また進展もなく、翌日に。
とうとうお祭り最終日前日と成ってしまった。
桃太郎もだいぶ揃ったので、展示は仮に開始することにした。
とはいえ今まで入れたものを、そのまま展示するだけなのだが……。
見に来てくれる人はそう多くも無いが。暇にはならない程度には来ているようで、でも小鈴ちゃんは来た人に説明をしたり、時には本をケースから出して読ませてあげたりと忙しなくしている。
私も色々聞いたが説明するには程遠いので、見ているだけ。
だが小鈴ちゃんはまだ集まっていない本の事が気になっているようで、来た人ほぼ全員に残りの本を見たことが無いか聞いていた。成果は芳しくないようで、人が居なくなるとカウンターの椅子に力なく座って疲れたような顔を見せた。
此処数日、里の外に行ったりもしたので、疲れているのだろう。
「手がかりは無いみたいね」
「ええ……見た人も居なさそうです」
「萃香のは?」
「出来れば他のものを全て見つけてからと思いましたが、目星はついているので、後で行ってみましょうか」
小鈴ちゃんが立ち上がる。展示を見に来た里の人が入って来た。まだ朝なので、展示を見に来る人も多い。出店等は夜の方が盛況する為、それまでの時間はまだ展示の方を見に来る人も多い。
始まったばかりなので、来る人も多そうだ。それならば、目星のついてるらしい萃香のはまた後で良いかもしれない。
「じゃあ、お昼すぎまでは私もちょっと外で探してみる。小鈴ちゃんは展示の方がんばって」
「あ、はーい」
ちらっと此方を向いて、小さく手を振った。
里は祭りの終わりに向けてか、全体的にそれなりの賑やかさだ。やはり店先の展示系は少し減っただろうか。
いつだったかの射的屋も復活していた。しかし射的よりも勇儀の足あとの方が目を引くのは言うまでもない。
屋台の多い道を歩いていると、よく見るメイド服が見えた。
間違いなく紅魔館の物だ。羽がないということはあれは咲夜である。
「霊夢じゃない。里で何してるの?」
「あんたこそ、なんでそんな辛そうな格好で何してんの?」
片手には、器用に指で林檎飴を挟み込み五本貯え、もう片手には肘に袋を下げて、これまた器用に棒に刺さった綿菓子を五本延ばしていた。
「お嬢様が人間の祭だから行ってきなさい、って言うから来たんだけど。あんまりやること無いの。だからお土産漁り」
「案外従者思いだったのねあいつ。でももうちょっとマシなお土産無いわけ」
「何だかんだで毎日来てますからね、ネタが尽きました」
「紅魔館を毎日のように空けるなんて、吸血鬼が生きていけるのか心配」
「そちらも抜かり無く。むしろお土産買ってくるのをお望みのようです。今日は良いお土産が見つからなくて困っちゃう」
「あんたも苦労してるのね……」
「最初の頃から変なもの買い過ぎたのよね。そういえば霊夢からも買ったわね」
食指が動く、無論私は里で物を売ったりはしていない。
「もしかして展示のことかしら」
「ええ、パチュリー様に目録を見せたら、欲しいから今直ぐ買ってきてと言われましたので。買いに走りました」
「本当? なんて桃太郎?」
「はあ、確か『ある日の鬼ヶ島』だったような……。私はもう少しお土産探すのでこれにて……」
咲夜はめんどくさそうに言うと、もう目の前から居なくなっていた。
そうだ、今直ぐ買ってきてと言われた咲夜は文字通り時間を止めて買ったのだろう……そりゃ誰も見てないはずだ。
しかしパチュリーが持っていると成ると、紅魔館まで行かなくてはならない。どうせ外には出てないだろう。
小鈴ちゃんは疲れている様子だったし、安全とも言えない。今回は私一人で行くべきだろうか。
少し考えて、やっぱり一人で行こうと決心し里を後にした。
