Coolier - 新生・東方創想話

鈴奈庵と別れ離れの桃太郎

2013/09/16 00:30:13
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 そろそろ私に化けていた犯人を見つけたい。そう思っても此方はあまりにも進展が無く難航していた。
 魔理沙が行ったのは鈴仙よりも後で一番最後だったらしく、その時には既に私に化けた奴も居らず。誰も居なかったとか。
 という事は最後まで売るつもりは無かったのか、売るなら全部売っていくと思ったのだが……。
 ちなみに魔理沙は不審に思いつつ、余っていた『昔話の魔力』をくすねたらしい。
 小鈴ちゃんはそれを聞き少し引きつった笑いを浮かべつつも、なんとか堪えていた。売り手が居ないのに盗ったらそりゃただの泥棒だ。
 呆れつつも、本題の私に化けたヤツのことに考えを戻す。私に恨みがあるのか、鈴奈庵に恨みがあるのか、どっちなんだろう。
 小鈴ちゃんに事件以外の事も聞いてみたほうが良いかもしれない

「小鈴ちゃん、事件の前とかはなにか変な事とかなかったの?」
 私達は鈴奈庵で作戦会議をしていた。新聞の効果も考え、下手に出歩くよりは基本鈴奈庵を拠点とする方が今は良い。

「えっと、展示の前ですか……展示の前も色んな人が訪ねてきましたから……お客も居ますし、自治会の人も祭りに関しての話で出入りがあったりしました。あと印刷仲間も……」
「ふーむ、変なやつとかはいなかったの?」
「変な奴というのは余り……あ、でもそういえば不思議な事聞いてくる子がいました」
「不思議なこと?」
「ええ、中華っぽい服の私と同じくらいの背丈でしょうか、女の子が入って来て……私が秘密結社の一員ではないかと」
「ひ、秘密結社?」
 突拍子も無い単語が出てきて唖然とする。そう言えば以前新聞か何かで里には秘密結社があると聞いたことが有ったが……小鈴ちゃんが?馬鹿馬鹿しい。
「勿論心当たりは無いですから、否定しましたが……」
「仮に秘密結社だったとしても、そんな質問されて堂々と答える事もないでしょうに」
「そうですよね、もしかしたらまだ疑われているのかもしれません」
 不安そうに揺れる暖簾を見つめる小鈴ちゃん。確かに秘密結社でないという証拠を見せつけるのも難しいが。
 そもそも聞いてくる方がよっぽど疑わしい奴だ。その事も気にしておいたほうがいいのだろうか……。

「なんか外が騒がしいですね」
 外の方に目をやりつつ小鈴ちゃんが言う。確かに外からどよめきのようなものが聞こえてきた。私達はちょっと見てみようと暖簾を手で退けてみた。
 その光景に思わず目が飛び出そうになる。

 檻に囚われた私が、台車に乗せられ往来を引きづられていた。
 無論私はここに居るので、私の形をした何かなのだが。

「あ、あれって……いつも来てくれる!」
 と言って指さしたのは私の形をした何かではなく、それを引いている眼鏡の御仁の方の話である。引いているのは人間の姿に化けた二ツ岩マミゾウだった。小鈴ちゃんが熱心に慕ってるらしいが、こんな所でまで優先されるとは。
 そこには触れず、私は鈴奈庵から飛び出てマミゾウの前に立ちふさがった。


「ちょっとあんた何してんのよ!」
「ありゃ、博麗の巫女じゃないかい。御機嫌よう、ちょっとそこまで」
「何連れ回してるかって聞いてるの!」
 檻の中の私は正座して此方を見ていた。どよめきが聞こえたのはこの状況に対しての動揺だったらしい。
 衝撃が強すぎて気が付かなかったが、側面には紙が貼ってある。─ 化け狸につき、餌を与えないで下さい ─
 なんか馬鹿にされてる気もするが……。化け狸だったらマミゾウが化けさせているのか、何にしろ悪趣味極まりない所行だ。

