「昨日みたいにうまく見つかると良いんだけど」
小鈴ちゃんと桃太郎を探すべく、また里を歩いていた。
新聞が出た翌日だ、もしかしたら私達に情報をくれる人が居るんじゃないか、という淡い期待を胸に秘めていた。
ぶらぶらしてみたら金魚すくい等、屋台もいつの間にか増えて本格的にお祭りみたく成っている。
このままだと展示とかしても誰も来ないんじゃないだろうか。
「あ、魔理沙さんがあんな所に」
「ん?」
小鈴ちゃんが指さした先には、外の世界の物を並べた珍妙な露天で品々に目移りさせている魔理沙だった。
喉から手が出そうな勢いで見つめている。そういえば、昨日は手伝って貰ったのに碌にお礼も言っていない。折角だから声を掛けておこう。
「おーい、魔理沙ー!」
「!」
魔理沙は驚いた顔でこっちを振り向いたかと思うと、直ぐに箒にまたがって飛んでいってしまった。
なんなんだあいつは。
「昨日のお礼を言おうとしただけなのにね」
「あれ、今何か落としませんでした?」
何かひらひらと紙が落ちてきた。私が拾い上げると小鈴ちゃんも身を寄せて覗いた。
"この本を取り返そうとする者が来ても断るべし、この紙の事は口外無用。本は貴方が持っていて良い"
あれ?この紙は……紛れもなく桃太郎に挟まってる紙片だ。なんで魔理沙がこの紙を持っているんだろう。裏返してみると、走り書きのメモの様なものも有る。山、天、地、船、宴会、白玉楼、彼岸、永遠亭、紅魔館。
小鈴ちゃんと顔を見合わせて、同時に首を傾げた。
「走り書きは一先ず置いて……。魔理沙も本を持ってたのに黙ってた事なのかしら」
「どうでしょうか……でも今までに戻ってきていない本に関わってるのは間違いなさそうですね」
そう言うと小鈴ちゃんは懐から、同じ文言が書かれている紙片達を取り出した。今までの分だ。紙片は全部同じ大きさで、字は活字のようで、同じ場所に同じ様にある。
この紙片は恐らく売られる前に入れられたのだろうけど、こう見るとこの紙片だけでも用意するのが大変だったんじゃないだろうか。
小鈴ちゃんはその上に今の分を乗せて再び仕舞った。
「取り敢えず魔理沙さんを探してみましょうか、他の手がかりも今はありませんし」
「でも見つけてもまた逃げると思うわよ。本気で逃げられたら、亜空間穴とか使っても結構面倒かも」
「ふーむ、今魔理沙さんは本を持ってましたかね」
飛んでいった魔理沙を思い起こす。箒に跨がったときは確かに両手を使っていたし、帽子に本が入っているような様子はなかった。
「いや、持ってなかったと思う……まああいつ変な所に色々隠し持ってるから何とも言えないけどね」
「じゃあちょっと行ってみましょう」
「何処に?」
「魔理沙さんの家です」
「何しに」
「本を借りに」
小鈴ちゃんはいたずらっぽく笑った。
魔法の森はあまり入りたくないが、魔理沙の家なら場所は分かる。小鈴ちゃんと比較的安全な場所を通って魔理沙の家についた。
扉は鍵が掛かっていなかった。急いでいたのか、ずぼらなのか。
「此処が魔理沙さんのおうちですね、興味深い物が沢山……」
「……ガラクタって言ってもいいわよ」
小鈴ちゃんは頬を掻いた。そのまま本の山が築かれている一角へと足元に注意しながら移動し、背表紙を確認し始めた。
私は机の上に乱雑に置かれた本を確認することにする。移動している途中に何か蹴っ飛ばして金属が転げる様な音がしたが気にしない。
机のうえは栞やら紙片が挟まった本が沢山有った。こっちが今読んでいる本なのかもしれない。
「やっぱり魔法使いですね、魔法の本ばっかり……」
「でしょうね。あ、でもこっちはちょっと違う感じかも。『西洋妖怪奇談』とか『西洋古事神仙叢話』とか、怪しい本がいっぱい。こういうのも魔法に使うのかしら……」
「それはどちらも明治に出たグリム童話の日本語訳だったかと……」
「ふーん?じゃあこっちは魔術書じゃないのかしら」
『西洋妖怪奇談』を開いてみると、リボンの付いた栞が挟まっていた。シンドレラ嬢奇談と題が付いている、シンデレラらしい。