紅魔館に着くと、門番は花の手入れに行っているのか姿が見えない。
それなら最早侵入を拒む者は無いわけで、そのまま図書館に直行した。
咲夜も居ないと思うと、紅魔館は魔窟や伏魔殿という言葉が似合う。
実際に魔窟で伏魔殿なのだが、人が居ると居ないではやはり心持ちが変わる物だ。
不気味さを感じつつも難なく図書館に辿り着き、目当ての人物が居ないか声を出してみる。
「ちょっとー、本を返して欲しいんだけどー」
「何?私は本を盗んだ覚えはない」
ちょっとして、パチュリーが本片手に現れた。明らかに歓迎してない目で一瞥すると、奥に引っ込んでしまった。
追いかけると、本が沢山積まれたテーブルに着いた。パチュリーは席に着くと面倒くさそうな顔で本を読み始めた。
会話する気は無いらしい。
「あんた、咲夜に頼んで本を買ったでしょ?あれは本当は売り物じゃないのよ、だから返して欲しいの」
「ああ、新聞に書いてあったわね……。そんなこと」
「新聞見たなら教えてくれれば良いのに」
「そんな義理ないわね。お代はちゃんと返してくれるの?」
「お代は……ちょっと後になっちゃうけど」
忘れてた、それはまた今度にして貰うしかない。私じゃいくら払ったのかよくわからないし。
「咲夜に渡してくれれば良いけど。ところで本はどのくらい戻ってきたかしら」
「んっと、残りは後二つだけど……」
パチュリーはじっと考えてると、
「そう……貴方は『ある日の鬼ヶ島』読んだことある?」
『ある日の鬼ヶ島』。咲夜の言っていた通り、目録に名があるのは知っている。
当然読んだことは無いが。
「無いけど……一先ず返してもらっていい?」
「まあ、ちょっと座りなさい。その方が貴方にとっても良いから」
パチュリーはティーカップを一つ取り出し、机の上にあったティーポットから一杯注ぐと私の前に出した。
何だか知らないが、座らないと話が進まない雰囲気だったので渋々座る。
座ると改めてここの図書館が広いと感じた。天井高いし、辺りは本ばかり。正直言うとあまり落ち着かない。
「それで、何をしようってのよ」
「貴方はこの話の内容を知っておくべき」
「はぁ?」
「若い鬼たちが鬼ヶ島を離れ、先祖を祀る祭りを開いていた……その時の鬼ヶ島を描いた物語。それが『ある日の鬼ヶ島』よ」
待ったを入れようとしたら、パチュリーは淡々と内容を話し始めた。口を挟もうとしたが、邪魔はしてくれるなというのが表情から伝わったので止めはしなかった。
「鬼ヶ島には子供と老人の鬼だけが残っていた……。そこに桃太郎はやって来る」
ある日というのが桃太郎の彼の日ということなのかな。
折角なので紅茶も飲む、中々おいしい。
「桃太郎は猿と雉を連れ意気込んで鬼に降伏するように告げる。でも老人とはいえ鬼は鬼、立ち向かってくる鬼を前に子供の桃太郎は怖気づき逃げ出してしまうの」
パチュリーは軽く呼吸を整えて続けた。
「猿と雉も逃げ出し、一先ず船に戻り今度は犬をけしかけた。牛並の巨犬だったからどうにか鬼を降伏させたわ。そして宝を奪い鬼の子供も三人奪って帰っていく。戻った若い鬼は激怒したけど我慢した」
「ふーん、桃太郎じゃなくて、鬼から見た桃太郎の話ってわけね」
「……そういうこと。でも数年後、とある噂が届いた、桃太郎は子供なのに勇敢にも鬼を退治し宝を持ち帰った勇気ある英雄だと。
これには流石の若い鬼も卑怯だ、嘘つきだと怒り心頭で、興奮冷めやらなくなった……」
「鬼が先に悪さしてたからじゃないの」
「違う。卑怯者が英雄扱いされていることに鬼は怒っている。それにこの話では桃太郎は一方的にやってきた」
「うーん、まあ卑怯な奴に負けを認めたのに必要以上に貶められたらそりゃ怒るかもね」
