Coolier - 新生・東方創想話

鈴奈庵と別れ離れの桃太郎

2013/09/16 00:30:13
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 ※後にある目録に出てくる本は漏れ無くあらすじが説明されます。
  また、目録にない物も突如あらすじ紹介されたりします。
  そういう物が障ると思われる方は読むのを控えた方が良いです。


 
 じっとりとした暑さが恨めしい夏の日。
 今日は珍しく里に来ていた。私も偶には里に出る。
 此処数日、里では色々な催し物がされていた。おおよそ祭りなのだが、店等が奮って企画展示や、イベント、安売り等をしている。
 おおよそ、というのは伝統や由来ある祭りではないからだ。何処かの店が人を呼び込むために軽いイベントを起こしたら、その後近所一体で合同企画になり、更にはそれが里中に広がったらしい。
 最初に企画した店は、これじゃ客引きの効果が期待出来ないと嘆いたとか。
 それは可哀想だが里は活気に溢れ、陽気で楽しげないつもと違う趣があって面白い。

 私は小鈴ちゃんに貸本屋の展示を手伝って欲しいと言われている。特に断る理由もないので赴いたというわけだ。
 先の鈴奈庵でも何かしようということになって、普段は貸しもしない本等もテーマに合わせて展示するとの事だった。
 展示のテーマは桃太郎らしい。正直な所、桃から生まれて鬼を退治するなんて嘘かホントかわからない御伽噺、本当はあまり興味無い。

 そういえば展示目録も貰ったんだった。確か展示自体はそれなりに数があったような気がする。
 立ち止まり、折り畳んで腰に差していた少し良質な紙の展示目録を広げてみた。


  ~鈴奈庵のお品書き~

 鈴奈庵では桃太郎の展示を行っています。
 展示は基本的に外来本を取り扱っているので、結界で隔たれた外の世界の話を垣間見れます。
 幻想郷と一味違う桃太郎を是非。(鈴奈庵 本居小鈴)

  展示目録

1.『桃太郎大江山入』作/桜川慈悲成 画/歌川豊国 版元/西村屋与八
2.『明治桃太郎』 作/北沢保次 出版/冨山房
3.『桃太郎のロスキー退治』 作/北沢保次 出版/冨山房
4.『征露再生桃太郎』 作/森桂園 画/尾竹竹坡・尾竹国觀 出版/東京堂
5.『世界童話大系』  著/松村武雄 出版/日本童話大系刊行会
6.『ある日の鬼ヶ島』 作/江口渙 出版/赤い鳥社
7.『新桃太郎の話』 作/入交総一朗
8.『桃太郎征伐』  作/黒板平八 出版/新興童話作家連盟
9.『桃太郎遠征記』 作/佐藤紅緑 出版/大日本雄弁会講談社
10.『犬にあふまで』 作/北川千代 出版/常山堂書店
11.『桃太郎の足のあと』 作/浜田廣介 出版/冨山房
12.『うぐひすの謡』 作/森三郎 出版/拓南社
13.『ただの桃太郎』 作/奈街三郎 出版/桜井書店
14.『ももたろう』 著/松居直 画/赤羽末吉 出版/福音館書店
15.『昔話の魔力』 著/ブルーノ・ベッテルハイム 訳/波多野完治・ 乾侑美子
16.『やんちゃ桃太郎』 作・画/野村たかあき 出版/でくの房

 配布用らしく二つ折りの小さな紙だったが、字がびっしり。

 こんなに沢山よく集めたものだ。しかしこんなに並べられると逆に見るきが無くなりそう。
 ろくに見ず目録を畳み、腰に差し込んだ。
 人手が足りなくなる事を懸念して私が呼ばれたらしいが、里の様子も見たかったから丁度いい。


 折角なので、色んな店先を観察する。左に見えるは扇子屋だ、何やら色んな扇子が売っている、今日は絵柄を自分で書いたりも出来るらしい。
 その向かいは茶屋で、あんみつ食べ放題の幟が立っている。まさしく甘い誘惑だが、生憎と食べている時間はない。
 その右隣は小間物屋だ。確かかんざしや櫛、おしろい等が売っているが、今日はとても綺麗な櫛が店先に飾られている。
 こんな風に何かしら催している所が多く、見ているだけでも存分に楽しめそうだ。
 目移りさせながら鈴奈庵に来ると、小鈴ちゃんが店の前で立っていた。
 小鈴ちゃんはこっちを見るなり、駆け寄ってきた。
 何故か涙目で。