ふと栞を見てみると─Flower View 寒─と小さく手書きで書いて在る。なんだろうか、気にしても仕方ないが……。
本を閉じると、展示目録を見ながら散らばっている本の名前を確認する。確認した本を積んでいくと……同じ書名を見つけた。
「小鈴ちゃん! ここに『昔話の魔力』あったけど、確認してくれる?」
「ありましたか!今行きます」
と言って、小鈴ちゃんは明らかに読もうとし始めていた本を、惜しげに本の山に戻した。
「間違いないですね、この本は鈴奈庵の本です!」
小鈴ちゃんは本の中の貸本屋印を確認をした様だ。例の紙片は挟まっていなかった。つまりあの時落としたのはこれに挟まっていたものらしい。
「じゃあやっぱりあいつは隠していたのね、何でそんなこと」
「ふむ、読み終わってなかったからかも……栞が挟まっています」
「まったく、一言くらい言いなさいってのよ」
小鈴ちゃんはページを開きリボンの付いた栞を一度抜くと、しばし見つめてからこちらを向いた。
「見つけたけど、やっぱりこれ持って帰ったらまずいですよね」
ページを閉じずに聞いてくる。
「今度同じ事されても咎め難くはなるかもね。別に気にすることも無いと思うけど」
盗み返すという行為を気にしているらしい。既に空き巣まがいのことをしてはいるのだが……。
「この栞の位置ならもう読み切るのに一時間も掛からないはずです。栞にメモ書きをしておきましょう」
小鈴ちゃんは羽ペンを拝借すると、栞に「読み終わったら返して下さいby本居小鈴」と書いて元に戻した。
よく見ると栞には元々隅に字が書いてあった。─Cherry Blossom 申─。何だろうか?
「さて、それじゃあ帰りましょうか。魔理沙と鉢合わせするのも嫌だし」
「うーん、特にできる事はありませんしね……本はこの辺に置いておきましょう」
小鈴ちゃんは見える位置に『昔話の魔力』を置く。しかしそのまま手を戻さず、「結構珍しい本持ってるんですね」と言いながら『西洋古事神仙叢話』を開いた。
栞の付いてるページが開き、『シンデレラの奇縁』の題が見えた。どんだけシンデレラが好きなんだあいつは。
ふと栞に目をやると、また字が書いてあるのが見えた。
─Imperishable Night の─。
えーと、腐らない夜?でも「の」というのは?普通に考えれば格助詞の「の」だろう。
そこで先ほどまでの栞の文言が頭をよぎる。もしや栞の字は繋げられるのではないか。
「では一先ず鈴奈庵に……」
「あ、そ、そういえば『昔話の魔力』ってどんな本なの?桃太郎の本っぽくないけど……」
どうにも栞の言葉が気になって、此処から離れるのを咄嗟に阻止した。
栞は『昔話の魔力』にも挟まっていたのだから、他の本も新しく入れたのかもしれない。勿論ただの栞の半別用で深い意味が無い可能性もあるのだが。無性に気になった。
「ええ、これは展示の中でも変わり種なんですよ! 一九七八年、昭和五三年に出版されたものです。ベッテルハイムという心理学者の著を波多野完治・乾侑美子が訳した物です」
「ふーん、新しそうな本なのね」
小鈴ちゃんは足下の悪い床を、小気味良い足取りで店の中心へと歩を進めた。私はすかさず『昔話の魔力』の有る机の隣に無造作に寝ころんでいたいた椅子を起こして座った。
申し訳ないが適当に聞き流しつつ、机の上に置かれた本たちの中から栞が挟んである本を探してみた。早速『少年世界』という雑誌にも栞を見つける。
踊靴、と題があるがやはりシンデレラの話らしい。─Mountain of Faith 只─と書かれている。
「この本は日本語訳が出るにあたって、ベッテルハイムが日本語版への序文を追加しています。新しい本ですが、視点もかなり新しいと言える内容です」
「へぇ……異国の人が見た桃太郎って事かしら……それはそれで興味深い……」
話にも意識を軽くやりつつ、他の本も適当に捲ってみる。何も書いてない栞も在る……勘でそれっぽい本を虫干しするがごとく、風を通すように捲り栞を探す。