「だから、年老いた鬼はそんな若い鬼をなだめた。“それがあさましい人間世界のならはしなんだ”、卑怯に生きるより
“助けあつてゐる鬼ヶ島の方が、どれだけましだか比べものにならない”、“人間の世界なんてほんとろくな世界ぢやないさ。
さう思うとかうして鬼ヶ島に住んでる方が、どれだけ有難いか知れない。”ってね。そう言うと怒っていた鬼達も安らかな顔になって笑ったという。そういう話」
「何よそれ、人間を馬鹿にしたような話ね」
私はぐっと紅茶を飲んで、やや雑にカップをおろした。
「そう見える?」
「ええ、なんだっけ、あれ。プロレタリア文学みたいね」
「……貴方からそういう言葉が出てくるとは思わなかったわ、確かに通じる所があるかもね」
パチュリーは目を丸くした。私がプロレタリア文学と言ったのが余程おかしかったのだろうか。
まあ、おかしいだろうな。ここ数日で私も変な知識が増えた気がする。
「でも私はこんな腑抜けを鬼とは認めない」
パチュリーはしゃべり疲れたのか、小さく溜息を吐きつつ、でもしっかりと、そう言い放った。
「腑抜けって……泣き寝入りと卑下しないのはある種の勇気とも思うけど……。人間にはそれができないって言ってるんでしょう」
「貴方は何も分かってないのね。鬼はここで引き下がるような奴ではない」
何が言いたいのだろう。確かに実際の鬼はもっと怒りを爆発させるかもしれないが……。
「あんたこそ、鬼に幻想を持ちすぎじゃないの?鬼なんて萃香や勇儀みたいに呑んだくればっかじゃないの」
「言って良い事と、悪い事がある」
「やけに鬼の肩持つじゃない」
「……そんなんじゃない」
パチュリーは紅茶を口にして、諦めたかのように笑った。そして目をふせて手に持っていた本をテーブルに置き、私の前に押して寄越す。
本には『赤い鳥』と書かれていた。確かこれに『ある日の鬼ヶ島』が入っているんだったか。
「ありがとう、じゃあこれは頂いていくわ」
「待ちなさい」
席を立つと、パチュリーは伏せ目のまま私を引き止めた。
「何よ、まだ何かあるの?」
「まだもう少し待ちなさい。その本だけ持って帰るつもり?」
「そのつもりだけど……」
「『ある日の鬼ヶ島』は一九二七年の一〇月と十一月の二号に渡って連載されたのよ」
ということは、二冊ある?渡されたのは一冊だけだが……。
「もう一つも出しなさい」
「今此処には無いわ。盗まれた」
「ぬ、盗まれた!? 誰によ!」
「此処に本を盗みに入るコソ泥なんてなんて、一人しか居ないでしょ」
魔理沙か、あの馬鹿。でも魔理沙なら小鈴ちゃんの元に届けているんじゃないだろうか。
「まあ、魔理沙なら多分、鈴奈庵に届けてくれるはず」
「どうかしらね、私は待ったほうがいいと思うわよ。紅茶も、まだ余ってるし、飲んできなさいよ」
何を言っているんだろうか。しかし悠然と別の本を読み始めたパチュリーは、もう決まってる事だと言わんばかりだ。
これは……待ったほうが良いのだろうか。やっぱり咲夜が居ないと紅魔館は不気味だなぁ。
そう思いつつ、私は席に着くと紅茶自分でもう一杯入れた。
暫くすると、パチュリーが聞いてきた。
「そう言えば、さっきの話だけど。『ある日の鬼ヶ島』で一人だけ評価されている奴が居るわ、誰か分かる?」
「ん?そんな急に言われてもね……」
「答えが帰ってきたみたい」
「正解は犬、ですわ。忠実で功績を残した犬は罪は無い、鬼も犬だけは頑張ったと評価してます」
四杯目の紅茶がカップの底を見せそうな頃、咲夜が来た。正確には里から帰って来たのだが。
先に見た林檎飴や綿菓子の他に、水の入った風船のヨーヨーがばしゃばしゃと音を鳴らし、変な顔のお面を頭の横に重ねていたりと最早普段の面影が無かった。