「見ての通りじゃ」
「狸?」
「こいつは鈴奈庵におったんじゃが……どうにも様子がおかしくてな。言うことを聞かん」
「鈴奈庵にいたの? あんたが化けさせてるんじゃなくて?」
「そんな無駄なことさせるかい。阿呆らしい事するなと鈴奈庵から出したがどうにも逃げまわっちまって、止む無く檻に入れた」
「へえ、そっくりですね! でも退治しないなんて、流石は慈悲深い行いです!」
 小鈴ちゃんはパタパタと出て来て、マミゾウの前ではしゃいでいた。
「はは、そんな大層な物でないよ。情けは人のためならず、己の為にも狸を元に戻したい、それだけさね」
 その言葉に小鈴ちゃんは益々と落ち着きを無くし、喜んでいた。

 取り敢えずマミゾウには檻に閉じ込められた私もろとも鈴奈庵の中に来てもらった。これで変な噂は広まらないだろう。これ以上は。

「そうだ、天狗の新聞を読んで、これを返そうと考えておったんじゃった」
 マミゾウは眼鏡の位置を直すと目を伏せ懐から古ぼけた三冊の和綴じ本を出した。
 所々擦れている古い物だ。鼠色の様な表紙に題が大きく『桃太郎大江山入』と書かれている。
「あ、その本! なんだあんたが持ってたのね」
 萃香が持ってるかと思っていた件の本だった。上中下巻の三冊セット。
 私が受け取ろうとすると、本はひょいと避けた。
「ただでは返せんね」
「あ、お代ならちゃんとその分お返しします」
「勿論それもじゃが、この狸をこんなにした犯人を見つけてくれんかのう」
「はいはい、分かったわよ」
 どうせそのつもりだったので、私がぶっきらぼうにそうに言うと、マミゾウは楽しげに笑って本を小鈴ちゃんに渡した。
 小鈴ちゃんは中身を確認すると、本を丁寧な動作でカウンターに置き、お茶を入れてくると言って奥に入っていった。



「んで、こいつは何処がおかしいのよ。化けてるのはわかるけど」
 檻の方に目をやる。自分を見るのは些か違和感を覚えるが、檻の中の私は愛想無くこちらを見ていた。
「何がしたいのか全くわからん、しかも狸にしては落ち着き過ぎてて気持ちが悪い。操られているのかもしれん」
「操るって、何のために……」
「きっと巫女の信用を下げたいとかじゃな。現に檻に入った巫女を見た皆は引きつっておったし」
「檻に入れたのはあんたでしょうが」
「まあまあ、でも今も操っているってことですか?」
 小鈴ちゃんは手際よく麦茶を用意すると私達の前に置き、お盆を抱え話に加わった。
「恐らくな。この狸は前にも見たことが有るが、とうていこんな奴ではなかったよ」
「ふーん。でも操られているとしたら、今も操られているのはちょっと不思議ね」
 あんまり長く操っていると、よく知っている者は違和感を覚える……化けの皮が剥がれてしまう物だ。
 更に操られてたと分かれば、それまで操って行った行動だって洗い直されてしまう。下手に動かせば自分の事もバレかねない。
 用が済んだら、さっさと開放するのが利口な使い方だ。
 だとするとまだ成すべき事が残っているという事か、或いは操るというよりは単一の何かに取り憑かれているか。
「その辺はわからんのじゃが……でも巫女なら相手の場所を突き止められるじゃろう?」
「え、霊夢さんですか」
「もしかして……私に式神返しをやれって言ってるの?」
 マミゾウは意地悪く深く頷いた。

 呪詛や式神は基本的に返すことが出来る。こういう物は設定と式で行動が決まっているからだ。
 弄ったり予期せぬことが起こると、動きも正を欠くのが道理。特に呪詛の類の式は失敗させるだけでも返る事がある。
 隠れたり、見破るだけで返ったりもするので、呪詛の類の式は気がつけば案外方法は有るのだが……。
 動物に付いているような式を返すのは、並のことに思えない。それこそ安倍の某さんとかの秘術じゃなかろうか。
 神霊の宿し方は紫に教わったが……、それだけで言うことまでを聞かせられるかは非常に怪しい。

