Coolier - 新生・東方創想話

鈴奈庵と別れ離れの桃太郎

2013/09/16 00:30:13
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「萃香は何の本持ってんのかしらねぇ……」

 しばし休息をとり、小鈴ちゃんと再び里で情報収集していた。しかし一昨日の事となると殆ど情報が無い。
 軽く一周して鈴奈庵付近に戻ってきたが、展のない情報収集に足取りもやや重くなってきていた。

 現在、私たちが所在の分かっている本は萃香の持っている物だけだ。と言っても何を持っているのかは分からなく、持っている本を当てなくてはならない。
 今できることは萃香の持つ本に見当をつけるか、他の買っていった奴を見つけだすかの二つだ。他の奴を見つければ必然的に萃香が何を持っていったのかも見つかりやすくはなる。しかし萃香は本を当てたら別の本の在処を教えてくれるとも言っていた。それはおいしい。
「うーん、やっぱり萃香さんの持っている本は、現時点で自信の持てるような回答を出せません」
 小鈴ちゃんは思い足どりを更に遅くして言う。
「まぁそうよね、やっぱり里を回ってみる?何だったら他の里の人に相談して人海戦術したって良いし」
「いや、それは避けるべきと思います」
「なんで?」
「あの紙が挟まっているから……」
 あの紙、というのはこの本を渡すな、と書いてある紙片の事だろうか。

「私や霊夢さんが直接行けば疑われにくいですけど、もし別の人が訪ねてしまったら……それはかなり疑わしい存在に写ると思います。今までの持ち主を考えると力を持っているような方もいますし、里の人には流石に迷惑かけられません……」
 確かに嗅ぎ回っているんだと変な誤解を生むかもしれない。新聞に書かれたとは言え、店主が探してるから代理で、なんて言葉は嘘にも聞こえてしまうだろう。疑われてしまったら人でも妖怪でも良くない結果になろう事は目に見えている。

「うーん、でも足取りが途絶えちゃったわね……」
「そうだ、萃香さんのお知り合いはいませんか?その人達に聞いて回れば闇雲に他の本を探すよりは有益だと思います」
「友達ねぇ」
 萃香の友達といっても思い当たるのがあまり居ない。確か天子やパチュリーとかとは仲が良さそうだったが、友達とはまた違うだろう。

「あいつ友達あんまり居なさそうなのよね、そういえば最近は勇儀っていう友達っぽい鬼が里に出たりすると聞いたけど……」
「そうですか……結局里を探すしかないですね。でも目標があるとその分やる気も出るというもの!」
 小鈴ちゃんは地面を強めに踏みしめると、軽くかけだして、道が二手の所まで走って行く。
「鬼を探せばいいんですよね?角があるから私でも分かると思います。私はこっち行くので霊夢さんはあっち探してください!」
 うーん。それはそれで不安だが、勇儀も里で騒がれることは流石にしないだろう。私が頷くと小鈴ちゃんは左の道を進んでいった。
 打ち水がしてあったらしく、小鈴ちゃんの足跡が少し残っていた。私も隣に足跡を付けながら小鈴ちゃんと別の道に入っていった。

 居ないかもしれないので、本の売っていそうな所を覗きつつ、ひとまず里をジグザグに回ることにしよう。

 ニつ三つと角を曲がろうとしたとき。どよめきの様な声と歓声が聞こえてきた。
 ただならぬ空気を感じ、まさか妖怪騒ぎではなかろうかと肝を冷やしつつ、私は角を曲がった。


「やあ、巫女もこっち来て見るかい?喧嘩してるみたいでねぇ」
 早速出くわしたのは、赤い一角に長い髪。勇儀だった。
 茶屋の表に出ていた緋色の布を被った縁台に座って、茶を飲み見るからにまったりとしている。私があまりにすんなり見つかって驚いていたら、
手招きしてきた。

