Coolier - 新生・東方創想話

鈴奈庵と別れ離れの桃太郎

2013/09/16 00:30:13
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 文達とはその場で別れることに成った。夜も深くなっててきたが、そのまま屋台を開くらしい。
 人も来なさそうな時間になんともご苦労なことだが、夜中は里の妖怪が来るんだとか。

 私と小鈴ちゃんが鈴奈庵に戻ってくると、里の内の方は淡い光ながらまだ賑わいを残している。
 改めて空を見上げると満月に程近い月がくっきりと輝いていた。

「今日もありがとうございました。家まで送ってくれて助かります」
「どういたしまして。なんて、夜の里も少し見ておきたかっただけ」
「流石に夜通し……という雰囲気では有りませんね」
「そんな事してたら保たないでしょうから、やっても最後の日かしら」
「妖怪は既に夜通しでやっていて、居酒屋はだいぶ儲かっているそうですよ」
「あいつらは夜の方が主役だからね。じゃあ私もそろそろ帰るから」
「はい。お気をつけて」

 出ようとしたら、店の前に人影が見えた。
「夜分にすまない、明かりが点いているがまだやっているだろうか?」
「あ、どうぞ!何か入り用ですか?」
「少し本を借りたくて。おや、巫女も居るなんてな、先日はだいぶ乱れていたけど大丈夫か」
 蒼いスカートを揺らして入ってきた人物は、柔らかに微笑んで会釈してきた。何時だったか里を隠そうとした上白沢慧音だ。
「寺子屋の先生じゃないですか、こんな時間に来るなんて……」
「夜に出歩くなんて教育上よろしく無いわね」
「祭りの時分には少しくらいなら良いよ、出来れば夜遊びは控えて欲しいがな」
 慧音は苦そうに言うと小鈴ちゃんに顔を向け用件を伝えた。

「すまないが、読書感想文に使う本を見繕って欲しい」
 小鈴ちゃんは不思議そうに首を傾げる。
「読書感想文ですか……?ならハードカバーの物が良いでしょうか」
「そんな長い本じゃなくて良いんだ。一日、いや十分もあれば読めるくらいの童話や絵本で良い。寺子屋の授業でちょっと使いたいんだ。今は夏休みだが、登校日を設けてある。でも私が間違えてその日と満月の日を被せてしまって」
「ああ、あんたは満月の日忙しいのよね」
「夜からなのだが、出来れば昼から準備もしたいし……。今年は読書感想文の宿題も無かったからちょうどその日に軽いのをやって貰おうかと思ってな。その日に出来無くても夏休みの課題と一緒に出して貰えば良い」
 そんな宿題の上乗せをしたら、生徒に嫌がられそうだが……。
 短くて感想を書ける本というのはやはり童話とかなのだろうか。掌編小説とかも良さそうだが。
 小鈴ちゃんは早速棚の前に移って本を探そうとした。
「分かりました。何冊くらい必要ですか?」
「そうだな、先日此処で買った本もあるから、二冊くらいでいいかな」
 私と小鈴ちゃんは自然と顔を慧音に向ける。
「え、ここで本を買ったんですか?」
「そういえば私が乱れてるとか言ったわね、もしかして桃太郎……?」
「なんだ覚えていないのか、あの本は中々面白い話だったな」
 どうやら私が偽物だったのは気づいてないらしい。

 小鈴ちゃんは慧音に今までの経緯と本を回収していることを伝える。文の新聞は読んでいなかった。
 慧音は頬を何度か掻き悩みつつも、回収については了承してくれた。私も役に立つかはともかくもう暫く残ることにしたが、早速やることが無かった私は急須を借りてお茶を淹れている。
「変な紙が挟まってるとは思ったが。そう言うことなら本は早急に返さねば成らないな、しかしそうなると読ませる本が 無くなってしまう……」
「その分の本は此方で用意しますので、どの本を買ったのか教えていただけますか?」
「似た本があるかもしれないしね」
「ん、ああ……そうだな。私が買ったのは『桃太郎のロスキー退治』、『明治桃太郎』、『征露再生桃太郎』だったかな」