「私も時々使い魔使ったりはしたけど、式神なんて詳しく分かんないわよ。せめて紫とか、陰陽師でも居ないと」
「陰陽師を探してくればいいのか。それなら心当たりも有るし、さがしてくるから待っておれ」
 マミゾウはそう言い残すと暖簾を潜り出て行った。心当たりって本当に見つかるのだろうか。

 実は現状その物が狸に化かされているんじゃないか、と不安になる。

 返ってくるまでやることもないので、囚われている私の形をした狸の前で、手を振ったりしてみたが、ぷいとそっぽ向かれてしまった。
「あんた式神なのかしら?可哀想ね、使われてばっかりなんて」
「式神も自我ってあるんですかね、今寝返ってくれたらおやつとか上げてもいいのに」
「あんまり無いんじゃない、紫のは普通に自分で考えたりしてたから、そういう風にも出来るんだろうけど」
 狸は相変わらずそっぽ向いたままだ。あくまで黙秘ということらしい。
 黙秘の狸と戯れていても仕方ないので、その間にまた本の内容について聞いてみた。

「小鈴ちゃん、この本はどういう本なの?随分古そうな本だけど……」
「『桃太郎大江山入』ですか?これは展示の中では唯一江戸時代の物なんです……寛政七年、一七五九年の作品です」
「和綴じ本なのは伊達じゃないのね」
 ふと見ると檻の中の狸がこっちを見ていた。会話が気になるのだろうか。
 自分の姿に見られると落ち着かないなぁ。

 そう言えば展示は外の世界の桃太郎を見るという話だった。結界が出来たのが明治のはじめ。
 以前から辺境の地である幻想郷は流通もそう無かった筈で、江戸時代の物も展示の範疇なのだろうか。
 等と考えていたら小鈴ちゃんが付け加えた。
「江戸時代の本は、別れる以前の資料として展示していたんです。外の世界と幻想郷を比べたり出来たら良いなと。
 『桃太郎大江山入』は以前言ったように酒呑童子のパロディなんです。
 伊勢を詣った桃太郎は犬・猿・猪・熊を四天王として連れて行き、狩人である「ひつてんどうじ」を倒しに行く。という内容です」
「なんでそんな話を……雉は解雇なのかしらね」
 そう言ってペラペラと捲って見たら、雉は囚われた姫君役らしい。酒呑童子で人肉を喰らう場面は猪肉の様な物で再現されていた。
 動物からみたら人間はこんな感じなのかもしれないな。最終的に狩人の首が飛ぶのかと思ったら、桃太郎さんごめんごめんと叫んでるだけなのが、少し微笑ましい。
 最後の頁には櫻川慈悲成作とある。
「その作者は落語家でもあるんですよ、面白い発想も納得です。でもその人に限らず江戸の話は本当にバラエティに富んでいて面白くって。
 例えば『桃太郎元服姿』では桃太郎の元に間者としてきた鬼の《おきよ》が、桃太郎に懸想してしまって復讐の念と恋心の板挟みになり身投げします。
 『親動性桃太郎』という後日譚では桃太郎の妻、お柿が川で拾った梅からなんと梅干爺という老人が生まれるんです。
 そして夫婦はその梅干爺を父親として養育していくという世にも奇妙な桃太郎です。他にも金太郎と一緒に化け物退治する話とかもあります」

「へぇ、何だか面白そうな話が多いのね、今まで見た本と比べて、分かりやすく楽しめそう」
 ガチャガチャ、と音がして振り向くと狸が目を輝かせて私達を見ている。どうやら話に興味を持ってるのは間違いないらしい。
 小鈴ちゃんは狸の檻の前に行き、嬉しそうに応えた。
「私もそう思います。深読みすることもできるけど、この話はあくまで奇抜な物語として書かれているんでしょう。
 どれも明確な何かを訴えているような話には見えません。狸に化かされた様な、単純な話です。
 あえて言うなら飽きられない様な話を作る。そんな意図があるんじゃないでしょうか」

