●夢の世界の科学世紀2
「最近やたらと街宣車がうるさいわねえ」
とある休日。
秘封倶楽部の二人──宇佐見蓮子とマエリベリー・ハーンは行きつけのカフェの窓際にいた。そこを通り過ぎるワゴン車をすがめ見て、静かな雰囲気を壊されたことに、蓮子はグチを漏らしていた。
「街宣車はうるさいものよ。主張するのが仕事なんだし、民主主義だからできることよ」
そうマエリベリーが諌めるものの、彼女の表情も険しい。
胸中は蓮子と同じ気分となっている様子。
「首都を東京に戻そうだなんて、もう今さらな話ね。どこだって良いじゃないそんなの」
街宣車が主張していたのは、科学世紀である現在の首都を、京都から東京に戻そうということだった。それを喧伝して同調者を増やそうと目論んでいるのである。
「あら、どこでもよくないわよ。国民や諸外国に周知させやすい環境、設備、交通の便だって関係するし、その国の歴史だって重要視されるんだから。京都だって首都経験のある場所だから遷都されたわけだし。そもそも京都は昔は──」
「あーはいはい、そういうのは小学生の頃に習いました。私は純粋に静かにお茶を楽しみたかっただけです~」
うんちくが始まる前に蓮子はその話題を切り上げた。
このままでは雰囲気の他に、コーヒーの味までまずくなりそうだったから。
「でも、ああいう宣伝が増えるのも仕方ないのかな。もう百年くらい経つしさ、首都が東京から京都になったのも」
「そうね。あの災害のせいで当時の東京は機能を失ったらしいし……というか、良い機会だから聞いておこうかしら?」
「うん?」
「いままで疑問だったのよね。いくつか活動はしてきたけど、蓮子ってあの災害のこと、絶対議題にあげないわよね。あれこそオカルトじみてると思うんだけど」
あの災害。
それは、一世紀近く前の東京で起きた大災害のことである。
世界的に見ても未曾有の事態だった。
記録や数字からしても異常。
ビル群は全て倒壊。地下施設は公共交通機関を含め余すところなく埋没し、死者行方不明者は五百万人を越えた。当時の東京二十三区はほぼ壊滅。人口の約五パーセントと首都機能を失った日本は、半世紀以上の長い大不況に陥ったのである。
そして、最も不可解なのは、大災害が発生したのちの科学世紀にあっても、その原因は未だに判明していないことにあった。
「災害の日になると、追悼番組と一緒に面白おかしくメディアがとりあげるじゃない。やれ外国から攻撃を受けただの、当時の政府が秘密裏に開発していた兵器が爆発しただの、あげくの果てには異世界から侵略を受けたなんてのもあるし」
それを聞いて蓮子はクスクスと笑った。
「メリー。あのね、みんなが注目してることを右にならうのはナンセンスだと思うのよ。つまらないわ。秘封倶楽部は独自に動くから秘封倶楽部なの」
「さようで」
遠い歴史の一ページにすぎない二人にとって、その出来事は興味の対象とはならず。
しかし、東京を首都に戻そうという宣伝はわからないでもなかった。
災害当時の関係者はもうほとんどいなくなり、遺影に涙する者もすぎた時間が消し去っていったから。
かつての首都は活気を取り戻している。曰く付きの地域だと観光名所ができるくらいには、災害を乗り越えているのだ。
(確かめられるなら、興味のあることだけれど)
マエリベリーは思う。自分ならできなくはない、と。
夢のなかでなら、時間旅行は可能であることを体験しているから。
しかし。
(ま、相棒がこんなんじゃあやる意味はないわねえ)
東京には宇佐見蓮子の親族がいる。彼女はそこに触れたくないのかもしれない。
そんな勘ぐりをいれながら、マエリベリーはカップに口をつけるのだった。