「どういう事なんですかこれ! 店番は!?」
「へ?」
「本ですよ本!」
 小鈴ちゃんは怒ったような困ったような顔で、しきりに店先の展示用のケースを指さす。
 皆目検討つかない私は冷や汗をかくことしか出来ない。私が何かしただろうか。

「本って……なんもないじゃないの」
 ケースの前に立ってみたら、中には何も飾られていなかった。店先に大きなケースが一つ、中にも展示用のテーブルがあるが本は一冊も見当たらない。
「だから、どういうことですかって!」
「ちょ、ちょっと待って。何か話が見えないんだけど」
「さっき霊夢さん私が出る間、店番してくれるって言ったじゃないですか!」
 たった今鈴奈庵に来た私には何を言っているのか分からない。小鈴ちゃんの慌てふためく様は何か有ったのは確かなようだが。
「私は今来た所なんだけど……」
「え……?」

 小鈴ちゃんにもどうやら話が噛み合ってないことが伝わったと見えて、外のケースはそのままに中に入るように促された。
 店の中は少々埃が立っていて、いつもの静謐とした感じが無い。小鈴ちゃんはカウンターに入ると箱を一つ出す。

「今朝早く、霊夢さんがうちに来て、早速手伝ってくれるっていうので……展示を見ていて欲しいと頼んだんです。私も里の小さな書林や知り合いの板木屋、買取に挨拶しに行って……。帰って来たら、展示が何も無くなっていたんです……。代わりにこれだけありました」
 箱をぱかっと開けると、お金がそれなりに入っていた。仕切りが有るのを見るとどうやら貸本の代金の取引に使う箱らしい。
「出る前はこんなに入ってなかったのです、きっと霊夢さんが展示を売っちゃったんだって……」
「そんな事しないわよ……私が居たって言うのはどういうことかしら、狸か狐?」
「わかりません……今思うと少し変だった気も。疑ってすみません」

 小鈴ちゃんはそう言うと頭を下げた。狸や狐だったら人を誑かす為に出て来るのだから、騙されるのも仕方が無い。
 私を当てにしてくれてこんな事に成ってしまったのだ、責めるべきは小鈴ちゃんではなく犯人だろう。
「謝らなくてもいいわよ、それでその本は大切な物だったのよね?」
「集めたのは大体外の本だったんです。正直な所、貴重な物ばかりで……」
「展示するくらいだものね……わかった。私が何とか本を集めてみる。それで犯人もとっちめてやるわ!」
「ほ、本当ですか?実は手元に戻したいのですが、全く手がかりがなくて……」
 小鈴ちゃんは嬉しそうな顔を少しだけ見せて、項垂れた。相当なショックだったらしい。本を扱う店だから、当然なのだろうが。
 私には今一本の価値というのは分からない。秘伝書とかなら凄いだろうが、外の本とは言え桃太郎は桃太郎なわけで……。

 それはひとまず置いておいて、手掛かりが無いとなると厳しいな。
 私は本自体を見たこともないし。


「手がかりなら、有るぞ?」
 振り返ると、何処から湧いたのか魔理沙がニカっと笑っていた。
「魔理沙さんも呼んで居たんです」
「さっさと入ってくればいいのに、盗み聞きなんて。手がかりって何よ」
「盗みはしない、耳を貸せ。そしてこれを見ろ」
 魔理沙は店内の隅に置いてあった箱を指さした。耳を貸せというのに見ろとはどういう事か。
 箱には上部に横長の穴が開いていて、箱の前には紙と鉛筆が置いてある。
「あ、それは展示を見てもらった後に、感想を書いて貰えたらと思って置いた箱ですね」
「律儀にも中に一枚はいってたぜ」
「手が早いわね」
 魔理沙は二つ折にされた紙を広げると、読み上げた。
「《とても面白い話なので、買わせて頂きました。まさか兎が出て来るなんて、ちょっと共感しちゃいます。面白い桃太郎もあるものですね。》だとさ」

 小鈴ちゃんの言うように、どうやら売られていたようだ。
 兎の出て来る桃太郎?私のき記憶が確かなら桃太郎には犬、猿、雉が仲間になるはずだったような。
 しかし兎で共感という言葉はかなりヒントになりそうだ。
「兎って言ったら……永遠亭だろうな」
「こう律儀な兎って言ったら、宇宙人の方かなあ。でも兎の出て来る桃太郎なんて有るの?」
 魔理沙の方を向いたら答えず首を捻った。持ち主であろう小鈴ちゃんの方を魔理沙と二人で向く。
 小鈴ちゃんは口元に手を当てて少し考えると、応えた。