「随分と買い込んだのね。というかあんた犬扱いされてたわよ」
「別に構いません。良いとか悪いとか、評価されないくらいがメイドはちょうど良いもの」
「完璧なメイドはそういうものなのよ」
「はい、パチュリー様。お土産です」
そう言って咲夜が肘に掛けていた袋から器用に取り出したのは、紛れも無い『赤い鳥』の本だった。
「あんた、なんでそれ……」
「なんでって、パチュリー様に頼まれていたから。魔法使いからちょいと借りただけです、あいつが死ぬまで」
最初から頼んでいたのか……私が驚いていると、パチュリーは勝ち誇ったような顔で本を受け取り、私の前に差し出した。
「じゃあこれも返すから、帰るといいわ」
「いいの?わざわざ咲夜が持って帰って来たのに」
「別に構わないわよ、私は物が欲しくて咲夜に頼んだんじゃないもの」
「パチュリー様?それなら取り返さなくても……」
「いいえ、今頃アイツは悔しがっているでしょう。よく調べもせず一冊だけ持ち帰ってあまつさえそれを盗まれるんだから。それが何より一番のお土産」
パチュリーはくすりと無邪気に笑うと、再び本を読み始めた。
性格悪いなあ、と思いつつ。用が無いので私も帰る事にする。咲夜にもお礼と代金は後で払うということを伝え、二人を背にするとパチュリーの声が聞こえた。
「『ある日の鬼ヶ島』の鬼ヶ島なんてのはね、本当は鬼が住んでるんじゃないのよ。住んでいるのはただの善人。なのに鬼とか言うからこんな変な紙を挟まれる」
どういう意味か。振り向くとパチュリーは紅茶を飲んで別の本を読んでいた。
咲夜がさよならと言わんばかりに手を振る。もうおしまい、ということらしい。
パチュリーの言葉は気になるが、本も返さないといけないし、素直に戻ることにした。
鈴奈庵に魔理沙が死んだように項垂れていて、それを小鈴ちゃんが必死に揺すっていた。
私が小鈴ちゃんに『赤い鳥』を渡すと途端に息を吹き返したが……。
魔理沙に事のあらましを説明すると、どうやら無くしたと思っていたらしく、咲夜とパチュリーに激しく怒った。
「あの野郎、なんて性格が悪いんだ」
「紅魔館なんてろくな奴居ないんだから。今は此処で三人、本が帰って来たことを素直に有難いと思えばいいのよ」
「うーん、まあいいけどさ……」
「そうですね。これで萃香さんの持っている本もはっきりしました」
そうだ、残る本はわずかに一つ。『桃太郎遠征記』だけ。これでもう外す事はないだろう。
さっそく神社に行こうとすると、小鈴ちゃんは準備をすると言って
カウンターの付近を丁寧に片付け、簡単に掃除をしてから、外に出た。
「ちょっと家の人に任せるので……お待たせしました。もう平気です、行きましょう!」
「魔理沙も来る?」
「いや、私は燃え尽きたから帰る。明日の支度もあるしな、展示が揃ったら見せてくれ」
「明日の支度?」
「なんでも宴会をやるんだとか」
明日が最終日だし、色々するつもりなのだろうか。
私達は魔理沙と別れると、神社へと向かった。
神社には相変わらず同じポーズで酒を飲んでいる萃香が居た。まさか一歩も動いてないということはあるまいが……。
私達に気づいた萃香は待ってましたと言わんばかりに大きく手を降った。酒飲み仲間が来たと勘違いしてなきゃいいが。
「おうおう、私の持ってる本が何だか分かったかい?だいぶ掛かったねぇ」
「分かったわよ、えーっとこの……」
「待ってください」
萃香の前に立って目録を広げた私を、小鈴ちゃんが手を伸ばし止めた。
「萃香さん、貴方は嘘は付いてないけど、ちょっとズルイですよね」
「どうかな、自分じゃ分かんないよ」
酒を飲みながらとのらりくらりと言う。
「ずるいってどう言うこと?」