「確かに今までの話は主張みたいな物があるのが多かったかしら、小鈴ちゃんの話を聞いていたからかもしれないけど。
 外の世界は意味を求めすぎてるのね。当世風とかって考えずには居られなく成っちゃうし」

「明治の初期までは結構ナンセンスさを感じる物も有ったんですけど……『鬼桃太郎』とか、鬼が神に祈願して苦桃の子《苦桃(くも)太郎》を授かって
 狒々と狼と毒龍を仲間に桃太郎退治に行くのに、途中で仲間割れしてしまって全員死んで終わりとか」
「斬新だけどそれはまた随分と投げやりな」
「こういう話は大正からあまりない気がします。後日譚が減って、本当の桃太郎はこうだったという物、もしくは時代に合わせた桃太郎のパロディというか……そういう物が増えました。原初の桃太郎の続編、みたいなのはあまり無い気がします」
「桃太郎は皆知ってる不動の古典、みたいな扱いになっちゃったのかもね」

「忘れられはせんとも、桃太郎より楽しいし身になるだろう本が沢山有るからの」
 声が聞こえ、その主のマミゾウが暖簾を居酒屋のそれっぽく捲っていた。
「外にお詳しいんですね」
「少しだけじゃよ。江戸の華やかさは中々興味深いな、楽しければそれが正義という感がある」
「そんな事より、当てってのはどうなったのよ」
 マミゾウは無言で引っ込むと、手だけ出して暖簾から親指を立てた。

 どうやら紫か陰陽師を見つけたらしい。再び店の外に出ると、「では真打ち登場」と勿体ぶった言葉が聞こえ、烏帽子を被った一人の少女が暖簾を勢い良くはためかせ入って来た。

「お呼びにかかり光栄である。我が名は物部布都と申す!」

 元気に言い放つ。本人の口上の通り布都だった。
 私は布都に挨拶するのもさておき、鈴奈庵の外出てマミゾウを問いただす。

「……陰陽師連れて来てって言ったんだけど?」
「見た目がそれっぽいけど、違ったかの」
「風水師かなんかでしょ、あれは陰陽師じゃないわよ」
「ありゃ、そうじゃったかな?狐につままれるとはこういうことかのう」
「何いってんの、全く……」
「いや、正直あてがなかったもんでな。儂はあまり人脈もないし、どうしたものか」
 腕を組んで考える振りをしているマミゾウに、私は頭にモヤを浮かべるしか無かった。

 無駄にもやもやしてるだけでも仕方ないので、とりあえず店内に戻る。布都と小鈴ちゃんはカウンターで向き合い何故だか既に打ち解けていた。
「おお、これは『真誥』の写しではないか!おぬし、ただ者ではないな?」
「ふっふっふ、それに気がつくとは、貴方こそただ者じゃないとお見受けします」
「ばれては仕方ないのうー」
 くつくつと二人で笑い、ポニーテールとツーサイドアップがひょこひょこ跳ねていた。身を乗り出しあって夢中に話している。
 仲良きことはなんとやら、それはいいのだが私は布都の肩を引っ張ってこっちを向かせた。

「駄目で元々と思って聞くけど、あんた式神とか使えないわよね」
「急に何の話じゃ」
「小鈴ちゃんが本を探しててね、その為に式神返しが必要なの」
「むむ、式神というのは陰陽道という奴のか?あれはわからんな……いや、でも最近の道教では神将を使役するというのもあるし、それに似ておるのかな……」
 布都は狩衣の様な袖に手を通し、腕組みし考え始めた。
 少しすると手を出して頭を掻いた。

「出来るか出来ぬか、と言われれば出来ぬ」
「やっぱり駄目か……」
「どちらかと言えばおぬしら神道の領分であろう。我には手伝う事くらいしかできぬぞ」
「じゃあ私がやってみるから、ちょっと手伝ってよ」
「手伝ってくれたら鈴奈庵の料金お安くしますので!」
 小鈴ちゃんは良い思い付きだと、手のひらを合わせて提案する。
「ふふふ、任せておけ」
 布都は自信満々に胸を叩いて少しむせていた。