 隣まで行ってみると、眼前で繰り広げられているのは、喧嘩と言っていいのか、段幕ごっこの戯れだった。
 しかも相対しているのが魔理沙と、魔理沙とじゃれてるのをよく見る三妖精だった。三妖精は人の真似なのか、羽を消して着物を着ていたが、妖精というのは見れば大体分かってしまうもので、皆その事は承知のようだ。
 里に悪さする妖精対魔理沙という構図は、見せ物と言えば見せ物で、周りの人も面白がって応援している。
 喧嘩によくある賭事はやってない、魔理沙の方が手を抜いてるのは明らかだったから。

「喧嘩好きってこんなふざけ合ってるのでも良いの?」
「姑息な手を使わなければ見ていて楽しいもんさ、手の抜き方も勉強になるしねぇ」
 勇儀は手にした茶碗を空けると口元をゆるませた。
 里のムードに煽られてか、取り巻きが応援していたりする。
「あんたの方が見せ物になりそうだけど」
「祭りの気質に酔っていると、案外妖怪とか人間とか気にしなくなるもんさ」
「そんなもんかしら」
 魔理沙と三妖精は宙を縫うように複雑に飛んでいた。
 なんでこうなってるのか聞きたい気もしたが、魔理沙ももう暫く遊んでいそうだ。勇儀に聞くことを聞いておこう。

「あんた最近萃香とは会った?」
「いや?会ってないね。どうかしたのか」
「この中の本を持っているんだけど、それを当てなくちゃ返さないって言われたのよ」
 展示目録を取り出して勇儀に見せた。
「ああ、これか……『桃太郎大江山入』とかじゃないの?」
「それは違うみたい」
「ありゃりゃ、あいつとは結構気が合うつもりだったが」
 やっぱり勇儀も知らないようだ、会ってなければそりゃ分からないか。
 他に誰に聞こう。考えていると勇儀が額をこずいてきた。
「難しい顔してると老けるよ?おーい、もう一杯頼むよ。あとこっちの巫女にも同じの持ってきてやってくれ」
「あ、いや私はいいわよ」
「天狗の新聞見たから、苦労してるのは知ってるよ。でもちったぁ息抜きも必要だ、これでも飲んで落ち着きなって」
 勇儀は茶碗を受け取ると私に回してきた。断るのも野暮だと思い、さっさと飲んでしまおうと一気に喉に流し込んだ。
「ふう」
 意外と、ぬるいお茶だった。舌でじんわりと苦みの様に広がる甘さ。
 でも喉を通ると通ったところが不思議と熱くなって、体全体に染み渡る。
 その熱に頭までくらくらして……
「ってこれ酒じゃないの」
「別にお茶なんて言ってないし。茶屋の裏メニュー」
「結構強い酒でしょこれ。ああ、あー。けふ」
 喉に皺が寄ったような、変な感じがする。
「良い飲みっぷりだね」
 勇儀は私を見て愉快に続けた。
「鬼なんてのはさ、嘘こそ付かなくてもちょっとずるいことするもんだ。意地っ張りでもあるしな。萃香も、多分巫女達を困らせて楽しんでるんだと思うよ」
「こほこほ、忠告ありがとう。初めから口で伝えてくれたらもっと良かったけどね」
「口に入ったから伝わったんじゃないか」
 喉の調子を確認する私に勇儀は楽しそうに笑った。
 悪い悪いと平謝りしつつ、何処からか絵本を取り出すと私の膝の上に置いた。