さっと見て幾らか見つけた。─UFO 相─、─Weather Rhapsody 銭─、─Subterranean─ 竹。
「ベッテルハイムは桃太郎を非常に優しく、そして誰にでも当てはまるという解釈をしたのです。
まず鬼は概念的な障害物と解釈しています、人生の壁ですね。犬、猿、雉は共に協力してくれる仲間としています。
そして黍団子の持つ魔力は、両親の桃太郎への気持ちを象徴化した物と言っています。親の協力は直接ではなく、影から、でも確実に力になってくれていると……」
「それは美化し過ぎな気もするけど……親が居なきゃ仲間を作れなかったみたいじゃないの」
「黍団子はあくまで象徴。ということらしいです、得た優しさ等を他人に分け与えたと思えば、黍団子をくれるのは親とは限りませんね」
また二つ見つけることが出来た。─Scarlet Devil ネ─、─Missing Power 社─。んー?これはレミリアと萃香の事を言っているのだろうか。
思えばMountain of Faithも神奈子がそんなスペルカードを使っていた気がする。
今まで出た物をその辺のメモ用紙に書き出す。因みに小鈴ちゃんが戻した本以外は、全部しおりを引き抜いた。
─Flower View 寒─
─Cherry Blossom 申─
─Imperishable Night の─
─Mountain of Faith 只─
─UFO 相─
─Weather Rhapsody 銭─
─Subterranean─ 竹
─Scarlet Devil ネ─
─Missing Power 社─
萃香、レミリア、神奈子。に会いに行ってるって事はないだろう。レミリアは紅魔館、神奈子は山だし……。
そうだ。魔理沙が落としていった紙には色んな場所が書いてあった。確か山、天、地、船、宴会、白玉楼、彼岸、永遠亭、紅魔館。
栞の字はあの紙片の場所と対応しているんだ。Missing Powerは……宴会かな。Cherry Blossomは白玉楼。
でもこれだけだと順番が分からないような。
「ちょっと霊夢さん聞いてるんですか?」
小鈴ちゃんが頬をふくらませて顔を近づけてきた。正直あまり聞いてなかった。考えながら聞けるほど私は器用じゃない、頭がこんがらがってしまう。
私が尋ねたので聞いてないとも言えず。
「あ、うん……聞いてる聞いてる」
としか言えなかった。
「桃太郎が大きくなってから自ら旅に出ると志願する、という点にも注目して居ます。自分で志すことが桃太郎自身が成長する時なのだと……」
「学者って頭が硬くって面倒ねぇ、私なんかいつも一人で勝手に異変解決しに行っちゃうってのに」
「勝手に、と志願、はちょっと違うのかもしれませんね」
「そう?結果は同じだと思うけどなぁ」
そうだ、もしかして字の順は異変を解決した順番だろうか?だとしたらこの中で一番最初は紅魔館。
なら他の単語も場所を表している筈。Imperishable Nightは不滅の夜だから永遠亭か。UFOは聖輦船だ。Weather Rhapsodyは……キザっぽいが天子のあれだろう、天。
Subterraneanは何だったか、地の下とかだっけ、残りからしても地。
順に、─Scarlet Devil─が紅魔館。─Cherry Blossom─が白玉楼。─Missing Power─が宴会。─Imperishable Night─は永遠亭、だろう。
─Flower View─は結界異変の彼岸。─Mountain of Faith─が山。─Weather Rhapsody─が天。─Subterranean─が地。─UFO 相─が船。
添えてある字をつなげると。ネ、申、社、の、寒、只、銭、竹、相。
うーん、単語では意味がつながらない。しかし横に書くとどうやらネと申をくっつけて《神社の》、と読めなくもない。それでも後ろがつながらないが、もうちょっと簡単に考えて良いのかもしれない。
寒と只は……縦に無理やり合わせれば賽?