 少々不本意ながら、布都と共に式神返しに挑戦することになった。
 小鈴ちゃん達は取り敢えず準備の手伝いをしてもらう。
 しかし意気込んでみてもどうしたら良いのかは、はっきり言ってわからない。
 取り敢えず、帰れやら隋身という文言と急々如律令と書き、狸に貼り付けて見るという、かなり適当な方法を試すことにした。駄目だったら駄目で仕方ない。

「式神返しなんてやっぱわかんないわよ、こういうのって同じ式をつかって返すんじゃないの?」
「香典返しだっで現金で返さないし、大丈夫じゃろうて」
 マミゾウから説得力皆無の励ましを受け、渋々用意を進める。
 意味があるかわからないが、三方と神饌も用意した。式神返しというより、今回は式を説得する感じにして見ようかと思う。
「それじゃあ、おぬしの生まれた日を大体でいいから教えてくれ。それとの依代も作って欲しい」
 手伝いをするという布都は、何をするつもりなのだろうか。
「何に使うの?」
「おぬしの気の流れを良くしてやろうとしている。この建物は龍脈との位置も悪く無い。
 この建物の中でなら存分に力を発揮させてやろう」
「風水ってどうも胡散臭いのよね……」

 一先ず必要そうな情報は全て布都に伝えた。布都は小鈴ちゃんに頼んで、蝋燭やら大きな紙やら貰って準備を始める。
 私の方も簡単に御札は書けたので、布都が作業を終えるのを見て待っていた。
 紙に当て木も使わず苦も無く八角形の図形を書くのは素直に凄いと思った。
 布都が紙に書いたのはいわゆる方位盤という奴だ。吉凶の方向を書き入れていく。
 それとは別に八卦盤も書くと、床に広げた。

「できたぞ、最近の風水は不勉強ではあるが、我ながら会心の出来じゃ」
「それって八宅盤とか吉凶方位盤って言う奴よね。その方角の位置で式神返しすればいいの?」
「いや、こっちの八卦の紙があるから、その真ん中におぬしの依代を置いておけば。この八卦の吉方向に印を置くだけで効果が得られる。
 錐状の物や蝋燭をおくんじゃが、今回は蝋燭じゃな」

 方位盤の紙には八角形の辺毎に、最大吉、大吉、中吉、小吉、最大凶、大凶、中凶、小凶。と書いてある。
 これは吉方を示しす表で、実際には八卦盤の方が呪術的な意味も持つらしい。
 八卦盤の真ん中に私の依代を置き、皿形の燭台に蝋燭を立て、小吉の所に置いて火を灯した。

「風水ってもっと建物の位置とかで決めるものだと思ったけど、違うのね」
「これはミニチュアという奴なのだ。本当は建物でやらなくてはならぬのじゃが、墓や川を勝手に無くすの難しいからのう。
 こうやって吉方の位置に目印を付けることで、模擬的に位置関係を再現し気の流れを良くするという、ちょっとした裏ワザじゃな」
 なるほど、これなら狭い範囲でも風水を意識できるというわけか。
「へぇ、じゃあ凶の所に蝋燭置くとどうなるんですか?」
 小鈴ちゃんは火の着いた蝋燭を凶の位置にずらした。

 ─ゴンッ─

 途端に、頭に衝撃と鈍痛を受ける。どうやら書架の上に山積みにされた本が落ちてきたらしい。

「どうじゃ、効果覿面としかいえまい」
「ほう、これは面白いのう」
「小鈴ちゃん?」
「あはは、ごめんなさい」
「お次は最大凶も見てみたいぞい」
 マミゾウが楽しそうに燭台を最大凶の方に移そうとする。
「そんなことしてる場合じゃないでしょう!」
 すかさず奪い取って、一先ず大吉の所に置いた。