「あとこれさ、私も桃太郎買ったんだよね。あんたから店主に返しといてよ」
「んぐ、え?あんたも買ってたの?これ桃太郎なのかしら……んんと、夢の鳥むく?」
「右から読むんだよ……酔ってるのか?」
 誰が酔わせたんだ。椋鳥の夢か、タイトルの上にある百科文庫の字が左から右に書いてあるから……ややこしい。
「こほん、でも私お金返せないわよ。小鈴ちゃん呼んでこないと」
「ああ、別に代金は良いよ、その代わりちょっと頼みがあるんだけど」
「屋台壊せとかじゃないでしょうね」
「はぁ?そんなこと頼むわけ無いだろう。ちょっと里の観光地図みたいなの持ってきて欲しいんだ」
 観光地図?里の名物食い倒しでもするのだろうか。
「今ならどっかで適当に配ってるんじゃないの」
「私が見つけたのじゃ、あんまり面白い観光地図無くてさ」
「面白いところに行く為の観光地図じゃないの」
「もうちょっと子供向けのが欲しいんだよ」
 子供向けの観光地図って……。まさか絵柄が可愛いとか、そういうの……?鬼は奇妙な宝を持っていたりすると聞くけど、そういうのも範疇だったりして。
「意外と鬼ってかわいい物好きなのね」
 そう言ったら勇儀はきょとんとした。
「何を考えたのか知らないけど、子供の居るところを探してるんだよ」
「はぁ、どうして?」
「そりゃあ企業秘密だけど」
「鬼がいつ企業になったの」
「鬼業秘密」
「上手く無い。悪さに荷担するつもりは無いわよ」
「ちょっとあってね。別に悪さなんてしないよ、ただ私も返してもらいたい物があってさ」
 あまり詳しいことを教えてくれないのは、自分で見つけたいという事なのだろうか。少し腑に落ちないが、それなら地図を見つけるだけに留めるべきか。
 ここで変に揉めて、本を返せと言われるのが今は何より怖い。
「まあ、そういうことなら探してくるからここで待ってて」
「おう、頼んだよ」

 私は本を抱え、分かれて探している小鈴ちゃんを捜した。
 比較的人の少ない路地を歩いていた小鈴ちゃんは幸いすぐに見つかった。
 『椋鳥の夢』を持っていると分かると喜んで寄って来たが、鼻をつまんで開口話った言葉は

「お酒臭いです……」
 だった。
「飲まされちゃったのよ。あんまり酔ってはないから大丈夫」
「本にお酒の匂いが付く前に預かっておきます」
「はいはい」
 手渡すと開いて中を確認し、匂いを嗅いでいた……ちょっと扱いが酷いような。
「大丈夫でした、ありがとうございます! まさか本を見つけてくれるなんて。大躍進!」
 打って変わって小鈴ちゃんはこぼれんばかりの笑顔を見せた。まあ、嬉しそうだし、いいか。取りあえず観光地図のこと、萃香の本は分からないこと、手短に話した。


「鬼はずるい、ですか……。それに気が合う……もしかしたら……」
「え?」
「いえ、一度鈴奈庵に戻りましょう。鈴奈庵は少ないながらも印刷も請け負っています。観光地図もいくらか印刷させて頂いたんです。控えもありますので、それに良い物があるかも」
「それは名案。じゃあ戻りましょうか」
 忘れていたが、鈴奈庵は印刷もやっているんだった。印刷を頼むのは纏まった注文のできる意欲有る団体も多い。きっと良い物もある。
 私たちは足早に鈴奈庵に戻った。

「ところで、その『椋鳥の夢』はどういう桃太郎が入っているのかしら」
 折角並んで歩いているので、聞いてみた。

「一九三八年に出版された、この『椋鳥の夢』は浜田広介の書いた童話集です。『椋鳥の夢』というのはこの中の一作品のタイトルでもあります。この童話集に初めて入ったのが展示にしていた『桃太郎の足のあと』という話」
「足あと?」
「ええ、この作者は日本のアンデルセンと呼ばれるほどの童話作家なんです。柔らかで巧みな言葉と、自然と考えさせる話の筋は、御伽噺ではなく童話と言うべきでしょう。この桃太郎も勿論童話として読むべきと思います」
「ふーん、じゃあ童話っぽい桃太郎なのかしら
「そうですね、まあこの話はそこまで童話っぽくもないのですが……

   日がぽかぽかとなつてきました。畠の桃が咲き始めました。
   「おばあさん、黍だんごを作つてくださいな。」”
という冒頭で始まります」

「桃太郎は最初からいるの?」
「はい、所々省かれていて短い話です。その後鬼ヶ島に行くと言い旅に出た桃太郎は犬、サル、キジをお供にするんです」
「普通ね」
「そして、一行は柔らかな砂地を歩きます。まあ、砂浜ですね。そしてそこには足あとが付くんです。でもこれがまた、幻想的なんですよ」
 そう言うと小鈴ちゃんは本を開いて音読を始めた。