「ありますよ。北川千代の『犬にあふまで』という作品には兎が出てきます」
「ほう、何だか私達の知っている桃太郎とは違いそうだな」
「元々は一九二七年、昭和二年の新聞に『桃太郎さんの話』として載っていた作品だったと思います。展示してあったのはその話を収録した一九三七年に出た童話集、『父の乗る汽車』でしたが」
「目録でもしかしてと思ったけど、物凄い古い話じゃでもないのね。結界が出来た後の外の話かしら」
「今回の展示は幻想郷と別れた後の外の作品を主に展示していたんです。これは童話作家が書いた桃太郎なんですよ。それより永遠亭とは良い医者が居ると噂に聞く……」
「そうそう。一緒に来るか?」


 取り敢えず三人で永遠亭に向かうことにした。直に話を付けるために小鈴ちゃんも一緒に行くという。
 危ないかもしれないと反対したが、自分で一刻も早く確認したいんだとか。結構頑固で、こちらが折れた。
「変なことに付きあわせてしまって、申し訳ないです」
 店を出て直ぐに小鈴ちゃんは言葉通りの申し訳無さそうな顔で言う。別に大してやることはないし、里も色々見れたから私としても新鮮で良かったのだが。
「そんなの気にしなくっていいって。私の振りする奴なんて許せないし、とっちめてやるわ」
「理由はともあれ、こうして三人で出かけるのも中々乙なもんだしな」
 魔理沙も言いながら里の様々な催しを興味深そうに見ていた。
「そう言って頂けると有り難いですけど……」
 里の端まで来ると、流石に賑わいも薄れてきた。
「折角だから、さっきの……犬に会うまで?だっけ、その話の内容とか教えてよ」
「いいですよ、あれはタイトルどおり──ってあれ?」
 小鈴ちゃんが歩みを止める。向かいから小動物が凄い勢いでこっちに走ってきていた。
 白い身体に長い耳。まさしく兎だ。脱兎、というより猪突猛進だったのでさっと三人共道を開けると、兎は里の中へと消えていった。
「なんだありゃ」
「さぁ……こんな所来て、捕まったら兎鍋になりそうな……」


 三人であっけに取られたが、その後に熊が追いかけてきたりとか、そういう事も無い。三人でまた歩きはじめた。
「気を取り直して、さっきの話ですが……」
「犬に会うまで。よね」
「あふまで、ですけどね。タイトル通り、桃太郎が犬に出会うまでを描いた、前日譚に当たる内容です」
「兎が出て来るって言っていたが、どういう風に出て来る?」
「桃太郎が一番初めに会ったのが、兎だった。というのがこの話です。桃太郎は犬に会うまでに歩き疲れ、一度腰掛けて一人黍団子を食べたんです。お爺さん達のことを考えながら……。するとそこに子供を連れた白兎が来て子供のために黍団子をくれ、と頼みます。
桃太郎は素直に分けてあげ、鬼ヶ島を目指していると話すと兎は感心します。そしてお礼にどんな遠くの声でも聞こえる《耳》をくれました。その耳を当てるとお爺さん達の声が聞こえて来るんです。兎は桃太郎が夢中で聞いてる内に帰っちゃうんですがね」
「ふーん、仲間になるわけじゃないんだな」
 小鈴ちゃんは静かに笑った。内容を話すのはいかにも楽しげだ。
 展示を説明する為に、空で言える位には覚えていたのかもしれない。

「さらにその後に蟹にも会います。蟹にも話をして黍団子を渡すと今度は《目》を貰うんですよ」
「今度はお爺さん達を目で見るってわけね」
「察しがいいですね。目に当てるとよく見えるそうで、そのまま鬼ヶ島の様子も見えたり、目耳共に鬼退治にも活躍したとか……。『犬にあふまで』自体は犬に呼び止められたという所で終わるんですけどね」
「何だか掴みどころの無い話ね」
「童話なんて掴みどころの無い話ばっかだろ」
「この話は犬にあった後を完全に読者の知識に任せていますから、余計にそう感じるんでしょう」
「そういうもんかな」
 実は兎と蟹に合っていて、実はその出来事こそが桃太郎の鬼退治を成功へと導いていた。
 感想箱の共感というのは兎の活躍が、陰ながら活きていたということだろうか。


 あまり歩いていると遅くなりそうだったので、魔理沙が箒で小鈴ちゃんを乗せ、永遠亭に向かうことにした。初めは危なっかしい飛び方だったが何とか無事に青々とした竹林を抜け永遠亭に辿り着いた。庭先には因幡てゐと、なんだったか長い名前の、鈴仙・優曇華院・イナバが居た。
 遠目から見ると凸凹コンビといった感じだ、奴らが居るなら丁度都合がいい。
 