となれば後は考えなくても賽銭……箱か。
《神社の賽銭箱》なんだ、以外と大したこと無い、暗号というかクイズみたいな物じゃないか。
しかし上手く読み解けたので、満足だ。
椅子を傾かせ伸びをすると小鈴ちゃんが恨めしそうな顔でこちらを見ていた。
「やっぱり聞いてない、さっきから何してるんですか?」
「な、何でもないって。それよりもうちょっと聞かせてよ」
本の話も聞いておかないと。真犯人の手がかりは今の所話を聞くくらいしか無いのだから。
小鈴ちゃんは軽く咳払いすると、足下を気にしつつ店内を歩いた。
「ベッテルハイムは面白い解釈をしているんです。桃太郎は山から流れて来てお爺さんとお婆さんの子となりますが、これが子供の心をくすぐるミソなのだと……」
「ふーん、ただ変な生まれ方なだけの気もするけど」
「そこが重要です。子供というのは空想が好きですから、ついつい考えてしまう事があると言っています。
それは今居る両親が親ではなくて、本当の自分は知らない所から来た特別な存在なのではないか。という物です。
悪く言えば自己愛の一種なんですが……そんな子供の空想を刺激して好まれると言っています」
「普通そんなこと思わないでしょ……」
「え!?私は昔ちょっぴり考えたりしちゃいました」
てへ、と笑う小鈴ちゃん。自分が本当は力のある人間だと信じるなんて、今に不満があるだけじゃない。
「親にしてみたら気分いい物でもなさそうだし」
「そうなんですが……ベッテルハイムはその点に関して桃太郎は、決してお爺さんもお婆さんも見捨ていないと説いています。旅立った桃太郎はお宝を持って帰ってきますから。それはきっと、もしも自分の親が本当の親でなくても、育ての親を大切にするという心も同時に育ててくれる。桃太郎はそういう温かい話なんだと」
お爺さんお婆さんを義理の親と見る。
心理学者故の見方というわけか、桃太郎の解釈にも色々有るものだ。
「どうにも、物は言い様って感じがするけど」
「私もちょっと盲目的に良い方へと解釈し過ぎてる感じはあります。でも桃太郎を読むことで、誰かもまた勇気と優しさを持てる。だからこそ桃太郎は好まれているのかもしれません」
「鬼退治の方法は、皆知りたがってるかもね……そろそろ戻りましょうか」
神社の賽銭箱という暗号もどきは、小鈴ちゃんに言うべきだろうか迷った。
ちょっとしたクイズではあったが、このクイズは小鈴ちゃんには解けそうにない内容だ。もしかしたら魔理沙は私だけに秘密裏に伝えたいことがあるのかもしれない。
「そうですね。人の家なのにゆっくりしちゃいました」
「少し用事があるから、私は一度神社に戻るね」
「あ……はい。では私は鈴奈庵に居ますね」
小鈴ちゃんを森の外まで送って私達は一度別れた。
早速神社に戻って賽銭箱を確認する。萃香が縁側で酒を呑んでいたが、スルーして賽銭箱の中を見てみると……少しの葉っぱと一緒に便箋が入っていた。
早速広げて読んでみる。
霊夢へ
香霖堂で鈴奈庵のっぽい桃太郎の絵本を見つけた。が、不慮の事故で一部読めなくなってしまった。
このままでは小鈴に顔向け出来ないので、表具師(香霖だが)に頼んで修復中。
私は今材料が足りないので里を奔走中だと思う。
私の顔を立てると思って、小鈴には黙っておいてほしい。しかし困った事に中の台詞にどうしても分からない部分が出来てしまったんだ。
そこをどうにか小鈴に聞いて香霖に伝えてくれ。そうすれば多分、今日中には直る。
本は、松居直 文 赤羽松吉 画 の桃太郎で、読めない部分は鬼が土下座してるページみたいだ。桃太郎の台詞があったっぽいが丸々読めなくなってる。
魔理沙
こんな事を言うためにあんな面倒臭い手を使ったのか。
口で言えばいいのに。小鈴ちゃんに顔向け出来ないというのが、文字通りの意味で魔理沙を呵責しているのだろう。
紅魔館辺りではよく物を分捕っているようだが。こういう時は妙にしおらしい。巫女の情けで少し力になってやろう。
しかし小鈴ちゃんと言えど、そんな場面場面のセリフ覚えているのだろうか。