  みんなの足あとが付きました。犬の肢あと、猿の肢あと、雉の肢あと、見ればだれにも分りました。
  ぽつぽつと付いたわらじの足あとは、桃太郎です。桃太郎は力持です。手も足も太つてゐました。
  それでしたから、足跡は、砂地にくつきり付きました。
   どなたがそれを見たでせう。砂地の上の足跡は、いつまでも、残ってゐるかとおもはれました。
  けれども、残りはしませんでした。波がささらと寄せてきて、砂をあらつて、足跡をきれいに消してしまひました。

 小鈴ちゃんの音読に周りの人も不思議がり此方を振り向いたりしていた。
 なんだか小恥ずかしかったが、本人は全然気にしてないようだ
「これで終わりです」
「え、それで?確かに夢うつつな感じね」
「手も足も太っているから力持。というのは何処か子供らしさも感じますし。『犬にあふまで』と似た系統と言えるでしょう」
「足跡が波に消えるのも、ふっと消えてしまう儚さとか、鬼退治まで見せないのもそんなイメージかしら」
「そうですね、悲しい話ではないですが、儚げです。でも何が儚いのか、それが中々見えてこないのが不思議です」

 そんな事を話している間に鈴奈庵に付いた。小鈴ちゃんは少し待つ様に言うと奥へと姿を消す。
 勇儀もなんでこんな本を買ったのやら……。

 戻ってきた小鈴ちゃんは観光地図を抱えていた。三つ折りの形になっている物が多い。里自体の地図と言うよりは、自分の店や共同の催しがある所を載せたという物が大半のようだ。
「霊夢さんはちょっと探していて下さい」
 とだけ言い残し、小鈴ちゃんは書架の方に行ってしまった。まあ、別にこんな物一人で漁れるのだが……。展示物は子供が好きかと言えば微妙だろう。
 芸能も物によっては退屈に違いない。やっぱり子供が好きと言えば食うか遊ぶか、あるいは変なもの。 
 甘味所の店が共同で出している観光地図があった。普段はこない人にも来て貰いたいという事らしい。割引券付き。こういうのは好きかも知れない。保留。
 見せ物小屋や、手品といった怪しい催しを紹介している地図を見つけた。酒の湧く井戸とかもあり、胡散臭い。これは子供に受けること請け合いだ。
 一杯試飲ができるという酒屋を巡れる地図。これはどうだろう……なきにしもあらず。

 子供と言っても色々あるなぁ。私だって子供と言えば子供だし。もうちょっと話を聞いておくべきだった。
 文字通りの子供が楽しむ、という所はいまいち見つからない。
 子供も楽しめそうな所が有る物を五六冊集め、懐に入れる。御札と違って、質が違う紙はどこかごわごわとして少し気持ち悪い。
「だいたいこんな物かしら……」
「見つかりましたか?私も用は済んだので、勇儀さんでしたっけ。その鬼の所に行きましょう」
 小鈴ちゃんが様子を見に来た、少し汗ばんでいるようだった。
 後ろを見ると書架から本を出していたようで、本が山積みになっている。そんなに探すのに手こずっていたのか。
「さっき私が見た所に居ると思うから、行きましょう」