「萃香さんが持っているのは目録の本じゃありません」
「え?」
思わず目録を落とした。けれど驚いてるのは私だけで、萃香も変わらずにやにやとしているだけだった。
「当てなきゃいけないのは私の持ってる本だよ」
「勿論です。貴方が持って行ったのは、『鬼の相談』と『鬼の涙』じゃないですか?」
『鬼の相談』と『鬼の涙』? 落とした目録をもう一度拾って確認するが、確かに目録にその名は無い。
私が首を捻っていると、萃香は酒を再び口にしてから答えた。
「本当に当ててくるなんて、凄いね」
「ど、どういうこと?」
訳がわからず、目が小鈴ちゃんと萃香の顔を行き来する。
「勇儀さんも萃香さんの本が分からなかったし、勇儀さんと萃香さんは似ているという言葉を聞いて思ったんですよ。
もしかして目録に載って居ないものを持って行ったんじゃないかって。
それに私達が萃香さんに目をつけた理由は、鈴仙さんが《酒飲んでる鬼》といった一言だけでした。
鈴仙さんが鈴奈庵に来た時はあまり本は残っていなかったと言っていましたが、勇儀さんに同じことを聞いたらやはり人は少なかったと。勇儀さんこそ鈴仙さんが見た鬼だったんですよ」
そうか、角があれば鬼というのは分かる。あの時は勇儀の事は完全に失念していたな……。
なまじ萃香が本を持っていると言ったから完全にそうだと思い込んでしまったのか。
「でもあと一つの桃太郎じゃないってよく分かったわね」
「勇儀さんの話を聞いた後、もしかしてと思って書架から消えた本が無いか探したんです。そしたら予想していた本が無かったので……間違いないと。それでなくても『桃太郎遠征記』は13冊の雑誌です。スカートの中にそんな沢山の本が有るようには見えませんでしたので」
「よく見てんなー。嘘はつかないよ、この本は返す……黙って持って行ったのも謝る。でもその内には返すつもりも在ったんだぞ」
萃香が感心しつつごそごそと取り出したのは『カシコイ二年小学生』、『童話童謡』という本だった。
いかにも子供用という本で思わず笑ってしまう。特に『カシコイ二年小学生』。そんな私を横目に睨みつけながら萃香は小鈴ちゃんに手渡した。
「何笑ってんだ、失礼だろぉ」
「ごめんごめん、なんかあんたには妙に似合うわねぇ。そんな本が欲しかったの?」
「この二つの本には『鬼の相談』と『鬼の涙』。一九三三年と一九三四年でしたか、題名や細所こそ違いますが、同じ話が載っているんです」
「ふーん、どういう話?」
「とある山に赤鬼が住んでいて、これが見た目は怖いけどとてもやさしい鬼なんです。どうにか村の人間と仲良くなりたくてお菓子等を用意するんですが、警戒されてしまって誰も来ないんです」
小鈴ちゃんは本を抱え、嬉しそうに話し始めた。
「そこに友人の青鬼が来たのでその件を相談すると、自分が村へ降りて行って暴れるから、君がそれを止めに来い。そうすれば人間たちは赤おにのことを認めるだろう。と提案します。
赤鬼はそんな事出来ないといいますが、押し負けて最終的に青鬼の提案に乗ります。結果赤鬼は人間と仲良く成りましたが、気づくと青鬼を近頃見なくなっていました。
怪我でもしてないかと見舞いに行くと手紙を見つけます。
“赤鬼くん、人間たちと仲良くして、楽しく暮らしてください。もし、ぼくが、このまま君と付き合っていると、君も悪い鬼だと思われるかもしれません。
それで、ぼくは、旅に出るけれども、いつまでも君を忘れません。さようなら、体を大事にしてください。どこまでも君の友達、青鬼”
これを見た赤鬼は黙ってそれを何度も読み上げ、涙を流して泣いた……という話です」
「この話は更に後、『泣いた赤おに』の題になったんだよ」