 そんなこんなで準備が整い、放置していた私と瓜二つな狸の額に御札を貼る。キョンシーみたいで何だか見ていて気分が良くない……。
 三方に酒やらを供え、狸の前で祝詞を読んでみる。
「猯に坐す 掛けまくも畏き 識之神 拝み奉りて 恐み恐みも白さく 御身に往日 白さく者の在処 導き 給へと慎み敬ひも白す」
 無論こんな祝詞、既存で有るはずもなく。でっちあげだ。狸に付ける式神などそこまで崇高な式神では無い筈で、神に使う言葉で持て囃しいい気に成ってくれればきっと以前に命令した奴の所まで連れて行ってくれる。かもしれない。

 マミゾウが檻の鍵を外して、外に出してやった。
 狸は慌てる様子も逃げる様子もなく、黙って手招きしている。成功のようだ。
「やりましたね!」
「我が付いておるから当然じゃな」
「ご主人様の所に案内してくれるんじゃろな」
 マミゾウの言葉を聞くと頷いて、長らく動いてないせいか覚束ぬ足取りで歩み始めた。

 が、二三歩進んだだけで、ピクリと揺れ歩みを止めた。
 ぼーっとその場で立ち尽くしている。間のぬけた顔のまま、動かない狸に私達は不安を覚えずには居られない。
「どうかしちゃったんですかね。フリーズしてますが……」
「成功したように見えたけど、失敗しちゃったのかしら」
「ふむ、おぬしの祈祷が足りぬのやもしれんぞ」
「何というか電波を受信したみたいになっとるな」
 祈祷が足りないのも有り得る。適当に祈祷したのは確かだが。
 それよりも電波を受信した感じというのは、もしかすると……。

「これって式神返しを感付かれて、元の主が何かしてんじゃないの?」
「ええ?式神返し返しということですか?」
「お土産を貰って自分もお返しにお土産を持っていったら、またそのお返しを貰ったパターンじゃな」
「そういう例えもういいから」
「うむむ。とにかく祈祷で式を超えるしかあるまい、何か奉納を増やしてみるか?ほれ、いうこと聞いてくれたらこの皿を納めてやろう!天神地祇様に奉納するやんごとなき物なんじゃぞー」

 狸はすごい勢いで布都の方を向くと、頷いて再び歩みを進める。
「おお!言うこと聞いてくれたぞ!」
「うわー、そんなんで良いのかしらね。なんか既にペット扱い……低級な式なんだろうけど」
「自分のために色々してくれたら誰だって嬉しいもんですって」
「命令とお願い、どっちが奴を動かせるか見ものじゃな」
「お願いったって、色々奉納して上げてるけどね」
 しかしまあ、これで寝返ってくれるなら容易いものだ。
 安堵の息をもらした。

 が、また二三歩で歩みを止めてしまった。再び考え中なのか、ぼーっとした状態になった。
「いかん、最大吉にしてみよう」
 マミゾウが八卦盤の蝋燭を最大吉の所に持ってくる。何となく力が溢れる気がしないでもない。
 再び狸は歩き始めたが、やはり三歩ほどで止まってしまう。しかも今度は小刻みに震え始めた。
「一応巫女の最大出力が出ているはずなのじゃが、うむむ。相手は相当な手練の様じゃ。何かもっと奉納する物は無いのか」
「巫女舞とかしてみたらどうだい。最近能とか良く見ているんだろ」
 マミゾウがこっちを指さす。
「い、今ここで?」
「生演舞ですね、見てみたいです」
「一刻を争うのじゃ、できる事は躊躇うてる場合ではあるまい」
「そう言われると……断れないじゃないの……」
 布都に言われて止む無くお祓い棒を持って舞ってみる。すり足で軽く歩いてゆっくりとお祓い棒を掲げ、右に振り、左に振り、下ろす。
 しかし道具も音もないとどうにも形になる物もできない。扇を翻す真似だけしてみても雰囲気すら出ていないように思う。
 それは狸の方にも受けが悪いのか、歩みもせず、ただその場で悶え始めた。

「なんか偽霊夢さんが苦しそうですけど、大丈夫ですか?」
「わ、わからぬ」
「式が何をすれば良いのか決め兼ねておるのじゃろう。
 これ以上すると狸の身体に支障があるかもしれん、それは儂としても避けたい……」