 勇儀は同じ所でまだ酒を呷っていた。流石に魔理沙と妖精は姿が見えず、野次馬も居ないので終わったみたいだ。
「地図、持ってきたわよ」
「私が鈴奈庵の店主の本居小鈴です。よろしくお願いします」
「ありがとう、小鈴とやらもご苦労様だね」
 懐から観光地図を出して勇儀に渡した。勇儀は酒の入ってる茶碗を片手に内容をチラチラと見始めた時、小鈴ちゃんが前に出た。
「勇儀さん、一つだけお聞きしたい事があります。貴方が本を買ったとき、店の様子はどうでしたか?」
「ん?店の様子ねぇ、あんまり人は居なかったかな」
「やはり……」
 小鈴ちゃん眉をひそめて考えていた。
 勇儀はまったりと地図をめくっているが、その顔は明らかに難しそうな顔だった。お気に召さないらしい。
「結局あんた何探してんのよ」
「うーん、まあいいか。実はさ、大事なもの盗まれちゃって、犯人を探してるんだ」
「それが子供ってわけ?」
「あんまり分からないんだ。里に来る途中、ふと目を離した隙にもっていかれた。犯人を見ては居ないんだが、子供っぽい声が聞こえてな。里に行って悪戯してやろうって話し合ってるのが聞こえた」
「それは……多分妖精だと思うわよ」
「ああ、妖精だったのかな。地底の妖精は気が荒いのも多いし、やっぱり少し違うね」
「他に何か手がかり無いの?少しなら手伝ってやらなくもないわよ。ねぇ小鈴ちゃん」
「本を返して貰ったのも何かの縁。鬼の役に立つかは分かりませんが、お力添えさせて頂きたいです」
 勇儀は観光地図で乱暴に顔を仰いでいた。そよそよとした風が此方まで届く。こう言うこと言われるのもあまり気分良くはなさそうだが。少し考えた素振りをすると仰ぐの止めた。
「里の事はよく分からないしね。教えて貰うかな」

 勇儀が聞いたのは声だけだったという。一つではなく、三人程だったとか。しかしその声も突然消えてしまったらしい。
「そういや、そんなことする奴らが居たような」
「私も聞いたことがあります。悪戯好きな妖精で、光を曲げたり、音を消したりできるとか」
 さっきいた三妖精の様だが。
「心当たりがあるのか、どうやったら捕まえられる?」
「家がある筈だから、そこで張り込んでれば三日もすれば捕まるんじゃないの」
「そりゃ困る。早く取り返さないといけないんだ」
「えー、さっきあんたが見てた喧嘩の魔理沙じゃない方がそいつらよ。なんか人間のふりして里で悪戯しようって魂胆みたいだったけど」
 あいつらか、と言うと勇儀は立ち上がり歩き始めた。私達も付いて歩く。

「手掛かりはあるの?」
「無いけどじっとしてるよりは良いかと思って」
 勇儀は地を一歩一歩力強く踏みしめていた。怒っているというより、獲物を見つけた獣のようだ。
 小鈴ちゃんはまだ聞きたいことがあったようで、歩幅が大きな勇儀に早歩きで横に付いた。
「勇儀さんは……どうして『桃太郎の足のあと』を買っていったのですか?特別な理由とか……」
「それも無いね。なんとなく気になったんだよ。あえて言うなら、温羅がこの話を見たら、どう思うかなーと思ってかな」
「うら、ですか」
「温羅って桃太郎の元とも言われている鬼よね。話には聞いたこと有るけど」
 そういう話なら私も知っている。確か、吉備津神社の縁起にある鬼で、鬼ヶ城を築いていた奴だ。矢をかき消したり、雉や鯉に化けた挙げ句、鵜に化けた吉備津彦命に捕らえられたという。退治された過去の鬼だ。

「ああ、この話には鬼が出てこないだろ?鬼は足跡も残せてないなんて、笑えるよ」
「どんだけ穿った見方してんのよ」
「諸説有るとしても……もし桃太郎で退治された鬼がこの桃太郎をみたら、どう思うかというのは確かに気になりますね」
「うーん、自伝いじられてるような感じかしら」
「あんたは後世に妖怪と仲良しの飲んだくれ巫女として名が馳せそうだね。楽しみ楽しみ」
 手をたたいて笑う勇儀。誰が仲良しだって。

「確認できないようにしてやろうか」
「やるかい?」
「もう、喧嘩しないで下さいよ。でも自伝を見せられてる様には思わないでしょうね」
「私もそう思うね、これはもう別物だ」
 別物だったら……どう思うんだろう?負けた話なんだから基本は残って欲しくない物だと私は思うが。

「あ、あれ!」
 ぼんやり考えていると、小鈴ちゃんが突然前に出て指さす
「居ました!」
 見ると、着物を来た妖精が射的で思いっきり身をのばして、二尺はあろうかという、大きなぬいぐるみを狙っていた。
「あいつらか」
「射的に夢中みたい」
 どう考えてもあの大きな熊が倒れるとは思えないが。真剣に狙っているらしい。

