Coolier - 新生・東方創想話

鈴奈庵と別れ離れの桃太郎

2013/09/16 00:30:13
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 私達は神社に来ていた。アリスは他の人を見ていなかったらしく、情報が得られなかったからだ。
 今は萃香が持っているかもしれない、という鈴仙の情報しか無い。

 私すら居なかった神社は、出迎えてくれる人も無論おらず、閑散としていて。暑さと蝉時雨だけが出迎えてくれる。
 ただいま、と言って境内の内周を回りつつ、萃香を探した。

「萃香さんというのは鬼なんですか?」
「う、まあそんな奴よ」
 あんまり小鈴ちゃんに妖怪と仲良いと思われたくない、既に手遅れと言われれば手遅れだが……。
 小鈴ちゃんは熱心にきょろきょろ首を振り、辺りを見回した。
「折角だからお茶でも飲んでいく?」
「いえ、今はいいです。鬼探しを続行しましょう」
 一周すると、あっけなく萃香は見つかった。庭に面した縁側に座って酒呑んで黄昏ていたのだ。最初見たときは居なかったのにな。

「なに、探して居るみたいだったから出てきたまでだよ」
 私の疑問に独り言のように答えると、瓢箪の酒を口に含んだ。
「は、初めまして! えーと、立派な角ですね!」
「うんうん、ありがとう。それで私に何か用?」
「とぼけても無駄よ。あんたが本を持っている事はね」
「その、鈴奈庵の本を持っていませんか……?」
 小鈴ちゃんは鬼相手に萎縮してるのか、か細い声で聞いた。まあ見た目は兎も角実際に鬼なんか見たら、こうなるのが当然なのかもしれない。
 そんな小鈴ちゃんの言葉に対し、萃香の方は一瞬ぎょっとして存外と驚いていた。
「へぇ!よく分かったねぇ。いやあ、関心だよ」
「でも、何を持って行ったのかは分からなくて、教えていただけますか」
「ちゃんとお金は返すから、あんたの場合金払ったか疑わしいけどね」

「ん?ふーむ……そうだなぁ」
 萃香はそれを聞くと、腕を組んで頭を傾けた。少しすると閃いたかのように頭を起こした。
「じゃあこうしよう。私の持っている本か、その本にあるタイトルを当てられたら返してあげる。ただし、答えるのは三回まで」
「さ、三回ですか」
「はぁ?なんでそんな面倒なこと……」
「口答えするなら返さないよ」
 ぐ、そう言われると弱い……。こいつに隠れられたらとても見つけられないし、こうして出てきただけましと考えるべきか。
 鬼はこういうの好きだから仕方ない。

「えっと、念のため確認しますが本は何処に……?」
「今は私のスカートの中に隠してるよ」
 なんでそんな隠してるんだ。
「そう、ですか。わかりました……当てれば良いんですよね」
「ふふふ、理解してくれて嬉しいよ。面白くなってきたからオマケも付けてやろう。もし当てられたら別の奴が持ってる本の在処を、一つ教えてやる」

「そりゃ有り難いけど……小鈴ちゃん、何か当てはある?」
「流石に分かりませんね……」
「ねえ、ヒントとか無いわけ、幾らなんでもこれは難しいわよ」
「ヒント?あんた達二人の内どっちか一人食べていいなら考えるけど」
 のらりくらりととんでも無い事を言い出す。
「そんな事できるわけじゃないでしょう」
「でも本を集めたいんだろう、何か一つめぼしい事をやり遂げるには、きっと何処かで痛い思いか損をしなくちゃならないのさ」
「痛い思い、ですか……」
「誰かが犠牲に、身代わりになるのでなくちゃできない。どうする?」
「性格悪いわよ。そんな条件私達が飲むはずもない。小鈴ちゃんも変に相手はしない方がいいからね」

 顎に手をつけしきりに考える小鈴ちゃん。私も目録を見て考えた。
 此処は一か八か勘で言ってみるべきだろうか。むしろ勘なら多少は私も自信あるのだが。
 小鈴ちゃんと小声で話す。
「適当に言ってみる?」
「数が多いので、それをやるならもう少し他の本を見つけてからが良いかも……。でも一つくらいなら言ってみるのは悪くないかも知れませんね。今は他の本の情報が全くないですし」
「確かにね、私の狙いだと『桃太郎大江山入』とか『桃太郎の足のあと』が怪しいと思うのだけれど。」

「残念どっちも違うね、あと答えるのは一回だよー」
「ちょっと何で今のカウントされるのよ! ただ話してただけじゃないの」
「地獄耳の前では小声で相談なんて駄目なのさ」
「むむ、鬼って凄いんですね」
 これは凄いところなのか果たして分からないが、小鈴ちゃんは関心している。しかしまずいことになったな。
「どうする?景気よく三つ目も言ったって良いんだよ」
「いえ、それは止めておきます。やはり少し考えを改める必要がありそうですので……三つ目は保留でも良いですか?」
「いいよ。楽しみを後にとって置くのも悪くない。私は此処にいるから、答えたくなったらまたきな」

