまりに慣れなれすぎる。
「そもそもなんで私の部屋に勝手に入るんですか?私はあなたの上司であって、あなたの家族じゃないんですよ。というより家族であったとしてもここまでしませんよ普通」
何やら小町はムッとした表情をしている。だがどう考えても私に非はない。明らかに小町が悪いのである。
「何か言いたいことがあるのならどうぞ。一応聞いてあげます」
言うや否や堰を切ったように小町は話し出した
「じゃあ言わせてもらいますけどね。鍵かけないで寝るってどうなんですか?いくら具合が悪いといえ不用心すぎるでしょう!しかも入ってみたら全裸で寝てるし!なんなんですか!痴女ですか!?おかげでアタイは四季様が襲われないように一晩中部屋の中で怪しい奴が来ないか見張ってないといけなかったんですよ!」
「なるほど確かに鍵をかけなかったのは私の不注意でした。でも寝るときに服を着ないのは普通でしょう!暑いじゃないですか!」
小町は全く裸で寝ることの良さを理解していない。これはゆゆしき事態である。
「普通じゃないです」
「じゃあみんなに聞いてごらんなさい。涼しい賽の河原と違って是非曲直庁は暑いんです!」
「聞けるわけないじゃないですか!みんなにうちの上司は裸で寝てるんですけど皆さんはどうですか?って聞いて回るんですか?アタイまで変態みたいじゃないですか」
「私までとは何事ですか!私を変態扱いして」
「だって変態ですもん」
終わりのない口喧嘩。お互いに気心が知れているからこそできる全力の口喧嘩であるがだけに容赦がなく、それでいて不思議と心地よかった。
「で、昨日、ほんとは何があったんですか?」
やはり小町には嘘は通じなかった。まぁ常々嘘が下手だといわれてきた私の付く嘘など小町にはお見通しなのだろう。観念してすべてを話すことにした。
すべてを話し終えた後、小町も私も無言だった。失望されたかなと思う。だとしても仕方のないことだ。私は上司としてあるまじきふるまいをしたのだから。ただ、小町に話すのは理解してほしいからではなく話すべきだと思ったからである。嘘はついたままにしたくなかった。すくなくとも自分の部下には。
「それで、事務官のことはどう思ってるんです?」
小町から帰ってきたのはあまりにも意外な言葉である。思わず聞き返してしまった。
「どうって?どういうことですか?」
小町がニヤニヤしながら話し出す
「だから~、好きなんですか?事務官のこと」
「いや、その、まだよくわかんないです」
「そんなんだから四季様は恋人の一人もできないんですよ。前任の閻魔様がどうしていなくなった知ってます?」
「いえ。知りません。なぜですか?」
「たまたま地獄を視察に来てた天人と駆け落ちしたんですよ」
「…」
「四季様もただでさえチャンス少ないんですから、自分の気持ちに素直にならないと… そうだ!好きか嫌いかで行ったらどうです?」
「それは当然…」
「当然?」
「好きですよ。ええ。好きですとも。それがどうかしましたか」
「そうです。そうです。そうやって開き直るのが恋愛で二番目ぐらいに大事なことです」
そう言いつつ小町は立ち上がり部屋を出ていく。ドアを閉めながら一言。
「そういえば伝え忘れてました。あの事務官…あれ実は…」
「実は 何ですか?」
「あれ、アタイの父親です」
そういって小町はそそくさと部屋を出て行った。直後、彼女の閉めたドアに思いっきり投げられた悔悟の棒がぶつかった。
end