「サニー、絶対こんなの取れっこないって」
 と青いのが。
「やってみなくちゃわかんないよ」
 と赤いのが。
「じゃあ三人で撃ってみる?」
 と髪を巻いてるのが。
「せーの」
 ぱこん、とコルク弾が飛び、熊に当たったがぴくりともしていなかった。

 私達はそんな妖精のそろりそろりと近づいたが、感づいたのか、三人が乗り出した身を戻して此方を見た。
「げ!巫女とさっきの!」
「げ、見つかっちゃいました」
「けげげのげー」

 勇儀の顔を見ると慌てたようにでその場を離れていった。やはり犯人はあいつらのようだ。
「喧嘩する根性のある奴らかと思ったんだが、逃げたか。逃げるにしても取り返してみろ位言ってから逃げるのが筋だろうに、根性無いな」
 勇儀はむっとした表情になる。そんな筋があるのかはともかく、一目散で逃げた妖精は角を曲がった。往来の有る通りだったので、なりふり構わず進むこともできず、私と勇儀は程々な駆け足で後を追い、角を曲がる。
 
しかし、もう妖精姿は見えなくなっていた。角を曲がれば十分に見つけられる間合いだったはずなのに。

「居ませんね……」
 後から追いついた小鈴ちゃんは息を切らしつつ、きょろきょろと首を振り回す。
「そうだ、観光地図かしてよ、ここら辺の地形あんまり分からないし」
 ふむ。と言って勇儀は観光地図を出した、見世物小屋や、不思議な所を紹介しているある地図だった。この辺りに店が多いらしく、路地など細かに書いてあって、これは参考になりそう。隠れていそうな所を探そうと思ったその時。
 地図が不意に手から放れて宙をふわふわと跳び始めた。
「な、なんですか?」
 怪奇現象に驚く小鈴ちゃん。
「もしかして目の前に妖精が居るのか」
「こいつら、おちょくってんだわ!」
 地図に手を伸ばし触れようかという瞬間、地図も見えなくなってしまった。


「面倒な奴らだなぁ。里じゃ変に攻撃するわけにも行かない」
「それが分かってやってんのかしら、狡賢い奴らね」
「手掛かりが全くない……というわけではなさそうですよ」
 小鈴ちゃんはにっこりと笑うと地面を指さした。
 目を凝らしてみると、確かにあった。打ち水の先、水を含んだ靴で踏まれたと思われる、小さな足跡が三人分。

「飛べば良いのに、馬鹿ねぇ」
「なまじ人間のふりしてるから忘れているのかも」
「鬼と鬼ごっことは、しゃれた真似をしてくれるな」
 拳を揉んでパキポキと手を鳴らす勇儀は、少し楽しそうだった。

 とはいえ見えないのは変わりない、足跡もそう長くは続かず、また時間が経てばすぐに乾いてしまうだろう。私達は急ぎ足で足跡の先を目指した。
 幸い昼が過ぎ一番暑い時間を目前とし、打ち水をしているところは少なくなかった。重ねて先ほどとちがって一角曲がったこの辺りは、人の往来もせせらぎみたいな物だ。
 取られた観光地図ももう一つあった。妖精の好きそうな場所を考えながら足跡を追い駆ける。
「妖精って何が好きなんでしょう」
「あいつらは花摘んで喜ぶタイプじゃないから、変な見世物とか、下らない物とかじゃないの」
「こことかどうだ、酒の湧く井戸」
「それあんたが行きたいだけじゃない?」
「半分当たり」

 戯れ言はひとまず無視し、足跡を追っていくと、妖怪ろうそくとかいうのを売っている場所に出た。
「あ、これ結構流行ってるんですよね」
 なんでも障子に妖怪を映し出すという手品の道具らしい。
「実際の妖怪がいるってのに、わざわざ手品なんて要るのか?」
「実際にいるからこそ、こういう手品は売れるんだと思いますよ。必要なのかはともかく……」
「肝試しの延長みたいなもんじゃないの」
 妖怪ろうそくの袋まじまじと見る勇儀はさておき、店主は特に妖精を見てはいないらしい。どうやらここはスルーしたようだ。

