「おや?」
夢の世界に漂う一つの夢魂に対し、ドレミー・スイートは怪訝な表情を見せた。
夢魂が漂うこと自体は特に珍しいことではない。何かが要因となって、その夢の持ち主が夢をみず、その代わりに肉体から魂を飛ばしてしまっている……そんな現象がどこかで起こっているのだ。
だが、その夢魂は今の「時代」にふさわしくない光景がありありと浮かんでいた。
科学世紀と呼ばれる時代を映した夢魂。舶来品が数多く見受けられる視点と視界。目の前には黒い帽子を被った若い女性がいる。
その彼女はなにかをぼやいているようだった。
やれ大学の講義がどうだの、最近は活動が滞りがちだのグチを漏らしている。頬を膨らませる彼女に対し、夢魂の主は一言二言たしなめる言動を放ち、そしてため息をつく。
場面が変わる。
暗闇。満点を覆う星々。墓石。
二人墓地に忍び込んでの活動。開かれる異界への扉。優雅に舞う光翼の蝶。
淡い光に照らされる黒髪の女性は、満面の笑みで夢魂の主に手を差し伸べていた。それを、夢魂の主は肩を竦めながらも手を握る。
口では黒髪の女性を諌めてはいるものの、胸に抱く感情は真逆だった。
至福に満ち足りた夢魂の主は、闇のなか、光に導かれて夢と現の狭間を征く。
そんな夢だった。
「……ふむ」
どう処理をしたものか。
この夢魂を食べるのはたやすい。しかし、この夢魂の主が「時代を逆行」してきたのは明白である。ならば、この世界のどこかに迷い込んでるはず。
──良い暇つぶしになりそう。
そう思って幻想郷をのぞき込んでみる。
ドレミー・スイートは夢の世界の住人である。顕界への接触は、夢魂が漂うようなバグがない限りできない身分だった。
だから見るだけだ。夢魂の主がどうなるか、それを野次馬のように拝むだけ。
どこかでおかしな動きはないか。幻想郷を俯瞰していると、それは簡単に見つかった。
赤く燃えさかっている場所がある。迷いの竹林。そこには見たこともない服装をした金髪の女性が、妖怪から逃げ惑う姿があった。しかし、それを助けようとする者もいる。
不死の炎を操る蓬莱人が、女性を庇いながら戦っている。しかし、彼女はその蓬莱人にも怯え逃げようともしている。助かるか否か。
「体が霊体ならまだしも、あれは生身っぽいわねえ。どういう体質なのかしらあの子」
寝てる間に肉体から魂が抜けてしまう症状──夢幻病を発症する人間はままいる。
しかし、それが生身のまま、しかも時間を逆行する人間をドレミーは初めて見た。
どの世界にもバグはある。夢にも現実にも。滅多にあることではないが、完璧でないのだから時間の逆行もあるのだろうと、ドレミーはそう結論づけた。
と、そのとき。
彼女は背後にある気配に気づく。
ふり返ると、そこには旧知の仲の人物が無言で立っていた。
「これはこれは。どうしたんですか?」
「────」
「いまなにをしてるか、ですって? 単に暇つぶしですよ。ちょっと面白そうな人間を見つけまして」
「────」
ドレミーは経緯を簡単に説明する。
幻想郷に迷い込んだ人間の生き死に。その運命やはてさて、という具合に。
ドレミーの友人は促されるまま隣に立ち、同じように地上を見下ろした。
「おや? 見失ってしまいましたね。向こうで目が覚めたんでしょうか。悪運が強い。もっと泣き叫んでくれたら見物だったんですが」
「────」
「ハハッ、趣味が悪いだなんて言わないでくださいよ。あなたも楽しんでたでしょうに」
「────」
「え? これをどうするのか、ですか?」
友人に指さされたのは、先ほど回収した「科学世紀をのぞける夢魂」である。未来を映したそれは、顕界に存在すると混乱を招くであろう。だからこそドレミーは回収したのだが。
「味は気になりますが、かなり稀少ですからね。しばらくは観賞用として保存しておきますよ。飽きたらいろいろといじくりたくは思いますが。そのあとは、生でいただくか凝った調理をするかは気分次第です」
言いながらドレミーはお腹をさする。食糧用の夢はまだストックがあったかなと、彼女は首をひねって記憶を掘り起こした。
「────」
「機嫌が良いのか、って? そりゃあそうですよ。この世界じゃ夢は尽きないぶん、空腹とはほぼ無縁です。だけど、どれも似たり寄ったりな味ばかりですから、こういう夢が手に入ると気分も高揚します」
調理はする。しかし、夢の調理は素材がほぼ同じであるため工夫にも限度があった。だが、彼女が手にしているものは、その素材からして違うものかもしれないのだ。楽しみになるのはいたしかたないこと。
「毎回こうやって楽しめる夢が手に入れば良いんですけどねえ。まあ、百年単位で見つけられたら御の字と言ったところでしょうか。贅沢は言いませんよ」
「────」
「お心遣い感謝です。とはいえ、私はあなたがここに遊びに来てくれるだけで楽しいので、お気持ちだけ受け取っておきます」
孤独に夢の世界を管理するドレミーに対し、友人は憐れみの表情を向けた。友人の悪いクセだ。自分のこと以上に、他人の心配をしてしまう性格なせいで損をしている。
深刻なことはなにもない。そう諭しながら、ドレミーは友人の優しさに感謝し、笑顔を向けるのだった。
次いで、回収した夢魂を二人でのぞきこむ。
科学世紀を彩るそれは、淡く光をにじませていた。