萃香が付け加える。
何というか、とても道徳的な話だ。友達を得て、失った赤鬼は良かったのか、悪かったのか……。
「友達思いの鬼ね」
「まあ、そだね」
「この話は外の世界では今でも教材として利用されたりするそうです」
「へぇ、納得ね。でもこの話は明確な答えが出せない気もするけど……」
「案外どうでもいい事を欲しがって、大切な物は失って初めて分かるものってこったね」
萃香はちょっと詰まらなさそうに呟くと、縁側に寝っ転がった。
「この話は鬼という存在に対して、非常に深い影響を与えたと思います。
鬼は虐げられているだけで、嫌われてると分かっていても本当は誰よりも優しかったり、自己犠牲をしたり……。霊夢さんが昨日見た『やんちゃ桃太郎』もこのような考え方が受け継がれたと考えて然るかと思います」
確かにあの桃太郎に出てくる鬼も自己犠牲をほぼ無償で行っていた。
「それにしてもあれだけの本の中からよく、私の取った本を見つけたね」
寝っ転がったまま酒を飲み、萃香は聞いた。
「勇儀さんは『ももたろうの足の跡』という浜田広介作の本を持っていました。『鬼の涙』も浜田広介作でしたので……。それにあの時ヒントは出していてくれてたのですね」
「ヒント?」
「“何か一つ、めぼしい事をやり遂げるには、きっと何処かで痛い思いか損をしなくちゃならないさ。
誰かが犠牲に身代わりになるのでなくちゃ、できないさ。”
これは『鬼の涙』の青鬼の台詞なんです」
「よくそんな細かい所覚えてるわね……」
「この部分は外の世界の道徳の教科書では、意図的に消される事がある部分なんですよ。だから何となく気になっていて……覚えていました」
「へぇ、青鬼の台詞と思うと中々重みが有るわね」
「私じゃ重みが無いって?」
「無いでしょ」
萃香は声を上げて笑い、ついでに起きあがった。
「それで、あんたは何でこの本を盗んだりしたのよ。というかいつ盗んだの」
「展示をやる前ですかね、一度この本も展示しようか迷っていましたので、その時は確かにありました」
「この本を盗ったのは気に食わなかっただけだよ。鬼はこんなに泣いたりしないのに、ムカついちゃったよ」
「そんな理由で?あきれた……」
「鬼はそういうもんだから」
「萃香さんは同じ状況でも泣かないんですか?」
「……泣かないよ。まず同じ状況になってたまるか」
「人間と仲良くなんて、こっちがたまったもんじゃないわよ」
「言ってくれるねぇ、そうそう。それでいいんだよ」
萃香はそよ風のように小さく溜息を着くと、私の方を向いた。
「最後の本持ってる奴何処に居るか知りたい?教えてやってもいいよ」
「え?知ってるの?」
「そういう約束だったろう、約束は守るって。でも今は見つからない所に隠れてるから駄目だね」
「何よそれ、ヒントにも成ってないわ」
「明日はどっかに居るさ、なんせ明日は満月だからね。今日は見当たらないんだ。明日は本がどうなったか確認してると思う」
「そう、じゃあ行ってみる」
見つからない所に居るって事はやっぱりあいつかな。
小鈴ちゃんは分からないという顔をしていたが、今はしょうがない。
とにかく今日はもう出来ることがないということだ。日が完全に落ちる前に小鈴ちゃんを里に送り返さなくちゃ。
「小鈴ちゃん、里まで送ってくけど」
「いいんですか?ありがとうございます」
本を大事に抱えた小鈴ちゃんの背中を押して、神社の裏手へ向かう。
歩く途中、縁側の萃香が聞こえるようにか、知らずにか、独り言を漏らした。
「いつまでも君を忘れません。さようなら。どこまでも君の友達。ねぇ、皆元気にやってんのかな」
私達はそれをはっきりと聞いてしまって、小鈴ちゃんと二人顔を合わせつつその場を離れた。