 仕方なく里に戻ってきた。しかし足取りも重く、行き場所もない、萃香のやつ楽しみだなんて完全に舐められたなあ。
「ごめんね小鈴ちゃん」
「いえ、私も『桃太郎大江山入』とかかなと思っていたので。どっちにしろだめでした。それよりも他の本を探す方法を考えましょう」






「展示にはありませんが、芥川龍之介や北原白秋も桃太郎を題材にしているんですよ。芥川の桃太郎は痛烈な主張があると思います……でも芥川の作品のなかでは研究こそあまりされてないんですがね」
「へぇ、なんでこぞって桃太郎なのかしらねぇ……」
「弄りやすくて比喩しやすいからかもしれませんね」

 里の茶屋で小鈴ちゃんと一緒に休憩していた。テラス席で、新聞が乗っているこの席は、外の世界をイメージしているとかいないとか。
 桃太郎の話をしているのは、手がかりを持つ人が声をかけてこないとも限らないという、希望的な考えからだ。小鈴ちゃんの話に興味を持つ人はいるらしかったが、本を持っている人の情報は未だ集まっていない。

「やっぱり中々本の行方がわからないわね」
「困りました。里は今出入りが多くて、遠くからのお客さんだったらどうしようもないかも……」
 小鈴ちゃんは溜息を添えて目を伏せた。
「諦めるのはまだ早いって。今は目と耳で探さなくちゃ」

 実は全部集めるのは厳しいかもと思い始めていたが、諦めるのが早いというのも本心だ。私達は一冊一冊と確実に取り返し、近づいている。
 私はお茶を啜ると新聞を開いてみる。「文々。新聞」だった。内容は里の祭りについて。妖怪達も関心がある事は里に見える妖怪の多さから見て間違いない。
 特集記事の内容は里と妖怪の山の親善として設けられた、妖怪の山用の出店スペースを天狗と河童で取り合ってるという事だった。未だに決着が着かず、両営共に出店の準備をしているらしい。
「天狗か河童の出店は今日の夜からだって。確か屋台の関連は今日から解禁なのよね」
「ああ、展示の時間が減ってゆく……」
 小鈴ちゃんはがっくしと額をテーブルに付ける。だいぶ参っているようだ。
 そっとしておくとして、今は記事を読み進めるとしよう。
 すると、気になる一文を見つけた。急いで小鈴ちゃんの方に新聞を向け肩を叩いた。
 小鈴ちゃんはのそのそと首を動かして新聞に目を向ける。
「小鈴ちゃん、これ見て。ここ」
「はい?」

――私も里で『新桃太郎の話』という作品の載る本を買ったが、中々に興味沸く物だった。親善の場を儀礼と考えず、お互いを理解し高め合う場になる事を切に願いたい。――

「これパンフレットに載ってる奴よね?」
「! 確かにこれは……これは、間違いないと思います!」
 小鈴ちゃんは新聞がぐしゃっと音を立てるくらい強く握って凝視する。
「天狗ですか……。射命丸……さん。ちゃんと返してくれるか心配ですが」
「一応顔見知りだし、平気よ。ただ何処にいるかが分からないわね」

「私ならここにいますけど」
 声がして横を向いた。
 往来の中、文が筆と手帳を手にこちらを向いて立っていた。
「ちょっとこっち来てくださーい!」
 小鈴ちゃんが身を乗り出して嬉しそうに手招きする。文屋の方も暇をしていたのか嬉しそうに寄ってきた。
「何か記事になりそうなネタがあるんですか?」
 どうしてそうなる。という本音は胸に秘めて現状をかいつまんで説明した。
 鈴奈庵で売られた桃太郎は全て非売品だったこと。私に化けた何かが売ったこと。本に変な紙片がある事。

「ほほう、鈴奈庵の本を売ってたのは霊夢さんじゃなかったんですね。これは良いネタを仕入れました」
「結構わかりやすい化け方だったって言ってたけど……」
「言われれば確かに変でしたかね。でも祭りに近い今の里だから、浮かれてそんな感じなのかなと」
 私の偽物はどんな奴だったのか、ちょっと気になる……。

「それで、こちらの落ち度で申し訳ないのですが。本を返していただけますか?お代はお返ししますので」
「いいよ、と言いたいが今は色々立て込んでてね。代金は良いから、ちょっと協力してくれない?」
「「協力?」」

 文は黙って無造作に置かれた新聞を指した。
「河童の出店をどうにかしてほしいんだ」

 小鈴ちゃんと顔を見合わせる、変に問題ふっかけられるよりは、こういう方が楽だとは思うが。どうにも穏やかに思えない。
 どうにか、の意味するところはなんだろう。壊せ。とでも言うのだろうか。