ちょっと不安だが、とにかく聞いて見るしか無い。
私は賽銭箱の葉っぱを外に出して、鈴奈庵に戻った。
「ただいま」
「あ、おかえりなさい」
座って本を見ていた小鈴ちゃんの隣に、さり気なく寄って目録を広げる。一先ず鈴奈庵で情報提供者が居ないか待つ事に成っていた。残念ながらそっちの成果は無さそう。
「そういえばまだ何処に在るか分からない桃太郎は、どういう話なのかしら。これとか」
『ももたろう』を指さして小鈴ちゃんに見せる。
「松居直の桃太郎ですか……あれはなんて事の無い様に見えて、批判も絶賛もされる不思議な桃太郎です」
「ふーん……そんなに特殊な桃太郎なの?」
いきなりピンポイントに聞くと不自然だと思って、さも適当に聞いてみた風にした。多分ばっちり。小鈴ちゃんは本に目をやりつつ話を続けた。
「どうでしょう、確かに変な所もありますが……今までの桃太郎に比べたら遥かに普通ですよ。烏が出てきたりしますけど、仲間に成るのは犬雉猿。
知られる桃太郎と話の筋として違う部分はまず一つ鬼ヶ島に姫が捕らえられている点ですね」
「そう言えば桃太郎ってヒロインが居ないし、居てもいいかもね」
「ええ。元々民話や伝承では姫を助けに行くパターンも多いですし、これも批判の的ではありましたが……オリジナルというわけではないです」
「再話……というよりは口承文学を本にまとめたのね」
「そういうことですね。問題があったのはもう一つ、鬼を倒した後なんですよ」
魔理沙の便箋に有った「鬼が土下座してる部分」とはその辺に違いない。
「えーっと、鬼は倒すのね。殺しはしないの?」
「改心すれば命は助けてやる、と言います。この絵本は一九六五年、昭和四十年の作ですが、もう殺さないのは普通ですね。明治期から既に鬼を殺さないという話は増えているように思います」
「じゃあ鬼も謝るんだ」
「はい、絵では鬼は皆で土下座。お詫びに宝物を上げます、と言って宝を出してきて……」
この部分だろう。私は聞き耳を立てて続きを促す。
「桃太郎はなんて言うの?」
「それがこの話の絶賛と批判の的なんです。桃太郎は宝を目の前に言い放ちます。“たからものは いらん。おひめさまを かえせ”と」
「宝物はいらん?」
「そうです。その後桃太郎は姫を娶って老夫婦と姫と、幸せに暮らす……という内容です」
「宝は要らないってのも、英雄らしくないというか……」
桃太郎が宝を見つけなかった、とは違う。
差し出されて断るというのは、宝に意味が無いと言っているようなものだ。でも最後は幸せに暮す……宝が無くとも幸せにはなれる。そんな桃太郎の意図に見えなくもない。
ともあれ、セリフはさっき小鈴ちゃんが言ってくれたので何とかなりそうだ。
「出版して五年ほど経った後、国立国会図書館の月報はこの話を非常に道徳的な本と評価しています。
一方で、鳥越信という児童文学研究家は、“宝を持ち帰らないとしたのはこの絵本のすぐれた価値を、全部ご破算にしてなおお釣りがくるほどの大失態”と述べています」
「随分な言われ様ね」
「他にも姫を奪うというのが、嫁の横取りで一族を滅ぼすということになるとか。男尊女卑的な思考とか言う人も居ます。勿論、書いた人物を恨むべきとかそういう話ではありませんけど」
「やっぱり学者って頭が硬くって面倒ね」
「そうかも」
小鈴ちゃんはニッコリと笑った。
再び少し用が有るからと言って鈴奈庵を出て、香霖堂へ向かった。魔理沙は材料集めしていると言っていたが、作業は進んでいるんだろうか。
─カランカラン─
いつもの扉鈴が響かせ扉をを開ける。
香霖堂に入って扉が閉まると、中には誰も居ないのかという程の静寂が訪れた。
霖之助さんが針を片手に絵本とにらめっこをしている。
その横では魔理沙が音を立てないようにか、口を塞いでそれを見ていた。
邪魔するのは良くなさそうだ。そっと魔理沙に向かって手招きすると、引き寄せられるように忍び足で寄ってきた。
音どころか、空気すら動いてないように感じる。流石の忍び足だ。