「あ、あの話を子供達に読ませるんですか!?」
 小鈴ちゃんは声を少し荒げ慧音に問う。隣にいた私がびっくりしたが、何とかお茶はこぼさない、流石私。
 慧音は動じず、小鈴ちゃんに問い返した。
「問題あるか?」
「あまり好ましい話ではないかと思いますが……」
「確かに好ましくは無いかもしれないな、でもここでも展示する予定だったんだろう」
「そうですけど……あくまで展示を見るのは自由です。無理に読ませて読書感想文を求めるのはあまり良くないかと」
「忠告として有り難く受け取っておこう。今のうちに本を持ってくるから、代わりの本を考えておいてもらっても良いかな」
「わかりました……」
 慧音は身を翻すと髪を揺らして出て行った。
 小鈴ちゃんは渋々と書架を順に見始める。何処か悩んでいるようだ。
 三つ淹れしまったお茶を一つ急須に戻しつつ、聞いてみた。
「あいつの持ってる本ってどういう話なの?」
 展示してるのに読書感想文を書かれるのは嫌というのはどうしてなのか。本の内容が問題なのだろう。
「『桃太郎のロスキー退治』は桃太郎が軍服を着て。犬男、猿丸、雉子郎という見た目も少し擬人化された軍服の動物をお供に、ロスキーを退治した、という話です」
「軍服ねぇ・・・ロスキーってのは鬼のことなのかしら?」
「露西鬼、と書くのですがこれはロシア人の事なんです。つまり……蔑称ですね。丁度日露戦争の時に出版されたこの本では鬼は南ではなく今は西にいたと言う前書きがあり、挿絵も明らかに西洋の軍服の男に角が生えただけです。人さらいで、財宝を盗んだという記述は確かに昔話そのままですが……。
 まあこの話はその後にグリム童話の眠り姫のパロディがあって、そこが面白いんですけどね」
「ははあ、確かにあんまりいい趣味じゃないわね……」
 どうやら敵の人間を鬼扱いにしたというパロディ作品らしい。
 では他の話はどうなのだろうか。自分で淹れたお茶を啜りつつ、『明治桃太郎』についても聞いてみた。
「『明治桃太郎』は桃太郎が明治に蘇るのですが、時代が時代ということで、弓の代わりに鉄砲や爆弾を持っていき、最終的に雉が鬼ヶ城に爆弾を投下して粉々にするという話です。
 明確に示しては居ませんがこれも時期や武器、地名もシベリアが出てきたり、それらを踏まえると戦争、特に日露戦争を意識してると思って間違いないでしょう」
 またも似たような話だった。しかも爆弾と言われると嫌に物々しい。雉が居ればもう桃太郎も要らないような……。
「じゃあ『征露再生桃太郎』は……」
「『征露再生桃太郎』では黍団子の代わりに爆弾を携え、「おシナちゃん」と「おチョーちゃん」を苛める悪者の「ロスケ」を征伐に向かうという物です」
 小鈴ちゃんは言葉短に説明する。ロスケというのも征露という言葉からして意味する所は聞くまでもない。
 人を鬼に見立ててそれを倒すことを是非とする。確かに褒められた話では無いかもしれない。しかも三冊も……。

「それで感想文書かせるのはちょっと気が引けるわね」
 私も少し茶碗を揺らして考えてみる。
「明らかな軍国主義という奴です。桃太郎は子供たちの英雄、だから影響を受け易いと知ってこんな話を作ったのです」
「刷り込みのための桃太郎。そう考えると中々恐ろしい話でもあるけど……」
 でも別に幻想郷で戦争が起こりそうという訳でもないし、そこまで気にしなくていいとも思う。


「確かに刷り込みを目的とした話だろう。だがそれすらも昔話だとは、思わないか?」
 慧音が本を抱えて戻ってきた。ゆっくりとした足取りで小鈴ちゃんの前に本を置いた。
 小鈴ちゃんは早速手に取ると次々に確認すると、ややつんとした表情で言う。
「……鈴奈庵の本ですね、早急な対応ありがとうございます」
「いえいえ。代わりの本、私も探そうかな」
 慧音は素っ気なく書架に目を向ける。小鈴ちゃんとは少し反りが合わないのかも知れない。