「どうにかって、どういう事よ」
「河童と天狗の出店はどちらが出るか、未だ膠着状態です……最終的には里の前で話し合って決めようとなっています。天狗としては河童の出店は邪魔なんです」
「だから、どうにかってどうすればいいのよ」
「壊すとか、河童を闇討ちするとか」
 やっぱりか。
「それはちょっと……」
 小鈴ちゃんは困った表情で返すと、文も苦笑いで返した。
「まぁ、本気で言っているわけではありません。仮にどうにも出来なくても本は後でお返しします。あ、新聞にも鈴奈庵のこと書いておいて上げましょう」
「ほ、本当ですか?ありがとうございます。私達も、出来る限りのことはしてみますね」
「河童の所に行って進言するくらいなら良いわよ」
「ありがとうございます、私も面白いネタを仕入れさせてもらいました」
 駄目でも返すと協力的に言われると、こちらも少しは力になりたいものだ。そういう手法かもしれないが……文はよろしくお願いします、と言うと目に止まらぬ速さでその場を去り、私達はまた顔を見合わせた。


「どうにか……霊夢さんは屋台壊したりできます?」
「え、壊すの?」
「念のためです。少なくともそれだけの力があると示せるのは、交渉の上で有利にもなりますから」
 小鈴ちゃんは多少事を荒立てても天狗に協力しようとしているらしい。
「物によるけど、物壊すのは得意じゃないかも、そういうのはあいつ──魔理沙の方が得意じゃないかしら」
「そうですか……もしもという場合は魔理沙さんの手を借りたいですね」

 私達は妖怪の山の中腹辺りに来て、河童を探すことにした。川辺りをうろついて出くわすのを待った。

「小鈴ちゃん疲れてない?休む?」
「へ、平気平気……ぜぇ」
 隠しきれない息切れが言葉を否定している。早く河童に会いたいらしいが、焦っても仕方ない、少し歩みを緩めてみる。
「ところで小鈴ちゃん、文屋が持ってるって言ってた『新桃太郎の話』ってどういう話なの?」
「あ、ああ……その話はですね……一九二九、昭和四年、『解放』という雑誌の臨時増刊号の話で、入交総一郎が桃太郎を題材に作った童話作品なんです。
 童話と言うよりは掌編小説といった方がしっくりと来ますが、一応桃太郎の後日談の性質もあります」
「ふーん、結構雑誌にも童話ってあるのね」
「そうですね。この号では共産主義童話読本と銘打ってあります」
「前半と後半の四文字にえらい違和感が……。あ、わかった、ぷろれたりあ文学なんでしょ」
 小鈴ちゃんは胸に手を当て、深呼吸で息を整えると。微笑み頷いた。

「この話はおじいさんとおばあさんが居る所から始まります」
「ありがちな出だしね」
「そこだけなんですがね。それでおじいさんはおばあさんに、こう言うんです。“わしは山へ芝刈りにいくから、おばあさんは川へ、おせんたくへおいき、そしてね、もういちど桃をひらつておいで”。言われたとおりにおばあさんは洗濯に行って桃を待ちますが、来ません。
 流れてきた栗を代わりに拾ってニコニコと帰りますが、お爺さんはちっとも嬉しくありません。お爺さんはもう一人の桃太郎を欲しがっていたんです。
 そうしたら、きび団子を作って、鬼退治に行くのをまた見送れた……と」
 これはまた変な話だなぁ。もう一度桃を拾いにいけ、ということは昔話そのままの桃太郎に出てくるおじいさんとおばあさんなのだろうか。
「ふーん、何でもう一人欲しかったのかしら」

「そこがこの話の核なんです。おばあさんも同じ様にそれはもう遠い昔話で、“今の世の中に、鬼なんて言ふものはゐませんよ”と一蹴します。でも、お爺さんはそれに反論します。“おばあさんはバカだよ。今の世の中には、鬼がうようよしてゐるんだぞ。正直に働いてゐる人間に、さも親切さうに言ひよつて来て、逃げられないやうに鎖で縛つてから、生血を吸ってゐるのだ。”だから、新しい桃太郎が欲しかった……そう言ったお爺さんは目頭に涙を光らせる、そこでこの話は終わりです」
「結局新しい桃太郎は出てこないのね」
 まさしく社会風刺と言うことなのだろう。正直者が馬鹿を見るのが良くないという話らしい。生き血を吸っているというのが、生かさず殺さずで残酷だ。新しい桃太郎が結局出ないのも絶望を思わせる。
 でも古から馬鹿正直というのも良い目を見ない、という話はあるような。何だろうか、この話は少し変な気もする。

「あ、河童居ました!」
 そんな事考えていると、小鈴ちゃんが川を指さして声を上げる。顔を向けると河童の方もこちらに気づいたようで上がってきた。
「おう、巫女じゃん。何か用?」
 にとりだった。顔見知りに出くわしたのは、良かったかもしれない。
「丁度良いわ、ちょっと話があるんだけど……」
「ああ、知ってる知ってる、桃太郎の本を返せって話だろ」
「え?」
 急に桃太郎の話が出て面を食らう。私達の目的は屋台の事だったのだが。
「え?って……ん?」
「何でその事知ってるの?」
「ほら、これ」
 にとりはおもむろに新聞を取り出すと広げて見せた。濡れてないのは河童の技術か。
 新聞には号外として、さっきの喫茶店の写真と共に私達の事も書かれていた。流石というべきなのか、もう出来ているとは思わなかった。いつもこんな突発的に書いているのだろうか……。筆も速いとは、有り難い事だが。
「もう作ってくれたんですね」
 小鈴ちゃんも驚いていた。