 再び進むと今度は箱根細工を売っている店があった。どっから入ってきたのかは分からないが、開けるのが一苦労という、面倒な箱だ。
「見て下さい! この大きなサイコロ一から六までの面を順に上にすると開くんですって、すごい!」
 小鈴ちゃんが嬉しそうに語りかけてくる。三から四にはどうやって……?と思ったら普通のサイコロではないらしい。
「人間は下らない事ばっかり好きなんだねぇ」
「鬼も似たようなもんでしょうが」
「そうかな?とにかく此処にも居なさそうだ。やっぱり酒の所に違いない」
 勇儀はいかにも楽しみだと歩幅を広げ、先行した。


 井戸は少し離れた位置にあったが、近くに行くと直ぐ見つかった。
「ひっく、酒に顔を何分つけられるかゲーム!」
「あはは!サニーったら酔いすぎだから、ね、ルナを見習いなさいよ」
「井戸いいどー」
 井戸の前が地獄絵図で、私達は驚愕した。
 三妖精は完全に酩酊していたのだ。大杯に顔をつけてそのまま飲み干したり、意味もなく手をたたき続けたり、芋虫の様に前進してみたり。
 これが井戸の酒の力なのか?想像するより遙かに強い酒の様だ……。

「やっと追いついたわね、最早懲らしめる気が微塵もしないけど」
「何か盗られたと仰ってましたが……こんな状態で大丈夫ですか?」
「ああ、盗まれたのはこれだから」

 勇儀は芋虫もどきを無慈悲にも蹴っ飛ばして除けると、無い酒をすすり続け顔を突っ伏していた妖精を振り払い、大盃を掲げた。

「それって確か……星熊盃とかいう奴だっけ。そういやあんた持ってなかったわね」
 今日初めて会ったとき、茶を飲んでいると思ったのは大盃を持っていなかったからだ。というのは言い訳。

 それはさておき、さり気なく井戸の水を桶で汲み飲んで見たが、特に酒気は感じない。

「何これ、とても酔える気がしないんだけど……」
「どれどれ。んー、微妙に酒っぽくもあるが、多分これに入れると変わるんじゃないかな」
 勇儀は桶から大盃に井戸水を流した。再び口にすると、うんうんと一人頷いた。味が気になって私も飲ませて貰う。

「あ、美味しい」
「わ、私も……」
 小鈴ちゃんも欲しがるので盃を回してあげた。
「なんでこんなに変わるのかしら、水を酒に変える盃なわけ?」
「いや、酒をワンランク上げるんだが、水は水にしかならない筈……きっと練酒の類でも井戸に入ってるんだろう」
「これは美味しいですね。練酒って濁酒のことですか?」
「うんにゃ、そういう練酒でなくて、水に溶かすと酒として飲めるようになる丸薬みたいな物だ。半分伝説みたいな物だけど……、そういう類は水割りでもなく、溶けた水が全部酒とも言えるから星熊盃は酒として認識してある程度飲めるようになったらしい」
「なんだ、いつもこの酒が飲める訳じゃないのね」
「限りなく薄まってるだろうし、そのうち完全な水になるだろう」
 湧いてるならちょくちょく里に通おうかと思ったのにな。

「本当は巫女には鬼の道具盗まれたなんて、知られたくなかったが……まあ戻ってきて何よりだ。ありがとう」
「本の分くらいは返せていたら幸いです」
 盃を手にし勇儀はご満悦だ。もう一杯桶から水を入れて呑み始める。
 小鈴ちゃんもほっとしていた。


 とにかく目的が果たせた私達は鈴奈庵に戻る事にした。勇儀はもう少し里を見たいと、つぶれた三妖精を片手で纏めて担ぎつつ、途中まで一緒に帰ることにした。三妖精は煮るのか焼くのかしらないが、連れて行きたいとのこと。