「ちゃんと分かったんだな。で、セリフの方も分かったか?」
内緒話するかのように交互に耳元に口を寄せてしゃべり合った。
「ええ。“たからものは いらん。おひめさまを かえせ。”よ」
「へえ、面白い話だな。あ、うちに置いてあった本もちゃんと持って行った?」
「あれは小鈴ちゃんが読み途中じゃないかって、机の上においてある。あんたずっと隠してたの?」
「悪い悪い、結構面白い本だったからさ、つい入れ込んでしまってな。あとで一緒に持って行くから勘弁」
「謝るなら小鈴ちゃんにでしょ」
「面目ない」
魔理沙は目を反らした。
「それで、何で絵本が読めなくなっちゃったのよ」
「私がダイナミックに入店したら丁度香霖が扉の前にいてな、突っ込んだ拍子に香霖が見てた絵本も破れた」
「何やってんだか……」
「急いでたらついな、字を書いてもらうから、鈴奈庵で待っててくれ。出来次第、直ぐに届ける。私も外の世界の魔法のインクを手に入れたからな。こいつがあればすぐに治るはずだ」
魔理沙はマジックインキというペンを持っていた。何処でも書ける魔法のインキ、うそ臭い。?マークついてるし。
「あんたも勇気出して、正直に言って小鈴ちゃんに謝りなさいよ」
「わかってるよ」
魔理沙はそっぽ向いてしまった。自分でも分かってるんだろう。私は三回程魔理沙の肩を叩いてから、香霖堂を後にした。
鈴奈庵に戻ると小鈴ちゃんは相変わらず本を読んでいた。
今日はどっしりと、というより悠々としていて、焦る様子も見せない。
「ただいま、小鈴ちゃん新聞見た人は有った?」
「はい。と言っても、兎を見た、傘のお化けを見た、と残念ながら既に見つかっている本のばかりでして……」
「あらら、残念。手がかりはまた無くなっちゃったわね」
そう上手くは行かない様だ。小鈴ちゃんも手詰まりなのが分かっているとは思うけど……。
「所で魔理沙さんの方はどうでしたか、こっち来ます?」
「ああ、魔理沙は多分そろそろ……って、え?」
慌てて口を手で抑える。ゆっくりと小鈴ちゃんの方を見ると……相変わらずの格好だった。
そのまま少し頬を膨らませると口を尖らせ気味に言う。
「別に良いですよ、どうせそんな事だろうと思ってましたもん」
「何で分かったの?」
「魔理沙さんの家であまり私の話聞いてなかったですし。栞に字が書いてあるのはリボンのある物だけだったのに
霊夢さんそれに気づいてないし……文字の暗号はわかりませんでしたけど、さっきまで考えてたら読めました。神社の賽銭箱ですよね」
帰ろうとした時に本を開いたのは態とだったのか。何だか隠し事してたみたいで……いや、してたんだけど。
ちょっと悪かったかな。
「ごめんなさい、隠してたことは謝る。あの暗号モドキは異変みたいなのの順番でね」
「異変の順番……ですか。私も大きな事件は覚えがありますが……細かいのは分かりませんでした」
「魔理沙は小鈴ちゃんには言いにくいことが有ったらしくてね」
「いえ、いいんです。二人共私のためにやってくれたんだろうなって、分かってますし。私には異変を解決するような力もないですし、分からなくて当然ですし」
言葉尻がおかしいし、目が笑って無いし、指で机をとんとんしてるし。小鈴ちゃんは怒ってるというかちょっとふてくされているようだった。
「まぁまぁ、魔理沙が本を持ってきてくれるから」
「あ、すみません……。本当に感謝しているんですけど。私も少しは何か異変に立ち向かえる能力があったら……違ったんでしょうか」
小鈴ちゃんはちょっと俯く。
「良いじゃないの。小鈴ちゃんは小鈴ちゃんで、私から見ると凄い所がたくさんだし」
「私にしか出来ないことが有ると、自信もあります。でも霊夢さんたちを見ていると、似たような事ができたら楽しいと思ったりもして……無理だとは思うんですけどね」
小鈴ちゃんは困ったような顔をした。そう言われるとなかなか難しい。
私も苦笑いで返すしか無かった。
「なに、私だってそういう事は思ってしまうさ」
と零すように言いながら、魔理沙が暖簾を捲って顔を見せた。