「私も鈴奈庵で桃太郎の本を買ったから、その事で来たのかと思った」
 にとりは新聞を折りつつ言う。その言葉に食いつかずには居られない。
「本当ですか!?実はその記事の通りでして……今回収しているんです」
 こんなにとんとん拍子で桃太郎が見つかるとは。
「あんたはどの桃太郎を持ってるの?」
「んー、桃太郎が日本一の旗を捨てる奴。台本っぽい」
「『ただの桃太郎』ですね。お願いします、返していただけないでしょうか……」
「そうだねぇ……」
 手を合わせ申し訳なさそうに頼む小鈴ちゃんに、にとりは少し考えているようだ。その場で返してもらえたら楽なのだが。

「じゃあさ、天狗の出店をどうにかしてくれないかな?」



 私達はにとりと別れ、その辺にあった岩の上に座って壮絶に悩んだ。
 結局にとりの方も断る事が出来ず、しどろもどろに成りつつも頷いてしまった。にとりの方も別に無理しなくても、終わったら返すとは言ってくれたのが幸いでもあり辛くもあり……。

「どうしようかしらね、普通に考えれば待ってた方が利口だけど」
「でも……それも最善とはいえませんよね」
 確かに。もしもその為にどちらとも初めからやる気のない口約束をした。とでも思われたら双方の目の敵にされかねない。かといってどっちかに加勢でもしたら、もう一方からは何を言われても反論できないだろう。かなり際どい局面に立たされた。

「どっちかに組みするのも良くないとなると……どうにか和解させるべきなのかしら、面倒だけど」
「それが最善策……だと思います」
 小鈴ちゃんは顔を引き締め立ち上がる。
「具体的にどうすればいいのかしら」
「ええと……どうにかする?」
「まあ、そうなるわよね……」
 やりきれない思いにため息を付くと、小鈴ちゃんはにっこりと笑った。


 取り敢えず河童と天狗が何故そんなにも屋台を出したいのか、聞いて回ることにした。私は上の方の天狗を、小鈴ちゃんは辺りの河童に聞く。一人で行かせるのはちょっと心配だったが、いざという時は逃げるし効率的にやりたいからと小鈴ちゃんが言うので二手に別れることになった。

 あんまり飛ぶと敵と思われた時集中攻撃されかねないので、低めで木々の間を適当に飛んで天狗を探す。すると木陰から一人、天狗の方からこっちに寄ってきた。
「私の記事見ましたか?」
 またも文だった。私の速度に合わせて写真を撮ろうとしてきたので、急ブレーキを掛けて阻止する。
「見たわよ、載せてくれたのはありがとう。でも勝手に写真撮ったりは気分悪いわよ?」
「写真が無いと説得力が有りませんから」
 文はぺろりと舌を出して言う。
「被写体くらいは説得しなさいよ」
「これは手厳しい。こんな所に何の用で?」
「あんたらは何でそんなに出店を出したがってるのか気になって、ちょっと聞きに来てみたのよ。何で河童と取り合いになってんのかししら」
 文は質問の意図が見えないからか、首を傾けつつ答える。
「はあ……そうですね、実はただ単に意地っ張りなんです。私は河童が出店やってくれても良いし、同僚もみんな似た事言ってます。ただ、上の物がそうは言わなくて」
「なんだ、別に拘りがあるわけじゃないのね……河童の方はどう思ってんのかしら……」
「元よりこういう事態は希ですからね、河童の方は知る由もないです。でも天狗よりも俗っぽいものが好きですし、盛り上がりたいだけじゃないでしょうか」
「だったら河童の方にやらせてやればいいのに」
 そう言ってみたら、文は苦笑いになった。

「それは駄目です、天狗は山の代表を自負していますから、こういう機会は無理してでも出ないといけません。その天狗という中にいる私達も当然それを尊重しなくてはなりませんし、上の意思に背いてたらやってられませんもん」
「ふーん……大変ね」
 と言いつつ、正直なところ文の言ってることは今一理解できなかった。
 それなら天狗の棟梁が出れば良いのに。ともかく、どうやら天狗としての威厳に関わるという事らしい。

「いえいえ、私からすれば社会を持たない人間も中々に大変そうに見える。まあ霊夢みたいな存在は平気そうですが」
 文は手帳でぱたぱたと顔を扇いだ。
「どうせ浮いてるわよ、事情は分かった。気が向いたら屋台の方も覗きに行くわね。そういえば聞いてなかったけど、屋台って何やるの」

「ふふふ、実は焼きそばをやる予定なんですよ。里のスペースの都合上、出店の場は一般より大きめとは言え、特別な事はできませんしね。焼きそば一筋!ぜひお越しあれ!」

 意外と……普通。



 予め話を付けていた落ち合い場所に戻ってみると、小鈴ちゃんも丁度戻ってきた。こちらに気づくと、文字通り飛び跳ねて手を振る、良い結果が得られたのだろうか。
「何か良い話はできた?」