「絵本位の長さが良いんですよね、『悪戯な小兎』とかどうですか」
 でも小鈴ちゃんはしっかりと本を選んでいるようだ。あくまで私情とこういう頼みは分けて考えているのだろう。私も書架を見て回ったが、正直さっぱりで力になれなさそうだった。
「……何だか『犬にあふまで』の絵本を取り合ったの思い出すわ」
「これは『ピーターラビット』の翻訳作品です。明治三九年、一九〇六年にこの作品が翻訳されたのは現存では世界で一番早いとか」
「興味はそそられる……だがもう少し考えられる話が好ましいな。あの話は感想を書かせるには少々柔いだろう」

「では『ぞうのたまごのたまごやき』とかどうでしょう」
 目に入ったらしく、絵本を私達に見せてくれた。
「今度はやけに馬鹿らしいタイトルね……」
「卵焼きの大好きな王様の話なんですよ。後に『ぼくは王様』シリーズとして長編童話になりました。独特の世界観は一読の価値ありかと」
「それも中々面白そうではあるが、もっとその時代がにじみ出るような物が良いな」

「じゃあ『世界名作ファンタジー14 かちかちやま』とかどうですか」
「カチカチ山?普通ね」
「ええ、見た目こそ普通の昔話絵本なのですが、この話だと狸はお婆さんを殺して婆汁としてお爺さんに出したりしません。最終的に狸も死なず、お婆さん達に謝って大団円となります」
「え?それもう別な話になってる気がするけど」
「桃太郎と同じように、カチカチ山にも色んな話があるんですよ」
「なかなか面白いな、それは借りて行こうか」
 慧音はうんうんと頷いた。
「……どうしてそんなに当世風の物を読ませたがるのですか?」
 しかし小鈴ちゃんはむっとしている。

「当世風?」
「その時代を取り入れた作風のことだ、普通に書けばすべて当世風になるがな。語り継がれる名作が不朽と言われるのに対し、当世風は色が強ければ強いほど直ぐに朽ちて姿を消す。後には受け入れられないことが多いからな」
 慧音が説明してくれた。何だか教わってるみたいでちょっと癪だが、実際知らないから仕方ない。彼女はそのまま書架の下段を見るためにしゃがみこみながら続けた。

「展示と同じだよ、変化を見る事は大切な知恵に成る。過ちがあったならそれを知る事こそ、先人への敬いというものだ。当世風の物にはそういった物が顕著に出てくる」
「過ちを学ぶなら歴史で十分です。当時の物を同じ道をなぞらせる必要は無いかと」
 小鈴ちゃんはその隣の書架で上の段を見つつ応じた。何だか嫌な空気だなぁ、と思う私はカウンターで再びお茶を飲んでいる。
「本居さんだったか、貴方こそ変な勘ぐりをし過ぎじゃないのか。私は別に同じ事をしろと教えるつもりはない」
「本にはそれをさせる力が有ります。本は一度読んでしまったら、読まなかった事にはできないんですよ?」
「貴方は子供を見くびりすぎているようだ。霊夢や貴女に満たない年齢だって自分の考えくらい持っている」

 急に名前が出てきて驚いた。まあこれは慧音の言う方が正しいだろう、小鈴ちゃんはちょっと心配しすぎだ。
「そうよ、あんまり気にすることじゃないんじゃない?そこ迄するのは過保護って気がするけど」
「子供もそうですが……本も心配なんです。外の世界では、偏った内容の本は処分しようという話もあると聞きます。現段階では問答無用に焚書されるような自体は無さそうですが……。
 過去には現に桃太郎だって……内容の問題で焚書の様になったことがあります」
「桃太郎の内容が規制されたの?」
「桃太郎は私の持ってきた本のように、戦意高揚を目的とした本がある。第二次世界大戦の時もそういう桃太郎が出回ったのさ。
 だが敗戦を期にGHQが反抗の戦意を喪失させるため、戦争色のある本を没収や焚書したんだ。秘密裏で家や図書館は対象にしなかったが、直接的な資料だけでなく娯楽に近い物も勿論対象にした。
 絵本はあまり古本として出回らないから、対象になった桃太郎の多くは残ってないだろうな」
 慧音が腕を組んで丁寧に説明してくれた。要するに当世色が強い物は否定されると自然とではなく意図的に消されるのだろう。
 それは突然やってくる。さっきみたいな話を問題視するのは、内ではなく外なのだ。