身も店の中に移すと、二冊の本を大事そうに手に収めているのが目に付いた。
そのままカウンターに『昔話の魔力』を置き、松居直の『ももたろう』を表紙を此方に構えて私達に見せてきた。
表紙は水彩筆で桃太郎がでかでかと描かれている。そんなに上手いとは思わないが、絵本特有の独特な色彩だ。
「じゃーん。香霖が買っていた本を取り返してきたぜ」
「もういいの?」
「おうよ、小鈴ちゃん。中を確認してくれ」
「あ、はい……」
「あと、その前に謝らなくちゃいけないんだ。本当は1ページ破ってしまって……直したところがあるんだ」
「え?」
当たり前だが、そこまでは知らなかった小鈴ちゃんは慌てて中身を確認した。
恐らく該当のページだろう所を暫く見つめて、パタンと閉じた。
魔理沙は生唾を飲んで飛んでくるかもしれない罵声に目をつむって身構える。
「悪かった、すまない」
「この位なら……気にしないでください。直し方も丁寧ですし、そもそもこの本はそんなに貴重でもないですからね、元々汚れ気味でした」
小鈴ちゃんは本のカドをなでながら笑ってみせた。魔理沙もほっとしたのか安堵の表情。
「そうは言っても外来本なんでしょ?貴重じゃないって事もないんじゃ……」
「絵本はちょこちょこ見かけますよ。絵本は処分されやすい本なんです。子供は本を大事にしてくれるとは限らず、図書館等でも破損があると入れ替えで別の物を入れたりします。
家でも、親戚に上げたりということは減りつつあるみたいですし……それで幻想郷にも流れて来やすいんじゃないですかね」
「それで幻想郷に来るとは思えないけど……」
私が疑問に思っていると、魔理沙が笑った。
「絵本なんて、ある時を超えたら中々見なくなるだろ?懐かしいと思っても、自分で読む為にまた買おうとは思い難いもんだ。
だからきっと、無意識の内に考えてしまうんじゃないか。有るんだけど触れられない幻想的な物ってな」
「あら、魔理沙。学者さんみたいね」
「本を読んだからな」
「学者は頭が硬くって面倒なのに」
首を傾げる魔理沙に小鈴ちゃんと二人くすりと笑った。
「そういやなんで魔理沙は『昔話の魔力』を買ったの?」
「こほん、まあなんだ。内容がどうにも身に染みたからだ。私だってできるなら特別な力を持っていたかったさ」
魔理沙は照れなが言う。小鈴ちゃんと同じように共感できたらしい。そう言うタイプでは無い思っていたが。
「へー、意外ね?」
「無論普通の魔法使いだって気に入ってるぞ。ただそう思うときもある。霊夢みたいなのには中々わからんかもしれんがな、なあ小鈴」
「うーん、そうかも?」
今度は魔理沙と小鈴ちゃんがにししと笑う。
「今に不満があるなんて、当然だろ。でもベッテル何たらさんは、周りの人こそが桃太郎を作っているとも言ってるじゃないか。
私も色んな奴に会ったなと、栞を作っていたら思い出したんだ。小鈴も異変解決したいのなら私達が稽古してやってもいいぞ」
「そうですね、今度是非お願いします」
小鈴ちゃんは頬を掻きながら頷いた。
聞いたら魔理沙の作った栞の暗号は元々はただの栞の判別用の物だったそう。
それにしても私はそんなに普通と違うのだろうか。まあ本も戻ってきたし、めでたしめでたしだ。
「でもどうして魔理沙さんは本を探してきてくれたんですか?」
「どうしてって、手伝うと言っただろ。それで香霖堂の前を通ったら偶然香霖が本を読んでいるじゃないか。これは持って帰らねばと思って」
「すみません……私は霊夢さんや魔理沙さんにできる事もあまりないのに……」
「私だって私の振りしてた犯人探してるだけでも有るから、小鈴ちゃんと一緒に居ることは意味があるわよ」
「私もそうだ、ただ面白いことを探してるだけだからな。それに……」
魔理沙は小鈴ちゃんの手から『ももたろう』をさっと拝借すると、再び表紙を私達に向けた。
「桃太郎の前では犬も猿も雉も一丸となってしまうんだぜ」
「あ、ありがとう……」
小鈴ちゃんはそのまま差し出された本を照れくさそうに受け取る。
絵本の裏表紙には犬と猿と雉の三匹が仲良く描かれていた。