「さっきのにとりさんと話していたらですね、天狗がどうしてもって言って頭を下げてくれるなら譲っても良いと考えているらしいですよ」
 それは中々に朗報……か?そもそも河童に頭を下げた時点で天狗にとっては威厳を損なうのと同義になってしまうかもしれない。
「でも天狗もやりたいってよりは、威厳を示したいらしいのよね。天狗の上の奴らが落ち着かないとか。河童はそもそも何で天狗と張り合ったりしたのか……」
「なるほど……じゃあ頭を下げろと言うのは厳しいかもしれませんね……。ええと、河童は確か盟友にお呼ばれしたのだから、山の代表として出向いて喜ばす為には行かなくちゃならない。とかそんな感じだったような……」

 なんだか、どちらも不毛だ。結局は自分達がやりたいのではないらしい。人としては中々腹立たしくもある。しかし考えてみると里が山の妖怪を呼んだのも、恐らく山を無視して盛り上がるのは妖怪と溝が出来てしまうのではないかと懸念して、ということなのだろう。
 呼びたくなくて行きたくもない、この状況に成すべき正解なんてあるのだろうか。

「河童と天狗が同士討ちとかにならないのかしらねぇ」
「お互いに傷つけるような真似はしたくないから、直接の妨害は無しにしようと予め決まっていたみたいですよ」
「何だかんだで仲は良いのね……それで私達に頼んできたってわけかしら。なんかグレーなやり方だけど」
「本当は直訴してほしいですね、里や上の方に」
 小鈴ちゃんは腕を組んで唸る。

「うーん……」
 私も唸るだけになってしまった。
 河童も天狗も自分の意思でなくても、自分たちがやるべき事をやっているだけとも言える。そこに障害としてお互いに立ちふさがってしまったのだ。良い案はとても出ないだろう。


「そういえばにとりの持ってる『ただの桃太郎』ってどんな話なの?」
 息の詰まりそうな空気を少し流すために、話題を変える。小鈴ちゃんはにっかりと笑うと嬉しそうに話し始めた。

「『ただの桃太郎』は奈街三郎が童話を元に作った学校劇の脚本で、一九五〇年、昭和二五年の『日本学校劇 小学校扁』に所収されています。この話は桃太郎が帰ってくる所から始まり、桃太郎は帰還にしみじみとしていたら急に咳が出てきてしまうんです。
 そこで日本一の風邪薬という登り旗を付けた薬屋に遭遇して買ってみますが、唐辛子とぬかの混ぜ物のようでとても飲めません。次に日本一の黍団子という旗を持った団子屋が来て、口直しと言わんばかりに買うんですがこれも腐ったような物でした。他にも日本一のチュウインガムやら、目薬やら石鹸やら、皆日本一の旗を携えて桃太郎の前を通ります」
「皆調子良いのね、日本一って謳えば売れると思ってたって事かしら」
「ええ、桃太郎はそれを見て、自分の日本一の旗を丸めて捨ててしまいます。そこに犬、猿、雉が来るのですが……日本一の旗を目印に桃太郎と待ち合わせしたものの、日本一の旗の多さと、桃太郎が旗を捨ててしまったので中々見つかりません。人がまばらになってようやく出会えます。そこで皆座り込み何で旗を捨てたのか桃太郎に聞きました」
 小鈴ちゃんはしゃべり疲れたのか少し間を取った。せせらぎの音が少し耳に届いた。

「そこで桃太郎はこう答えるんです。“戦争でぼくは、刀と扇子もなくしてしまった。けれど、日本一の桃太郎という旗印だけは、だいじに持って帰った。”、でも“かえってみたら、日本一なんてとんでもないうぬぼれさ。日本一というのに、ろくなものはありゃしない。僕だって同じことさ。だから、ぼくはきょうから、日本一の桃太郎じゃない。ただの桃太郎だ”」
「戦争の話なの?」
「混ざってますね、戦後なのは確かですし、刀と扇を失ったのは終戦が意識されているようです。その後、ただの桃太郎万歳コールをして、桃太郎は笑って立ち上がる……そこでおしまい」
「ふーん、戦争とかは分からないけど……英雄を自分で辞めるっていうのは面白い話ね」
「本当はただの子供という話は前にありましたが、自ら英雄を止めると言うのが中々に風刺が効いています」
「風刺なの?あまりそういう風にも思えなかったけど」
「日本を支えているのは英雄でも神でもなく、ただの人。そんな考えを持たなくてはいけない。これは警告とも取れると私は思います。戦後というのを抜きにしても、心に留めておいて損はないかもしれません」
 なるほど。英雄は人の支えにはなれども、結局は人に支えられて出来ている物だ。英雄を支えるものと英雄、どちらが立派と言うことは無い。
 もっと言えば、この桃太郎では英雄を否定している様だ、英雄なんて意識しても、ろくな事はない。差し詰めそんな所か。

 天狗も、そういう事に気づいてみたら変わるのかもしれないのにな。
 河童も、変な責任を持って戦おうとしなければいいのに。

「天狗も河童も似たような物かもしれませんね……」
 小鈴ちゃんも似たようなことを考えているようだ。私達は暮れ始めた日をぼんやり眺める。そんな伸び始めた陰の中、小鈴ちゃんは呟いた。