夢の世界に漂う一つの夢魂に対し、ドレミー・スイートは怪訝な表情を見せた。
夢魂が漂うこと自体は特に珍しいことではない。何かが要因となって、その夢の持ち主が夢をみず、その代わりに肉体から魂を飛ばしてしまっている……そんな現象がどこかで起こっているのだ。
だが、その夢魂は今の「時代」にふさわしくない光景がありありと浮かんでいた。
科学世紀と呼ばれる時代を映した夢魂。舶来品が数多く見受けられる視点と視界。目の前には黒い帽子を被った若い女性がいる。
その彼女はなにかをぼやいているようだった。
やれ大学の講義がどうだの、最近は活動が滞りがちだのグチを漏らしている。頬を膨らませる彼女に対し、夢魂の主は一言二言たしなめる言動を放ち、そしてため息をつく。
場面が変わる。
暗闇。満点を覆う星々。墓石。
二人墓地に忍び込んでの活動。開かれる異界への扉。優雅に舞う光翼の蝶。
淡い光に照らされる黒髪の女性は、満面の笑みで夢魂の主に手を差し伸べていた。それを、夢魂の主は肩を竦めながらも手を握る。
口では黒髪の女性を諌めてはいるものの、胸に抱く感情は真逆だった。
至福に満ち足りた夢魂の主は、闇のなか、光に導かれて夢と現の狭間を征く。
そんな夢だった。
「……ふむ」
どう処理をしたものか。
この夢魂を食べるのはたやすい。しかし、この夢魂の主が「時代を逆行」してきたのは明白である。ならば、この世界のどこかに迷い込んでるはず。
──良い暇つぶしになりそう。
そう思って幻想郷をのぞき込んでみる。
ドレミー・スイートは夢の世界の住人である。顕界への接触は、夢魂が漂うようなバグがない限りできない身分だった。
だから見るだけだ。夢魂の主がどうなるか、それを野次馬のように拝むだけ。
どこかでおかしな動きはないか。幻想郷を俯瞰していると、それは簡単に見つかった。
赤く燃えさかっている場所がある。迷いの竹林。そこには見たこともない服装をした金髪の女性が、妖怪から逃げ惑う姿があった。しかし、それを助けようとする者もいる。
不死の炎を操る蓬莱人が、女性を庇いながら戦っている。しかし、彼女はその蓬莱人にも怯え逃げようともしている。助かるか否か。
「体が霊体ならまだしも、あれは生身っぽいわねえ。どういう体質なのかしらあの子」
寝てる間に肉体から魂が抜けてしまう症状──夢幻病を発症する人間はままいる。
しかし、それが生身のまま、しかも時間を逆行する人間をドレミーは初めて見た。
どの世界にもバグはある。夢にも現実にも。滅多にあることではないが、完璧でないのだから時間の逆行もあるのだろうと、ドレミーはそう結論づけた。
と、そのとき。
彼女は背後にある気配に気づく。
ふり返ると、そこには旧知の仲の人物が無言で立っていた。
「これはこれは。どうしたんですか?」
「────」
「いまなにをしてるか、ですって? 単に暇つぶしですよ。ちょっと面白そうな人間を見つけまして」
「────」
ドレミーは経緯を簡単に説明する。
幻想郷に迷い込んだ人間の生き死に。その運命やはてさて、という具合に。
ドレミーの友人は促されるまま隣に立ち、同じように地上を見下ろした。
「おや? 見失ってしまいましたね。向こうで目が覚めたんでしょうか。悪運が強い。もっと泣き叫んでくれたら見物だったんですが」
「────」
「ハハッ、趣味が悪いだなんて言わないでくださいよ。あなたも楽しんでたでしょうに」
「────」
「え? これをどうするのか、ですか?」
友人に指さされたのは、先ほど回収した「科学世紀をのぞける夢魂」である。未来を映したそれは、顕界に存在すると混乱を招くであろう。だからこそドレミーは回収したのだが。
「味は気になりますが、かなり稀少ですからね。しばらくは観賞用として保存しておきますよ。飽きたらいろいろといじくりたくは思いますが。そのあとは、生でいただくか凝った調理をするかは気分次第です」
言いながらドレミーはお腹をさする。食糧用の夢はまだストックがあったかなと、彼女は首をひねって記憶を掘り起こした。
「────」
「機嫌が良いのか、って? そりゃあそうですよ。この世界じゃ夢は尽きないぶん、空腹とはほぼ無縁です。だけど、どれも似たり寄ったりな味ばかりですから、こういう夢が手に入ると気分も高揚します」
調理はする。しかし、夢の調理は素材がほぼ同じであるため工夫にも限度があった。だが、彼女が手にしているものは、その素材からして違うものかもしれないのだ。楽しみになるのはいたしかたないこと。
「毎回こうやって楽しめる夢が手に入れば良いんですけどねえ。まあ、百年単位で見つけられたら御の字と言ったところでしょうか。贅沢は言いませんよ」
「────」
「お心遣い感謝です。とはいえ、私はあなたがここに遊びに来てくれるだけで楽しいので、お気持ちだけ受け取っておきます」
孤独に夢の世界を管理するドレミーに対し、友人は憐れみの表情を向けた。友人の悪いクセだ。自分のこと以上に、他人の心配をしてしまう性格なせいで損をしている。
深刻なことはなにもない。そう諭しながら、ドレミーは友人の優しさに感謝し、笑顔を向けるのだった。
次いで、回収した夢魂を二人でのぞきこむ。
科学世紀を彩るそれは、淡く光をにじませていた。