その日、ドレミー・スイートは上機嫌に鼻歌を奏でていた。
数百年前に回収した夢魂の使い道。その調理方法を考えついてからは、早く試してみたいと思っていたからだ。今回、それが実践できて彼女は非常に満足している。
手順としてはこうだ。
まず、幻想郷で宇佐見菫子が稗田家で未解決資料であるあのメモ用紙に触れる。そこからが全ての始まり。
これは見守らなければならない。自分は幻想郷にそれほど干渉できないから。メモ用紙に宿る夢魂が宇佐見菫子にしか反応しないのは、その夢魂が彼女に関係ある代物だからだ。科学世紀の秘封倶楽部と宇佐見菫子……二つは密接に関わりあう運命にあったが、それをねじ曲げ、裁ち切り、利用したのである。
夢による運命の支配。未来を知らなければできない芸当だった。
宇佐見菫子がメモ用紙の夢魂に取り憑かれれば、そこから本格的な調理が始められる。
現実世界で暴走する彼女に夢魂を使って止める。このときに使うのは、ドレミーが菫子の夢魂で作った「菫子の仮の現実世界」である。これをぶつけることにより、彼女は本来眠っているのに、現実世界で目を覚ましている、と錯覚を起こすのだ。
夢であるなら、ドレミーは全ての運命を操作することができた。
──夢で作ったマエリベリー・ハーンという少女との邂逅。
菫子を彼女に依存させる。邂逅させるだけで、あとは何も干渉しない。勝手に味付けがなされていくのだ。
そして、宇佐見菫子が時間移動ができるという夢幻病の特性に気づくまで放置。
運命を操作できるとはいえ、割合放置することが多い。これによって、恐怖や畏れの味が多種多様に変化するのである。その変化を楽しむのも一興。
夢幻病で過去へ行けば、あとはネタばらし。
充分に脅したあとに究極の選択を迫る。これだけで垂涎ものだが、ときおりつまみ食いをしながら、菫子の決断を待つ。
ここで彼女が魂の入れ替えを望めば、最高の夢に一歩近づく。
それ以外を選ぶなら、約束を反故にして二人とも魂の入れ替えを行う予定だった。
そうでなければ、いつまでも繰り返し提供される永久機関が完成しないから。
魂の入れ替えが済んだなら、押し出したマエリベリー・ハーンの魂は宇佐見菫子の体へ移す。そうしたら彼女を宇佐見菫子ではなく、メモ用紙にあった蓮子……宇佐見蓮子という存在だと思い込ませる。
宇佐見菫子はマエリベリー・ハーンに。マエリベリー・ハーンは宇佐見菫子に。
下ごしらえはまだある。
マエリベリー・ハーンに宇佐見菫子の眼を移植する。幻想郷を追い求め探しあてた眼。これで幻想郷への扉やその夢を見ることができるだろう。もちろん、ドレミーが傷つけた体は治療しておく。
宇佐見菫子のほうは、今の時間、所在地のわかる眼を入れ込んでおく。これはドレミーが創造した眼である。
真の現実世界にいる二人の秘封倶楽部は、それぞれそういう能力を持っていた。
そして、彼女たちを放り込むのは科学世紀、である。
K大学に通うとあるオカルトサークル部員、マエリベリー・ハーンがみるはずだった夢、その夢魂。それを元に作られた仮の科学世紀へと、魂を入れ替えた二人を送り込む。
宇佐見菫子の夢の世界に出てきたマエリベリー・ハーンは、あくまでドレミーが夢魂から参照した、創造された人物なのである。
宇佐見蓮子と名前を変えられた宇佐見菫子。
夢魂の主から名前を借りたマエリベリー・ハーンという夢の存在。
彼女ら二人を、科学世紀で生きてきたかのように記憶をすりこむ。
そして、それぞれが運命的な出会いをしてオカルトサークル「秘封倶楽部」を結成。
もちろん、その運命もドレミーが操作したもの。
宇佐見蓮子やマエリベリー・ハーン、そして科学世紀のオリジナルは存在するものの、宇佐見菫子を中心とした夢の世界とそれに関連するものは、全てドレミーが操作創造したものなのだ。
つまり。
再びマエリベリー・ハーンが夢の中でメモ用紙を落とし、それを稗田家が未解決資料として回収、保管する運びとなれば、その数百年後、深秘異変を起こした宇佐見菫子がそれに興味を示し触れる。
そこからまた夢の調理が始まるだろう。
夢はもう一つの世界であり。
そして、幻想郷は夢と繋がっている。
繰り返す。
宇佐見菫子にとっての悪夢は、再び繰り返す運命にあるのだ。
ドレミーはこの夢をこよなく愛していた。変化のある夢だから。
放置しておけば、また違った結末、違った味が楽しめるだろうという期待を込めて。
千変万化をみるまで、ドレミーはこの夢を手放さない。
「ありがとうございます。あなたのご助力がなければ、ここまで美味な料理はできなかったでしょう。夢の世界ならともかく、現実世界の運命操作は私にはできないことでしたから。おかげで、これから先も楽しむことができそうです」
「────」
「そんなに気を遣わなくてもいいですよ。数百年前の悩みを覚えていてくれたことにも驚きですが、厚意は身に染みています。まさか、私のために宇佐見菫子を幻想郷に誘い出してくれたなんて、言葉もありません」
博麗霊夢に知られたら大目玉ですね。
そう言うと、ドレミーもその友人もクツクツと笑った。
「迷々々夢、でどうでしょうか。ええ、この夢の名前ですよ。繰り返す迷夢。ん? 別に名前に興味はない、と。手厳しいですね。私は割と気に入ってるんですが」
「────」
「はい、それではまたのちほど。あ、あと最後に一言だけよろしいですか?」
「……?」
夢の具合を語り、二人の談笑は終わりに向かっていた。しかし、ドレミーには友人に伝えたいことが一つだけあるようで。
それは。
「ここは夢の世界ですから、意思がそのまま私に伝わりはしますけど、しゃべっても安全なんです。運命は逆転しませんよ、サグメ様」
「あら、そうなの?」
それとドレミー作(?)のメリーの狂い方もたまりませんでした。
とても良かったです。
菫子には幸せになってほしい派なのに魅力的に見えてしまう程のバッドエンドの後味の悪さが実に良い
妖怪側から見れば友人への思いやりの話なのが尚更