「和解が無理なら、あまりやりたくありませんでしたが、両方の屋台を壊しましょう」
 私は思わず息を飲んだ。


 どちらの邪魔をしないのと同じように、どちらも邪魔する事で約束自体は完璧に遂行される。自分たちの出店をどうにもしないでくれ、とは確かに言われていない。無論、詭弁と言われればそれで終わりにも違いない。
 大胆な提案をする小鈴ちゃんに私はどう返したらいいのか分からなかった。

 少し沈黙が続いた後、小鈴ちゃんは付け足す。
「大丈夫、やりましょう霊夢さん。私の考えでは上手くやれば和解よりも良い結果になると思います」
 何が大丈夫なのか分からなかったが、立ち上がり寸分の迷いも無く言う小鈴ちゃん。決して自棄になったわけではなさそうだ。和解よりも、というのは怪しいが……その方が私としてもやりやすいし、そもそも例え何かあっても困るのは小鈴ちゃんだけ。
 それならば小鈴ちゃんが決めたことに私は乗るべきだ。
 私も覚悟を決めて応じた。
「わかった」



 片方だけ一方的に妨害してしまうと、その時点で止められた時に申し開きが出来なくなる。
 それは避けたい為、夜になって出店が里の近くに揃った時に一気に決行することにした。
 河童も天狗も移動は屋台を押していくことになっている。あまり派手にされると里の人が目移りしてしまう。里の祭りは人間主体だから、里外の妖怪が目立つのは好ましくない、という里側の要求らしい。
 なので多勢で来るのも御法度。里で大暴れも無論厳禁。
 里外の妖怪はあくまで参加者として来てもらい、運営には手を出してはならない。主張としてはおかしくないが、中途半端に山を入れ込むからこう言うことになってるんだろうなとも思う。


「んで、私が出店を吹き飛ばせば良いのか」
「一発どかんとやって頂戴、出来れば迅速にね」
「まさか、私が壊している所を霊夢が助けてヒーローになるって事じゃないだろうな?」

 結局壊すという話になった為、魔理沙を呼び里の隅で作戦会議中だ。
 里の中心から離れ此処までくると喧噪も無く閑静だ。屋台はもうそろそろ来る。
 今まであったことを事細かに話したかったが、時間の都合もあり簡単にしか説明はしていない。
 最初は家で本を読んでいた魔理沙をしょっ引いてきた為不機嫌そうな顔だったが、河童と天狗の屋台を壊したいと趣旨を明かすと、面白そうだと直ぐに手のひらを返して承諾してくれた。
 それだけで此方としては大助かりだ。

「そんな事はしません、あくまで壊したのは私の意志という事にしますので」
「加担した時点で多少文句は言われるかもしれないけどね」
「そのくらいは覚悟してるさ。私も手伝うと言った以上は天狗でも河童でもなく、お前に手を貸すのが道理だからな」
 魔理沙は小鈴ちゃんの方を向いて笑った。小鈴ちゃんも自然と笑みをこぼしていた。


 ゴトゴトと木の車が回る音が聞こえてきた。
 里の外を見るとどうやら河童が屋台を持ってきたらしい。運んでいたのは五人程度だった。
 屋台自体もそこ迄大きくないが、河童の文字や装飾がありそれなりに手は込んでいるようにみえる。
 因みに見た感じホットドッグ屋らしい、もっとも、間に挟むのはきゅうりみたいだが。よく見ると看板も河童ドッグ、とあった。天狗に比べてかなり奇抜な店だ……。
 山から引いて来た、となればそれなりに苦労もしていそうだが、河童は割りと涼しい顔をしている。妖怪の体力があるからなのか、あるいは仕掛けがあるのやら。
 しかしこれから壊すと思うと、あまり長く見るのも苦に感じて目をそらした。

 少しするとまた屋台を引く音が聞こえてくる。今度は天狗の屋台が来たらしい。
 天狗の方は割と見た目普通の屋台だった。鉄板付きの屋台は若干重いのか河童の屋台より軋むような音を響かせている。こちらも五人で来たようだ。屋台は揃ったがにとりも文も姿は見えない。ああいった話を持ちかけてきたが担当では無いのだろうか。


 河童と天狗はその場で話し合いをするつもりらしく、屋台が二つ並ぶと天狗と河童がそのまま団子のように集合した。どちらが皮切りか話し合い……もといなにやら口喧嘩を始めた。やれ天狗はすっこんでろ、河童は水中できゅうりかじってろだの……。
 にとりも文も屋台は重大な問題の様に言っていたが、実際には小競り合いという感じで、別に大きな確執が産まれるとかそういう話ではないのかもしれない。
 今更ながら放っておいても良い気がしてきた。


「あそこに居られては屋台を壊せませんね、ちょっと私が上手く場所を変えさせてきます」
「あ、うん……」
 小鈴ちゃんはそのつもりは無いようで、天狗と河童の団子の方へ歩いていった。

「本当に壊していいんだよな?壊したら間違いなく私達が悪者になる気がするんだが。目覚めが悪くなるのは勘弁だ」
 魔理沙が不安げに聞いてくる。私も言い切る自信はなくなっていた。だからと言ってここまで来ては最早引き下がるのも目覚めが悪くなりそうだ。
「端的にみたら、あいつらお互いにずるしようとしてたんだから、気兼ねはしなくていいんじゃないの。小鈴ちゃんは和解するよりも良いって言ってたし……それより準備しといてよね」

