●夢の世界の科学世紀3
「どうしたの?」
宇佐見蓮子は尋ねる。彼女は腰にできた圧迫を感じ、真夜中に目を覚ましていた。
後ろにはルームメイトのマエリベリー・ハーン。
サークル仲間でもある金髪の女学生が、何かに怯えた様子で震えながら蓮子の体に強く抱きついていたのだ。
寝返りをうって振り向く。マエリベリーは変わらず顔を布団に埋めたままで、蓮子の顔を見ようともしなかった。しかし、抱き寄せる腕の力はそのままで。
「怖い夢をみたの」
蓮子は頭をなでながらマエリベリーの話に耳を傾ける。普段は気丈に振る舞う彼女だが夜ではたまにこうやって怯えることもあるのだ。
そんなとき、蓮子はいつも聞き役に徹する。
話すことで、共有することで、相棒が楽になるなら眠りを妨げられるのも構わない。
「どんな夢だった?」
あやすように促す。背中に手を回してこちらも体を密着させる。
夢は夢。現実はこの温かさを感じるこちら。そうマエリベリーに教え込むように。
「おかしな妖怪に取引を持ちかけられて、それで、私が喰われるか蓮子を犠牲にして助かるか、その二択を迫られたの。どちらも選ばない場合はどちらも殺すって言われて」
「ふ~ん。それで?」
「私……私ったら……自分が助かりたいあまりに……大切な蓮子を……ウウ」
すすり泣きはじめるマエリベリー。ごめんなさいごめんなさいと繰り返す彼女に、蓮子はもどかしく思いながらずっと彼女の髪をなで続けた。
マエリベリーを責める気持ちはカケラもない。むしろ、その程度のことで怯えているのかと、呆れが生じている。
「大丈夫だって。メリーは誰も傷つけてないし、私だってここにいるもの。メリーの責任じゃないわ。むしろ、悪いのはそういう悪夢をみせつけてきた妖怪よ」
「…………」
夢診断をしたくもあったが、そこはグッとこらえる。分別くらいはハッキリさせなければと、蓮子はいつもの調子を押し殺した。
マエリベリーの話に合わせる。ならば、次に言うべきことはきっとこれのはず。
「それに、メリーの選択ならきっと私は許してるわ。私が逆の立場だったら、メリーが助かるほうを選んでる。というより、選んでほしいって思うわね。私は、メリーを犠牲にしたくないもん」
「蓮子……」
そこで初めてマエリベリーは顔をあげた。真っ暗なためその表情はまるで見えない。
しかし、闇に光る涙は止まっていた。
安心させるように、その光に対して笑顔を向ける。
「ありがとう……ごめんなさい……」
「はいはい、謝らなくていいから寝直しましょ。メリーってば甘えん坊さんなんだから」
ルームメイトの体温を感じながら、こちらからも温もりをあたえる。そうしておけば、きっと彼女は安心するだろうから。
こうやって起こされるのは何度かあった。
夢の内容は毎度違うものの、最終的に自分とマエリベリーがとある妖怪に騙されるのが決まった結末となっている。
そのたび、彼女を安心させるためゆっくりとあやしてあげるのだ。
性分なのか、蓮子はそうするのが嫌いではなかった。謝る彼女を許してあげることが、至上の喜びなのではと考えてもいる。
(私もメリーの夢を共有しちゃったのかな)
マエリベリーの夢は蓮子も見ることができる。彼女の手によって目を防げば、その映像を同時に体験できるのだ。実は、さきほどまで見ていた夢も、どこか彼女の言っていたものと似通っている部分があった。
(でもおかしいのよね。メリーが見てる夢なら、どうして私の視点だったのかしら。私はメリーが酷いことされてるのを見てるしかなくて、それで妖怪に取引をもちかけられた。でもメリーは、私が酷い目にあってるって言ってる)
悪夢には違いない。ならば、別々の夢を見たのだろうと蓮子はそこで結論づけた。
胸元をみると、安心したのかマエリベリーは笑顔で寝息を立てていた。
(可愛い顔しちゃってまあ。寝付きだけは良いんだから)
内心グチをこぼしながらも、蓮子も安堵して瞼を落とした。
そして、自身にこう確認をとる。
──彼女のためなら犠牲にもなって良いこと。
それに嘘偽りはない。そんな状況になったとしても、きっと自分はマエリベリーを許しているだろうと、蓮子はそう思うのだった。