【宿屋:女湯】
「……」
「……」
一階の温泉はいわゆる露天風呂ではなく、どこからか引いた温泉を蛇口を捻って湯舟にゴバゴバと流して湯を張る型の温泉である
風呂場には私と咲夜さんだけ(本当にお客さんいないなぁ)
並んで湯に浸かり、水色のタイルの影にに寄り掛かっていた
「んーー~…ふぅ」
「……」
背筋をグッと延ばす私と膝を抱えて天井を見上げる咲夜さん
「…さ~くやさん」
広く、鎮まっていた風呂場に私のくぐもった声が響く
「…ん?」
立ち込める蒸気の中で咲夜さんがピクリと反応した
「どうしたんですかぁ? 宿に来てからボーッとしちゃって」
「……」
「でもいい感じの雰囲気ですからね、咲夜さんもたまの息抜きになって良かったです」
「…ふふっ、そうね」
パチャリ…と肩にお湯を掛ける仕種
(あーあ…)
やっぱり、何かあるのか
都入りして、買い物をして、喧嘩ふっかけて、宿に泊まって
咲夜さんはいつも通りそつなく仕事をこなしていた様に見えたが、今回は違った
感情がこもっていた
仕事中には隠して見せない、私情が
ただ、どんな感情なのかが分からなかった
買い物を楽しむでも喜ぶでもなく、周囲からの嫌がらせを怒るでも、ましてや悲しむ筈もない
ただ、どうにも彼女らしくない消化不良な気配が渦巻いてる
普段から感情の起伏の乏しい彼女が何を考えているか
(分かりっこないか…)
口元まで潜り、ブクブクと息を吐く
「汚いからやめなさい」
「はーい」
と、行儀に細かく指摘も入れる
ホント、いつも通り
(無意識の内に、か…)
そう言えば地霊殿の主の妹は無意識がどーたらこーたら と、関係のない事を考え始めた時
「先に揚がるわね」
「え? あ、はいはい」
濡れたタオルを体に張り付かせ咲夜さんが湯を分け入って行く
綺麗な背面の色と形を見送っていると、ふと“見返り美人"と言う単語が頭に浮かんだ
「咲夜さん、浴衣の着方は…」
「『割と簡単に着れる筈』、でしょ?」
入浴前に咲夜さんには浴衣の着方を教えたが、その時の私の台詞を返された
実際浴衣は簡単に着れる筈
それが咲夜さんならあの説明で充分だろう
細い背中は振り返らずに戸を開き、閉じる
「……」
この温泉の湯は人間には少し熱過ぎたかも
私はまだ余裕だけど
て言うか、こんなにのんびりダラダラとお風呂に入れるのも久しぶりだなぁ
そんな事をボンヤリと湯に浮かべナイフの飛んで来る心配も無く温泉を堪能していたが、いつの間にやら入っていた金髪の鬼に睨まれてる気がして私も慌てて揚がった