 小鈴ちゃんは河童と天狗の前でお待ちしておりましただとか、耳触りのよい適当な言葉で集団を一旦里の中に入れた。意外と肝が据わってるというか、物怖じしないというか……本のためなら、ということらしいが。
 兎に角屋台はがら空きだ、やるなら今しかない。魔理沙の背中を軽く押した。
「んじゃ、頼んだわよ」


 軽く頷くと魔理沙はお得意、と思われる忍び足で屋台の側まで寄る。方向を確認して予定通り里から外への方向になるように念入りに調整し、魔法を発動した。
「ダブルスパーク!!」
 折角忍んでいるんだから別に叫ばなくても良いのだが、魔理沙は高々に叫び、八卦路と魔法陣からマスタースパークが放たれた。

 しばし和やかな景色と静けさは光と轟音に塗りつぶされる。普段以上の力を出しているのか凄い威力だ、屋台が木をへし折るような音と共に形を崩していく。
 大体半壊したところでマスタースパークは止まった。屋台を引いていた天狗が感づいて文字通り飛んできて魔理沙を止めたようだ。後続の河童も慌てて魔理沙の元へと駆けている。
 魔理沙は心許ないのか、こっちに顔を向けた。魔理沙は服がひっぱられもみくちゃにされそうだ。
 助け船が欲しいのだろう。私はお払い棒を片手に天狗たちの前に飛び出した。


「ちょっとあんた達、一旦落ち着きなさいな」
 と言ったのは私ではなく、どこからともなく私の更に前に飛び出てきた文とにとりだった。
 私は唖然として言葉が出なかった。
「ここはちょっと私たちに任せて。あっち行ってて良いよ」
 にとりが任せろと言わんばかりのウインクを飛ばしてきた。
 話を付けてくれるのならそれに越したことはないが……取り敢えず私はあわや天狗に押し潰されそうだった魔理沙を引っ張り出して、その場を離れた。

 夕日もそろそろ沈みそうで、里外れのこの辺りは不気味な暗さが広がり始めていた。
 天狗と河童はにとりと文を囲み、どう言うことか問いただしている。
 かんかんに怒っている……というよりは純粋に疑問をぶつけているように見えた。
 一体全体何が起こっているのか。私も聞いた方がいいだろうか、壊したのは間違いなく私達だし。
 魔理沙に倣って忍び足で少し近づいてみた。

「色々聞きたいこと有るかもしれないけどちょっと先に話させて、皆に謝らなくちゃいけないことがあって」
 と、にとり。
「実は、私は巫女に頼んで河童の屋台をどうにかしてくれと頼んだんだ」
文が続けるように言うと、河童と天狗がざわめく。
「それが私も同じ事巫女に頼んじゃったんだよね。それでこんな事になっちゃったわけ、まさかどっちも壊すなんて狐に摘まれた気分だけど」
 狐で悪かったなぁ。ざわめきは益々大きくなった。
「天狗の皆にも、河童の方達にも悪いことしたのは自覚しているよ。ごめんなさい」
「私も悪かったよ」
 二人は深々と一礼すると、続けた。
「今回は天狗、いや、私が悪かった。本当は河童を攻撃するんじゃなくて、天狗の上か里に抗議を入れる方が筋だったに違いない」
「私こそ、里の目を気にするよりも……同じ山に住むものとして、正々堂々と話すべきだったね。巫女でなく天狗とさ」
 素直に謝ったのが良かったのか、天狗達は驚きこそしている物の、案外怒ってはいないようだった。

―巫女になんて頼まなくても、最初から言ってくれれば真っ向勝負でも良かったのに―
―帰って変に成果とかを聞かれるよりは、巫女に壊されて良かった―
―正直天狗に対抗してるだけみたいで、あんまり乗り気じゃなかった―

 そんな声が聞こえてきた。切り替えが早いというか、こんなんで良いのだろうか。本人たちが良いのなら口は出さないけど……。
 ひとまず場が荒れることは無さそうだと、胸をなで下ろしていると小鈴ちゃんが小走りで寄ってきて天狗たちに呼びかけた。

「屋台は半壊してしまいましたが、天狗の屋台と河童の屋台、合体させればやれるんじゃないですか?人間の中にも山の屋台を楽しみにしていた人もいるんですから、良ければやって貰いたいです」
 小鈴ちゃんはにっこりと笑った。天狗も河童も再びどよめいていた。

「河童が問題なければ、一緒にやろうか?」
「此処まで来たらもったいないしね、修理は河童に任せてくれい」
 天狗も河童も明確な志が無くなって、逆に前向きになったように見える。文とにとりを中心に屋台の修復が始まった。
 何だかんだ小鈴ちゃんが絡んでいることは私達以外は知らない状況なので、彼女の言葉は素直に受け取られたようだ。