「あー。あの熊、欲しかったのになー」
「あれは無理だって言ったでしょうー。倒させる気無いって」
「三人で一緒に撃ったのにね」

 妖精三匹は譫言の様に呟いていた。見ると三人してさっきの射的を指さしている。

「ああいう、夢のかけらも無いのは好きじゃない。どれ、私が取ってやろう」
 何を思ったか勇儀は三人を私達の前に積むと、射的の方へと赴いた。

「無駄遣いする気にしか思えないわよ」
「心配するな、鬼は射的の腕も一流だって所見せてやるからさ」

 お金を支払うと勇儀はコルク弾を銃に込め、前のめりになって構える。銃口の先には馬鹿でかい熊のぬいぐるみだが。
 ぬいぐるみは余裕そうな笑みでどっしり座っている。
 店主はろくに景品も見ずに新聞を読んでいたが、勇儀の方はいたって真剣で、大きく深呼吸した。
 そして目を見開くと。


 ―ズドン!―

 凄まじい音が轟いた。
 音源は勇儀の持つコルク銃からではなく、何処かのスナイパーでもなく、まして熊のぬいぐるみがはじけた音でもなく。
 の足下だった。

「ひゃあぁ!」
 一瞬宙に浮いた小鈴ちゃんは叫び声を上げ、転びそうだったので何とか抱きかかえて軽く飛んだ。
 勇儀は思いきり地面を踏んだのだった。その衝撃で地震かと思う揺れが彼女を中心に放たれ、辺りの人は盛大にバランスを崩し、あるいはその場で倒れた。
 射的の店主も余りに驚いたのか、変なところぶつけたのかのびていた。

 無論、射的の的も例外ではなく。ほとんどの景品は落っこちていた。というより屋台自体が倒れそうな状態だ。

「よっこいせ、ほら。取れたよ」
「おおー!」
 若干めり込んだ足を引っこ抜くと、満足気にぬいぐるみを取って三妖精
の前に置いた。三妖精は相変わらず地面に積まれたままうだっていたが、ぬいぐるみが目の前に来て三人で感嘆を漏らす。
 射的屋の前には地面が押し凹まされた形で足型が残り、これでもかという主張していた。

「里でこんなデタラメな事して……。怒られても知らないわよ」
「倒せば景品ゲットって書いてあるし、それに従っただけさ。鬼ってのはちょっとずるいものだからね」
「びっくりしました……」
「この射的の店主も倒れたし、持って帰っていいのかな?」
「いいわけないでしょ」

 こんな事して、私としても見て見ぬ振りはしたくないが、
 野次馬が集まってくると余計まずい気がしたので、足早にその場を去った。あとは三妖精が犯人扱いされることを祈ろう。
 さくっと角を曲がって鈴奈庵に向かった。

「んじゃ、私はもうちょっと里を探索してくるよ」
「本、返してくれてありがとうございました」
「いやいや、此方こそ協力感謝だ。萃香のほうはお役に立てずすまんね」

 分かれ道で勇儀と別れ、私達は再び歩き始めた。
 そのまま帰すのは癪だけど人害は無かったのだから、今回は目をつぶっておくか。
 祭りの陽気さが助長してか、騒ぎにもなっていないようだった。

「鬼の足跡は凄かったですね」
 小鈴ちゃんは未だに見間違い。
「儚さなんて微塵もなかったわね、足跡は人を表すのかも。仏の足跡とか信仰する事もあるし、湖が巨人の足跡なんて話もあるしね」
「そうですね……でもそれって見る側にも依るんだと思います。時には道しるべに、時には力の痕跡に、そして時には儚い面影に……。桃太郎の足跡も、その場で見てたら力強い痕跡に見えたかも知れません」
 そう言うと小鈴ちゃんは足跡を付けようとしたのか、軽く跳んだが、濡れてもいない地面には足跡らしい足跡も付かなかった。


 勇儀の足跡も儚くないとは言ったが、見様によっては物悲しい物に見える時が来るのかも知れない。
 鈴奈庵の近くまで来てふと、打ち水でぬかるんでいた地面に小鈴ちゃんと二人で残した足跡があったな。と思い出し見回したけれど、もう消えてしまって何も残ってはいなかった。

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