「邪魔するわよー」
「怪我人?」
 鈴仙は訝しげに小鈴ちゃんを見る。どうやら小箒に乗ってきたのがそう見えたらしいが、ややこしい挨拶をするつもりは無い。
 単刀直入に背の高いイナバの方に聞いた。
「違う違う、あんた今日、鈴奈庵で何か買って行かなかった?」
「実は売ったのは手違いでして」
 本居小鈴です。と丁寧に挨拶を付け加えると、イナバの方も鈴仙・優曇華院・イナバと名前を返した。

「早く吐いた方が身のためだ。返せば泥棒じゃなくなるぞ」
「え、泥棒しちゃったの私」
「魔理沙さんは余計なこと言わないで下さい! 兎に角、展示してあった『犬にあふまで─桃太郎さんの話─』を買いましたよね?」
「確かに買ったけど……返して欲しいと言う事ですか?」
 彼女は疑わしそうにこちらを見た、眉を潜めたその表情は此方を明らかに警戒しているようだ。そこまで警戒しなくても、と思うのだが。
「勿論お金は返します、幾らで買ったのか此方にはわからないので、覚えて居ればそれで。覚えてなかったら私が相応と思う値段で返金します」
「おいおい、足元見られたらどうするんだ」
「此方が悪いのですから、多少は致し方ないかと」
「どうせ処分に困っちゃうから、返すのは構わないけど……その前にちょっとお願い聞いてくれる?」
 私達は顔を見合わせた。
「それで返してくれるならね」


「実は兎が一匹どっかに行っちゃって、探しているの。それでてゐと一緒に話してて……白い兎なんだけれど、何で居なくなったのかも分からなくてね」
 兎。と言えば、さっきの里に居たやつだろうか。白かったし、わざわざ里に入って行った奇行もここの兎と考えれば納得がいく。
 魔理沙と小鈴ちゃんの顔を見ると二人とも頷いた。やっぱりあの兎が怪しい。

「ちょっとまてい」
 それまでじっと聞いていた小さい方の兎が間に割り入って口を挟む。嫌な予感がした。
「何だよ」
「私もその本が欲しいな」
「な、なんで?」
 小鈴ちゃんが不安そうに聞く。それに対して笑いながらてゐは返した。
「だって良い値で買ってくれるんでしょ。先に見つけた方が『犬にあふまで』の本を貰うって事にしよう」
「あーあ、だから言っただろう」
 魔理沙は呆れて額を打った。面倒な事になったもんだ、こうなったらさっさと見つけねば……。

「まあ先に見つければ良いだけだし。早く里に行きましょうよ」
「わ、馬鹿」
「霊夢さん!」
 二人が目を丸くする。私何か――あ、しまった。里の事は言わない方が良かったんだ。私は慌てて口を手で塞いでみたが、てゐは儲かったとばかりに笑みを浮かべると直ぐに里の方に走りだした。
「あ! 私達も行くわよ!」
「待って下さい、里というだけでは見つけるのは難しいでしょう。その前にもう少し手がかりを聞きたいです。鈴仙さん、兎の特徴を教えて下さい」
 小鈴ちゃんは冷静だ、確かに私達は見ただけでどの兎かということも分かるか怪しい。
 私は一つ頷いた。
「うーん、私もてゐと違ってここらの兎に明るいという訳ではないから……見た目じゃよく判断つかないけど、確か珍しく結構私の言うことも聞いてくれる兎だったかな、気遣いもしてくれたり。てゐとも仲良くて、投扇興とか花札とかしてるわよ」
 言うこと聞く兎は珍しいらしい。
「お前も苦労してそうだなぁ」
「なるほど、それと本が何処にあるかもお聞きしておきたいのですが……」
「本なら私の部屋にあるけど」
「その本は誰でも見れますか?」
「えっと、見ようと思えば誰でも見られるとは思うけど」
「あの兎も本を見ていたのかもしれませんね」
 有り得そうではある。でもそれが何処に居るかにはあまり関係がある様には思えないが。私と魔理沙は準備しつつも小鈴ちゃんの話を聞いていた。
 小鈴ちゃんは腕を組んで少し悩んでいる様子のまま、口を開く。

「取り敢えず里に戻りましょう」

 再び魔理沙の箒に小鈴ちゃんが一緒に乗り、今度は行きより早く里に戻れそうだ。飛びながら軽く三人で里に着いてからの行動を話し合う。
「一先ず情報を得ないとまだ厳しいです、目星が付いたら三人で探しましょう」
「そんな悠長な事してて良いの?あの兎は勘もありそうよ」
「私達は人間ですから、人間らしく行きましょう」