「一軒落着ということでいいのか」
 魔理沙が何処から盗ってきたのか、きゅうりをかじりながら寄ってきた。小鈴ちゃんもピースサインをしながら戻ってくる。
「何だかんだあいつ等って仲良いのかしらねぇ」
「さあな、人間は人間だし、ああいう天狗と河童みたいな関係は分からん」
「でも人と妖怪は間逆の存在でもないと思いますよ」
「あら、小鈴ちゃんは何か共感できるみたいね」
「そうじゃないですが……あの本に影響されたのかと思うと少し面白いなと思っただけです」
「面白いか?っと、噂をすれば……」
 文とにとりが修理の輪からはずれて此方に来た。手には、本を持っている。

「はい、これ約束の本だよ。お代は別にいいや」
 先ににとりが本を渡してきた。小鈴ちゃんは開いてみて貸本屋印を確認する。本自体は意外と大きくない物だった。
「確かに……うちの物です。ありがとうございました」
「いやいや、面白い話だった。貸してくれてありがとう。私達もただの河童だということを思い出せた気がするよ」
「ただの河童って言うと寿司みたいだな」
「……人間は河童の恐ろしさを忘れてしまったかな?いけないねぇ」

「『ただの桃太郎』を買ったのは、元々何か考えている事があったのではありませんか?」
「どうだろうね……日本一の旗は戦争の象徴かもしれないけど、皆何かしら登り旗をもっているとは思ったかな。河童は皆人間の盟友って旗を持ってるんだ。私はそれを捨てるべきとは思わないけどね。でも旗が重いときは下ろして然るべきだった、そう思えたよ」
「ふーん、プライドみたいな物かしら」
 だからこそ、さっき出てきて正直に話したのだろう。確かに本の影響はあったということなのかな。

「そうですね……終戦後という事を踏まえると恐らく旗自体が旧体制を言っている物とは思いますが。この話はもっと柔軟で、見た人によって登り旗は違う物に見えるのかもしれません」

「そういえば屋台で出す物の材料とかって大丈夫なの?」
「ああ、多少吹き飛んじゃったから、天狗の焼きそばと併せて焼そばパンを作ることにしたよ」
「まあ河童ドッグよりはだいぶマシじゃないか」
「ええー、河童ドッグも試食を重ねた会心の出来だよ。折角だから作ってきてやろうか」
「い、いえ……私はただの焼そばパンで御願いします」


「それじゃ、私の方も返します。お代は良いから、後で焼そばパン買ってってくださいね」
「はい。もちろんです。ありがとうございました」
 小鈴ちゃんは確認し終わると『新桃太郎の話』のページを開いてじっと見ていた。

「あんたたち最初からああやって仲間に言っておけば、面倒なことに成らなかったんじゃないの」
 そう言ってみたら文もにとりも苦笑いで返してきた。
「多分、初めからさっきみたいな事言っていたら、もっとこじれていたと思います」
「だねぇ、私が何を言っても私の立場から発した言葉にしか成らなかったと思う」
「そんなの今だって同じでしょう」
「今は状況が違います、巫女が壊してくれたおかげですかね、ありがとうございました」
「壊したのは私だけどな」
「屋台じゃなくて、膠着状態の事言っているのかと。天狗の方たちは『新桃太郎の話』のお爺さんの様な状態だったのでは?」
 小鈴ちゃんは本を閉じると、表紙を文の方に向けた。 
「共産主義とは思いませんが、状況は似たようなものかもしれませんね……だからこそ巫女に頼んでしまったのかも」
 あの話では社会の搾取する奴……つまりは立場が上の奴をやっつけてほしいという話だったが……。
「私は別にあんたの上司を倒したりはしてないわよ」
「あはは、それはもちろん。でも気分転換くらいにはなりましたよ」
 文は困ったような顔で笑った。本当は気分転換だけではだめなのだろうな。彼女はちょっと目を閉じて、呟く様に続けた。
「河童はやはり自由なところがあって良いですね。私は『ただの桃太郎』も読みましたが、あれには共感できませんでした」
「そうなんだ?」
「ええ、私は桃太郎が旗を捨てたら……きっと『新桃太郎の話』のお爺さんのようになってしまうと思うんです。お爺さんだって、自分で鬼退治が出来たら自分でどうにかする筈ですよ。出来ないから、新しい桃太郎を欲しがったんだと」
「結局他力本願って事じゃない。それってどうなの?」
「私は、何となく分かる気がします。例えば霊夢さんや魔理沙さんはやっぱり私に出来ないことをしてくれてますし」
「屋台壊したりとかな」

 文はため息をつくと、空を仰いだ。少しだけ風が出てきて、辺りを靡かせる。月もでていて、何処か秋めいた物を感じる風だ。
「自分で出来ることには限界がありますよ。そこに気づいてしまったら、限界を超える感情に対してもう指一本動かせなくなってしまう。
 社会の中にいる者は……いえ、生きている限り誰しもが。本音と建て前、理想と現実、そんな板挟みのジレンマの中、自分では動けず待っているんだと思います」
 文はゆっくりと後ろを向く。妖怪の山を眺めて居るようで、少し間をおいてから付け足した。

「大きな桃が流れてくるのをね」

 そう言った文はどんな顔をしていたのかは、分からなかった。

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