 読書感想文にするという話でそこ迄考えるのは、流石に小鈴ちゃんが飛躍しているとしか思えないが……それだけ危疑してるのは本当に心配なのだろう。子供を過保護してるのか、本を過保護してるのか。

「とにかく、前時代の思想があるような作品を無理やり読ませるのは反対です」
「じゃあなんだ、『おこり地蔵』とか『ちいちゃんのかげおくり』とか『ガラスのうさぎ』とか、そういうの読ませれば満足なのか」

「そうは言いません、そもそも絵本は教育の道具じゃありません」
「貴方こそ、教育を洗脳か何かと勘違いしてるんじゃないのか?」

 間に火花が散りそうな視線を向け合い、二人は話している。こういうのは妖怪よりよっぽど手出し出来ないし、困った物だ。
 私は仕方なく自分で淹れたお茶を啜るだけになった。湯呑みを傾けながら一息。しかし満月の日か、そう言えば祭りは満月の夜までと決まっていたな。
 つまり満月の日の日中は本が集まっていれば展示もしているはず。なら、いっそ……。

「それなら、私達が他の桃太郎を取り返してここの展示を充実させておくから。その中から選んで感想書いてもらうってのはどう?」
 小鈴ちゃんと慧音は黙ってこっちを向いた。視線が痛くて嫌な汗が出そうだ。

「そう、ですね……そうできるなら……」
「しかし、展示の本は読めないのだろう?他の閲覧者の迷惑にもなりそうだが……」
「読んだ後戻してもらえるのなら構いませんよ、あまり長い作品は見ないつもりでしょうし。
 時間が有るなら店内の本も見ていいですよ、店内でならですけど」
「それは助かる。その方が子供たちも喜ぶだろう」
「折角里も特別楽しげなんだから、寺子屋に篭ってるより楽しいだろうしね」
「そうですよ、里も毎日色んなことをしているようですから、それらを見せてあげるのも良いですよ」
「ふむ、確かに社会見学というのも悪くない」
「あ、そうだ。時間があったらお茶会でもしましょうか!他にも語りたい絵本は沢山ありますし」
「それは良い。休みが終わってからも、時々子供たちを連れてきてもいいかな」
「勿論ですよ、もっと色んな事を知って貰いたいですからね」


 二人は微笑み合っている。
 なんか急に仲良くなっているような、雨降って地固まるとはこういう事か。こっちは肝を冷やしたというのに。まあいいか、楽しそうだし。私もそろそろ眠いし。

「取り敢えず今回はこれで一件落着よね。また明日来るから、残りを集めましょう……」
「あ、はい。今日は本当にありがとうございます、霊夢さんのおかげで沢山返ってきました」
 笑顔で見送ってくれた。お茶を飲んだが、眠気の方が強い。さっきから延々と話ばっかり聞いていたのが効いたのだろう。
 先生の話は子守歌だとはよく言ったものだ。

鈴奈庵を出るとまた話し声が聞こえ始める。
「そういえば『からすの パンやさん』って知ってますか。四十年ぶりに続編が出たんですよ」
「うむ、あの本は不思議と子供を惹きつける内容だな。図鑑の様な面があるからだろうか。続編もそうなのか?」
「子供の可愛さもあると思います、続編はですね……」
 私はもっと早く出たほうが良かっただろうか。そんなに絵本の話をして何が楽しいのか。二人の楽しそうな声は淡い明かりと共に漏れてくる。
 普段から教えてばかりだと、意見交換もしたく成るのかもしれない。私も聞くことは出来ても意見を返すのは難しいし……。
 それにしても「本は一度読んでしまったら、読まなかった事にはできない」か。
 きっと良い意味でも、悪い意味でもあるんだろう
 私も幾らか桃太郎の話を聞かせてもらったが、なにか変わったのだろうか。

 ちょっと歩いてふと路地の方を見ると魔理沙が屋台で酒を飲んでいた。
 しかも間が悪かったか、ちょうど目が合いあろう事か手招きをしだした。
 眠いけど……あれも見なかった事にはできないなぁ。
 仕方なく魔理沙の隣へと向かうのだった。

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