 探しまわったほうが早そうだが……。今の里はいつもと違う陽気さがあって、何処か輪郭がぼやけている様な、不思議な感じがした。
 人がいつもより出歩いてもいるし、適当に探しまわるのも良いとは言えないか。
 
 私達は里の人に話を聞いた。兎を見なかったか、それとてゐの動向も気になるため、一応それも聞いておく。
 しかし中々情報が出てこない。幸運の兎を見たという話は少し出るが、普通の兎の方はさっぱりだ。
 四半刻程が過ぎると小間物屋で漸く手がかりにありついた。
 華奢な和装の女主人に聞いたら確かに兎を見たという。
「兎なら、この通りを走っていったよ。丁度人もまばらだったもんで、表の配置替えしてたから覚えてる。確か棒手売に絡んでたかな」
「棒手売りか、行商となると手掛かりとは言い難いな……」
 魔理沙が頬を掻く。棒手売りは天秤を担いで里の中を歩いて商売を行う人達である。以前は小間物屋なんかも棒手売りで売っていたそうだ。しかし人の出入りが皆無と言って良い幻想郷の里においては、多少なりとも名が知れれば店を構えた方が効率が良かったりする。現に棒手売りはそこまで多くない。
 まして今はどこも展示や企画をしているから、外で物を売るのは少ない気もするが……。
「何売ってるかまでは分からなかったな、ごめんね」
 女主人は苦笑いで申し訳なさそうに言う。
「いえいえ! ありがとうございます。今はお金が入用なのでちょっと買えませんが、きっとまた来ますね」
 小鈴ちゃんは懇切丁寧にお礼を言う。流石は里で暮らしているだけの事はあるな。私もそのくらいは言っておいた方がいいだろうか。
「私達も買いに来ましょうね」
「お前でも身だしなみとか気にするのか?」
 まったく私の意図を読み取っていない。ところが主人の方はは楽しげに笑っていた。人付き合いは難しいものだ。
 店主に別れを告げてまた三人で探し始めた。


「棒手売り……今の里でやるなら、もしかして生ものなんじゃない?」
 少し考えていたが、今日棒手売りをするなら普段から店を構えていないのかもしれない。
 狩ったり穫ったりした肉や魚ではないだろうか。あるいは傷みやすい果物等……。
「その線はありそうだ」
 魔理沙も納得と言った感じで頷いた。
「なるほど、天秤と言うことは魚かも……?今度は棒手売りを探しましょう。それなら人も多く見ているはずです」

 小鈴ちゃんが言った通り、直ぐに棒手売りの情報は集まった。川で釣れたハスという魚を売っていたのだという。
 兎の方はさっぱりだったが、棒手売りの方は情報を聞く内に直ぐに本人に辿り着いた。

「そこの棒手売りあいや待たれい」
 魔理沙が無駄に見得を切って呼び止める。
 当然棒手売りは驚いていたが、小鈴ちゃんが状況を大まかに説明すると兎の事を教えてくれた。

「兎なら、蟹が欲しいとかってジェスチャーしていたよ。無いと言ったら直ぐ行ってしまったけど。その後に幸運の兎も同じ事聞きに来た」
 驚いた。なんと、兎の蟹が欲しいというジェスチャーをこの人は理解できたのだろうか。
 適当言ってるんじゃないかと疑ったが小鈴ちゃんは至って真剣に聞いていた。
「もしかして、あの話に合わせて蟹の目を探しているのかもしれませんね……」
「『犬にあふまで』のか?確かに今のところ兎と蟹が関係しそうなのはそれくらいだが……」
 何で?という問いが頭をしきりによぎるが、取りあえず封じて置こう。
 動いてみれば合ってるか間違っているかはすぐ分かる。
「蟹が売ってそうな所でも行って見るしかないんじゃない、あいつに先越される前にね」

 此処からは一先ず里の中で魚等を扱う事がある場所を三ルートにして三人で分かれて当たる事にした。
 あまり魚や蟹を売っていそうな所は多くない。里の中を曲がる進むを繰り返し、路地を抜け辻を突っきり幾つかの店を訪れたが、対して時間はかからなかった。
 高級そうな料理屋だとかも行ってみたが、兎が来ても欲しい物が無さそうで帰って行ったという話があった。それ以上の話はないが、幸運の兎も見たという人が多い。
 どうやら同じ考えに至っているらしい。幸運の兎と呼ばれるだけあってその話をする時は皆喜々としている。その兎はお金のために走り回っているというのになあ。