 舞っていたのでよくは見えなかったが、マミゾウは少し考えたのか間を置いてから、私の前に来た。
「悪いが、やっぱり式を払ってくれ、払うだけならできるじゃろ」
「あんたが良いって言うなら……分かった」
 私は巫女舞のポーズを崩し急いで狸の前に移動した。お祓い棒を振って今度は狸の式を祓いを始める。実際大したこと無い式だったのか、さっと撫でただけで狸は糸が切れたようにもゆっくりと動きを止め、へたり込むと、手をグーパーさせていた。
 恐らく、式が剥がれそうになって上手く動けないのだろう。
 
 ゆっくりと私の方を見上げる。
 何事かと思ったが、敵意はなさそうだった。少し寄ると最後の力か懐から一冊の本を取り出して力なく私に突きつけてきた。
 それを受け取ると私の形をしていたそれは元の獣である狸の姿に戻る。式は完全に抜けた様だ。私は軽く息を付いた。何はともあれ、一段落ついたらしい。


「よっこらせ」
 マミゾウが狸を抱える。動かないが気を失っているだけでお腹は動いていた。
「なんじゃ、祓ってしまったのか……」
「仕方ないでしょ、どうしようもなかったんだから」
 無理して狸が死んだりしたら、それはそれで厄介そうだし。
 手がかりが無くなったのはかなり痛いが……力不足なのだから、悔やむくらいしかできなかった。
「あの、霊夢さんに渡していた本は、何ですか?」

 式が最後に渡した本。
 私は手に収まった本をじっくり観察した。表紙には鶯の絵があり、右読みで……
「『うぐひすの謡』だって」
「やっぱり! それも展示の桃太郎ですよ」
「その本を持っていたから式を剥がさなかったのかもしれんな」
「なんで私に渡したのかしら」
「何ででしょう……式は式なりにやっぱり色々考えていたんじゃないでしょうか」
「そんなアバウトな……」
「時にはあまり意味など考えない事も大切じゃよ、ただ感じた様に思えば良い」
「本が戻ってきたのは喜んでるけどね……」

 今更考える事自体無意味と思い、まず後片付けをした。依代や方位盤は焼いて処分し、空の檻は当然マミゾウが引いて持って帰る事に。
 小鈴ちゃんがお代を返すと、マミゾウはそそくさと帰って行った。
 狸を介抱するのだろう。
 布都も暫く小鈴ちゃんと話していたが、神子が心配するかもということで帰り支度を始めた。どうやら既に本を借りたらしい。
「しかし、おぬしも並々ならぬ力の持ち主とは思うのだがな……相手はだれじゃったのか……」
 小鈴ちゃんが本の貸す容易をしている間に、布都が呟くように言った。
「聞いておくけど、青娥とか、神子じゃないでしょうね」
「そんなまさか、まさかのう……」
 本気で考えているのが、どうにも頼りない。

「あんたも何か気づいたことあったら言ってね」
「うむ、有ったら教えてしんぜよう」
 本を両脇にはさみ、嬉しそうに鈴奈庵を去っていた。

 そんなわけで、巫女と風水師と妖怪と貸本屋という奇妙奇天烈な面々で行われた茶番は幕を閉じた。ちゃんちゃん。
 私の振りをしていたのは式を付けられた狸。つまり大本の犯人ではなかったのだ。なんとも肩すかしを食らったようで、思わずため息が出る。

「なんか色々あったけど、結局真犯人の場所は分からなかったわね」
「そうですね、でも本がまた戻ってきましたので」
 小鈴ちゃんは我が子のように本を撫でる。この調子なら全部の本が見つかる見込みも出てきた。
 とはいえ、真犯人が見つからなかったら、私としてはあんまり面白くないのだが……。

 まあもし真犯人が分からなくても、本を見つければ小鈴ちゃんは喜んでくれるだろう。それならそれだけで良いかもしれない。
 ふとそんな風にも思った。

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