 ルートを回り終え元に位置に戻って少し待つと魔理沙も小鈴ちゃんも戻って来た。
「お待たせ、特にこれといった手掛かりは無かったな、兎が来たって話なら有るんだが居場所はさっぱりだ」
「こっちもです」
「私の方も」
 どうやら皆、進展するような話を掴むことは叶わなかったらしい。ここに来て、またも手詰まりというわけだ。
「参りましたね……」
 小鈴ちゃんは目を瞑ってじっと考えている。内心少し焦っているのだろうか、調子を整えるかの様にして右足で何度も地面を踏みならしていた。

「良い事を考えたぞ、てゐの方を捕まえてけちょんけちょんにすれば後はゆっくり探せる」
「あんたねぇ……それ悪くないかも」
「だろ?」
「肝心要の兎の方が捕まらないし、面倒になってきたわ」
「あいつの幸運で見つけやすくなるかもしれないし、一石二鳥だ」
「一石二兎ね」

「あ、もしかして!」
 小鈴ちゃんはそう言うと地面を踏むのを止めた。






 兎は店の前に居た。多少なりとも知恵もあった兎は蟹の目を探していた。本当は蟹の目があっても意味が無いだろう事も分かっていたに違いない。それも本当の蟹の眼でも無い。それでもちょっと手に入れてみようとしたのは気まぐれだったのかもしれない。或いは、幻想郷ならもしかして……と思っていたのかもしれない。
 そしてついに蟹の眼の前に兎は辿り着いた、しかし其処に来て初めて気づいてしまった。
 お金を持っていないことに。
 目前にして兎はどうしようも無く立ち尽くしていた。

「みーつけた」
 振り向いた兎と小鈴ちゃんは目を合わせた。



 よいしょと兎を抱っこすると、私達の方を見て微笑んだ。
 確かに兎だ。兎はきょとんとしてるのか、疲れているのかじっとしている。
「本当に扇子屋に居るとはな」
 私達が小鈴ちゃんに連れて来られたのは扇子屋だった。様々な絵柄があるが、見事な扇が段々に広げ飾られていて青海波の様だ。
 その前に兎は座っていた。
「まあ私達の方が早く見つけたみたいで一安心、どっかに蟹の絵柄の扇子でもあるのかしら」
「いえ、多分扇子なら何でも良かったんじゃないかと……すいません、これやりたいんですけど」
 小鈴ちゃんは店主を呼ぶと自分で絵柄を描けるという、この店の催しらしい物を頼んだ。
 値段を見ると何気にこれが一番安かったりする。色々絵の具やら墨があって、木の五本骨扇に貼る紙に好きに描け。ということらしい。
 一応頼めば色々レクチャーもしてくれるようだが、基本店側は糊付けするだけで手間が掛からない。五本骨だから骨自体も材料に手間が掛かるわけではない、ということで安いのだろう。ちなみに綺麗に飾られている扇は骨が十五本位はある。

「さあ兎さん! 折角だから何か描いていいですよ」
 小鈴ちゃんは兎を作業出来る所に置くと、兎は嬉しそうに筆を口で取ると、真ん中に墨で大きく円を書いた。
 その後、あろう事かその円の中意外の部分を一心不乱に全部真っ黒に塗りつぶし始めた。
「お、おい、そんな事すると紙がふやけるぞ。やるならもっとゆっくり塗れ。というか店主が怒るかもしれん」
 魔理沙が筆を手にして手伝って塗り始めた、水分を少なめに伸ばしながら塗る塗り方を、兎も真似して塗っていった。
 店主は実際ちょっと嫌そうな顔をしていたが、止めはしなかった。

「やっ……やっと見つけ、げほげほ!」
 扇子を塗ったり乾かしたりしている間に、息も絶え絶えにてゐがよろけつつやって来た。
 こんな弱々しい姿を見るとあまり幸運が訪れるようには思えないな。しかし一人で蟹がありそうな所を周っていたのなら当然だろう。
「残念ね、あんたは二番」
「はあ、蟹探しがこんなに疲れるとはね……もうどうでもいいや……」
 そのままてゐはぐったりとしていた。

 やがて扇子を描き終わると、少し乾かしてから店主に糊付けしてもらった。骨に薄く糊を付けてペタっと貼るだけ。
 それでも糊付けの手際は流石専門というべきか、早く正確だ。糊の厚みを感じない見事な出来だ。
 少し乾かすと、取り敢えずは変な使い方しなければ大丈夫という事で渡された。
 早すぎやしないかと思ったが、思ったよりしっかり付いている。流石は職人さんだ。
「では永遠亭に戻りましょう」


 全員でそのまま永遠亭にまで戻った。元々は本を返して貰うためだったことを忘れてはならない。
 思ったより時間を食ったが、兎を捕まえたんだから、今度こそ返してもらおう。
 永遠亭に着くと、鈴仙は一人で掃き掃除をしていた。
「戻ったわよ私達が捕まえたから、本は返してよね」
「お疲れ様、皆で戻ってきたんだ」
 私は兎の耳を掴んで付き出した。鈴仙は掃くのをやめて兎を両手で受け止めるとゆっくり降ろした。
「まったく、例月祭も近いんだから、勝手に変な所行かないでよね」

 鈴仙は安堵した様だ。心配していたのか、用事があったのかよく分からないが。兎の方も申し訳なさそうではあった。
 その後鈴仙の説教がしばし続いたが、思い出したのか中に入っていき、本を持ってきた。

 朱色の表紙に落書きのような汽車の絵があり、右から『父の乗る汽車』と書いてある。恐らくこれが件の本なのだろう。
 小鈴ちゃんが受け取ると、中をペラっと捲って印を確認した。
「蔵書印でも付けてあるの?」
「はい、蔵書印と言っても私の店は貸本屋印が有るので、そっち系統ですが」
「私も借りた本に印付けようかな」
「それは命取られても文句言えないと思うわよ」


「間違い有りません。お金は返しますので……。あと、これ、その兎から貴方へのプレゼントだと思いますよ」
 小鈴ちゃんはお金と一緒に扇子を一本、渡した。

「これは、扇子?」
 鈴仙は扇子を広げた。真っ黒の中に白い丸が一つ。
「実は兎はずっと蟹の目を探していた様なんです。この本の桃太郎を読んで」
「むぅ?何故そんな事を……というかなんで扇を」
 私も魔理沙もそこら辺は分からないので、小鈴ちゃんの会話に集中する。てゐはまだぐったりとしていた。
 小鈴ちゃんは懐から、小さな紙を取り出すと鈴仙に見せた。展示の感想が書いてあるあの紙だ。
「おそらく、この内容が関係しているかと、貴女はこの話の感想に"共感した"という言葉を使っています」
「私の書いた感想?目の前にだされるとちょっと恥ずかしいなあ。そんな事書きましたか」
「ええ、『犬にあふまで』は確かに兎も出てきますけど、貴女が共感するのは主人公である桃太郎だったんじゃないですか?」
「えーと、桃太郎っていうと休憩して黍団子上げただけなんじゃないのか?」
 いや、それだけじゃない。
「お爺さんとお婆さんの様子を聞いたり見たりしたじゃないの」
「そうです。話の主題とも言えるのはその部分なんですよ。この話は桃太郎がお爺さんとお婆さんの事を思い返すという事こそが重要なんです。
 異常な出生譚、怪力ともされますし、鬼を退治して宝を持ち帰る。桃太郎はまさしく英雄と呼んで差し支えない存在です。でも、お爺さんお婆さんに育てられた一人の子供なんです。それ故に、一人で旅に出た寂しさを感じて、あの桃太郎が望郷の想いに駆られる。それがこの話の特色なんです」

「それに私が共感してると……?」
「私は貴女のことはあまり分かりませんが……少なくとも遠くから来た事は分かります。魔理沙さんや霊夢さんは宇宙人と言ってましたし、貴女自身、地上の兎は言うこと聞かないと言っていましたしね。桃太郎は村を飛び出したものの、鬼を倒さなければ最早戻れないと考えている状況です。もしかしたらそんな風な状況なのかなと」
 鈴仙は素直に驚いている様だった。
「確かに、戻れない状況は似ているかも。私は英雄とは程遠いけどね……、感想は深くは考えて書いてなかったわ」
「そうですか……でも貴女を思いやる兎は居たようですね」
 小鈴ちゃんは兎の方に目を向けた。
「鈴仙さんは中々に立派なお耳をお持ちです。だからこの兎は蟹の目を探し回って里に行ったんです」
「結局それが蟹の目ってのがよくわかんないんだけど。どう見ても唯の扇みたいにだし」
「ただの扇で良いんですよ、扇には必ず付いている物があるんです。この、かなめです」
 小鈴ちゃんは鈴仙の広げた扇の下の部分。金属の留め具を指さした。
「要?」
「この留め具は蟹の目に似ているので、昔は蟹の目と呼ばれていたんです。その蟹の目が訛って要という言葉になったと言われているんですよ。この留め具が無いと扇はバラバラに成ってしまいます、そこから物事を纏める物もそう言う様になりました」
「かにのめ、かにのめ、かぬぅいのめ、かぬぅおめ、かぬぁめ、かなめ?」
 魔理沙は何度も蟹の目という言葉をその場で変遷させたが、あまり腑に落ちていないようだ。
「まあ言葉なんてそんなもんね」
「態々そんな物探してきたの?私は特に故郷を懐かしんだりって訳でもないのに、中途半端に賢いんだから……」
 鈴仙は困った顔をしているが、まんざらでもなさそうだった。鈴仙はこう言っているが、てゐの方も兎の行動には勘づいていたようだから、もしかしたら周りにはそういう風に見えていたのかもしれない。

「鈴仙に気使ってやったんだよ。桃太郎の様にしっかりしろって意味かもしれないけどね」
 だいぶ息が整ったてゐが、手で顔を扇ぎながら言った。


「私の周りは誰もが認めるような凄い人が居るから、そんな人も故郷を懐かしむなら私も役に立てるんじゃないかと思ったのが本音。って事にしておいて」
「貴方自身も故郷に思いを馳せても良いじゃないですか。詳しい事情は分かりませんが、私は桃太郎がどんな理由で旅に出たとしても、何の成果が無くても、お爺さんとお婆さんは帰って来てくれたら嬉しいと思いますよ」
「どうでしょう、お爺さんもお婆さんも頭の硬い物ですよ。あ、そういえば桃太郎にこんな紙が挟まっていたんです」
 鈴仙は苦笑いしながら、ポケットから紙を出して小鈴ちゃんに渡した。


「な、なんですかこれ……?」
 私達も紙を覗いて驚いた。白紙には筆で文字がこう書かれている。

 "この本を取り返そうとする者が来ても断るべし、この紙の事は口外無用。本は貴方が持っていて良い"


 どう考えてもこの本を捌いた奴のメッセージ。お金は小鈴ちゃんの箱に入っていたし、ただの悪戯か何かと思っていた。
 でも困らせるだけの悪戯にこんな手の込んだ事するだろうか? 考えていたよりも単純な話ではないのだろうか。

「もしかしてこれ全部の本に挟まってるんじゃないか?」
 魔理沙が不安そうに言った。可能性は十分にある、だとしたらこれから先取り返すのは余計にややこしくなるだろう。

「鈴仙さんは何でこの本を直ぐに返してくれる気になっていたんですか?」
「そこの巫女が売ってたけど、偽物っぽかったから何か事情があると思ってたのよ。波長も違ったし」
 あんまり演技は上手くなかったらしい。あれ、でも小鈴ちゃんは騙されてたのに。
 小鈴ちゃんの方を見ると汗を垂らして笑っていた。こういう所は天然だ……。

「えーっと、そうだ。鈴仙さん他に本を買ってった人を見ませんでしたか?」
「私が来た時はもうあんまり残ってなかった様に見えたけど……そこの泥棒と一緒に来た人形遣いと……ああ、後は酒飲んでる鬼が居たわね」
「鬼と人形遣いか……」
「なんか面倒そうな奴ばっかね……」
 多分アリスと萃香だろうな。私と魔理沙は二人顔を曇らせるのだった。

 いつの間にか空は暗くなり始めていて、今日はもう探しには行けないだろうと帰ることに。
 兎三匹に見送られ私たちは永遠亭を後にした。

「そういえば、兎の描いてたあの扇子の模様は何だったんだ」
 あの真っ黒な中に白い丸が一つのあれだろうか。そういえば謎だ。でも何処かで見たこと有るような気がする。
 だが考えつつふと上を見ると直ぐに思い出せた。

「あれは確か……月の丸じゃなかったっけ」
「家紋なんですよね」
「日の丸じゃなくてか?」
「家紋って白黒でしょ。あれで白い扇に黒い丸で日丸を表すんだけど……反転色にしたのが月丸模様って言うのよね」
「ほう、中々粋な事する兎だな」
 三人で上を向くと暗くなった黒い空には満月に近い月齢の月が白くぽつりと浮かんでいた。


「本、全部取り戻すつもり? 多分凄い面倒よ」
「勿論ですよ、里の方ももう暫くは催しを続ける筈ですから。その間に是非とも展示を開きたいです」
「そっか、じゃあ私は揃うまで付き合ってやるわ」
「私も、と言いたいが私は色々やることが有るから少ししか協力出来ないかもしれん」
「本当ですか?魔理沙さんも、協力してくれるだけでありがたいです」
 そういうと小鈴ちゃんは嬉しそうに笑った。私も犯人をとっ捕まえたい、目的もタネも不明なままだ。
 しかし何か意志があっての事件なのではないだろうか。さっきの紙を見た限りではただの悪戯には思えない。だとしたら私も本腰を入れなくてはなるまい。
 それはもう小鈴ちゃんの為だけではない。

 ――巫女の領分なのだから。

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